憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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誤って削除したため再投稿。5/3改稿


身体の記憶

 すっかり時津風の体や周囲の環境にも慣れたこの頃、ふと気になることがある。俺とみんなの違い、主には生まれの違いと、自分が知っている史実との差違だ。俺がこの体になったあの日、直前に見ていた夢が妙に気になるのだ。あれは確か、海の底だったのだろう。そこから想像を膨らませると、あれはもしかすると、時津風が沈んだところの光景なのではないだろうか。暗い海の底で独り。もしも本物だとしたら、時津風は俺の知っているものではないのだ。白雪や朝潮、荒潮と共に沈んだはずなのである。

 

 疑問点はまだある。時津風は第16駆逐隊発足当初は雪風と小隊を組んでいたので、天津風よりはどちらかと言えば雪風の方が時津風と仲が良いように思うのだ。しかし現在は天津風が半ば"ぞっこん"とばかりに俺に懐いているというか、優しく仲良くしてくれている。

 

 これらはあくまで俺の想像にすぎないし、今となっては考えてもしょうがないことではある。しかし、どうにも気になるのだ。

 

 

 

 最近は寝る前にこの事ばかり考えるせいか、かなりの頻度であの日の夢を見る。

 

 

 

 

 

「おはよう時津風、なんか顔色悪いよ? 大丈夫?」

 

 朝起きると雪風が俺の顔を覗き込んでいた。天津風と初風はいま遠征に行っているので、ここ暫くは雪風と二人で部屋を使っている。流石に人数が半分になると、部屋も広く感じられて少し寂しい。

 

「大丈夫だよ、おはよう雪風。いま何時?」

「えっと、〇七〇〇だよ」

「やばっ、司令にどやされる!」

 

 寝起きで朦朧(もうろう)としていた意識も雪風の言葉で一気に覚醒する。前日の夜に、今日の朝一番で執務室に来るように言われていたのだ。雪風が何が起きたのかわからず戸惑っているのを放っておいて、急いで身支度をする。流石に三週間ほどこの体で生活していれば、扱いには慣れた。

 

「もー、何でもうちょっと早く起こしてくれなかったのさー!」

 

 着替えつつ、焦りを声にして気持ちを落ち着ける。すまん雪風、とばっちりだ、許せ。

 

「何回も起こしたよ? でもその度にすぐ寝ちゃうんだもん、どうしようもないって」

 

 今まで何度も繰り返しやってきただけあって雪風も慣れたのか、こういう俺の態度にも苦笑で対応してくれる。雪風のそういうところが本当にありがたいのだが、それに甘えてしまっては本来はダメなんだろうなぁ…。

 

 着替えと洗顔歯磨きの最低限の身だしなみを整え、執務室へと急ぐ。向かっている最中に思い出すのは俺が鎮守府にやってきた初日の司令の裏の顔というか、真剣モードだ。あれ以来お目にかかっていないものの、一度でもあの鋭い視線を受けたら、脳裏に焼き付いて離れないのだ。まるで自分の思考すらすべて見透かされているような薄ら寒いあの感覚。もしかすると今回の遅刻で怒られ、再びお目にかかれるかもしれない。そんな想像をしつつ、ドアの前に到着した。

 

 あの日の緊張を思い出す。もしもの時に備え、できるだけ荒立てないように最大限の注意をはらって執務室に入る。

 

「失礼しまーす…。遅れてすみません、時津風です…」

 

 恐る恐る部屋に入ると、何をしているんだと言わんばかりに疑問の表情を浮かべた司令が。

 

「あれ、早いな時津風。まだ一時間前だぞ?」

「へ?」

 

 あれ、もしかして聞き間違えてた? いやいやまさか、ちゃんと復唱して、すぐにメモも録ったのだ。まさかそんなわけ…。

 

「あー、これはあれか、訂正が伝わってなかった感じかな。お前に伝えたあと、流石に早すぎるなと思って遅らせたんだよ。たしか島風に伝言を頼んだんだが…」

「え? ………あれか!」

 

 思い出したのは昨日の風呂の時のこと。たしか島風は

 

「あ、明日〇八〇〇だってー。伝えたからねー」

 

 なんて言ってたっけな…。急に言われたからなんのことかわからず、そのあとすっかりいまの今まで忘れてしまっていたが、この事だったのか…。

 

「あー、うん、確かに聞いたわ。ってことは俺が勝手に焦ってただけ? マジかよ…」

 

 直前まで焦りに焦っていただけあって、それが自分の一人相撲だったと知りガックリくる。一人うなだれていると、腹がくぅ、と鳴った。

 

 

「もしかして朝飯も食べずに来たのか? なんと言うか、朝からお疲れ様だな」

 

 やれやれ、と呆れた顔をして言う司令。いやはや、まったくその通りですぜ…。

 

「ほんとだよ、司令に遅刻したって怒られるかと思ってホントに緊張してたんだから…」

 

 すっかり気が抜けて本音を愚痴ってしまう。司令とは精神年齢的に近いだけあって、こう言うときにはなかなか話し相手に役に立つのだ。

 

「俺も飯まだなんだよね、どうだ、一緒に食いにいくか?」

 

「あー、そうするか。ねぇ、なんか苦労したご褒美というかなんかで一品ちょうだいよ」

 

「んー? 献立によっちゃあ良いぞ」

 

 何とは無しに冗談で言ったつもりの提案が思いがけず通って驚く。間宮さんの作る料理はどれをとっても本当に美味しいのだ。朝から大変だったけど、棚からぼたもち? 怪我の功名? よくわかんないけど、取り敢えずラッキーだ。結果オーライ。

 

「本当!? やった! 早く行こ!」

 

 あまりに楽しみなので司令の手を引いて食堂に向かう。子供っぽいとは自覚しているが、それ以上に嬉しいのだ。それに今はこんな"なり"なんだ、たぶん許される、はず。現に司令も苦笑して着いてきてくれている。

 

 

 さぁ、今日の朝ごはんは何かなぁーっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝御飯を食べ終えた俺たちは再び執務室に来た。それにしても、食べている途中に回りから視線を感じたのだが、あれは一体なんだったのだろうか。もしかして急いで身支度をしたからどこか乱れていたのかもしれない。先ほど廊下の鏡の前を通ったときに確認すると変なところは無かったから、なにかの弾みで直ったのだろうか。

 

「ねぇ、なんか服装変だったかな?」

 

 司令に聞いてみると質問で返された。

 

「ん? 別にいつも通りだったけど、どうかした?」

 

「いや、なんか食事中に視線を感じてさ。なんかおかしかったかなーって」

 

 聞くと、少し考え込んだあと、

 

「別になにもなかったぞ、気のせいじゃないか?」

 

「そうかもねー」

 

 結局解決しないまま、本題の話に入った。

 

 

「さて、本題の話だが、最近調子悪いんじゃないか? 傍目から見ても分かるときが結構あるぞ。なにか変わったことがあるなら教えてほしいんだが、どうだ?」

 

 司令は真剣な顔で俺を見る。しかし、そこにはあの日のような鋭い眼差しはなく、慈愛のものだった。

 そんな目で見られると、なんだかむず痒いんですが。

 それにしてもこの人、この為だけに俺を呼んだのか? お人好しというかなんと言うか。しかし実際、相談相手を申し出てくれるのはありがたい。やはり、こういう気配りができる人はモテるのだろうか…。

 

「実は最近、夢を見るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今現在起こったことと自分の考えを伝えると、司令は少しうつむいて考え、顔をあげて俺を見て言う。

 

「たぶん、それは時津風に始まったことではないと思う。夢を見ると言うのはあまり聞かないけど、沈没したときに損傷していた箇所が痛んだり、自分の脅威であったものに不快感等を感じると聞いたことがある。その類いじゃないのかな」

 

 なるほど、そう考えれば珍しいものではないのかもしれない。しかし、なぜ夢なんだ…?

 

「気にしすぎるから見るのかもしれない。気にしなければいつかよくなると思うよ」

 

「そういうもんかな?」

 

「そういうもんだよ、きっと」

 

 そっか、なら気にしないでおけばいいのかもしれない。

 

 

「うん、ちょっとは気が楽になったかな。ありがとね」

 

 心から感謝して礼を言うと、司令が固まってしまった。若干顔も赤い気がする。あー、なるほど。時津風の容姿にやられたのか。我ながら罪作りなやつだ。

 

「どうかした? 司令」

 

 聞くと、無理やり咳払いをして仕切り直した。

 

「い、いや、なんでもない。今日は1日休日だ。遊びにいくなりなんなりしてゆっくりしてくれ」

 

 

 さて、なにをしようかね。

 

 


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