イベント事は企画する段階が一番楽しいとは良く言ったものだが、俺たちのハロウィンパーティーには当てはまらなかったようで、準備期間も当日も、大満足の結果となった。前日丸一日を休みにして朝から行われた鎮守府の飾りつけでは駆逐艦や戦艦問わずみんな一丸となって楽しんで、あらゆるところをハロウィン一色で彩った。
午後には各人(各艦?)の衣装も揃い、それぞれの部屋へと戻って仲間同士お披露目会をした。俺達第16駆逐隊では、初風はウサギ、雪風はハチミツが好きそうなクマ、天津風はネコの仮装をしたのだが…、まあ、ハロウィンじゃないと言われればそう見えてもしょうがないような見た目になってしまった。端から見れば只のコスプレ大会だが、なんと言っても鎮守府中の艦娘それぞれに違う仮装をさせるのだ、戦艦や空母から希望が埋まっていくため、駆逐艦ともなれば吸血鬼などの有名どころは既に埋まっており、残っているのは動物などのコスプレ擬きとなってしまう。
…俺?
犬、犬だったよ。
こら、笑うんじゃない。俺だってわかってたさ、前世で散々犬っぽいって言われてきたんだ、きっと今回も動物系の中から選ぶことになったらこうなることなんて、初めからわかってたよ。ちなみに衣装はなぜか、俺に犬の服装を推してきた司令が持ってたのでお借りした。てか、なぜ持ってたんだ。もしかして最初から俺に犬の格好をさせるつもりだったのか…?
パーティーの食事は間宮さんにお願いしたが、いつも以上に張り切ってつくってもらい艦娘逹は大満足だった。どれも本当に美味しく頂きました。
パーティーは大きなトラブルもなく終わり、俺達は満足感を味わいながら寝床についたのだった。あ、そういえば俺の寝巻きは結局天津風から貰ったものをいまだに使っている。このネグリジェ、布の質がいいのかとても着心地がよいのだ。前世で男の時に使っていたパジャマの質の悪さに今さら気づいたが、たぶん男の肌なら問題なかったのだろう。今は柔らかい女の肌、なにかとその辺にも違いが出たのだろうか。
そして今、朝も朝、早朝4時である。まだ天津風達はぐっすりと眠っている。雪風はとても幸せそうな顔をしているな、たぶんいい夢でも見ているんだろう。
さて、妙に早く目が覚めてしまい、すっかり冴えてしまったが、どうしようか。
皆を起こさないようにそっとドアを開けて部屋の外に出てみると辺りは静まり返っていて、自分の呼吸すらうるさく感じるほどだ。空気は冷たく、秋に差し掛かっているのを感じさせる。流石にまだどこも開いていないので、ひとまず執務室に向かうことにした。
ドアには鍵がかかっていないようで、扉はすんなりと開いた。部屋を見渡すと、机に突っ伏している指令を見つける。
「おいおい、何してるんだよ司令…」
近づいてみると、机の上には仕事の書類が。もしかすると、パーティーが終わった後、休んだ分を取り返すとか言って仕事をして、寝落ちしたのだろうか。まったく、なにやってるんだか。こんなところで寝て体調でも崩されたら、こっちだって困るんだ。取り敢えず、このままにするって訳にもいかないだろう、せめて布団かなにかでもかけてやるか。
部屋を見回したが使えそうなものはなかったので、自室に戻り、ベッドからタオルケットを持ってきて司令の肩からかけた。心なしか司令の表情が和らいだ気がする。
まだみんなが起きるには早いので、することもない。暇潰しに司令の向かいに座り、司令を眺めていることにした。
「それにしても、何で俺に教えてくれなかったんだろうなー…、言ってくれれば徹夜だろうとつき合ったのに…。そんなに頼りないのかな、俺」
目の前で間抜けな顔をして寝ている司令をみると、妙に心がざわつく。そういえば最近、妙な距離感を感じるのだ。もしかしたら最初からあって、今更気づいただけなのかもしれないが。
「司令の役に立ちたいんだよ、もうちょっと頼ってくれたっていいじゃないか…」
しばらく眺めていると司令が起きたようだ。
「ん…あれ、時津風? あー、寝落ちしたのか…。って何で怒ってるんだよ」
「怒ってなんかないよ。まだ朝早いしベッドで寝てくれば?」
怒ってなんかないさ、ただ、俺の扱いに勝手に不満に思っているだけだ。
「んあー、そうするか…」
まだ半分夢の中と言った足取りで執務室の奥にある司令の自室に向かっていくのを見ていると、声をかけられた。
「時津風ー、一緒に寝ようぜー…」
突然のことに驚いていると、司令が俺の手をつかみ、ベッドへと連れ込んだ。
なんだよ、半分眠ってるんじゃないのか!? 何でこんなに力が強いんだよ!
結局、なすがままにされてしまった。司令と一緒のベッドの上に連れ込まれ、同じ布団のなかに入れられた。なんなんだこの状況は。司令は俺の手をつかんだまますっかり寝てしまったので、司令を寝させてあげたい俺としては無理に外すこともできず出られない状況にある。
どうしようかと困っていると、司令が俺を抱き寄せた。
な、何をしているんだ司令! 近い! 顔が近い!
あまりの出来事に一瞬パニックになるが、相手は夢の中なのだ、簡単に怒ることも憚られる。
しかし、人肌というのは暖かいものだな。あれ、なんだか俺も眠く………
朝起きたら時津風と一緒に寝ていた。何をいってるかわからないとは思うが大丈夫だ、俺も理解できていない。
時津風が寝入ってから暫く経ち提督が目覚めると、自らの腕のなかで眠る時津風を見つけた。腕を体の下に敷かれてしまっているため、起き上がろうにもできない。力ずくでなら不可能ではないが、今、この状態で時津風に起きられると確実にヤバイ。誤解されるのが目に見えている。
いったい、どうすればいいのかと困っていると、時津風の顔が近いことに気づく。そのとたん心拍数が上がってしまう。心臓の音で起きてしまわないか不安になるほどうるさく感じるくらいだ。スッと通った鼻、瑞々しい唇、ほんのりと赤く染まった頬…。顔をまじまじと見てしまい、生唾を飲む。
まて、息子よ、誤解を増やすようなことはするんじゃない。相手はもと男とはいえ、今は可愛い少女なのだ、こんなところをだれかに見られでもしたら…
嫌な想像は、時として本当に降りかかってくる。
部屋のドアをノックされるのが聞こえた。
「司令官ー?起きてますかー?青葉入りまーす」
よりによって一番避けたいやつが来てしまった。これはもう、詰みなのか?
近づいてくる足音が聞こえる。そして、自室の扉が開かれてしまう。
「司令官ー?起きてますかー…? って、おぉ…」
見られた。バッチリ見られてしまった。青葉の顔が良いものを見たと言わんばかりに笑顔になっていく。
「ち、違うんだ青葉、これは俺が連れ込んだのではなくて、起きたらいつのまにかいただけなんだよ!」
時津風を起こさないように声を絞りながらも必死に弁明するが、聞き入れてくれるはずもなかった。
「大丈夫、わかってますってば。まあ、取り敢えず記念写真でもどうぞー」
そういうと青葉はカメラを取りだし、様々な方向から俺達を撮り始めた。
「まずは司令官ですよー、ほら、笑ってくださいよー。お次は気になる女の子の方ですね。おー、時津風ちゃんですか、なるほど、最近やさしくしてましたもんねー。着任早々秘書艦にしてますし、もしかして一目惚れですかー?」
にやにやと笑いながらいきいきと写真を撮っていく青葉。
終わった…俺の提督人生、終わった…
「おつかれさまでしたー、ごゆっくりどうぞー」
一言残し、青葉が出ていく。
さて、このあとはどうしたものか。
…今日は休日だったか。
…寝るか。
起きると時津風はいなくなっていた。あれは夢だったのだろうか。まあいい、青葉に聞けばすぐ分かることだ。取り敢えず、仕事に戻ろう。青葉、もしもあれが現実なら、どうか言いふらさないでくれよ。
…お腹すいたな。
起きたら司令がぐっすりと眠っていたので、静かに抜け出させてもらった。これだけ熟睡していればきっと疲れもとれるだろう。お疲れ様、司令。
…それにしても、司令に抱き寄せられたとき、嫌じゃなかったな。時津風の感覚に近づいたのだろうか。
まあいい、もう昔の俺じゃないのだ。たぶん、司令に好意を抱くのも、きっとおかしくない、はずだ。
司令、起きたら俺にも仕事、教えてくれよな。