憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

3 / 24
雪風の口調がわからないのであります。5/3改稿。


始まりの朝 下

 俺に対するサプライズと言う形で始まった、歓迎パーティーと言う名のお食事会も幕を閉じた。皆は食事をかなり楽しんだ様子だったが、俺の場合は挨拶回りに振り回される時間だった。前世でのキャラクターとしてよく知っている面々に会うことができ此方としても充実した時間になったと共に、目の前の艦娘達はゲームと違いそれぞれ明確な自我を持った、尊重されるべき一個人であることを再確認することができる場となった。

 

 食事を終え、部屋に戻って各々のベットに寝転がりながら食後の休憩をしていると明日の予定の話になった。食事をとっている最中に提督がやって来て明日の休日を告げに来ていたのだ。

 

「そういえば時津風の私物とか荷物とかってまだ何もないのよね?」

 

 そう聞いてきたのは天津風、午後の駄弁りと先ほどの食事ですっかり仲良くなり、まるで旧友のような気のおけない仲になった。ボディタッチが多いのが少し気になるが…。元男としては旧友より恋人になりたかったところだが、この体たらくでは致し方あるまい。言ってしまえば別に同性でも良いのだろうけれど。事実、食事中に挨拶をした艦娘の一部二人組はなんと言うか、かなり甘ったるい雰囲気を出していたわけで。この鎮守府には男が提督位しか居ないのでそうなるのは必然と言えばそうなのかもしれない。

 

「うん、まだなにも持ってないよ、今日来たばっかだし」

 

「じゃあ寝巻きも持っていないのよね。このあとお風呂だけど着るものどうするのかしら?」

 

 あー…、はい、やっぱりそうですよね、入りますよね、風呂。男としては嬉しい筈なのだろうが今となっては罪悪感の方が強い。みんなは俺を時津風本人と思っているので、上手くいくほど騙しているような気持ちになってくるのだ。いや、現状騙しているといっても間違いではない。そんな俺が彼女らの裸を見ることになるのは申し訳ない。

 

しかし現時点ではどうすることができるわけでもなく、流されるしかないのが実情だ。いつか俺のことを話せるときが来たらよいのだが。

 

 それにしても着るものか。着るものといってもな、俺の持ち物なんてまだないよ。まさに着の身着のままだ。今思えば午後のうちに何か間に合わせでも良いから買っておけばよかったのだが、流石に今から買いにいくわけにもいくまい、すでに時刻は8時前になっている。

 はてさてどうしたものかと考えていると初風が朗報を持ってきた。

 

「そういえば私の時は、最初の服一揃えは提督からと言うか鎮守府から支給されたわよ。きっと時津風も貰えるんじゃないかしら」

「それならよかったわね。なんだったらあたしのを貸してあげようかと思っていたんだけど。一応持ってく?」

 

 ありがとう天津風。でもどことなく下心が見えるのはなんでだろう。

 

「ありがとう天津風! 因みにどんなやつ?」

 

 念のために聞くと天津風は自分のタンスのなかを探し始めた。

 

「ちょーっと待っててね。前買い物に行ったとき、時津風が来たときのためにって買っておいたのよ」

 

 そうして天津風が探している間、暇になったので何気なく雪風に目をやるとめっちゃ苦笑いをしている。嫌な予感が頭をよぎるが流石にそんなことはないだろうと初風の方も見ると今度は諦めなさいと言わんばかりの表情。これはまさか、俺の予想通りなのか…?

 

 予感が確信に変わりかけたとき、ついに天津風がお目当てのブツを見つけた。

 

「あったわ!これよ、どう?かわいいでしょ!きっと時津風に似合うと思うんだけどどうかしら」

 

 天津風が満面の笑みを浮かべながら取り出したのは、淡いピンクを基調としてフリルを多く使った、なんとも乙女チックなネグリジェ。大変残念だが嫌な予想はこういうときに限って当たってしまった。初風から漏れるため息、雪風から漏れる「うわぁ…」と言う呟き、男の俺だけではなく女子目線ですらなかなかにきついもののようだ。

 

「あ、ありがとう天津風。提督から何もなかったら借りるね」

 

 本心としては断固お断りしたいところだが天津風が、あまりに嬉しそうにしているので受け取らざるを得ない。天津風が嬉しそうにしているのを見ていると俺も嬉しくなってくるのは所謂姉妹の絆なのだろうか。もしそうだとしたら、イレギュラーで異質な俺も仲間になれた気がして嬉しい。

 

 

 結局着るものは天津風から借りるとして、風呂に行くことになった。さあ、地獄の時間の幕開けだ。

 

 天津風達に連れられて銭湯の大浴場のような風呂場に行くと、脱衣所の籠はそれなりの数が使われているのが見えた。どうやら先客がいるようだ。あの巫女服のような奴は金剛さんたちのものだろうか、四つ横に並んでいる。

 

 辺りを見回して些細な時間稼ぎをしていると初風に早く脱ぐように言われた。もう少し心を落ち着ける時間をくれませんか、今覗きをしているようでめっちゃドキドキしているのですよ。もしここで男にもどったら半殺しじゃ済まないだろうな、なんて軽い気持ちで想像すると背筋に寒気が走った。いま思えば、いままでの行動も男の自分がやっていると思うと………、いや、考えるのは止めよう。そんなことをいっていたら今後生活していけない。

 

 ぼさっとしていてもしょうがないと、思いきって服を脱ぐと時津風の白い肌が俺の目を奪った。シミ一つ無いきれいな肌に暫し固まっていると、天津風に手を引かれ、浴室に連れていかれる。

 

 浴室はまさに古きよき銭湯のようだ。カポーンと言う言葉が似合う。横一列に椅子に座ろうとしたところ三人の間で位置取り合戦が起きたようだったが、結局雪風、初風、俺、天津風と言う順番になった。両サイドは見ることができず前を向けば鏡に写った自分を真正面から見ることになり、視線の行く先に困る。結局、自分の体はしょうがないと真正面を向いた。時津風、すまぬ。

 

 男のように頭を洗っていると天津風に突っ込まれた。

 

「あんたなんて洗い方してるのよ、男じゃあるまいし。やってあげるから一度で覚えるのよ。こっちに背中向けなさいな」

 

 いや、そうすると初風の体をモロに見ることになるんですが。

 

「早くしないとくすぐるわよ」

 

 あ、はい、すみませんでした。ごめん初風。

 天津風に背を向けると、頭頂部から優しく洗われる。あ、この娘めっちゃうまい。

 

 

 結局そのあと背中まで流してもらいました。めっちゃ気持ちよかったです。ただ、最後、洗い流すときになって天津風が何処とは言わないが、その、こう、わしっと掴んできたのには驚いた。本人いわく「勝った」らしい。俺としてはなにか大切なものを失った気がする。

 

 ゆっくり湯船に浸かり、そろそろあがろうとしたとき脱衣所の方から提督が声をはりあげて言った。

 

「時津風、支給品の寝間着を入り口に置いておくから誰かにとってもらってくれー!」

「りょーかいしましたー!」

 

 聴こえてるか解らないが一応返しておく。

 

「雪風、お願いできるー?」

 

 ここは運のいい雪風にお願いしてとってきてもらう。もう既に置いてあるのだから誰が取りに行ったって同じだが、気分的にね。

 

「いいよー、先上がってるから持ってくるまでちょっと待ってね」

 

 笑顔で了承し取りに行ってくれる雪風、なんて優しい娘なんでしょう。

 

 しばらくして雪風が俺を呼ぶ声が。風呂から上がり体を拭いて、雪風から紙袋を受けとる。さて、どんなやつが入っていることやら。中身を取り出すと…

 

「うわぁ、流石にこれはキツいわね…」

 

 後ろにいた天津風が思わず呟く。これは…天津風のが普通に感じるほどヤバい。何て言ったってこれは、どピンクのベビードールなんだから。

 

「Oh,近頃の駆逐艦たちはこんなのも着るんですネ! ちょっとマセすぎじゃ無いデスか?」

 

 丁度金剛さんが風呂から上がってきた。その表情は驚き一色。

 

「ちょっ、違います、違うんです!これは司令が勝手に持ってきただけで」

 

 多大なる誤解を生んだようで、懸命に解こうとするが「大丈夫デスよ、そういう時期も女の子には必要デース!」と聞いてもらえない。

 

 

「あーもう!しれぇ、なにしてんのさぁー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、入りますよ!」

 

 支給された寝間着のあまりのひどさに怒った俺は執務室へ、抗議をするべく向かった。全く、天津風からまだマシなものを借りていたから良かったものの、もしなかったらどうなっていたことやら。自分が透け透けのベビードールを着ているのを想像して悶え、自分が今来ているネグリジェを意識してしまい悶える。

 

 その恥ずかしさを執務室の扉に当てて勢いよく開くと、まるで俺が来ることを予想していたかのように提督が悠々と俺を待ち構えていた。

 

「お、時津風、来たか。俺が渡した寝間着はもっと際どいやつだったと思うのだが?」

 

 にやけながら、まるで勝ち誇るかのように頬杖を突きながら言う提督。

 

「あんなの着られる訳ないでしょ!どう言うことなのさ一体、天津風にこの服を借りてなかったらあれで部屋まで帰らなきゃいけなかったんだよ!?」

 

「良いじゃないか、どうせここには艦娘位しかいないんだ、別に困ることでもないだろう?」

 

 俺の抗議を聞いても余裕綽々といった態度をとる提督に頭に血が昇っていくのを感じる。

 

「困るよ!こんななりでも元男だよ!? 普段着だって下着がいつ見えるかって気が気でないのに、流石にあれはおかしいでしょ!」

 

 俺が捲し立てると、面食らったような表情をしたあと、笑う提督。

 

「な、何がおかしいのさ!」

 

「いや、まさかここまで上手くいくとは思わなかったからね、驚いているんだよ」

 

 上手くいった、だって?

 

 提督の言っている意味がわからず、恥ずかしさと怒りから来る興奮のみが溜まっていく。

 困惑しながらも提督を睨み続けていると、続けて話し始める。

 

「まず最初に、ああいう寝間着を用意したのについては謝る。それで、上手くいったと言うことだが、実は天津風がお前に寝間着を貸すことは知っていたんだ。あいつが買ってきたときに、俺に散々自慢したからな。だから俺が渡すのがヤバくてもなんとかなるのは解ってたんだ」

 

「じゃあ、なんでわざわざあんなのを渡してきたのさ!」

 

「まあ、そう焦らないでくれ。理由の一つとしては所謂ショック療法的な意図だ。怒ってるとはいえ、俺に自然な口調で話してくれているだろう? 多少粗っぽいがお前はこうでもしないと根からは変わってくれないと思ってな。もう一つは体よくここに呼び出したかった、と言うものだ。俺が思うに、何かしら悩んでいる気がするのだが、違うか?」

 

 一体、この提督は何を考えているんだ。

 言葉の矯正? 確かに怒りからか口調は解けたが、そんなことのためにあんな恥ずかしいものを贈るだなんてどうかしている。

 

 どうかしているが、全く、どうしてだろうか、妙に怒る気が削がれた。怒りを通り越して呆れているのだろうか。提督に呆れた、という視線を送ると手を合わせて謝ってくる。そんな風に謝るくらいなら、最初からしなければいいのに。

 

 とはいえ、確かに提督に相談しようと思っていたことは、ある。散々怒っておいて急に相談するのも気にくわないので、「しょうがなく許した」とアピールするように大きくため息をついてから話す。

 

「皆と話していて思ったんだ、俺が皆に対して自分の中の時津風を振る舞うのは、皆を騙していることになるんじゃないかって。まだ誰にも俺が元男だってことも話していないし、今後話せる気もしないんだよ」

 

 提督に俺の弱味を見せるのは癪だが、やり方はどうであれ俺のことを考えてくれている。全く、俺もこんなやつに相談するなんてどうかしてるよ。

 

 自分の感情と行動の不一致に悶々としていると、提督の表情がまるで子供を見る親のような、暖かいものになった。まて、そんな目で俺を見るな。これではまるで俺が子供のようじゃないか。仮にも大学生、端から見れば社会人だぞ。

 

「そうか、話してくれてありがとうな。お前の苦労はお前しか解らないだろうから、俺は軽い言葉で慰めるつもりはない。だが、意見くらいはできるかと思う」

 

 な、なんだこいつ。どうしてそんな優しい声で話すんだ。おかしいだろ、俺は時津風に憑依したような変わり者だぞ? それだというのにどうして、まるで俺がまるで何か大切なように扱えるんだ。

 

 自分の中の提督像が次々と変わっていき、混乱する。

 

「今のお前は自分の中の時津風像に振り回されているように思う。まずは、そうだな、仲間を信頼する、と言うのはどうだ? 確かに、直ぐに自分の正体と言うか成り立ちを話すのは中々難しいことだとは思う。だが、うちの鎮守府に居る艦娘たちはその程度じゃお前を見捨てたり、軽蔑したりしない」

 

「ど、どうしてそんなことが分かるんだよ! 今まで女で同性だと思っていたやつが実は中身は男でしたー、なんてどう考えても気持ち悪いじゃないか!」

 

 自分では解っていたつもりだったが、改めて声にすると周囲と自分の間にある深い溝を再認識してしまう。皆と自分は見た目同族だが、実際のところはかけ離れた存在であるのだと自覚する。恐らく、今後もこのまま過ごすのだろうと気持ちが落ち込んで行く。涙が溢れてくるのを感じるが、それにも気持ち悪さを感じてしまい、提督には見せまいと足元を見る。何泣いているんだ、一般的に考えて当たり前の事だろう、と。

 

 思考が悪循環に陥っていると、不意に、頭に暖かな感触を覚えた。視線をあげると提督が俺の頭に手を乗せていた。

 

「分かるさ。俺が育ててきたんだ。ここにお前を軽蔑するような薄っぺらい考えを持つやつなどいない。気持ちの整理がついたら話してやるといい。思っているよりすんなり受け入れてくれるさ。俺が保証する」

 

 なんなんだ、このバカ提督は。人の気も知らないで。やっぱり気に食わない。

 だけど、そこまで言うなら、ちょっとは信用してやっても良いのかもしれないな。

 

 

「いつまで勝手に人の頭を撫でてるのさ、まったく!」

 

 提督の言うことを素直に聞くと何処か負けた気になるので、あくまでしょうがなく聞き入れた、と言うことにする。提督の手から抜け出し、気恥ずかしいので小走りで執務室をでる。

 ドアを閉めるときになって、今までありがとうの一言も言っていないのに気づいた。大変気に食わないが、最低限のお礼くらいは言わないといけないだろう。

 

 閉めかけたドアから顔だけだして一言だけ、いう。

 

「ありがと、司令」

 

 それ以上言うと墓穴を掘る気がして、サッと扉を閉める。妙に執務室から離れるのが名残惜しく、直ぐに駆け出すと提督に聞こえるかも、なんて理由付けをした俺は少しの間ドアに背をあずけ、もたれ掛かることにした。

 提督と別れて気になったが、今の自分の気持ちは何なのだろうか。最初は本気で怒っていたのに、いつの間にか感謝すらしている。女になって感情の起伏が激しくなったのだろうか。考えたが、答えは出ない。

 

 

 皆にぶっちゃけるなら、早い内がいいよね。

 

 

 部屋にもどったら、自分の全てを打ち明けると決意し、足早に部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 執務室に一人残された提督。時津風が執務室を出ていくのを見送り、扉が閉まるのを確認すると、まるで枷が外れたかのように机に突っ伏した。その顔は満足げ、否、惚けていた。去り際に時津風が見せた笑顔にやられたのだ。

 

「時津風の表情、怒ってるにしてもやっぱ可愛いよなー」

 

 ベタ惚れである。

 

 始まりは初風達が遠征の最中に保護した艦娘を見たときだった。まだ意識が戻っていないことを良いことに、一日ずっと眺めた。一目惚れだった。今から目の前の名も知らぬ艦娘とやっていけると思うと胸が高鳴った。なかなか意識が戻らず悶々としていると、ふとある考えを思い付いた。この艦娘はなにがなんでも失いたくない。ならば秘書艦にしてしまえばよいのだ。

 

 それからの行動は早かった。鳳翔に見守りを頼み、自らは秘書艦を勤めるに当たって必要な知識を教育要項など関係なく片っ端から集めた。きっとあの艦娘ならやり遂げてくれるだろうと、根拠の無い自信をもって。

 

 艦娘の意識が戻ったと聞いたときは小躍りした。ついに対面できるのだ、と。

 

 しかし、いざ対面したとき、しくじってしまった。鳳翔とともに時津風が入ってきたときその動きや表情に心を奪われ、それを引きずり、鳳翔が退室して二人きりになり話に困ったあまりに、変なことを口走ってしまったのだった。

 

 時津風の事をもっと知りたい。その一心だった。しかし、そこで悪い癖が出たのだ。鳳翔に言われて気づいたが、俺は緊張すると艦娘に対しては高圧的に成ってしまうのだ。以前も新しく来た艦娘に対して同じことをしてしまっていたのに、懲りずに再び、よりによってお近づきになりたい相手にとんだ態度をとってしまったのだ。まるで自分の口が誰か他人に操られているように、思ってもいない言葉が出てくる。一通りいい終えた俺に残った感情は猛烈な後悔だった。

 

 しかし、それも時津風の突拍子もない発言に掻き消された。こんなに可愛らしい見た目だというのに中身は元男、しかも人間だというのだ。それを聞いたときは心底驚いたが、一息つくと加護欲がでてきた。この艦娘にはきっとこの先多くの苦難があるに違いない。ならば守ってやらなければなるまい、と。

 

 昼食を食べ終え、時津風が別れるときにとても緊張した表情をしているのに気がついた。ならば俺が緊張を解いてやろう。そう思い行動を開始したのだった。

 

 

 

 それで、元男ということを考え、ベビードールを送って一騒動起こして緊張をとくという手段に出た。この方法は初風がやって来たときにも使っていてそのときは上手くいったのだ。副次目的として、願わくば時津風が着ている姿を見たいというのもあったのは否定できないが。

 

 果たして、この策は成功したのだと思う。時津風が部屋に入ってきたとき、俺が渡したのを着ていなかったのは残念だったが。まさか天津風が貸すとは考えていなかったのだ、知っていたなんて嘘だ。

 

 その後、時津風がなにやら悩んでいる気がしたのでカマをかけて聞くとドンピシャ、俺に相談してくれた。時津風は俺の稚拙な返事にも、結果的には聞き入れてくれた。時津風の力になれた、そう思うと嬉しさが込み上げてきた。お悩み相談が終わり、時津風が帰るとき、あいつは、とんだ置き土産をしていった。去り際に戸の隙間から照れた顔で礼を言ったのだった。その顔は紅潮していて、ますます俺は彼女に惹かれた。

 

 そして今に至る。

 

 元男がなんだ。

 いつか彼女を自らの手にするため、今後も頑張ろうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時津風の最初の印象は変わった子だな、と言うものだった。私、初風を含め雪風、天津風も同じだったという。しかし、今になってみればそれも当たり前だ。あの娘、時津風は自分の意識で行動していないのだ。

 会って直ぐは僅かな違和感だったが、話しているにつれ、それは確信に変わった。私たちも何となくしか覚えていない昔の話をしたときにも自分から話さず私達に合わせるだけ。鎮守府を案内しても、問い掛けには至極自然に受け答えするがそれ以外はなかった。もしかすると緊張しているのかと思い、夕食パーティーのサプライズに賭けてみたところ、これもまた傍目からは無邪気に喜んでいるものの、私達には時津風と皆の間に妙な壁が感じられた。

 

 しかし、風呂の騒動の一件を境にあの娘は確実に変わった。口調は変わらないものの、身に纏う雰囲気が自然になったのだ。まるで中身と外側が漸く同調したような、そんな印象。時津風が提督のところに行った後、私達はお互い顔を見合わせて、一体何があったのかと顔を見合わせた。

 

 

 そして、提督のところから帰って来た時津風は私達に向かって、改まった表情でゆっくりと話はじめた。

 

 内容は驚くべきものだった。我が姉妹と疑わなかった時津風は実は別人はでしかも以前は男だった、というのだ。私達一同はそれはもう驚いたが、結論として出たのは今ある時津風が本当の時津風、と言うか偽者もなにも無いんだ、と言うものだった。

 

 元々私達も船の記憶をすべてハッキリと覚えているわけではなく、あくまで断片的であり、艦娘となる前の記憶もない。それならば時津風は艦娘になる前の記憶が有るだけでそれ以外は私達と何ら変わらない。時津風は私達の仲間なのだ。

 

 私達にとっては、そう伝えてからが大変だった。

 

 改めて、()の時津風を皆で迎えると時津風は涙ぐみ、天津風が前から抱き締めると泣きはじめてしまったのだ。全く、どこが大学生なのかと問いたくなるが、きっとこれが少し特別な過去をもった時津風の()なのだろう。

 

 

 

 

 一日の最後に全く予想していなかった一波乱があったのには少し疲れたが、恐らく今日は一生の思い出になるだろう。

 今はもう皆寝ている。私は今日という特別な日を少し長く味わいたくて、一日を振り返った。もうそろそろ日付が変わる。私も寝るとしよう。

 

「時津風、打ち明けてくれて、ありがとう」

 

 届くはずもないけれど、言っておかなくてはいけない気がして、小声で囁いた。

 おやすみ、時津風。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は人生で最も記憶に強く刻み込まれる日になった。大学生だった俺がいつの間にか艦娘にジョブチェンジしていたのだから。驚きと困惑の連続だったが、一日を終えて、将来の俺が振り返っても後悔はしない日にできたと思う。

 

 一番大きかったのはやはり、皆に俺の存在を認めてもらえた事だろう。もしずっと俺の正体を明かせずに過ごすことを選んでいたら、きっといつか俺は壊れてしまっただろう。皆に打ち明けた後の脱力感と解放感は今までに感じたことがないほど大きなものだったのだから。まさか、大の男が天津風に泣きつくとは思わなかったが、たぶんこれは不思議なことでは無いのだ。

 

 もう、俺は大学生の頃とは違う。時津風の体を得て頼もしい仲間に囲まれた今の俺は、あの頃の俺とは別人だろう。なんといったって今日一日で多くの事を学び、得ることができたのだから。

 

 これからは只の大学生だった俺は無しだ。あの頃と今の状況は違うのだ、同じように振る舞うことも、また、俺が知っている時津風のように振る舞うことも間違っている。今の俺は、あくまで俺、決してどちらの模倣でもないのだ。

 

 これからは時津風となった俺として、新しい人生を、自分の手で開いて行くのだ。

 

「皆、俺を受け入れてくれてありがとう」

 

 どうしても言いたくて、寝ている皆を起こさないように囁く。

 

 ああ、眠くなってきた。なんだか今日はぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 おやすみなさい。

 




10/10追記:第六話と統合。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。