憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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ネット小説独特の改行やスペースにまだ慣れません。早いところ慣れます、ええ。
追記:時津風の発見理由があり得ないものになっていたので修正。大変失礼しました。「工廠にて建造」→「艦隊が発見、保護」5/3改稿。


始まりの朝 中

「提督、お世話と言いますと…?」

 

 やはり、そういう人だったのか。お世話といったらアレか。薄い本的な。いやー、コワイワー、もと男なのにコワイワー。いや、まあたぶん語弊があっただけだろうけども何かこう、他に言い様は無いものか。

 

「俺の身の回りの雑用をやってもらいたい。部屋の掃除やお茶汲み、あとたまーにでいいから肩でも揉んで欲しい」

 

 司令は俺が訝しんでいることに気づいていないようで、表情を変えずに頼んでくる。

 ですよねー、うん、知ってた。なんかこの提督そういう事をする勇気はなさそうだし。

 

「了解しました。えっと、道具の場所とか教えてもらえますか?」

 

「ああ、もちろん。それと、これは頼みなのだが、俺には敬語を使わないで欲しいんだ。ここの鎮守府にいる艦娘には皆に言っているのだが、我々提督はじめ人間は艦娘に協力してもらっているだけなのだからここに上下関係はあまり作るべきではないと考えている。指示を聞くといった最低限のものは必要だが、それ以上はいらない」

 

 なんと、この提督めっちゃいい人ですやん。これは当たりだったのではないか。少なからず薄い本的なことを強要する提督もたぶん居るだろうし、そんななかでこういう提督の下につけたのは幸運だったな。

 

「はい、わかりました。ですが、流石に初日からいきなりというのは此方としても緊張するので明日から、明日からは敬語をやめるのでそれでいいですか?」

 

 そういうと提督はほっとした様子で息をはく。あー、これはアレだ。人の上に立つのになれていない奴だ。なんか妙に親近感がわいてくる。

 

「ああ、勿論だ。さて、取り敢えずはお茶汲みをお願いしようか」

「了解しました!」

 

 この提督とは、仲良くやっていけそうだ。

 

 

「さて、こんなところだ。鳳翔、もう下がっていいぞ」

 

 おお、そういえばまだ居たのね、鳳翔さん。

 

 

 

 

 鳳翔さんが部屋を出ると提督が俺に向き直り、真剣な表情になった。そして、一つ深く息をする。次にはなにがくるのか、と俺が提督の一挙一動に意識を奪われていると、提督がゆっくりと話始めた。

 

「さて、鳳翔がいなくなったところで本題に入る。ここから先は現時点では他言無用だ。机の前まで寄ってくれ。心して聞くように」

 

 鳳翔さんがいた先程までとは提督の声の調子がまるで違う。どこか柔らかかった印象は消え、真剣モードと言わんばかりの顔つきだ。まるでこれから裁判の判決を受けるかのような重圧が俺にのし掛かる。其処にはまさしく、横須賀鎮守府提督にふさわしい雰囲気を纏った男がいた。

 

「先ずは君の現状を説明しよう。君は我が鎮守府所属の艦隊に発見・保護されたが、通常即日中に目覚めるはずが三日ほど目覚めなかった。何か君には通常ではあり得ない事態が起きていると思うのだが、なにか心当たりはあるか?例えば自分が何者かわからない、であるとか」

 

 心当たりか、大いにある。ここは素直に全て話しておくか?しかし下手に不味いことをいっては解体されるかもしれん。ここは一先ず当たり障りの無さそうなところを…。

 

「分かっているとは思うが、心当たりがあるのなら全て残さず言ってくれ。これは君を解体することには繋がらない。今後の取り扱いをどうするか決めるためのものだ。支障があってからでは困る」

 

 まるで心を読んでいるかのような発言に面食らってしまう。だめだ、この人相手には分が悪すぎる。ここは提督を信じて洗いざらい吐くしかないようだ。ひとつ深呼吸すると、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「なるほど、自分の存在は分かるものの船としての記憶は無く、あるのは人間の男だった記憶のみでそこではここによく似た物語がある、戦闘経験はもちろんない、と。まったく、自分の置かれている状況が解っているだけマシと捉えるべきか、とんだ変わり者だな、君は」

 

 結局、知っていることは全て話した。話すほどに提督の顔が失意に染まっていくのは本当に申し訳なかったと思う。しかし、ある意味で良い機会だったかもしれない。何も提督に話さないまま過ごして万が一急に戦線へと送り出された日には堪ったもんじゃない。

 

「さて、俺は万が一のことを考え君を一度秘書艦として近くで過ごさせ、様子を見る予定だったが、話が変わった。現時点で戦闘能力どころか知識すらない君には先程いった俺の手伝いに加えてこれをこなしてもらう」

 

 そういって提督は机から分厚い紙の束を俺に手渡した。恐らく100ページはあるだろうか。ずっしりとした重みがある。

 

「そこには鎮守府運営の基礎からの知識や艦隊の運用の仕方、作戦の組み立てかたなどが纏めてある。君には俺の雑用に加え、ゆくゆくは俺の指揮の補助を行ってもらう。また、同時に基本的な海上での動きや戦闘も学んでもらうことになる。なにかと忙しくなるがこなすように」

 

 なんということだ。秘書艦になり、提督の雑用をこなすだけですむと思っていたがとんだ勘違いだった。これでは他の艦娘よりもハードなのではないか。

 

「もちろん、あくまでも君は秘書艦であるから戦闘に参加することは今のところ無い。常識くらいは詰め込んでおこう、ということだ。頑張ってくれ」

 

「了解しました」

 

 提督に意見することなど出来るわけもなく、またそもそもが常識的な内容らしいので反論もできない。覚悟を決めて取り組むしかないようだ。こうしてこれから始まるであろう厳しい生活を思っていると、提督から早速最初のお仕事が言い渡された。

 

「では早速だが、先ずはお茶でも淹れてもらおうか」

 

 紙の束を受け取ったのもつかの間、もうここまで来たら何でもこい。意地でもこなしてやる。

 

 

 

 

 時計を見ると最初のお仕事から3時間ほど経ち、針は12時を指していた。あれからと言えば提督から雑用を言い渡され、それが終わると次の雑用まで渡された紙束を読み、必死に頭に入れていく事の繰り返し。雑用は難しくなく、勉強も解りやすく噛み砕いて書かれているため戸惑うことは無かったのが幸いか。提督の雰囲気もあれから普通に戻り、何かあれば話しかけるように言われている。何だかんだ俺のことを思ってくれているようだ。奇妙な俺にも真摯に接してくれるのは非常にありがたい。

 

 勉強も調子が出てきて少し楽しくなってきたところでふと下腹部に感じるものを見つけた。

 

 

 

 なんと言うことだ。南無三、避けられぬことでは解っているがよもや自分が体験することになるとは。しょうがない。この姿でこれから生活するのだ、乗り越えねばなるまい…。

 

「ところで提督」

 

「なんだ?」

 

「お手洗いってどこですか」

 

 

 

 

 朝は俺が時津風になっているという事に驚いて着替えるときにもあまり意識していなかったが、今の俺は女なのだ。ええ、実感しましたとも。なんか時津風、ごめん。全部見てしまいました。今は俺自身の体でもあるから許してください。

 そういえば今後、他の艦娘と風呂に入ったりすることあるのだろうか。そのとき俺は耐えることができるのだろうか。既にモノは失っているから傍目には普通だろうが果たして内面はどうなのか…。そのときにならないと分からないな、これは。

 

 トイレから帰って執務室に戻ると、間宮さんがお昼の準備をしに来ていた。提督の机の前に俺が使っていた簡易的な机を向かい合わせで、丁度学校給食のように並べられている。机の上にはどんぶりが二つ。どうやら昼食のようだ、食欲をそそるいい香りがする。

 

「おお、帰ってきたか。紹介しよう、うちの食事や菓子類を作ってくれている間宮だ。今日の仕事はここまでにして食べようか」

 

 提督は俺が帰ってくるのを待ってくれていたようだ。少し自意識過剰かもしれないが、俺のことを考えてくれていると実感し嬉しくなる。

 提督と対面の席に着いて丼を見ると、中は親子丼だった。卵がふわふわしていてとても美味しそうだ。一つ気になるのは、提督のとあまりにも丼の大きさが違う事だ。いくら女になったとはいえ流石に少なく感じる。しかし間宮さんの事だ、駆逐艦の量というものがあるのだろう。提督の丼の半分くらいしかないぞ。

 

 提督といただきますをして食べていると、提督が此方をじっと見てきた。若干笑っている気もする。何かおかしな事でもしてしまっていただろうか。

 

「なんですか提督、顔に何かついてます?」

 

 聞くと俺が大層うまそうに食べるものだから思わず見てしまったそうな。喜んでいいのかよくわからない。間宮さんの方を見て様子をうかがったところ此方を見て嬉しそうに笑っていた。二人して一体何なんだ。

怪訝に思いながら食べていると、先に食べ終わった提督が今後について説明をはじめた。

 

「今日はこのあとこれから過ごす部屋にいってもらう。それからは夕飯まで自由だ。今日はゆっくりするといい。部屋の場所は間宮が途中まで案内してくれる」

 

 俺が食べ終わると提督も一緒にごちそうさまを言った。うん、なんか一緒に食べる人がいるってのはいいな。前世では…。あれ、心の汗が流れている気がする。なんでだろうなー。ちなみにご飯の量は丁度よかったです。予想はしていたけど、めっちゃ少食になってるんだな…。

 

 席を立つと間宮さんに手を握られた。これはアレか、もしかして子供扱いを受けているのか。いやいや、中身は大学生ですから。走ってどっか行ったりとかしませんから。あとなんか気恥ずかしいので勘弁してください間宮さん。

 

「それじゃあ行きましょうか。提督、片付けに戻ってくるので少しお待ちくださいね」

 

 間宮さんに連れられて執務室を出る。横に立たれるとやはり間宮さんを見上げる形になり、自分の小柄さを痛感する。しかも俺の歩幅が狭いのか小走りでないと間宮さんに置いていかれるのだ。これじゃまあるで幼児ではないか。

 

 数分歩き、お目当てのドアについた。扉には可愛らしい文字で「第十六駆逐隊」と書かれた看板が掛かっている。

 

「それじゃ、私はここまでね」

 

 間宮さんはそういって執務室室へと戻っていった。さて、本日二回目、時津風、いっきまーすっ!

 

 …無理にテンションあげたら、きっと後でどっと疲れるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 遂に第十六駆逐隊の面々と会うときが来た。目の前には彼女らが住んでいる部屋の扉が。一つ、深呼吸をし、意を決してノックする。俺は時津風。時津風は明るく、多少幼い。俺が知っている時津風とあまりかけ離れると何があるかわからない。下手すると他の艦娘から嫌われたりするかもしれない。頭の中の時津風を意識し行動するのだ、私。

 

「失礼しまーっす!時津風、只今帰って参りましたー!ってあれ?」

 

 元気よく扉を開け挨拶をしたものの、部屋の中はベットが四つと家具のみで誰もいない。どうやら入れ違いになったか、どこかに出掛けているようだ。彼女らを探しにいくか、はたまたここに戻ってくるまで待つか。悩んでいるその時、背後から忍び寄る影が。その影は時津風にそっと手を伸ばし…勢いよく肩を掴んだ。

 

「わぁっ!? なに!?」

 

 心臓が(艦娘的には機関室が?)止まるかと思うほど驚き、直ぐに後ろを向くとそこには天津風が手を伸ばしたまま、満面の笑みで立っていた。その奥には初風と雪風もイタズラが成功したと笑顔で立っている。

 

「お帰り、時津風! 私は天津風、こっちは雪風と初風よ」

 

 天津風の紹介で雪風と初風も挨拶をする。

 

「もー、天津風ってば流石に今のはきついって。本当にビックリしたんだから!」

 

 ちょっとふくれた表情をして見せると天津風はごめんごめんと謝ってくれたものの、顔が笑ったままであるので説得力の欠片もない。少しじゃれていると後ろから雪風が近づいてきた。

 

「雪風だよ、これからよろしくね! 時津風はもう秘書艦になってるって本当?」

 

「本当だよ。まだ勉強中だけどね、なんかしれぇに色々渡されて大変。ほら、これ全部やらなきゃいけないんだよ、流石にきついよー、これは」

 

 そうして軽い気持ちで、俺の大変さをわかってもらおうと提督にもらった紙束を、苦笑いをしながら皆に見せたところ、初風から驚きの発言が飛び出てきた。

 

「これ、相当レベル高いわね。私たちが習ってるのなんかが遊びに見えるわ…。やっぱり秘書艦になるだけの才能があったのかしら。バカワンコっぽい妹なのに」

 

 え?そんなにレベル高いのかこれ。とりあえず初風には「バカワンコってなにさー!」と返したものの落とされた爆弾の大きさに衝撃を受ける。提督、常識的なものしか載ってないとか言ってたよね。えっと、つまり、どう言うことだ?

 

 結局、色々考えたが結論が出なかったので考えるのをやめた。艦生において、諦めも必要だ。

 

 

 

 ちょっとしたハプニングもあったが、その後は皆で楽しく過ごせた。天津風に漸く妹ができたと抱きつかれ女の子の柔らかさに驚いたり、雪風を弄って遊んだり、初風には無言で撫でられたりした。初風に撫でられたときは気持ちよくて思わず顔がふやけてしまったのが元男としてはなかなか恥ずかしいが、今は時津風なので良しとしよう。男の俺にその気があった訳ではないはずだ、たぶん。

 

 天津風達との会話を通して感じたが、何だかんだで皆俺がやって来るのを心待ちにしてくれていたようだ。自分のことを必要としてくれるひとがいると知り、素直に嬉しく思う。

 

 さて、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、いつの間にか夕飯前になっていた。皆と自己紹介をしあったあと、直ぐに鎮守府の施設の案内を天津風達にしてもらっていたので、実質4時間ほどは話し続けていたことになる。恐るべし女子力。話の内容としては艦娘になる前の船としての思い出話が主だったので女子力とはかけ離れているかもしれないが。俺は船の記憶を持っていないので他三人に話を合わせるのが大変だったが、意外となんとかなるものだ。

 

 鎮守府の案内では駆逐艦達が勉強をする教室や図書館等の学校のような施設に始まり、工廠や入渠ドック等のまさしく鎮守府と言った施設を回った。入渠ドックはお風呂で、しかもそれとは別に露天風呂も用意してあったのは驚きだ。これはもしかしていずれ俺のような偽女が生粋の女の子と一緒に風呂にはいらないといけないということだろうか。もしそんなことにでもなったら俺の精神は持たないだろう。後で提督に掛け合ってみることにしよう。

 

 それにしても、なぜか食堂を見ようとするとやんわりと断られたのは何故だろうか。衛生面だろうか。

 

 

 

 どうやらそろそろ夕飯の時間のようだ。天津風が若干そわそわしているのを見ると、娯楽の少ない鎮守府で如何にご飯が楽しみなのか伝わってくる。

 

 少しの間駄弁っていると、館内放送で夕飯のアナウンスが流れ、俺達は食堂へと向かう。雑談をするのかと思ったが、なぜか誰も話し出そうとしない。皆にあってから会話が途切れたことはほとんどなかったので、調子を崩される。

 

 食堂の扉の前につくと天津風が俺にドアを開けろと催促してくる。

 

 

 何か企みでもあるのかと訝しがりながらドアを開けたその時、大きな破裂音が鳴り響いた。あまりの大きさのため咄嗟に目をつぶってしまう。

 

 

 一体何が起きたのか分からずそっと目を開けるとそこには驚くべき光景が広がっていた。大部屋のなかにはまるでパーティーのように数々のテーブルがならび、周りには手に鳴らしたあとのクラッカーを持つ多くの艦娘たち、その数およそ50。そして壁には横断幕に書かれた「時津風 横須賀鎮守府にようこそ!」の文字が。

 

 あまりの突然の出来事に驚いていると後ろから声がした。

 

「ごめんね時津風、どうしても驚かせたかったのよ。さ、中に入って」

 

 振り替えると声の主は、にやけている天津風だった。なるほど、これがあるから食堂には入らせてくれなかったのか。納得したのと同時に、心の底から幸せな気持ちが沸き上がってきた。慣れない分野の勉強をし、性別の差にうちひしがれていたところにこの出来事である。時津風の言動を真似するのも、もしかしたら多少負担になっていたのかもしれない。皆が笑顔で俺を迎えてくれ、拍手も起こっている光景に、目が潤んできた。

 

 

「それじゃー皆、いくわよ!」

 

 天津風が音頭をとると皆が一斉に俺の方を向き、揃って言った。

 

「時津風、横須賀鎮守府にようこそー!」

 

 こんなに沢山の人に祝福されるのは初めてだ。女になったせいだろうか、あまりの嬉しさに涙が溢れてくる。それをグッとこらえる。皆から祝福をもらった、次は俺の番だ。

 

「皆ありがとー! これからよろしくお願いしまーす!」




10/10追記:第四話と統合。

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