IS乗りの夜   作:幸海苔01

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草食動物は肉食獣たちの檻に放り込まれる(※狩られる側とは言っていない)

 

 

 

 

 IS学園。世界中の女性のエリートが集まる学園として広く知られているそこは、偏差値のみならず、下手な大学、専門学校などに劣ることのない高い専門性も有しているという、正に選ばれた者だけが通うことを許された場所だ。そして同時に、高い秘匿性を求められるが故に、とある島を丸ごと学園とし、そこへ向かうための交通手段はごく限られてもいる。

 そして何より、卒業さえすればそれなりの地位を保障されるという、夢をつかむための切符としての役割をも果たしている。

 

 つまり、草十郎にとってみれば、まったくもって場違いこの上ない場所とも言える。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…静希、物珍しさからあちこちに目を向けるのは構わんが、もう少し落ち着きを持て」

 

 千冬は早くも頭痛にさいなまれていた。主に千冬のすぐ後ろを一定の間隔を空け、ついてきている人物のせいで。

 

「すみません。しかし、都会にはよく分からないものがたくさんあるんですね」

 

 千冬の言葉にそう答えるのは、他ならぬ彼女の頭痛の種である静希草十郎。車に乗ったのち、IS学園へと直行するためのモノレールへと乗り込む。その時点で草十郎は物珍しそうに、荷物を座席の上に置き、窓からの景色にきょろきょろと視線を彷徨わせており、それには思わず千冬もこんな素直な反応をするような人間がまだいたのだなと、ふと幼い頃の弟を思い出し、見守っていたのだが、

 

「織斑先生、これはどうやって使うんですか?」

 

 モノレールを降りる際に渡された学生証は電子マネーや切符の代わりとしても使えるようになっているのだが、そもそも、草十郎には電子マネーといった感覚自体、存在しなかったらしい。その時点で、草十郎のあまりの文明の利器に対する疎さに気が遠くなったのは言うまでもない。

 ちなみに、当初は千冬のことを「織斑さん」と呼んでいた草十郎であったが、教員であるため、「織斑先生」と呼ぶようにと言われ、素直に従っている。

 

 つまるところ、千冬の頭痛の種は、草十郎がこの最先端科学の結晶とも言えるIS学園において、そもそもきちんと機械の類を扱うことができるのかという不安の一点に集約される。実際問題、草十郎は分からないことは聞くし、そういったものに取り組む姿勢も真面目だが、決して物覚えが良い方ではない。例えば、事前に渡された、『必読』と書かれたISに関するテキストは読んだものの、半分どころか三分の一でさえ理解できてるか怪しいレベルなのだ。皮肉なことに千冬の懸念は当たりすぎるほどに当たっていた。

 

「はあ、静希、お前はどうやら相当に機械に疎いらしいな」

 

「はい、そうですね。ほとんど使ったことないです」

 

「ちなみに聞くが、炊飯器なんかは?」

 

「ああ、転校する前の町で初めて使ったんですけど、すごいですね。かまどを使わなくても良いなんて」

 

「…静希、お前は自分でよくわからない機械があれば、それには触れるな。IS学園には精密機器が多い。変に触ると壊れてしまうことだってある。もしも触りたかったら、きちんと周囲の人間に確認をとった上で触るように。いいな?」

 

「なんと、そうなのですか。気を付けます」

 

 千冬の言葉にふむふむとばかりに頷く草十郎。彼のそんな様子に、本当に理解しているのかと不安にこそ思ったが、こればかりは今言ってもこれ以上改善されることはないだろうと思い直し、千冬は人知れず溜息をついた。

 

 余談だが、炊飯器を使ったことなど、弟に家事を任せている千冬もほとんどないことは千冬本人は言った後に気付いたが、とりあえず棚に上げておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでIS学園に到着した草十郎だったが、千冬曰く、自分が案内するのはここまでとのこと。あくまでも千冬が請け負ったのは迎えに行く役だけであり、案内役はまた別にいるらしい。

 

「まあ、これからお前の担任になるのだから、分からんことがあったら聞け。聞かれた以上答えはする。ただ、覚えることを怠っていいわけではないからな?特にどうもお前は色々と物事に疎すぎる。常に人並み以上の努力はすることだな」

 

「はい。ありがとうございました、織斑先生。それと、これからよろしくお願いします」

 

「ああ、それではな」

 

 どうやら通常業務に戻るらしい。ぺこりと草十郎が頭を下げると、軽く手を振って千冬は去っていった。

 

 そして、

 

「ええと、そこの陰にいる人ってもしかして、案内役さんですか?」

 

 そう言って草十郎が目を向けた先にはちょうど人が隠れることのできる大きさの木が。声をかけた瞬間、その陰から現れたのは、

 

「あら?ばれちゃってたのね。織斑先生はともかく、まさか貴方にまで気づかれちゃうなんて。おねーさんもまだまだね。ちなみにいつから?」

 

 水色の髪に、整った顔立ちに出るとこは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるといったスタイル。そして、その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでおり、どことなく悪戯好きの猫を草十郎に想起させた。もしもこの場に悪友がいたならば、脇目もふらずに、彼女に向かって一直線に向かっていきそうだった。これが友人の方であるならば、彼女のつかみどころのなさに警戒しただろうが。

 

「うーん、ものれーる?とやらの駅を出てしばらくしたくらい?」

 

 歳がそう変わらないようだったので、素の口調になる草十郎。

 最初は何も感じなかったが、千冬の雰囲気がほんの少し変わった気がしたことで、何かあったのかと施設を見るついでに周囲をそれとなく観察してみたのだ。もしもここが草十郎のホームグラウンドであったならば、確かめるまでもなく気付いただろうが、彼女の歳に見合わない隠密スキルと初めて来た場所という要因により、気付くのが遅れてしまった。…まあ、そもそも気付くこと自体おかしいのだが。

 

「うーむ、予想以上に早かったのねー。ちょっとおねーさん、へこんじゃうわ」

 

 そう言いつつ、目の前の少女は『無念』と書かれていた扇子を開く。ちなみに楯無が彼らを尾行していたのはモノレールから降りたすぐ後からである。

 

「ま、いいわ。私の名前は更識楯無。ここの学園の生徒会長をしているわ。学年は二年生だから、おねーさんって言ってたけど、実際は同い年よ。よろしくね、静希草十郎君」

 

 そう言うと同時に楯無は先ほどの扇子を閉じたかと思うと、次の瞬間には『夜露死苦!!』と書かれた扇子を広げていた。その一瞬の早業に、草十郎もおお、と感心し、思わずパチパチと拍手していた。

 草十郎の反応にふふん、とばかりに気を良くする楯無。

 

 補足しておくと、草十郎は先程楯無が言ったように、本来は高校二年生であり、楯無と同い年でもある。ただ、彼はISに関する知識を専門的に習っていたわけではないため、カリキュラムの面から見ても二年生への編入は厳しいのではと考えられ、知識をきちんと初めから取り込むべきだとされた結果、学年は一つ下だが、一年に配属されることになったのだ。本人は同い年の人間を先輩と呼ぶのは妙な感じだなくらいにしか思っていなかったが。

 

「おねーさん、素直な子は好きよ?ああ、でも、貴方は一応同い年だし、敬語とか使わなくてもいいわ。あ、でも公の場では気を付けてね。あと、私のことは、『楯無』って呼び捨てにしてくれても構わないわよ?」

 

「そうか?なら、俺のことは好きに呼んでくれ。よろしく、楯無」

 

「じゃあ、草十郎君でいいかしらね。それじゃ、互いに挨拶も済んだことだし、早速『IS学園見学ツアー』に行くわよ!」

 

 そう言うと、楯無は『出発!!』と書かれた扇子を広げ、草十郎はおー、とばかりにパチパチと再び拍手していた。楯無の大仰な行動に、それに素直な反応を示す草十郎。何だかんだで相性のいい二人だった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくは、草十郎は楯無から学園の施設の案内を受けていた。その度に楯無が一瞬の早業で着替え、ツアーガイドの添乗員のような恰好をしたり、一々大仰な説明をしたりしていたが、草十郎はそれに対し素直な反応を示したり、質問をしたりと、二人は仲良く見学を終えた。

 

 しかし、楯無は案内をしてはいたが、何よりの目的は、草十郎の観察。「対暗部用暗部」とも言われる彼女の家はとっくの昔に草十郎の過去を遡り、そして気付いていた。彼が『楯無と同じような教育』を受けていたことに。詳しいことは更識の家をもってしても、知ることはできなかったどころか、探るために送った人員全てが()()()()()()帰ってくることはなかった。どうも、その話を持ってきた十蔵本人はどうやらなにかを知っているようではあったが、彼の過去にあまり関わらない方が良いとも忠告してきた。

 ただ、当初は全く気を許していなかった楯無だが、案内をするうちに、『山』から追い出されたために既に関わりがないという前情報ゆえだが、草十郎本人は明らかに善人であり、またとてもではないが演技とも思えない反応を示していたので、そんなに警戒しなくともよいのかもしれないと思わせた。強いて気になることを上げるとすれば、服の上から覗く、彼の首に巻かれた包帯くらいだが、恐らくは何かしらの事故か訓練の結果できた傷跡なのだろうと結論付け、特には気にしなかった。実際、彼女の予想はけがの経緯を除けば、正鵠を射ていた。

 

「さて、今日はこれで終わりよ。私とのデートはどうだったかしら?」

 

「?、これはツアーじゃなかったのか?」

 

「フ、まだまだ甘いわね、草十郎君。言葉の裏を読み取るのもISに乗る上では必要なことよ」

 

「なんと。そうなのか」

 

 もちろんそんな事実はない。面白いおもちゃを見つけたように、ニヤリと笑む楯無。実際、草十郎は騙されやすく、すぐさま楯無と仲良くなったこともあり、彼女の言をいともたやすく信じてしまった。そこに楯無は少しばかり不安を覚えたが、今は困ることもないだろうと思った。ただ、楯無は甘く見ていた。静希草十郎という人物を。他ならぬ純粋な『天然』を侮っていた。

 

「ううむ…」

 

「どうかした?草十郎君」

 

 そこまで言ったところで、草十郎が唸り始めたので、疑問に思った楯無は草十郎に尋ねる。それが、『特大の』爆弾を落とすスイッチとも知らずに、押してしまった。

 

「いや、ふと考えたんだが、そうなると、楯無と俺はいつから恋人になったことになるんだ?」

 

「…は?」

 

 思わず間抜けな声が出た。待て、なぜそういう話になるのだ。楯無は頭が一瞬真っ白になったが、すぐに気を取り直し、心を無理矢理落ち着ける。落ち着け。コイツはこちらが心配するくらいに天然だ。だからこそ、どこかしら何かを勘違いしているのだろう。そうに決まっている。

 

「ええと、草十郎君、どうしてそういう結論になったんですか?」

 

 思わず敬語になってしまったが、今は理由を聞き出すのが先だ。すると、草十郎はさもおかしなことを聞くものだといった様子で首を傾げ、

 

「?、だって、デートは恋人同士でするものなんだろう?」

 

 と、至極当たり前のごとくそう言った。

 思わず楯無はずっこけそうになったが、踏みとどまった。いや、確かに間違ってない。草十郎の言ってることに間違いはないのだが、決定的な認識なずれがある。楯無ははあ、とばかりに疲れた様子で溜息を吐き、

 

「いい?草十郎君、最近ではね、男女が二人きりで遊べば、それは『デート』と言うようになったのよ。たとえそれが恋人同士でなくともね」

 

「なんと、そうだったのか。デートというのは奥が深いものなんだな」

 

 何とか誤解は解けたようで一安心する楯無。何だか今の会話だけでどっと疲れたような気がして、草十郎にジト目を向けるが、草十郎はそんな楯無の様子に首を傾げるばかりで、理解を示した様子はない。

 説明しても恐らくは無駄だろうと悟り、大人しく諦めた楯無は腹いせに軽く草十郎に近づいたかと思うと―デコピンをしておいた。

 

「痛っ。何をするんだ、楯無」

 

「ふふん、おねーさんをからかった罰よ。ほら、草十郎君、最後に貴方の住む場所である寮に案内するわ。ついてきなさい!」

 

 そう言って、楯無は『因果応報』と書かれた扇子を広げて、寮へと向かって歩き出した。草十郎は理不尽な楯無の行動に少しばかり不満気であったが、とりあえずは何も言わずについていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 また、ここで楯無の話した『デート』に関する定義により、後に更なる誤解を生み、学園中を騒動の渦に巻き込むことになるのだが、今はその話は置いておく。

 

 

 

 

 




結構な数の感想が来てて驚いた。


ジョシュアさん、葉ですさん、其処らのモブaさん、真九郎さん、左之助さん、kaniyanさん、幻想神さん、ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

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