片翼の天使(笑)で剣をふるうのは間違っている   作:御伽草子

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第五話【今日嫌なことは明日に延ばすともっと嫌になる】後編

 

 

 

 この空には果てがあった。

 

 聳え立つ堅牢な市壁に取り囲まれたオラリオの空は、まるで額縁の中に切り抜かれた手抜きの絵画のようであった。外からの侵攻を防ぐための堅固な市壁は、初めてこの迷宮都市を訪れた者にとっては檻の中に閉じ込められているような閉塞感を抱く者も少なくないと聞く。

 

 私が、初めてこの地を訪れた時にはどう思ったのだろうか。

 

 自分を逃がすまいとする檻のように感じたのだろうか、それとも俗界からこの身を守ってくれる頼もしい盾のように感じたのだろうか。

 

 今となっては思い出せない。迷宮都市有数の高レベル保持者になった今、滅多な事ではオラリオの外に出る事ができなくなった。戦力の流出を防ぐ意味合いであることから、檻に閉じ込められているという表現もあながち間違いではないのだろう。だが、少なくともそれを窮屈だと感じた事は無かったし、息苦しいとも、不便だと感じる事も無かった。

 

 ダンジョンから採取できる魔石産業も隆盛を極め、あふれんばかりの富をこの地へと運んでくる。世界中のあらゆる物品が集まる世界有数の大都市で手に入らないものは無い。

 

 だがこのオラリオという都市は閉じられた箱庭だ。

 

 今の私は知らない。このオラリオを訪れる前の私が知っていたはずの、市壁によって切り抜かれた向こう側の世界の空を、知らない。吹き荒れた風に舞い上がった花弁の行方を、羽根を羽ばたかせ大空へと飛び立った鳥の行方を、私は知らない。

 

 この狭小な箱庭を飛び出し、広大な世界へと飛び立っていったあの男の目に、この都市の姿はどう映っているのだろうか。

 

 鳥篭に閉じ込められていた小鳥がある日、籠を抜け出して広大な自然の中を自由に飛び回る。果たしてその小鳥はわざわざ鳥篭の中に戻ってくるのだろうか。餌も貰え、天敵に命を脅かされる心配も無い。ただそこには空が無い。大きな翼を自在にはためかせ、どこにでもいける、どこまでも続いている大空が無いのだ。

 

 なんだかんだで義理堅いあの男のことだ。きっとこの地に戻ってくるのだろう。だが自由と言う名のしこりは消えることなくいつまでも心の中に残るのではないだろうか。私の目の前に帰ってきたとしても、ここではないどこか遠い世界に想いを馳せ続けるのではないだろうか。そんな姿など、私は見たくない。わがままと言われようが、了見が狭いと言われようが、私は……。

 

 このオラリオという都市の空には果てがあった。

 

 途切れた空が続く世界の景色を私は知らない。

 知らないことが、理解できないことが、たまらなく……もどかしかった。

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 

 オラリオの街を行き交う雑踏は様々な種族であふれいた。その中でもいっそう人々の目を惹く女性がいた。

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 エルフの王族出身で、神々をも嫉妬させた絶世の美貌の持ち主である。翡翠色の長い髪を揺らしながら街を歩く彼女の姿は道行く人々が思わず振り返るほどに魅力的であった。

 しかし羨望の対称である完成された相貌は物憂げに翳っていた。

 ふと、一軒の店が目に止まった。女子向けの小物を中心に取り扱っている雑貨店だ。店頭に並ぶ商品の中にペンがある。

 ペン尻の部分にセフィロスのデフォルメされた人形が乗っかっている。

 

「……ふふ」

 

 思わず笑みをこぼしてしまった。

 いつのまにかずいぶん有名になったものだ。ファミリアに入団した直後は背も低く頼りない見てくれをしていたというのに、今では英雄譚すら書かれるほどの男に成長したのだと思うとなんだか感慨深いものだ。

 

 ……ああ、だめだ。

 

 こんな些細なことで麻のごとく乱れていた心が解きほぐされていくのが分かる。自分はずいぶんとイカれてしまったようだ、ああ本当に困ったものだ。

 リヴェリアは視線の隅に気になる文言を見つけた。

 

『言葉に出せない想いは手紙で伝えよう』

 

(手紙か……そういうのも悪くないかもしれん。)

 

 セフィロスの人形付きのペンと羊皮紙を何枚か購入したリヴェリア。

 近場の喫茶店に席をとり、羊皮紙を広げ、ペンを取り出し、あーでもないこーでもないと手紙に書く内容に考えを巡らせる。

 しかしなんだ、改まって書こうとすると何を書いていいのやらさっぱりである。やはり最初は元気か、とでも書くべきか。いや、それでは少し硬すぎるのではないか、むしろ手紙自体本当に出す必要があるのだろうか。セフィロスとて忙しい身だ。いやでもしかし……。

 もごもご口を動かし、頭をひねり、やがて「よし」と息を吐くように小さく意気込んでペンを手に取るまで数分をかけた。

 

 そして……。

 

 相手が今世界のどこにいるとも知れない住所不定だと思い出し、そのペンをへし折ったのは、更にその数分後のことだった。

 

 

 

 

 

「もうあの阿呆のことは知らん!」

 

 誰に言うとも無く腹立ち紛れに叫んだ。肩を怒らせ、歩幅も大きくずんずんと歩く彼女の前を遮る者は一人もいなかった。まるで旧約聖書に語られる海を割ったモーゼの奇跡のように、人波が割れていく。美人が怒ると怖いという言葉があるがその姿はまさにそうだった。

 心がひどく情緒不安定だった。手紙の……住所の事など分かって当然のことだ。そんな事にも頭が回らないなど尋常の沙汰ではない。このままでは下手したら明日に差し迫ったダンジョン遠征にすら支障をきたしかねない。

 

 ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館のある北のメインストリートは商業施設などが数多くあり遊楽目的の人々が集まる、オラリオの中でも華やかな印象の強い区画である。街を歩いているとそこかしこにセフィロスとの思い出が転がっていた。満たされた思い出が、心にあいた穴を容赦なくえぐってくる。

 この胸を締め付ける感情の正体は分かっている。初めての経験で最初の内は戸惑ったが、この暖かくも寒々しい感情の名前を知ってしまえば、ああこれがそうなのか、と妙に納得したものだ。

 

 セフィロスとの別れの日に言った言葉をもう一度繰り返す。

 

「本当に、ひどい男だ……お前は」

 

 その時だ。

 黄昏の館近くにある小高い公園に、くしけずるようにたなびく艶やかな銀髪を見た。

 リヴェリアはハッと目を見開いた。

 見間違い。いや、そんなはずはない。気づくとリヴェリアは走り出していた。彼女には珍しくひどく焦った風体で、行き交う人々の肩にぶつかりながらも短く「すまん!」とだけ謝って、その瞳はただ前を向いていた。ただ、一つの人影だけを見据えていた。

 リヴェリアがその男に近づくと、男もこちらに顔を向けた。

 

「セフィロス!」

 

 懐かしい顔だった。いや、五年前より若干大人びた顔立ちになっていた。

 

「リヴェリア……」

 

 聞き間違うはずのない、その声。

 

「本当に、セフィロスなんだな?」

「ああ、今日オラリオに着いた」

 

 久しぶりだな、元気にしていたか、などとありふれた再会の言葉しか出てこなかった。いつオラリオに着いた。リヴェリアはギルドの帰りか、などとそれはまで事務連絡であった。

 違う。

 違うっ、違う……っ。

 言いたいのはそんな事ではない。

 

「俺がいない間、何か変わりはあったか?」

「馬鹿者、いない間というが、お前は五年もファミリアを空けていたんだ。変わったことのほうが多いさ」

「ふ、そうだな。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ、【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ、【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ、それに【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス。あいつらの話は遠く山や海を越えた国々にまで響いている」

 

 世界の中心である迷宮都市オラリオにおいて第一級冒険者に昇り詰めた強者の名は、遠く離れた異国の地にすら轟いている。レフィーヤはまだLv3の第二級冒険者であるが、その二つ名の示す通り、エルフ族の魔法であるなら、詠唱及び効果を完全に把握すれば使用出来るという前代未聞のレア魔法を持っていることからその名を方々に知らしめていた。

 リヴェリアは苦笑を零した。

 

「それをお前が言うか。お前こそずいぶん派手にやっているらしいじゃないか」

 

 なあ、英雄殿? と意地悪く微笑むリヴェリアに「たまたまだ」とセフィロスは笑って答えた。

 こんな些細なやり取りが、セフィロスが目の前にいるだけで、心が満たされていくのを感じた。モノクロームだった世界が鮮やかに色づいて、騒がしい街の喧騒でさえ華やかな音楽のように聞こえた。

 

「セフィロス……おかしな事を聞くようだが、例えばの話だ」

 

 だが、今、私が伝えたい想いは。

 

「ずっと鳥篭に閉じ込められていた小鳥が鳥篭を飛び出して外の世界を――大空の下を自由に羽ばたいたとして、その小鳥はもう一度鳥篭に閉じ込められることを好しとするはずはないと思わないか?」

 

 ……何を言っているのだ私は。

 

 今言うべきことはそんな事ではない。

 おかえり、よく頑張ったな、会いたかったぞ、と声をかけるべきだ。必要なのは労いの言葉であり、再会した家族に対する慈しみの言葉でなければならない。

 しかし口から出てきたのは、一種の詰問の言葉だった。ひょっとしてお前はオラリオにいるより外の世界に居場所を見つけたのではないか、という。

 嫌な女だ、と自嘲する。しかし口からあふれてしまった言葉を汲み直す術など存在しない。黙考するセフィロスを、リヴェリアは祈るような気持ちで見つめた。

 セフィロスは自分の考えを纏め、ゆっくりと口を開いた。

 

「普通なら、そうだろうな」

 

 その返答にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けるリヴェリア。

 だが、とセフィロスは続けた。

 

「一羽だけならな」

「……どういうことだ?」

「小鳥が鳥篭に一羽だけなら外の世界に恋焦がれるだろう。だが、仲間が、家族が鳥篭の中にいるなら、逆に大空の下を一羽で飛び回っていた時こそ、鳥篭の中に恋焦がれていたのかもしれない」

 

 そうは思わないか?

 と、どこか得意げに問いかけるセフィロスの顔を見て。

 

「……ふ、フフッ、そうか……」

 

 そう零して、彼女にしては珍しく、声を上げて笑った。本当におかしそうに……本当にうれしそうに……そして、本当に幸せそうに。

 ひとしきり笑い終えたリヴェリアはセフィロスに向かい直る。ひた、と瞳を見つめる。

 

「すまなかった。変な事を聞いたな」

「なに、いいさ」

「……なあ、セフィロス」

 

 ああ、まったく。

 

「本当にひどい男だな、お前は」

 

 こんなにも私の心を乱すのだから。

 

「……そうか、お前にそう言われるとは、まいったな」と苦笑を零すセフィロスの顔を見て、リヴェリアは何年ぶりかに童女のように声を上げて笑った。普段彼女が見せる貞淑な笑みでなく、ちょっとイタズラっぽく清廉に、それはまるで花が咲きほころぶような可愛らしい笑顔だった。

 

「さあ、帰ろう。私達のホームに」

 

 まったくもって厄介な感情である。

 ……だが、もうこれであの悲しい夢を見ることはなさそうだった。

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 はぁいっ、皆さんおひさしゅうございまぁーす!

 ただいまオラリオ! 懐かしいぜオラリオ!

 久しぶりのオラリオの街並みにテンション上がり気味の俺ことセフィロス・クレシェントである。

 

 いやー、それにしても懐かしい。たくさんの冒険者が道を行き交うこのぴりぴりとした緊張感と街全体を包みこむ活気。いくつもの国を巡ったが、この独特の熱量みたいなものが味わえるのはオラリオだけだった。

 

 オッタルとの戦闘という埒外のハプニングに遭遇したが、無事切り抜けて俺はロキ・ファミリアのホーム【黄昏の館】への帰途についていた。

 頭からすっぽりとローブを被っている。オッタルとの戦闘の際に脱いだものとは違う予備のローブである。なぜそんなにローブを持っているのかというと、俺の顔が全国規模で広がっているからである。原因は【セフィロス英雄譚】とかいう、俺のやってきたことを10割増しくらいで美化して描いた実に迷惑極まりない本のおかげである。本の中の挿絵は俺の容姿を本人そっくりに描いてくれていたせいで、道を歩けば声をかけられる始末。

 ある村に立ち寄ったときなど、俺の姿を見た途端、村長と思わしき人物が慌てふためいた様子でやってきて、何かこの村に災いが起こっているのでしょうか!? などと尋ねられたこともある。

 

 ――俺は災害探知機かなにかか!?

 

 果たしてこの怒りは誰にぶつければいいのだろうか。

 そういうわけで外を歩くときは、姿を覆い隠し、ついでに気配も消して出歩くようにしている。気分はアイドルと言うより、指名手配された凶悪犯である。

 それにしても五年、五年ぶりである。

 長いようで短い旅路であった。最初は片翼の天使(笑)事件の余波で決まった俺の諸国巡りであったが、ギルドから指定されていたモンスターを狩って、ほどほど……いや、だいぶ多くのトラブルに巻き込まれもしたが、こうして無事オラリオに帰り着くことができたのは実に喜ばしいことである。

 

 そうこうしているうちに、懐かしの黄昏の館が見えてきた。

 相変わらずサグラダファミリアみたいな仰々しい概観である。正直どういうセンスで図面を引いて着工したのか不思議であるが、無秩序で混沌とした内部の造りは、男の子の秘密基地願望みたいなものを刺激してくれるので、割と気に入っている。

 尖塔を見上げて懐かしんでいると、門から三人の人影が出てくるのが見えた。

 

 見覚えがある、見覚えがあるぞ。

 

 そのうち二人は小麦色に焼けた健康そうな肌が実に特徴的であるヒリュテ姉妹である。姉ティオネの方は昔からロキ・ファミリアの団長であるフィンにぞっこんラブだったので覚えている。そして妹ティオナのほうは……うん、なんか声かけて逃げられた覚えがある。当時ティオナは十歳そこそこであり、自分は成人した大人である。端から見ると少児をかどわかそうとして逃げられた立派な不審者にしか見えなかった気がする。

 そしてもう一人。

 

 ベート! ベートじゃないか!

 

 いやぁ立派になって。昔ベートがまだ駆け出し冒険者だった頃は一緒にダンジョンもぐってあれこれと指示やら指導をした記憶がある。反骨心がものすごくてまともに言葉を聞いてくれたことのほうが少なかった気がするけど。

 相変わらず口悪いなー、女の子にはもっと優しくしなきゃ駄目だぞー。

 どうも買出しに行く途中のようだ。話しぶりからするに近々ダンジョンへの遠征があるようだ。

 

 おーい、そこ行く少年少女、俺のこと覚えてるー?

 

 声をかけようとして。

 

「しかしリヴェリア、セフィロスさんのことそんなに嫌いなのかなー」

 

 ……………………へ?

 

「そうなんじゃない? セフィロスのこと話していただけであんなふうに機嫌悪くなって怒鳴るなんてよっぽどなんでしょ」

 

 ……………………マジで?

 

 耳をそばだてる。

 

「リヴェリアって叱ることはあっても周囲に当り散らすことってあまりないじゃない」

 

 うんうん、俺もそう思う。

 

「うん、それなのにセフィロスさんの事を話題にし始めた途端、急に声を荒げて、『邪魔だからさっさと片付けてしまえー』って」

 

 ――誰を!? 俺を!?

 

 いやいや、ちょっと待った! リヴェリアに限ってそんなはずはない。きっと掃除とか食器の片付けとかそういう……

 

「けっ、いつまでもうろうろしているから悪いんだろうが」

 

 ……お、おう、五年も外の世界ほっつき歩いていてすみませんでした。

 

 い、いやいや、まだだ! だいぶ妖しいけど、まだ俺の事とは……。

 

「結構厳しい訓示も言ってたよね、躯に帰る場所は無い、て」

 

 無いの!? 俺の帰る場所無くなったの!?

 

 っていうか、躯ってどんな比喩表現だよ!? それ渾名なの、俺の!? 

 

 もはやイジメだろ、それ!!

 

 混乱している俺を他所に、三人の姿は雑踏の中へと消えていった。

 嫌な汗が頬を伝っている。もしかしてリヴェリア……相当俺のこと頭にきているんじゃなかろうか。

 思い返して見るとリヴェリアには迷惑かけっ放しだった。怪我人こそ0で済んだが片翼の天使(笑)事件の騒動の中で黄昏の館の五分の一くらいを破壊したため修繕費が相当嵩んだろう。それとももしかして街中つれまわしたこと怒っているんだろうか。それとも風呂上りに脱衣所でばったり鉢合わせしたこととか……いやいややっぱり別れ際に泣かせたことが……。

 

 ――考えれば考えるほどロクなことしてなかった。

 

 皆のお母さんと言われるリヴェリアでもさすがに怒るだろうこれは……。

 どうやって謝ろうか考えあぐねていると、黄昏の館の門から出てくるリヴェリアの姿が見えた。

 おおっ、相変わらず見目麗しい。長い翡翠色の髪に、絶世の美女といって差し支えないほどに完璧に整った容姿である。ロキ・ファミリアの副団長にして迷宮都市最強の魔法使いと謳われる才女。

 その手には。

 手…に、は……。

 どう見ても。

 旅に出る前にファミリアに置いていった俺の私服の数々が……。

 え、ちょっと待って、それをどうするの? と嫌な予感がして後をついていくと。

 その足は、ゴミ捨て場の前にやってきていた。

 ま、さ、か……と戦慄する俺を他所に、リヴェリアは手に持った衣類の山を、ドスンと下ろした。

 ゴミ置き場に。

 

 ――俺の私服ゴミ捨て場にボッシュートされたぁああああああああああああああああああああああああ!!!????

 

 先ほどのティオナの言葉が頭の中で何度もリフレインする。

 

『帰る場所は無い……帰る場所は無い……帰る場所は無い……帰る――』

 

 こ、これは、相当まずい……っ!

 

 

 

 

 ただいまー、と黄昏の館に入ろうとしても門前払いを喰らう可能性も出てきたため、おっかなびっくりリヴェリアの後をついていくことにする。ストーカーなどと言う無かれ、こちらとしては少しでも謝罪の糸口みつけるために必死なのだ。

 リヴェリアは、何かにいらだっているように見える。状況的に俺に対しての可能性が高い。これ謝って許してもらえるのかな、と不安になってきた。

 リヴェリアは多忙な彼女らしくギルドやいくつかの関連施設を回って事務手続きの類をしているようだった。

 彼女の足は雑貨店の前で止まった。

 何かを購入して、道に面したオープンカフェに腰を下ろす。俺もこっそりと彼女の右後ろ辺りに席を取り、コーヒーを一杯注文してリヴェリアの様子を観察する。

 リヴェリアは先ほど買った物を袋からとりだした。

 それは一本のペンと羊皮紙だった。手紙でも書くのだろうか、と思っていると、ふと気づいた。ペン尻にデフォルメされた俺の……セフィロス君人形がくっついている。

 

 お、おおっ、なんか恥ずかしいな。

 

 過ぎた評価だとは思うが、英雄なんぞと呼ばれるようになってその人気に便乗した商品も売られていることは知っていたが、こうして知り合いに購入されているところを見たのは初めてである。

 

 セフィロスのペンをまじまじと見つめるリヴェリア。

 ひょっとして俺のこと懐かしんでくれているんだろうか。

 ほろりとしてしまう。ぐすん。ただいまリヴェリア、そして色々ごめんね、と声をかけようとした。その時。

 リヴェリアはおもむろに両手でペンを握った。

 おや? と思っていると。

 バキィッ! と乾いた音を響かせた。

 

 お、おぉっと……っ、リヴェリア選手……っ。

 

 なんとここでペンを真っ二つにへし折ったあああああぁぁぁああ――っ!!!???

 

 そしてぇ振りかぶってぇっ、ゴミ箱にぃっ、叩き込んだああああああああああああああああああああぁぁあ――っ!!!???

 

 いや、待って。

 

 ――どれだけ嫌いなの俺のこと!!!???

 

 俺の姿を模した物を破壊して心の安寧保つレベルでお怒りなの!?

 ふん、とか鼻息ならしちゃってるよ、ゴミを見る目だよアレは!

 やっぱりロキ・ファミリア出て行くときに置手紙の一つもしないで出て行ったこと怒ってる!? ゴメンね、お互いに別れが辛くなるかもって思っちゃったんだ!

 もはやリヴェリアの後を追いかける気力は無かった

 リヴェリアが立ち去った後に、ふとゴミ箱の中を見る。

 そこには彼女が真っ二つに折ったセフィロス君ペンが無造作に投げ捨てられている。背筋がぞくっと震えた。

 ペン尻のセフィロス君人形は、首がもげて胴体が砕けていた。

 俺は……底知れない恐怖を感じた。

 

 

 

 

 

 公園で夕暮れを眺めながら考える。

 結局リヴェリアに声をかけて、謝罪に踏みだせなかった。

 しっかしどうしたものか。

 今日嫌なことを明日に延ばしたところでなんの解決にもならない。むしろズルズルと引き伸ばせば引き延ばしただけ、やろうという気概は萎縮してしまいよりいっそう嫌になるものだ。

 覚悟を決めようと思う。

 そうだ、帰ろうロキ・ファミリアに……!

 そして謝ろうリヴェリアに!

 早速行くぜ! 

 

 ――……この公園を一周、いや三周くらい散歩してからな!

 

「セフィロス!」

 

 その声を、俺は知っている。

 リヴェリア……っ。

 ある意味今最も会いたくなくて、最も会いたかった女性である。

 そういえばこの公園は黄昏の館のすぐ近くである。

 ええい、ままよ! と覚悟を決めてリヴェリアと話して見るが……案外普通である。もしかしたら俺が思っているほど怒っていないのかもしれない。いや、だが怒りを押し殺しているのかもしれない。

 リヴェリアは唐突に「例えばの話だ」と前置いてから話始めた。

 

「ずっと鳥篭に閉じ込められていた小鳥が鳥篭を飛び出して外の世界を――大空の下を自由に羽ばたいたとして、その小鳥はもう一度鳥篭に閉じ込められることを好しとするはずはないと思わないか?」

 

 ……どういう意味だろうか、と考えてはたと気づいた。

 

 鳥……すなわち翼。ひょっとしてこれは俺の【片翼の天使】の二つ名をもじっているのではないだろうか。

 つまりこの小鳥とは俺のことである。

 要約すると。

 

『ファミリアからある日突然飛び出して好き勝手していた放蕩者が、もう一度ノコノコとファミリアに戻ってくることなど簡単に許されると思うか?』

 

 である。

 ……混乱と疑心暗鬼の中、とんでもない解釈をしていた。

 

 ――やっぱ怒ってるよコレぇっ!?

 

 すいません! あの頃はいっぱいいっぱいだったんです! オッタルとかオッタルとか、あとオッタルとかのせいで精神的に色々限界ギリギリだったんです! ギルドの申し出に渡りに船とばかりに思ってすいません! ロキを無理やり説得して飛び出していってすいませんでした!!

 以上の意味合いの言葉を必死で語る。

 一人でいた事で仲間の大切さに気づきました、どうか許してください!

 と、熱く熱く語る俺。情けないというなかれ、リヴェリアだけは怒らせたくないし、できれば嫌われたくもないのである。

 するとリヴェリアはひとしきり声を上げて笑った。粛々とした彼女からすれば珍しい光景である。

 ひょっとして、許してもらえたのだろうか。

 

「すまなかった。変な事を聞いたな」

 

 そう言って朗らかな笑みを浮かべるリヴェリア。その表情には怒りは微塵も感じられない。

 

 おお、これはやったのか!

 

 まさにそこは地雷原であり、薄氷を踏むかのような選択肢を切り抜けた達成感が俺の胸にあふれていた。

 それにしてもよかった! 

 本当に……本当に、よかった!!

 リヴェリア、俺のこと許してくれたん――。

 

「お前は本当に酷い男だな」

 

 ……………………………………………ダメだこれ、殺されるわ。

 

 ほころんだ花のような微笑が、獲物を前に殺意を隠した死神の笑みに見えた瞬間である。俺はあきらめと絶望の境地の中で静かに笑いが零れた。

「さあ帰ろう、私達のホームへ」と優しく先を促すリヴェリアの後をついていく俺の気分はさながら屠畜場に運ばれる子牛のそれだった。

 太陽が憎らしいほど真っ赤に焼け焦げている。

 これから。

 これから……リヴェリアに許してもらえるように誠心誠意尽くそうと、俺は夕日に固く固く誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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