憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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いつの間にかお気に入りが900を越えている…だと…?
1000目前じゃないですかやったー!

今回は一万字越え。どうしてこうなった。

ではではごゆっくりお楽しみくださいませ。


時津風、初めての夏。

「………暑い。ねえ司令、暑い」

 

「分かってるって。俺だって暑いんだよ」

 

 いよいよ夏本番を迎えた横須賀鎮守府。時津風にとっては初めての夏だ。あまりの暑さに耐えかねて私服を許可した秘書艦『時津風』とその司令も、例年以上に続く猛暑には太刀打ちできない。『いよいよ夏がくるのか』と感慨深かったセミの鳴き声も、今や耳障りなばかり。海風は肌をべたつかせ、溢れる汗は髪を張り付かせる。

 

「ねえ、なんか涼しくなるようなものは無いの? クーラーがないなら扇風機とかさ」

 

「扇風機は倉庫から引っ張り出してきて使ってただろ。……もう壊れたけど」

 

「じゃあ風鈴は?」

 

「去年やったけど、反ってセミの鳴き声がうるさく感じてダメだった」

 

「じゃあ冷たい飲み物とか」

 

「さっきお前にやった氷がうちにある最後の一個だ。今作ってるけど時間はかかる」

 

「それじゃあ…えっと…」

 

 何か現状の打開策は無いかとあれこれ並べてるが、そのどれもが既にやった物ばかりで、一向に出口が見えない。

 

「もう考えるのをやめようぜ。余計に暑く感じてくる」

 

「じゃあ、もういっそのこと外に出て暑さを一身に浴びるとか?」

 

「…………それだ」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………と言うわけで、水着が必要になった」

 

「そう。持ってるわよ」

 

「いや、そうじゃなくて。私は持ってないから何買えばいいか頼んだ、天津風」

 

「はぁ、そう」

 

「いや、マジで頼むって。女物の水着とかさっぱりわからん」

 

 所変わって第十六駆逐隊の部屋。全く勝手の分からない時津風は姉妹達を頼る他無い。

 

 こうなった原因は司令の気まぐれにあった。

 

『暑いなら外に出ればいいじゃないか。』

 

『なにそれ。暑さで脳ミソとろけたどころか腐った?』

 

『お前最近口調が曙っぽくなってきたな。いや、せっかく海が近いんだから、海で遊べばいいだろ。最近みんな休養もとってないし、半分くらいづつで鎮守府全員大海水浴大会といこう。』

 

 そう言い出したら止まらないのが司令。何でも例年やっていたそうだが、時期がまばらで、思い付いたときにやっていたのだとか。司令に付き合わされる艦娘の皆が気の毒になったが、司令の気まぐれにはもう慣れっことの事(天津風談)。女物はもちろん、どのようなものであっても水着の持ち合わせの無い時津風は、仕方なく姉妹達を頼る事にしたのだが、それには大きな不安が付きまとった。

 

 頼み事はひとつ上の姉にするのが鉄則となっている陽炎型駆逐艦。しかし、時津風にとってひとつ上の姉は少しばかり……いや、かなりくせ者だった。時津風が鎮守府に来るまでは妹のいなかった天津風は、時津風がきた途端にお姉ちゃん風を吹かせているのだ。普段は時津風もそれに甘えたり助けられたりしているのだが、こと服装に限っては話が別なのだ。天津風は機会がある度に時津風に自分では着ないような"可愛い"服を着せようとするのだ。

 

 時津風は毎回それで苦労させられるのだが、なんだかんだ言って最終的には何かしらで着ているあたり、そこまで嫌がっているわけでは無いのかもしれない。

 

「まあ、時津風の頼みだから別に選んであげても良いけど、分かってるでしょうね?」

 

「好きなの選んでいいよ、もう。でも自分でも一着は選ぶからね」

 

「そう、別にいいけど。ちなみに私が選んだやつはお金出してあげるわ」

 

「お、やるね~。ありがとう、天っちゃん」

 

「だからそう呼ぶのはやめなさいって…。なんか甘ちゃんて言われてるみたいでなんかモヤモヤするのよ」

 

「あいよ~、あま姉」

 

「……はぁ、もういいわ。それで、何時にするのよ。休みのタイミング合わせないと」

 

「んー、今度の水曜日でどう?」

 

「えーっとー…、うん、大丈夫ね。あ、初姉と雪姉も来るでしょ?」

 

「どさくさに紛れてあんたも呼ぶんじゃないわよ。私は大丈夫よ。雪風は?」

 

「大丈夫です!」

 

 こうして、久々の姉妹での買い物が決まった。

 

 

 

 

 

 

 そして皆の歴代の水着を参考に見ながら迎えた週末の午後。

 

「………ねぇ、やっぱりやめておこうよ」

 

「何を今更言ってるのよ。女の子の水着は肌色面積は早々変わらないわよ。それとも潜水艦みたいな学校指定のやつみたいなのでも着る? 司令はガッカリするだろうけどね。男なんて女を剥きたくてしょうがないんだから」

 

「ぐっ………そう言われると否定できない………」

 

 時津風は色々な艦娘が持っている水着を見せてもらってから意気消沈していた。自分が思っていたよりも女物の水着が心許ない物だったとわかったのだ。下半身はさすがに普段つけているものほどローライズではないもののパンツとそれほど変わらず、上半身に至っては普段はキャミソールなので下着姿より寧ろ肌を露出することになる。

 

 普通の女の子なら段階的に慣れたり当たり前になったりする格好も、今まで明るいところでそのような格好をしたことがない時津風にはかなりの抵抗になっていた。しかし一方で男うけする格好がなまじ理解できている以上、司令が喜ぶ格好をしてあげたい気持ちがあり、その二つがせめぎ合っている。

 

 露出が多そうな時津風の格好も、長袖とストッキングで肌が隠れているので実際には素肌はほぼさらしていないのも、抵抗の多い一因になっているのかもしれない。

 

 そんなどうにも煮え切らない時津風に耐えかねた天津風は初風、雪風と協力して予定通りにショッピングモールに連れ出した。

 

 

 

 

 

「取り敢えずいくつか選んできたから、試着してみなさいな」

 

「え……三着も?」

 

「大丈夫、そんなに時間はかからないわよ」

 

 モールに着いて早速売り場に向かうと、天津風一行は片っ端から時津風に着せてみたい水着をかごに放り込んでいく。しかし流石にお店に迷惑がかかるとなったので絞り混んでいった結果、最終的に試着することになったのはそれぞれが時津風に一番着せたいと思った一着ずつだ。

 

「わ、わかった。じゃあ、これからね」

 

 時津風が最初に選んだのは、天津風が選んだ水着だ。白いマイクロビキニで、胸の真ん中と腰の両端が紐を結ぶタイプのものだ。常識的に考えればかなり小さいボトム(パンツ)だが、普段から超ローライズのパンツをはいている時津風にとってはまだマシに感じられるあたり、時津風も気づかないうちに慣れて(・・・)しまったのだろう。

 

 水着を試着室に持ち込みカーテンを閉め、服を脱いで下着姿になった時津風だが、ふと疑問が生じた。

 

「ねぇ、やっぱりストッキングと下着って脱ぐの?」

 

「ストッキングだけ脱いで下着はそのままで試着するのよ」

 

「はーい」

 

 要領がつかめない時津風は、取り敢えず言われた通りに試着をする。ボトムはいつもの下着と変わらないのでなれたものだが、問題は上だ。今までブラに全く縁の無かった時津風には見た経験しかないので、取り敢えずで着てみるしかない。普段さらされることの無い胸元が涼しく落ち着かないが、一先ず形だけそれらしく着ると、天津風を試着室の中に呼んだ。

 

「ちょっと天津風、これでいいか見てくれない?」

 

「なにかあった?」

 

 首だけ試着室に突っ込んだ天津風は、時津風の姿に固まってしまった。

 

「………あんた結構良い体型してるのね」

 

 時津風が9月に鎮守府に来てから2月にケッコンカッコカリして司令と同じ部屋で寝起きするようになるまで時津風は第十六駆逐隊の皆と一緒に寝起きしていた。それに風呂も一緒に入っていたので体型はお互いわかっているのだが、最近は寝起きも風呂も司令のところでするようになったからか、天津風には時津風の体型がさらに良くなったように思えた。

 

「あんた、ただでさえ良い体型だったのに、司令のところに行ってからまた磨きがかかったような…」

 

「そう?」

 

「そうよ。皆にも見てもらえばわかるわ」

 

 そう言って、急にカーテンを開け放つ天津風。思わぬ行動に時津風は驚くが、初風と雪風が詰め寄ってくると体を縮こめた。

 

「ちょ、ちょっと。ここお店だよ!?」

 

 時津風の訴えもむなしく三人の視線は時津風の至るところに突き刺さる。

 

「………やっぱり成長してる」

 

「なにがさ!?」

 

「やっぱり天津風もそう思う? 私もそう思ったのよね」

 

「ですよね、雪風は既に抜かされてるかもです…」

 

 口々に本来とは違うところを指摘された時津風はついに耐えきれなくなりカーテンを閉める。

 

「もう次いくよ」

 

「え~…、まあ良いわ。次はこれね」

 

 そう言って天津風から渡されたのは初風が選んだピンクの水着だ。ボトムは普通のビキニだが、トップは首や肩に掛けるひもが無く、後ろから回して前で結ぶタイプのものだ。

 

「ごめん初風、これの着方教えて」

 

「あー、上ね? 入るわよ?」

 

 そう言って初風が試着室に入ると、そこには下だけ着けて上には何もつけない時津風が居た。

 

「あんた、もうちょっと恥じらいってものはないの?」

 

「なんかもう皆に見られるのは慣れちゃったからね」

 

「じゃあ、さっきのはなんだったのよ」

 

「だってさっきはカーテン空いてたし」

 

「ふーん。まあ良いわ。取り敢えず鏡の方向きなさい。後ろから結んであげる」

 

 鏡の方を向くと当然自分の身体が目にはいるわけだが、別に何も感じなくなってしまったと、ふと思う。自分の体なのだから当然なのだが、他の姿で長年生きてきた時津風には感慨深い。

 

 すっかりこの身体と生活にも慣れたな、なんて思っていると初風が着せ終わったようだ。

 

「はい。どうよこの水着。結構良いと思うんだけど」

 

「うーん…もっと大きい人だったら似合うんだろうけど、私は全然無いしなぁ…悪いけどパスかな」

 

「そう言うと思ったわ。ま、皆に見せてから次にいきましょ」

 

 カーテンを開けると、天津風と雪風が嘆息した。

 

「………なんか無いは無いでエロいわね」

 

「………これがギャップ萌えというやつですか」

 

「………もう着替えるね」

 

 

 

 

 最後に試着するのは雪風の選んだ水着だ。全体が黒でフリルの縁取りがされているローライズ気味のボトムと胸元に黄色のリボンのワンポイントがあり胸元を割と広く覆っている。

 

 着替えてみると、今までの水着よりも安心感がある。ちゃんと守ってくれている感じがして、少しホッとする。リボンだフリルだとちょっと女の子っぽいが、肌色面積のためにはしょうがない。

 

「この水着、どうかな? 個人的には一番好きだよ」

 

 ようやく自分の好みの水着が見つかったので、自分からカーテンを開ける。すると、天津風、初風、雪風が驚きの声を上げた。

 

「…良いじゃない」

 

「悪くないわね」

 

「良いですね!」

 

「そ、そう? 良かった。私はこれにしようかな」

 

 そう言うと雪風が目に見えて喜び、その一方で天津風が少し落ち込んだ。初風は特に何もないようだが。

 

「えっと、その、天津風のも良いと思うよ? でもちょっと恥ずかしいかな…」

 

 結局、雪風が選んだのはもちろん天津風がプレゼントすると言ったので、天津風のもかごに入れてレジに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天津風、ちょっと良い?」

 

「何よ初風。私は今落ち込んでるの」

 

「ふーん。じゃあこれも要らないっか」

 

「………なによ、それ」

 

「時津風が天津風の選んだ水着を着たときの写真と、時津風が私の選んだ水着に着替えているときの写真」

 

「………………幾らなのよ?」

 

「私と天津風が水着を買った値段で」

 

「買った」

 

「売った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に戻ると既に夕方になっていた。

 

 箪笥などもお願いして置いてもらっている司令の寝室はもはや自室と化している。

 

「司令~ぃ、ただいま~」

 

「お、おかえり。どうだった?」

 

 執務室に帰ると、司令がベッドでごろごろしていた。

 

「まあ、良いのは買えたよ。天津風は相変わらずだったけど」

 

「そうか。ところでいつ大海水浴大会をやるかってことだけど、次の土日で良いか?」

 

「へ? うん、良いと思うけど」

 

「よし、じゃあそう伝えとくわ」

 

「伝えるって、皆に知らせるのは私の仕事なんでしょ?」

 

 ケッコンしてからというものの、司令が以前よりずっと仕事を任せてくれるようになった。もちろん、その分司令も私の他の仕事をやってくれるから総量は変わらないけど、信頼してくれてるって分かるからとても嬉しい。

 

「ま、いつも通りな。ところで、どんなのを買ってきたんだ?」

 

「それは当日までのお楽しみ。あと夜使うのもなしだからね?」

 

「男の考えが筒抜けって言うのも、中々厄介なもんだな」

 

 司令は笑いながらそう言う。お互い、相手のことはこの一年足らずで良く分かり合っている。

 

「でもそこがよくて指輪をくれたんでしょ?」

 

「…それ、自分でいってて恥ずかしくないのか?」

 

「………今はまだ」

 

 

 

 

 

 

 

 軽口を言い合いながらのんびり過ごし、晩御飯を食べ、一息つくとお風呂にはいる。

 

 もちろん司令とは別々だ。

 

 ………当たり前だ。いや、風呂場は一緒だが、交代で入っている。いつも時津風が先で、後に司令が入る。

 

 寝巻きをもって寝室の奥にある司令専用の風呂場、脱衣所に行き、服を脱ぐ。Tシャツとショートパンツを脱ぎ、とある一件があってから暑くても着ているキャミソールとパンツを脱ぐ。一日の汗でじっとりと湿ったそれらを洗濯物いれに放り込んで、煙突形の髪飾りも外して着替えの上に置いておく。白い肌と小さな胸が目に入るが、流石に一年弱も過ごしていれば自分の姿にも慣れた。フェイスタオルを持って風呂のドアを開けると熱気が溢れだしてくる。

 

 片隅に置かれているエアマットやらタオル地の手袋やらを横目に椅子に座り、シャワーで髪を濡らしていく。汗をあらかた洗い流したらシャンプーを手にとって頭頂部で泡立て、髪全体を()くように洗った後流し、コンディショナーを髪全体になじませてから蒸しタオルで包む。頭のケアが終わるのを待っている間に体を洗う。今思えば、艦娘になってすぐの頃は力を入れすぎてよく肌を赤くしてしまっていたものだ。すっかり扱いに慣れた今となってはスムーズに洗い終わり、石鹸を流してから湯船に浸かる。

 

「あぁ〜……、最高」

 

 男の人間だった昔も女の艦娘である今も、風呂は変わりなく疲れを溶かしてくれる。首まで浸かり、お湯の中で腕を前に伸ばしたり肩を回したりすると、書類仕事で疲れやすくなった首元が軽くなっていくのがわかる。

 

 しばらくして湯船からあがり、コンディショナーを落としてから体を拭いて風呂場を出る。脱衣所には鍵がかかるので、ラッキースケベなんて起こらない。あれは起こした方も起こされた方も気まずくなるから、どちらも得をしない。一度経験しているからそれなりに説得力はあると思う。そんなに裸が見たければ正面から来てみろと、そう言いたい。言ったことはないけど。もし言ったら、想像するだけでゾクゾクするような事態になりかねない。

 

 バスタオルで髪と体の水気を切ってから、週末のお決まりになっている体重計測をする。艦娘なんだから太るはずがないとは思っているが、健康維持のために念のためだ。

 

 今まではそう思っていた。

 

「あれ………もしかして太った………?」

 

 記憶違いかと思ってもう一度測ってみたが、変わらない。やはり先週より500グラムほど数字が増えている。

 

 艦娘は所詮船のはず。まさか太るなんて人間臭いはずがあるわけない、きっとお腹に食べたものがまだ残っているんだなどと自分に言い聞かせながら、着替えて脱衣所を出る。

 

「司令、あがったよ、お風呂どうぞ〜」

 

「あいよー」

 

 司令が風呂に入ったのを確認すると、執務室を抜け出して天津風達の部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天津風に事情を話すと、返ってきたのはそっけない返事だった。

 

「そりゃあ、艦娘だって食べて寝てを繰り返していれば太るわよ。あんたはデスクワークしかしてないから、私たちと同じだけ食べたら太るのは当たり前じゃない」

 

 天津風はベッドの上で寝る前の日課のストレッチをしながらぶっきらぼうに言う。

 

「そんな………来週海水浴大会なのに……」

 

「とりあえず食べ物に気を使っていれば良いんじゃない?」

 

「それだけ?」

 

「ぶっちゃけ別にあんた太ってもいないわよ。何キロとか太ってたならともかく、一キロも太っていないなら別に気にすること無いじゃない」

 

「うーん、そんなものなのかな」

 

「そうよ。そんなの気にし始めたらキリ無いわ」

 

 

 

 執務室に戻ると、既に司令は風呂から上がっていた。いつもの事だが、いくら此方がもと男だからと言ったってパンツ一丁で出歩くのはどうにかならないものか。

 それにしても、また筋肉ついた? デスクワークしかしないわりには良い身体してるよなぁ、ほんと。男なら憧れちゃうね。今となってはその筋肉を奮われる側になってるから、なんとも言いがたいけど。

 

「お、どこか行ってたのか?」

 

「うん、ちょっとね」

 

「そうか。そう言えばアイス買っといたんだけど食う?」

 

 部屋に戻って早々、タイムリーな提案が。いつもなら喜んで貰っているところだが、今回は気が進まない。しかし、この暑い中司令が買ってきてくれたアイスだ。きっと司令も私に喜んでもらいたくて買ってきたはず。それを無下にしては、それこそ司令に悪い。それに、司令もそれで喜んでくれるなら。

 

「ほんと? 食べる食べる。どんなやつ?」

 

「前好きだって言ってたチョコミントのやつ」

 

「おー、流石司令。覚えてるね~」

 

「そりゃあ覚えてるさ。ちなみにそのとき言った俺の好きなアイス覚えてる?」

 

「ラムレーズンでしょ。そりゃ覚えてるよ」

 

「だろ?」

 

「だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………結局食べてしまった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして迎えた週末。今日は二日間に分けて行われる大海水浴大会の初日だ。ただ海で遊ぶだけでは味気ないとの司令の考えで、ビーチバレーと砂浜フラッグ(うつ伏せから反転して立ち上がり、走って旗を取りに行くアレだ)がチーム対抗戦で行われる。チーム分けは司令と時津風が行った艦級混合のものだ。時津風と司令は開催側ということで、チームには所属していない。

 

 砂浜で各チーム激闘を繰り広げるなか、二人はパラソルの下のビニールシートに座って、艦娘たちを眺めていた。

 

「皆元気だね~…」

 

「年寄りみたいなこと言うなよ、時津風」

 

「いやだってさ、私はここにいるだけで十分だよ。風吹いて気持ちいいし」

 

「そうか。…ところで、そろそろ脱いだらどうだ? 見ているだけでこっちも暑くなりそうだ」

 

 司令は時津風の服を軽く引っ張りながら言う。とはいっても、水着ではない。流石の司令も人目のあるところで時津風の水着を引っ張るほど落ちぶれてはいない。引っ張っているのは時津風の着ている長丈のパーカーだ。

 

 結局時津風は前日まで何だかんだでダイエットらしいこともせず、結果とった行動は、身体を晒さないという行動だった。

 

 海水パンツ一丁の司令とパーカーで完璧な防御の時津風は正反対の格好をしている。どことなく時津風は汗をかいている感じもするが、一向に脱ぐ気配はない。

 

「だってさ、恥ずかしいじゃん。そもそも皆がおかしいんだよ。水着なんて下着と防御力変わらないよ? まぁ、島風みたく多少下着よりふえる娘もいるけどさ。こんなお天道様のしたで水着だなんて恥ずかしいよ」

 

 そう言いながら裾を手で引っ張り、パーカーの中で体育座りをする時津風。それをみて司令はため息をつく。

 

「そんなこと言ったってなぁ…夜も着てくれないし、今も着てくれないなら、水着を買った意味がないじゃないか」

 

「じ、じゃあ夜に着てあげるから。それで許して」

 

「艦娘たるもの二言はないはずじゃ?」

 

「いや、確かにこの前艦隊が帰ってきたときにそんなことも言ったけどさ…」

 

 自分の発言を引き合いに出されて言葉に詰まる。

 

「ほら、頼むよ。艦娘は同性だし、俺とは一年弱付き合っているんだから今さらだろ?」

 

 司令は頼み込むが、時津風はそれでも恥ずかしがる。今まで肌を出す格好をしてなかったのが大きなところだ。足を出す服装や半袖のシャツもつい最近、初めて着たのだ。少なくとも今世では。

 

「そうは言ったって、明るいところなんて初めてだよ」

 

「いや、ついこの間やったじゃん。昼間に」

 

「なっ……! だからあれは忘れてってば!」

 

「さぁ、どうしようかなー? いま水着姿を見せてくれたら記憶を上書きできるかもなー?」

 

 時津風と司令が言い合っていると、それを嗅ぎ付けた島風が近寄ってきた。

 

「なになに、どうしたの提督?」

 

「あー、島風か。いや、時津風がパーカーを脱いでくれなくてな。島風からも何か言ってやってくれないか」

 

「ふむふむなるほどー」

 

 島風は時津風の横にかがんで耳打ちする。

 

「そんなに怖じ気づくなら私が貰っちゃうよ? 男の提督なんてちょっと脱げばすくに奪えちゃうんだから」

 

「ぐっ………」

 

 時津風にはその意味が嫌なほど良く分かった。男なんて所詮そんなものだ。信頼はしているが、そういうことに関して男が弱いのはどうしようもない。しばらく考え込んだあと、島風を追い返すと司令に向き直った。

 

「その、今回だけだよ。特別だからね」

 

 そう言うと、チャックをおろす。司令の反応を気にしながら脱ぐので上目遣いになっているが、時津風はそれが司令にどんな影響を与えているのか自覚していない。

 

「……あんまりじろじろ見ないでよ」

 

「そうは言ったって、こればっかりは」

 

 欲望に忠実な司令の視線を浴びながらチャックを下ろしきり、服を脱ぐ。

 

 パーカーを脱いだ時津風は、座りながら恥ずかしそうにうつむく。顔は耳まで紅く染め、手を膝の上で握って正座する。

 

 司令にはその姿がどうしようもなく、愛らしくてしょうがなかった。細い腕は加護欲を沸き立たせ、小さく膨らんだ胸はどことなく危険な香りがしながらも女であることを象徴し、白い肌は紅潮を際立たせ、括れた腰とムッチリとした太ももは心の底から震わせる。

 

 白い肌と黒い水着が美しいコントラストを作り上げ、まるでひとつの芸術品のようだ。

 

「その…なんだ、月並みな表現ですまないが、似合ってるぞ。凄く可愛いし、綺麗だし、魅力的だ」

 

 べた褒めの台詞に時津風は更に顔をうつむかせ、紅潮させる。

 

「だけど、その、顔をあげてほしいかな…。時津風、こっちを向いてくれよ」

 

 司令にお願いされてからたっぷり間をあけ、様子を見ながらゆっくりと顔をあげていく時津風。その目は恥ずかしさのあまりか潤んでいる。

 

「司令、これ、すっごく恥ずかしいんだよ…」

 

「そ、そうか。でも、俺はとっても嬉しいぞ。時津風、ありがとうな」

 

 面と向かってお礼を言われた時津風は一瞬面食らったあと、言葉を続ける。

 

「その、司令だからこんな格好したんだからね。感謝してよ」

 

「ああ、本当に感謝してるよ。ありがとう。可愛いよ、時津風」

 

 そう言うとまた顔を紅くしてうつむく。

 

「その………興奮した?」

 

「な、何だ急に?」

 

「だってその、金剛さん見たいに胸はないし、ちょっと太っちゃったし、こんな身体見たかったのかなって……」

 

 時津風がそう呟くと、司令は時津風の手をとって立ち上がり、歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと司令、そっちは海とは反対だよ!」

 

「良いんだよ、時津風、お前のせいなんだからな」

 

 そう言って浜辺と倉庫を挟んで反対側にくると辺りを見回して誰からも見えないことを確認し、時津風の肩を掴んで背中を倉庫の壁に押し付けると、覆い被さるように顔を近づける。

 

 

「ど、どうしたの司令。ちょっと怖いよ…?」

 

「あのな時津風、お前は分かってない。全然分かってない」

 

「………へ?」

 

「あのな、興奮するに決まってるだろバカかお前は。元男なら好きなやつが目の前で水着着て肌出してたら興奮すること位わかるだろうが」

 

「えっと………」

 

「金剛には悪いがな、ぶっちゃけ俺はでかい胸よりはお前ぐらいの方が好きなんだよ。揉みやすいし手に収まるし」

 

「な、何を言ってるのさ司令!」

 

 突然のカミングアウトに思わず反発してしまうが、司令は更に顔を近づけて捲し立てる。

 

「それにお前は太ってなんかいないぞ。むしろ最近の方がはじめの頃より抱き心地が良くて好きだ。柔らかいし暖かいしで最高なんだよバカが。下手にダイエットなんかしようとするんじゃねぇぞ」

 

「もしかして私が痩せようとしてるのばれてた…?」

 

「当たり前だろ分かり易すぎるんだよお前は。そのくせ俺が食い物渡したら旨そうに喰うしなんなんだよ」

 

「そ、その………」

 

「あと、恥ずかしそうにパーカー脱ぐとかお前確信犯だろ。ぶっちゃけ脱ぎ始めたときから興奮マックスなんだよ。もうここで始めてやろうか?」

 

「えっと、い、一応聞くけど一体何を………」

 

「んなもん決まってるだろ」

 

 そう言うと司令は時津風に覆い被さり、唇をあわせる。

 

「し、しれ…んっ………」

 

 時津風は壁と司令に挟まれて身動きがとれない。司令の唇は時津風のをはみ、ゆっくりと舌をいれる。辺りに水音が響く。視界には司令の顔が広がり、唇からの音が耳から脳を蕩けさせる。はじめは歯で拒んでいた時津風だが、頭を撫でられ首を撫でられ、唇を舐められると観念して口を開く。

 

「時津風、可愛いぞ………」

 

 そう呟かれると、背筋にゾクゾクとした快感がはしり、思わず肩をすくめ鼻息を荒くしてしまう。

 

「んっ………はぁっ………はむっ………しれぇ……」

 

 

 いつの間にか目尻も下がり、すっかり快楽の虜になってしまう。足には力がだんだんと入らなくなり、腕を司令の首に回して何とか姿勢を保つ。

 

 司令は時津風に口付けたまま、時津風を地面に座らせる。時津風はとうとう身動きはおろか立つことすらできなくなってしまう。

 

「しれぇ…何のつもりなのさ…?」

 

 司令は回りを見渡すと、そばにいた島風に声をかける。

 

「おーい島風、俺は戻るからあとよろしくー!」

 

「えー、めんどくさいー…」

 

「今度間宮のデザートおごってやるから頼むよ、な?」

 

「…わかった。でも今回だけだからね?」

 

 

 

「…さて、これで問題は解決したな」

 

 そう言うと司令は時津風の膝と背中を抱き抱えると(いわゆるお姫さまだっこと言うやつだ)、鎮守府の中へと入っていく。

 

「え、え? 司令、どこ行くの?」

 

「どこってそりゃあ、執務室だよ」

 

「ならなんでこんな格好するの?」

 

「お前が腰抜かしてるからだろ」

 

「えっと……何しに行くの?」

 

「何って………決まってるだろ」

 

「あっ………」


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