これからもよろしくお願いします!
5/3改稿
クリスマスはあっという間に去り、鎮守府はすっかり年越しムードとなっている。鏡餅を作ったり、年末の大掃除を皆で一斉に行ったり。皆で今年も色々あったねー、等と言いながら新年を気持ちよく迎えるために各々励んでいた。
私はといえば、司令と執務室の片付けで大忙しである。
今朝執務室に入ってから早2時間、ぶっ通しで掃除や整理整頓を行っているが一向に終わりが見えない。こなしてもこなしても、新たに仕事が湧いてくるのだ。
朝一番で今まで溜まりにたまっていた書類仕事を片付けた私と司令は、息つく暇もなく部屋の掃除に移った。最も、司令が休もうとしていたところを私が急き立てただけなのだが。
先ず手を着けたのは―――とはいえまだやっている最中なのだが―――本棚の整理だ。
こういう背の必要な仕事は身長の低い私には向かないのだが、如何せん司令には司令の机の中の整頓をしてもらっているため、脚立に登って作業するしかない。なんといったってこの執務室には天井のすぐ近くまである本棚が壁一面に並んでいるのだ。それらの本や書類をあらかじめ決められた順番にきちんとならび直さなければいけないので、司令の仕事が終わるのを待つなんてしたら、今日中に終わりそうもない。
ただ、欠点が無いわけでもない。いくら脚立の天板に座っているとはいえ、司令から私がどう見えているか気になるのだ。司令には背を向けているから、モノも見えないはずではあるのだが、却って視線がどこに向いているのか、それとも仕事に集中しているのかわからないので、チラチラと気にするはめになる。すると、ほら、まただ。
「どうした時津風、何かあったか?」
「いやー? なにもないよ?」
「そうか」
こんな風になるのだ。今まで何回この問答を繰り返したことか。
なんとなくこのまま会話を打ち切るのも嫌だったので、仕事をしつつ司令に話しかける。
「ところでさ、なんで司令そんなに手間取ってんの?さっさと此方も手伝ってほしいんだけど」
「此方もいろいろあるんだよ」
「いろいろってなにさ? 教えてよ」
「いろいろは色々だよ」
「なにさそれ、答えになってないじゃん」
互いに手を止めず、言葉だけ相手に向ける。秘書艦となって4ヶ月、こういうときは軽口を言い合えるようになったのを嬉しく思う。
「ところでさ、今日って何日だっけ」
「今日? 大晦日だぞ」
「あれ、そうだっけ。最近忙しすぎて日付感覚狂ってたよ。――――ってマジで? ヤバイじゃん、今日中に全部終わらせるとか本気でいってるの?」
「だから朝言っただろー? 今日はガチでがんばらにゃいかんって」
「あー、あれ、そう言うことだったのね。やるっきゃないかー」
早速、嫌な予感がしてきた。
あれから必死に作業をこなすこと数時間、なんとか日が落ちる前に実際の掃除を終えることができた。今は司令と、執務室についこの間設えたこたつに入って休んでいる。
「あー、つかれたつかれたー。ほんと司令ってばなんでこんなに仕事を溜め込むのさー」
こたつの天板に顎をのせてぐったりとしながら、対面にいる司令を見て言うと、司令も天板に顎をのせてきた。なんだよ、真似するのか。やっぱ楽なんだよなこの姿勢。顔が近い気もするがまあ良いや。
「そんなこと言ったって、こういうときでもない限り、机の掃除とかとか面倒でな。第一、本棚はほとんどお前しか弄ってないじゃないか。俺がお前に頼んで持ってきてもらうのがほとんどだし、自分で持ってくるときはちゃんともとの場所に戻してるんだから、本棚に関しては言ってみれば自業自得だろ?」
お互いゆるーく会話しているが、その内容は結構真剣だったりする。
しかし、司令の言うことは、悔しいが正しい。今でこそ過去の自分に一言言いたいよ、元の場所に戻せって。
いやさ、はじめは順番があるなんて知らなかったんだ。面倒くさがって手近な棚に戻していたところ、ある程度期間がたった後に司令から指摘されて、ようやく知ったのだ。最初は司令の説明不足だと言いたい。
「まー、確かにそうなんだけどさー」
そのまましばらくボーッとしていると、仕事の疲れかこたつの温もりか、眠気が襲ってきた。
「ねー、司令?」
「なんだ?」
「眠いから寝るから。晩御飯できたら起こしてー。じゃ、おやすみ」
そのままの体制で目を閉じる。司令がなんか言ってるけど、本当に大事なことなら起こすだろうし大丈夫でしょ。
あー、眠い…。
一日の疲れが出たのだろうか、目の前の時津風も寝てしまった。辺りは静まり、時津風の吐息だけが微かに聞こえる。
「おつかれ、時津風」
返事は無いが、きっと聞こえているはずだ。
今日一日はなかなかハードだったが、時津風の助けもあってなんとかこなしきれた。
話す相手もいなくなり、なんとなく目の前で無防備に寝ている時津風を眺める。
最近、時津風は変わった。もちろん良い方向にだ。どことなく感じていたぎこちなさが消え、より自然な印象になったと感じる。一人称を変えると突然言われたときには驚いたが、それまでも俺と初風達以外の前では使っていたから、そこまで違和感は無かったのは幸いだったのかもしれない。
それに、自分のなかで時津風に対する考えもまとまった。
俺はこいつが好きだ。
はじめは外見だけ見て一目惚れだったが、長い間秘書艦として一日の殆どを共に過ごしていると、内面にも惹かれたのだと自分では思っている。
なにせ、なまじ気が利くのだ。疲れたと思ったらお茶を持ってきてくれているし、欲しいものができると雰囲気で察して「何がいるの?」と聞いてくれた。
あそこまで俺のことをわかっているやつは他には居ないだろう。
それに、事あるごとに笑顔を俺に向けるのだ。あれには参った。
今はまだ、この思いは伝えられていない。
あいつはあくまでも、元男なのだ。いくら体に対応しきったとはいえ、男女関係はまだ男のままなのかもしれない。もしも告白してホモ野郎だとか言われた日には、俺は確実に心を木っ端微塵に砕かれるだろう。
だから、クッキーを貰ったときには本当に驚いた。今まで色んな艦娘からクリスマスにお菓子を貰ってきたし、ここ数年は半ば鎮守府の恒例行事になっていたが、まさか時津風から貰えるとは思ってもいなかったのだ。
あまりの嬉しさに「また作ってくれ」だの、「お前が作ったのが良い」だの言ってしまったのはその時は後悔したが、意外にも嫌そうではなかったので、怪我の功名と言ったところだろうか。あれから時津風はいままで以上に俺に親しくしてくれるようになったのだから。
それまでも避けられていたわけではなかったのだが、何処か俺と時津風の間に壁を感じていた。それが無くなったのだ。
ただでさえ俺を苦しめていた時津風の無防備な振る舞いが更に加速したのは、嬉しい悲鳴だ。
もしも、もしも来年のバレンタインデーにチョコでも贈ってくれたら、まさかそんなことはないと思うが、その時は俺も覚悟を決めようと思う。つくづく自分の不甲斐なさが情けないが、こればっかりはどうしようもないのだ。下手に時津風との関係を悪化させるなら、今のままで十分だ。
時津風、お前は俺をどう思っているんだ…?
思いにふけっていると、突然執務室のドアが開く。
「司令官、入るわよ!」
「ちょっと暁、入るときはノックしなきゃだめだって」
音をたてて開いたドアの向こうにいたのは第六駆逐隊一行。勢いよく扉をあけた暁は視界に入った情況に驚いたようで、固まっている。
「えっと、なんかごめんなさいなのです」
皆固まるなか、電が最初に復帰し、一言残して皆を引っ張って出ていった。
「ちょ、ちょっとまって、たぶん誤解してるって!」
司令が慌てて引き留めようとするが、他の面々も耐えきれなかったのかサッと出ていく。唯一、最後に出ていった響が去り際に振り返り、一言残していく。
「司令官、ちゃんと幸せにするんだよ」
「ひ、響、待った。やっぱりずれてるから!」
時津風が起きないように細心の注意を払いながら言い訳しようとするが、その暇もなく出ていってしまう。
再び時津風と司令が執務室に取り残された。
「これはちょっと、まずったかもなぁ…」
しかし、不思議と時津風の寝顔を見ていると、こんなことがあってもいいかな、何て思えてくる。時津風の知らないところで噂が広まるのは気分がよくないが、一方で時津風との仲を見せつけることができて優越感もあるのだ。
「あー、いつ告白するかなー…」
また、夢を見た。
海の底で独り。あの日見た夢と同じだ。
しかし、何かが違う。
あの日感じた寂しさはなく、何処か居心地がいい。
妙な安心感に包まれながら辺りを見渡すと、そこには船の残骸が横たわっている。
それ以外はやはり、何もない。
もしかすると、これが時津風の最期の姿なのだろうか。
そうだとしたら、私は言うなれば帰って来たのだろうか。
近づこうと足を踏み出す。
しかし、すぐそこに見える船に一向にたどり着けない。
それどころか、全く近づかない。
時津風、まだ私は君に会えないのか。
それとも、もはや君は居ないのか。
意識が、浮上して行く。
目を開けると、司令が顔を覗き混んでいた。数瞬の後、慌てて体を起こし、離れる。
「お、起きたか、時津風」
「ん。ご飯まだ?」
眠気覚ましに天井に向けて伸びをしながら聞くと、少し間があいた後、司令がこたえる。
「あー、うん、もう少しだ」
「そっか」
することもないので手をだらんと下げたままぼんやりご飯を待っていると、司令が言いにくそうにしながら口を開いた。
「時津風、その、すまない」
そう言う顔は本当に申し訳なさそうにしている。
「なにさ。また何か仕事でもできた?」
「いや、そうじゃなくてな、実は、見られた」
「見られた? なにを?」
司令の言葉に思い当たる節がなく聞き返すと、頬を掻きながらこたえる。
「さっきお前が寝てる間に暁達が来てな、時津風と俺がこうやってるのをみて誤解されたみたいなんだ」
若干顔を赤らめ、恥ずかしそうに話す司令。しかし、いまいちピンとこない。
「誤解ってどんな?」
そう聞くと、答えに困ったかのように苦笑いをしながら黙りこむ。
「まあ良いや、後で直接聞いてみるよ」
「そ、そうか…」
少し渋るようにしている司令。
なにをそんなに気にしているんだろう。私と司令が一緒にいるのを見られたって別になんの問題も無いだろうに。
よし、それなら、私が一緒にいると胸を張って言えるようになってやろうじゃないか。