憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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所詮は空想の話ですが、男の感情と女の感情が共存するって相当大変だと思うんです。


時津風、花見をする。

 春が来た。時津風がここ、鎮守府にきてから初めての春だ。潮風の気持ちいい鎮守府前の海沿いには桜が連なっており、そろそろ満開を迎えようとしている。執務室の窓から見える景色は海と空の比が美しく、そこに桜が加わって更に素晴らしいものになっている。

 

 そんな鎮守府の中、執務室では仕事をしていたはずの司令がその心地よさに思わず、日に当たりながら窓の外をぼんやりと眺めていた。

 

「…今日もいい日だな」

 

 椅子の肘掛けに頬杖をつきながら半ば呆けた声で言う司令。目は今にも閉じそうで、すっかり春の陽気にあてられているようだ。ここ数日はずっとこんな日が続いていて、お陰で仕事のペースも落ちてしまっている。それには時津風もずっと頭を抱えているのだ。

 

「司令、春がきて心地いいのは分かるけど、仕事もしなきゃダメだよ。私の席は日の光もそこまで当たらないし…それに、背が小さいから窓の外は空しか見えないんだから。ちょっとずるいよ」

 

時津風は司令を叱責するが、司令には行いを改めようという気持ちはまるでないようだ。

 

「しょうがないじゃないか。こんなに素晴らしい小春日和なんだ」

 

 いくら眠いとはいえ、間違った言葉の使い方を平気でする司令に思わずため息がでる。そうは言っても、この司令にはよくあることで時津風もなれているから、失望と言うよりは「またか」と呆れているのだ。

 

「司令、小春日和って言うのは晩秋あたりの暖かい晴れの日のことだよ」

 

 どうやら今まで間違った知識のままいたようで、司令は眠さも若干取れて時津風の方を振り返り、少し驚いたようにしている。

 

「え、まじで。今まで何回かこの使い方してたんだけど」

 

「マジなんだよね、これが」

 

 時津風の返事を聞いてしばらくすると、司令はまた窓を向いて休んでしまう。司令にとっては驚きこそあったものの、「まあいいや」の一言で済まされるものだったらしい。

 

 

 おおよそ司令と秘書官の関係を疑うような会話をしながら、ちゃっかり時津風も仕事の手を休めていると、司令が急に何か思いついたように立ち上がり、時津風の方に振り向いた。

 

「時津風、花見しようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、鎮守府は騒がしくなっていた。

 

 鎮守府の前にはちょっとした桜並木がある。海に面して一列に並んでいる景色は執務室からも見え、話によると海から見た桜も水面に映った逆さ桜もあって綺麗だとか。

 

 春らしい暖かな日差しと風の中、鎮守府の艦娘達が一斉に敷物を広げるなどして花見の準備をしている。朝御飯を食べてそれほどたっていないというのに、これほどまでに艦娘達を支度に駆り立てる花見というのは、よほどここに住むものにとって素晴らしいもののようだ。

 

 

 

 

 今朝のことだ。

まだ辺りが薄暗い頃から食堂では花見料理のお重の用意が進み、司令は執務室のなかで花見に向けて新調したバーベキューセットをあれこれ弄っていた。

 

 いつもは明るくなってから司令と二人揃って仲良く起きる時津風も司令の立てる音にむりやり起こされ、起きてから三十分程経ったというのにまだ寝ぼけていた。

 

「ねえ司令、まだ暗いよ。もうちょっと寝ようよ」

 

 寝巻きのままベッドに腰掛けて司令に声をかける時津風だが、司令は花見が楽しみでしょうがないようだ。良い年した男が何をやっているんだか、と呆れる時津風。

 

「何言っているんだ。明るくなってから準備したんじゃ…」

 

「準備したんじゃ?」

 

「折角の花見の日が短くなるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 しかし、朝御飯を食べ終えた今となっては司令のようすがまるで違う。

 

 明け方を過ぎた頃から司令の気張りは抜けていき、朝御飯を食べ終えた今は執務室の窓から艦娘たちを眺めつつ、革張りの司令の椅子にくるまれている。

 

「ほら司令、もう準備始まっているよ? 行かなくていいの?」

 

「…ねむい」

 

 一体、うるさいほどだった司令はどこへ行ったのやら。いつものように窓の外を眺めながらうとうとしている。

 

 これだから司令は、全く。

 

「…しょうがないな、ちょっと寝てれば? 準備が終わり次第呼びに来るよ」

 

「あー…頼む。悪いな」

 

 司令は振り返るのも億劫(おっくう)そうに、背中越しに手を振った後、寝室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令が寝室に入るのを見送ったあと、時津風は他の艦娘と合流して花見の準備に参加することにした。少し回りを探すと初風や雪風、天津風が集まっているところを見つけたので、小走りで向かう。近くに寄ると、みんな大きな箱を運んでいた。

 

「やっほー、みんな。遅くなってごめんね」

 

後ろから声をかけると、三人縦に並んでいた一番後ろの天津風が振り向いた。

 

「おはよう時津風。いまバーベキューの炭を倉庫から持ってきているんだけど、時津風もお願いできる? 時津風が一箱持ってきてくれればそれで全部運び終わるわ」

 

「わかったー」

 

 

 

 

 

 

 

 

海沿いを歩くこと数分して、さまざまな資材やらがまとめておいてある倉庫に着いた。鉄でできた重い両開きの扉はすでに開かれていたので、そのまま中に入る。

 

倉庫の中は採光用の小さな窓が天井近くについているだけで換気されていなかったようだ。よく使うわりには埃が貯まっていて咳き込みかける。

 

暗闇に目が馴れると、他の箱が高くつまれているなか、ひとつだけポツンと地面に置かれている箱を見つけた。なかを開けると炭が入っている。どうやらこれを持っていけばいいらしい。

 

「これ、結構おっきいけど持てるかな…?」

 

思えば艦娘になって以来書類仕事ばかりで力仕事を一切していなかった。この体はみた目通りにか弱いのか、それとも艤装を着けているときと同じように力強いのかわからないが、ひとまず持ち上げてみることにする。

 

「よっ…と…」

 

炭は多少重いが、そこまで苦労することもなく持ち上がった。いま考えれば天津風たちが持てたのだから時津風も持つことができて当然だが。

 

 

炭を花見のところまで持ってきたのは良いがどこにおけばよいかと困って回りを見渡していると、初風が近づいてきた。

 

「時津風おつかれ。そこに置いてくれれば良いわ。雪風と天津風は仕事が終わったからどこかに行ったわ。多分部屋かしら」

 

頭に汗止めの細い鉢巻きをした初風が親切に教えてくれる。

 

「ありがと。もしかして初風は私を待っていてくれたの?」

 

「ん? そうよ。どうせ天津風のことだから何処に置けば良いか言ってないと思ってね」

 

「そうだったんだ。ありがとね、初風」

 

天津風のいたらなさに困った様子の初風だったが、時津風のお礼の言葉に頬が緩んだ。しかし、すぐに顔を引き締める。これでも仲間内ではしっかりした姉と言うことで通っているのだ。

 

「やっぱり、もう少し愛想よくしないとダメかしら」

 

目の前で無邪気に(それこそもと男だった片鱗は全く見えないほどに)笑う時津風を見て考える。

 

この鎮守府で司令を好いている艦娘はなにも天津風だけではない。どの艦娘も程度の差はあれ、何かしらの好意を抱いている。もちろん初風もそれに漏れない。しかし、時津風はあまりにも司令と息が合っているので他の艦娘の入る余地が無いのだ。司令が鎮守府に着任してから艦娘たちは何をやっていたのかという話になるが、それはもう色々あったのだ。結果だけ話せば、艦娘たちの間で「自分から司令には手を出さず、あくまでも司令から告白された場合」のみ司令と付き合うなり何なりしてよいと言うことになった。

 

それがあってから時津風が鎮守府にやって来て、司令が時津風にゾッコンになってしまったのだから他の艦娘にはどうしようもなくなり、認めざるを得なくなった。

 

もっとも、最近は司令と時津風の間柄が多少以前のベタベタなものから和らいだ噂もあり、これを好機に司令に興味をもってもらうべく奮闘している艦娘もいるらしい。

 

 

そんなこんなで、初風も司令の気を引くべくあれこれ考えているのだ。それも他の艦娘に気づかれないように。

 

「どうしたの初風? 初風は今のままで十分かわいいよ?」

 

しかし多くの艦娘からライバル視されている時津風といえば、そんなことも気にせず(と言うよりは気づいておらず)呑気に笑っている。その笑顔に他の艦娘は気が抜けてしまうのだ。話によれば、自分が奮闘しているのが馬鹿らしくなるのだとか。

 

「いや、何でもないわよ」

 

初風は気持ちを入れ換えることにした。時津風になにか言ったところでどうこうなるようなものではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事がなくなった時津風は執務室に戻って司令を起こすことにした。

 

「司令、まだ寝てるかな」

 

すでに時刻は9時を回っている。さすがにそろそろ起きてもいい頃だ。

 

箱の底に付いていた炭で汚れた手を洗ってから執務室を通って寝室に向かうと、寝室に入る扉越しに声が聞こえてきた。思わず足を止め、扉の前で立ち止まり聞き耳をたてる。

 

 

「司令ってこんな顔で寝るのね。なんかちょっとかわいいかも」

 

「確かに。これを時津風は毎日見れるってやっぱり羨ましいなー」

 

どうやら中に居るのは天津風と雪風らしい。仕事を終えたあと、時津風がいない間に司令のところに遊びに来たが、司令が寝ていたので折角だから見に来た、というところだろう。

 

音を立てないようにそろりとドアを開け、顔だけを部屋に突っ込んでみると、天津風と雪風が両脇から司令の顔を覗き込んでいた。

 

そして天津風に声をかけようとしたそのとき、天津風の顔が司令の顔に重なったかと思うとすぐに顔を放し、矢継ぎ早に雪風も顔を重ねた。

 

あまりの光景に時津風は息をのむ。

 

天津風が顔の前に垂れた髪をかき上げて耳にかけようと顔を傾けたとき、視界の隅に時津風が映り、驚いて振り向き、時津風を驚きの目で見る。雪風も天津風につられて振り替える。

 

「時津風!? えっと、どうしたのかしら?」

 

天津風が声を震わせながら言うと、それに続いて雪風も話す。

 

「別になにもやましいことをしていた訳じゃなくて、えっと、寝顔を見ていただけだよ」

 

時津風はそれを聞くと部屋に入って二人に近づきながら、司令を起こさないように声の大きさに気をつけて言う。

 

「……キスするところみたんだけど」

 

天津風と雪風は言い逃れしようとしたが、時津風にみられていたのではそのしようがない。

 

しばらく嫌な空気になったのち、天津風が恐る恐る告げる。

 

「その、提督のほっぺにちゅーしたわよ。でもほっぺよ? 勝手に寝室に入ったことは謝るわ。でも司令のほっぺにするのは許してほしいの。もうしないから。ほんの出来心なのよ…」

 

天津風は目に涙を浮かべながら時津風に弁解する。雪風は時津風を見つけてからずっとうつむいている。

 

時津風はこの手に弱い。男だった頃の影響で、女に手をあげることに抵抗があるのだ。今は同性とはいえ、長年の生活で体に(むしろ心に)染み付いたものはなかなか無くならない。

 

「……もうしないでよ」

 

「うん。ね、雪風」

 

天津風は心底ほっとした様子で雪風も頷いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が部屋からでたあと、時津風は司令の横にしゃがんで顔を眺める。頬をよく見てみたがキスの跡はみられない。それでもなにか残っている気がして、手で司令の頬をなぞった。

 

「司令……」

 

司令はまだ呑気に寝ている。その顔を見ているといつの間にか頭に上がっていた熱もおさまってきた。それと同時についさっき感じた感情を冷静な頭で振り替えることになる。

 

 

司令の横にいた二人を見たとき、そして司令の頬にキスをしているのを見たとき、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

(あれがもしかして、嫉妬ってやつなのかな…)

 

今までお互いにベタベタだった司令と時津風の間には他の誰も入れず、互いが互いを独占できていた。しかし今回は初めて自分以外が思いの人の、自分よりも近いところに居たのだ。

 

時津風にとっては初めての経験。胸のなかでは女としての嫉妬心と、それに対する男の冷めた感情がぶつかり合う。

 

(べつに、司令の頬にキスされたって、それぐらいで司令との絆が壊れる訳じゃないし。)

 

そうやって自分に言い聞かせ、左手薬指にはめた指輪を胸に抱えるが、それでも思いは止まらない。

 

 

 

 

いっそのこと、自分も司令にキスをしてしまおうか。

それも唇に。

 

 

 

 

そう思って司令の顔を覗き混む。

すると、不思議なことに、急に緊張してきてしまう。

 

司令に思いを告げられ、また自らも思いを告げてから今までに、それこそ数えきれないほど浅い、深い、いろんなキスをしてきたというのに。

 

それなのに、どうしてか今回は違う。

 

一旦顔を上げて立ち上がり、大きく深呼吸をする。

 

ほんの少しだが心が落ち着いたところで、再び司令の顔を覗き混む。

 

 

 

今度こそは。

 

 

 

そう思って目をつぶり、ゆっくりと顔を重ねる。

 

 

 

 

「………あれ、お、おはよう」

 

 

残り数センチで唇が重なろうとしていたそのとき、司令の目が覚めた。

 

驚いて時津風も目を開くと、司令と目が合う。

 

「お、おはよう」

 

突然のことに頭が一杯になり、パニックになる。

 

「とりあえず起きたいから、顔を上げてくれないかな」

 

 

司令がすまなそうに言うと時津風は慌てて顔をあげ、その勢いで後ろによろける。

 

ベッドから起き上がった司令は明らかに様子がおかしい時津風を不思議に思う。

 

「時津風、どうかしたのか?」

 

「い、いや、何にもない。何にもないよ」

 

慌てたように言う時津風は司令の疑問を加速させたが、ここで深追いしても良いことは起きないだろうと考えて話をそらす。

 

「それで、いま花見の準備はどんな感じだ?」

 

司令の強引な話題の切り替えに戸惑いつつも、救われた思いで司令に合わせる。

 

「えっと、バーベキューの準備はすませて、今は準備がだいたい終わっていると思うよ」

 

「そうか、それじゃあそろそろ始めるか。着替えてから向かうから、先に行っていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜並木のなかでも特に大きな桜のしたで司令を待つこと数分、急いだ様子で司令が鎮守府からでてきた。

 

すでに多くの艦娘たちはそれぞれに割り当てられたブルーシートの上に座り、食べ物や飲み物をもって花見が始まるのを待っていた。

 

「いやー、ゴメンゴメン。すっかり遅くなったな」

 

司令の言葉にどこからかヤジが飛ぶ。

 

「待ちくたびれたぞー!」

 

「早く始めろー!」

 

おそらく戦艦の艦娘達だろう。これには司令も苦笑いだ。

 

一度咳払いをしてから、司令が音頭をとる。

 

「それでは、今年もよろしくお願いします! みんな飲み物はもったか? よし、それでは」

 

 

 

 

 

 

 

「乾杯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令の音頭を皮切りにあちこちで話が始まる。司令は音頭をとり終わると、時津風を含む駆逐艦のブルーシートにやってきた。

 

「いやー、時津風、朝はすまなかった。お詫びと言ってはなんだが、バーベキューを俺がやるから、好きなものを言ってくれ」

 

 

 

 

 

 

花見が始まってから小一時間経つと、戦艦などの大型艦の方から大声が聞こえてくる。どうやら早くも酒に酔いはじめた艦娘が居るようだ。

 

「司令、お腹も膨れてきたし、少しあっちを見てくるね」

 

「あいよー」

 

司令に一言かけてから、喧騒の元へと向かう。途中、色んな所から食べ物のおすそわけをもらったりして足止めを食らいつつ進む。到着すると予想は的中しており、戦艦の面々が酒の呑み比べをしていた。

 

 

 

「おー、時津風かー、よーくきた。ほら、お前も飲めよー」

 

戦艦のブルーシートに近づくと、すっかり出来上がった武蔵に後ろから引き止められ、肩を捕まれる。駆逐艦と戦艦では身長差もあり、上から見下ろされる形になる。司令にはいつも見下ろされているから馴れているが、秘書艦として机を挟んで話すことはあっても並んで立つことがない戦艦には威圧されてしまう。

 

「いや、私駆逐艦ですし。それに秘書艦なんでちょっとさすがに遠慮します」

 

「そうか…」

 

思わず一足後ずさっあと、せっかくの誘いだが断ると、大層残念がられた。

 

 

肩を落としてどこかに行く武蔵を脇目に進んでいくと、呑み比べをしている大和と金剛、扶桑がいた。

 

目をつけられていざこざが起きないように気を付けながら声をかける。

 

「あのー、一応駆逐艦とかいるのでもうすこーし控えていただけると…」

 

「あー、わかったわかった」

 

しかし、大和がろれつの怪しい声で返事しただけで、他の戦艦は返事すらしない。

 

 

 

 

しょうがないから諦めて司令のもとに帰ると、なぜか司令が正座して、駆逐艦の誰かに膝枕をしている。近くに寄ると、それは暁だった。司令の横には武蔵が座っている。ここからわかることは…。

 

「武蔵が暁に酒を飲ませて、それで暁が寝ちゃった感じ?」

 

司令に向かって声をかけると、司令が首だけ振り替えって応える。

 

「時津風おかえり。実はそうなんだよ」

 

困った顔で、しかし暁の頭を撫でるのをやめない司令。

 

「………もぅ、まったく、司令はしょうがないな」

 

大きくため息をついてから、笑って見せる。

 

「司令、そこまでやったからにはちゃんと最後まで面倒見てね。いま部屋から羽織らせるものを持ってくるから」

 

そう言って鎮守府の中に戻ろうとすると、後ろから誰かがついてくる足音がする。

 

 

 

 

 

建物の中に入ったのち、歩きながら振りかえるとそこには響がいた。外から差し込んでくる日差しに銀色の髪がきれいに光っている。しかし、その表情はどこか暗い。

 

「なんだ、響だったのか」

 

「時津風、姉さんが司令を取っちゃって済まないね」

 

響は時津風に謝るが、本人はそんなに気にしていないような態度をとる。

 

「別に、大丈夫だよ。司令のことだから下心もないだろうし」

 

時津風は明るく振る舞って響を心配させまいとするが、響には通じない。

 

「時津風、あんまり我慢しすぎたらダメだよ。溜め込んだら良いことはないんだから、ちゃんと司令官に言わなきゃ」

 

「我慢なんてしてないよ。大丈夫」

 

響は本当に時津風を心配しているようだ。普段はあまり見せない気遣うような目をしている。珍しい雰囲気の響に調子を狂わされる時津風だが、まずは、と執務室の奥の寝室に向かう。

 

 

 

 

 

 

寝室から洗ったばかりの小さなタオルケットをもって帰ろうとしたとき、響が目の前に立ちふさがった。

 

「どうしたのさ響」

 

「いいかい、今まで時津風と司令官はデレデレの甘々だったから気づいていないかもしれないけど、司令はすごく鈍感だからね。特に女心に対しては。だから、思うところがあるなら言わなくちゃ」

 

真剣な顔で、時津風の肩に手を置いて話す響。

 

「それなら大丈夫だよ。この間ちゃんと『私のことも見てよ』って言ったから」

 

響の言葉を流そうとするが、響は下がるつもりがない。

 

「多分それだと『私にも構ってね』位にとらえられてると思うよ」

 

「それでいいんだよ?」

 

「違うでしょ。『他の艦娘に優しくすると嫉妬するんだから私だけをみて』位のこと言わないと」

 

「別にそんなこと…思ってないし…」

 

自分でも自覚はしている。しかし、認めたくない。嫉妬だなんて、男の時はとても嫌っていたのに。それなのに、今の自分の感情は確実にそれだ。

 

「本当にそうならいいけど。女は嫉妬で生きていくんだよ。そこを偽っちゃダメだからね」

 

響にハッキリと「嫉妬」と言われて、心苦しくなる。

 

 

 

 

結局、花見に戻ってもそれがとれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りがすっかり暗くなり、花見も終わった。みんなで掃除を終わらせると、各々の部屋に帰っていく。時津風も司令と共に執務室に戻った。

 

「いやー、今日は楽しかったな」

 

「そうだねー、司令」

 

司令は花見の最中の時津風の変化にまるで気づいていない様子で、一日を振り替える。時津風もひとまずは相づちをうち、明日の仕事の準備をすすめる。しかし、その胸の内では、一日過ごして溜まった思いが渦巻いている。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから、深呼吸をして気持ちを整えた時津風は思いきって話を切り出す。椅子から立ち上がり、司令の目の前に、机を挟んで立つ。

 

 

「ねえ司令、独占欲の強い人って嫌い?」

 

「なんだ急に?」

 

突然の時津風の会話の内容に驚きを隠せない司令。はじめは何かの冗談かと思った司令も、さすがに時津風の雰囲気を感じて改まる。

 

「その、司令はね、今朝、雪風と天津風に頬にキスされたんだよ」

 

いきなりの時津風の告白。少し間を開けて、更に続ける。

 

「それで、その、なんか嫌な気分になって私もキスしようとしたんだけど、そこで司令が起きちゃったんだ」

 

「あと、司令が暁に膝枕をしてたでしょ。あれもなんか嫌だったんだ。別に司令や暁に非があるとは思ってないよ。そうは解っていても、やっぱり嫌」

 

「こんな、面倒な私は嫌い?」

 

 

司令はいつになく不安げな面持ちの時津風に面食らう。

 

 

「その、私は元々男だったから、そのときは嫉妬とか好きじゃなかったし、自分でも今の自分は嫌なんだけど、でも、やっぱり、どうしても抑えられないんだ」

 

 

 

今までにない出来事に困った司令は、先ずは謝ることにする。

 

「ごめんな」

 

「謝るなら、その、態度で示してよ」

 

しかし、時津風もそんな言葉を求めているわけではない。勿論司令もそのくらいはわかる。涙目の時津風に上目使いで見つめられては、司令としても思うところは多い。

 

 

 

ここまで来て、ようやく司令は腹をくくった。椅子から立ち上がり、時津風の方に回る。司令の動きに動揺した時津風は司令になされるがまま、背中を押されて寝室に誘導された。

 

 

ベッドの前までやって来ると司令は時津風を自分の方に向け、そしてベッドの上に押し倒した。

 

 

「ちょ、ちょっと司令、待って」

 

「なんだよ。お前が態度で示せって言ったんじゃないか」

 

「それはそうだけど、それは、えっと、私にもキスしたり膝枕したりしてよってことで…」

 

「そんなこと言われても、俺だってもう引けないんだよ」

 

時津風は今になって、司令の顔をみた。その目はまるで獲物を追い詰める獣のような目だ。

 

「ついこの間、お前に言われたばかりなのに、本当にごめん。でもやっぱり俺はみんなに優しくしたい。だから、俺はお前にキスも、もっと特別なこともいっぱいしてやるから」

 

司令の宣言に今度は時津風が面食らう。

 

「え、えっと、司令…いつもと雰囲気が…」

 

「それに、お前が嫉妬してくれると聞いて、お前には悪いが俺はお前に嬉しかったよ。俺のことをそれだけ思ってくれているんだからな」

 

「し、司令…?」

 

「だから、俺もはっきりさせておくぞ」

 

そこまで言うと、司令は時津風に覆い被さり、今にもキスしそうなほど顔を近づける。顔の横には司令の手があり、顔を背けることもできない。時津風はいつもならなら思わず目をつぶりそうになるところだが、それよりも司令の豹変ぶりに驚いて目を見開く。

 

「時津風、お前はずっと俺のものだ。そして俺もお前だけに特別にするから」

 

「は、はぃ…」

 

司令の勢いに押され、更にその内容で時津風の頭のなかはいっぱいいっぱい。返事をするのがやっとだ。目の前に司令の顔が広がり、互いの息が顔に当たる。時津風の鼓動は早くなり、今にも顔から火が出そうだ。

 

 

その後も、時津風はずっと、司令のペースにのせられっぱなしだった。もちろん、キスだけで収まるわけがないのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。時津風は腰のだるさと共に起き上がる。

 

「もしかして、司令の方が独占欲強いんじゃ……」

 

 

 


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