これからもよろしくお願いします!
5/3改稿
「時津風、顔赤いけどどうしたの?」
司令にクッキーを渡し、自室に戻ると天津風が開口一番、オレに聞いてきた。ノックもなにもせず急にドアを開けたためか、初風や雪風もこちらを見て驚いている。
「い、いや、なんでもないよ」
流石に自分でも、まさかあんな結果になるとは予想だにせず、誰かに知られるなんてことは絶対に避けたいオレは回りに目もくれず一直線にベッドに潜り込んだ。
「そんなことしてて、何もないわけ無いじゃない。教えなさいよー!」
なんとしても聞き出したがる天津風に頭から布団を被って対抗するものの、どうやら初風や雪風も気になるようでみんなから問い詰められる。
「時津風、さっさと話しちゃいなさいよ」
「そうだよ、何があったのか教えてくれたっていいじゃん!」
ベッドの三方向からそれぞれ聞こえる詰問の声。このまま寝てしまおうかと思ったが、どうやらそれは許してくれないようだ。足元から布団を捲りあげられ、布団から引き摺り出される。
ちょっと、裾がまくれあがっちゃうって!回りは女子のみとはいえ恥ずかしいってば!
その後も些細ながら抵抗したが、結局、ベッドの上に正座するはめになった。目の前には天津風を中心に、腕組をした三人が並んでいる。
「ほーら時津風、観念しなさい! 何があったのか徹頭徹尾話してもらおうかしら」
「拒否権は?」
「んなもんあるわけないでしょ?」
「ですよねー…」
最後の頼みの綱もあっさりと切り捨てられ、とうとう白状するときが来た。
「いや、実はさ、司令にプレゼントとしてクッキーをですね…」
恥ずかしさを堪えながら赤裸々に語っていくと、最初は不思議顔だった天津風たちがどんどんにやけ顔になっていった。嫌な予感がしながらもひとしきり話すと、初風がニヤニヤしながらオレに言う。
「なるほど、つまり時津風は提督に"何回でもクッキーを作ってくれ"って言われて、メッチャ嬉しくなった、と。いやー、乙女だねー、うん」
「そんな、乙女だなんて…。それにみんなだって同じこと言われたら驚くでしょ?」
「いやー、別に。暇だったらやってあげるかな、って感じ。天津風は?」
「あたしもそんな感じね。雪風もそうでしょ?」
「うーん、たぶん、そうなるかな」
なんなんだよ皆して口を揃えて。これじゃあまるで本当にオレが乙女脳見たいじゃないか!
不満に思っていると、天津風が更なる爆弾を投下した。
「あと、提督が時津風のこと意識してるってそろそろ気づきなさいよ」
…は?
あまりにも考えになかった内容を告げられ、フリーズする。
「意識してるって、なに? ライバル的な?」
「なにいってるのよ、異性としてにきまってるでしょ。もしかして本当に気付いてなかったの?」
「いやいや。いやいや、それだけはないでしょ! だってあれだよ? オレ、見た目はこんなんだけど中身は男だからね? そんなやつをどこの男が好き好むのさ!?」
一気に言い返すが皆の反応は冷たく、呆れた顔をされる。数瞬の後、天津風がオレを諭すように言う。
「あのね、寝巻きがピンクで、そんだけ裾の短い服を平気で穿ける男がどこにいるって言うのよ」
「いや、それは外見に合わせているだけで…」
オレが反論すると、更に呆れた様にされる。
「なら、どうして提督の言葉で顔を赤くしてるのよ。もうそこまでいったら女どころか乙女よ乙女」
「いや、だから、それがどうしてか分からないから困っているのであって…」
そう言い返すと天津風は頭を掻きむしりながら悶絶し、雪風と初風がそれをなだめる。その甲斐あってか天津風がおさまると、初風が代打ちとばかりにキッとこちらを向いて指を突きつけ、一気に捲し立てた。
「あーもう! そろそろいい加減にしなさいよ! いい? あんたは女の子なの。もう完璧に女の子。あんたがなんと言おうが端から見たら言動も見た目も完璧女の子なのよ! 裾を気にしない辺りはまだ男が抜けきっていない気もするけど、そんなのちっちゃい子だったら皆だし。さっさと認めなさいよ。あんたは提督が好きなんでしょ?」
今まで見たことのない形相と剣幕に面食らう。
初風に言われてからたっぷり時間がたった後、何度も自分の心のなかで反芻して、ようやく言われたことを理解する。
「オレがもう女だって…?」
自分でも自分がいっていることに驚きながら呟くと、初風や天津風が「ようやくわかったか」とため息をつき項垂れる。
確かに、オレは過去の大学生でもオレの知ってる時津風でもない存在として、自己をもって生活しようとはした。
でも、それが女として生活するようになるのとは違う気がする。そんな気はするのだが、心のどこかで納得している自分もいるのだ。
妙な居心地の悪さを感じること数分、雪風が切り出した。
「えっと、今さらなんだけど、その、一人称が"オレ"って言うのも、違和感あるかなって…。私たちと司令の前でしか言って無いみたいだから良いけど、なんか最近無理して使ってる気がするなー」
ただでさえ微妙だった空気が、雪風の一言で更に凍りつく。雪風もそれを感じたのか、言い終わってすぐ焦った表情をし、初風の天津風は雪風を見て驚いたあと、オレの様子を窺う。
本当に、そうなのだろうか。
雪風の一言で、自分自身に対して疑問が生まれた。
本当にいまの自分は、過去にとらわれず今を生きていられているのだろうか、と。一度生まれた疑念はなかなか消えず、かえって深く考え込む。
あのとき、司令に寝ぼけて布団に連れ込まれたときも、嫌じゃなかった。司令と一緒に仕事をしていて、誉められ、頭を撫でられたときも、表にはあまり出さないように勤めたが内心は飛び上がりそうなほど嬉しかった。それに、ついさっき、司令に言われたことも、心の底から嬉しかった。
どの出来事も突然で、驚きの方が強かったから気づかなかっただけなのかもしれない。
もしも、その気持ちの裏返しで自分を"オレ"と読んでいるとしたら。自分は男だと無意識に言い聞かせていたのだとしたら。確かに、オレは自分を偽っていたのかもしれない。
でも、オレに、それを判断する勇気はなかった。
だから、申し訳ないけれど、皆に決めてもらおう。どっちだとしても、オレ自身、どちらが今のオレにあっているのか分からないから。
「じゃあ、一人称を"私"にするって言ったら、どうなのかな…?」
一人称はオレにとって自分の精神的な性別の現れだ。それを変えると言うことは、精神的性を変えることにも繋がる。
三人に聞くと顔がパッと明るくなり、胸のつっかえが取れたような表情をして、皆が口を揃えて言う。
「もちろん歓迎よ。あ、無理して使えって言ってるんじゃないのよ。でも、最近はなんか無理してるなって私も思ってた。変えるならちょうど良い時期なのかも知れないわ。そうでしょ、初風?」
「そうね、今の時津風には合ってると思うわ。雪風は?」
「私は時津風が良いなら良いかなって」
そっか、そうなのか。
「わかった。じゃあ、これから"私"ってことで。あ、でも司令が好き云々はもうちょっと待って。まだ気持ちの整理がついていないから」
「しょうがないわね。でも早めにけりつけるのよ?」
今度の天津風は妹を見るような眼差しをオレに、いや、私に向ける。
いつもはくすぐったいこの感じも、今だけは心地良い。
「うん!」
時計を見るともうすぐ消灯時刻だ。いつの間にかかなり時間が経っていたらしい。
この日は、いつもよりもずっとよく眠れた。
翌日、朝食も終わり執務室に入って開口一番、司令に告げる。
「司令、おはよーございます!」
いつになく元気に挨拶すると、司令は若干戸惑いつつも挨拶を返す。
「おはよう時津風。今日はやけに元気だな、なにか良いことでもあったのか?」
「いやー、実はさ、一人称を私にすることにしたんだよね。初風達と相談したんだけど、今の私には此方の方が合うのかなって。どうかな?」
司令は私の言葉を聞いて、驚いたようだが、すぐに納得したようだ。
「うん、俺としては良いと思うぞ。あと、何だか胸の支えが取れたみたいなのが嬉しいかな」
「あー、やっぱりそんな風に見えてた?」
「なんとなくな。まあ、もう過ぎたことだ。今のお前が元気ならそれで良いよ」
む、司令ってば無意識でそう言う台詞言う?
そう言うところに私もどこか惹かれてたのかなー。
「ありがと。それじゃあ早速仕事始めますか!」