憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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始めに言っておきます。
今回は長いです。いつもの倍近くあります。一万字超えです。

その辺から内容を何となく察せる方もいるかも…?



この話で一旦は完結扱いとなります。

後日談もいずれ入れるとは思いますが、来年はしばらく更新できそうにないです。

この話の続きを妄想するのもそれはそれで面白いのでは…? などと言ってお茶を濁しておきます。

5/3改稿


【最終話】時津風、改。

 ケッコンカッコカリしてから一ヶ月が経ち、新しい立場になれてきたこの頃、寝る直前の仕事の追い込みをしている今、思うところがある。

 

「ねえ司令」

 

「なんだ?」

 

「降ろしてよ」

 

「嫌だ。第一お前も嫌じゃないだろう?」

 

「嫌じゃないけど、誰かに見られたら困るよ」

 

 

 

 最近、司令が私を扱うのが上手くなっている気がする。

 

 今だって、司令の膝の上に座らされた。ここ最近は毎日だ。仕事の山場を越えるといつも決まって私にお茶を頼み、それを届けるとその流れで座らされる。

 

 しかも、座るだけじゃなく後ろから抱き締めてきたり、頭を撫でてきたり、時には首もとに顔をうずめられたりする。

 

 司令のことだ、きっと私がきちんと嫌がれば直ぐにやめてくれるだろう。

 

 

 

 でも、困ったことにそこまで嫌ではないのだ。むしろ妙にほっとする。今の私の身長はかなり低く、司令に抱き抱えられると頭が司令の胸元に来る。つまり、司令にすっぽりと包み込まれている感じになるのだ。それが何とも収まり良いのだ。

 

 詰まるところ、実は気に入っていたりする。しかし、それを司令に言ってしまうと調子にのって何かしてくるかもしれない。いや、きっと調子に乗るだろう。もしかすると面食らって面白い顔をしてくれるかもしれない。そのあとの反応が怖くて出来ないけど。

 

 

「そうか」

 

「うん」

 

 返事だけはいつも良いのだ、司令は。

 

 

 まあ、今のままなら自分としても良いから放っておこう。

 

 

 

 

 そう考えていた矢先だ。

 

 司令の腕が私の腰を離れたかと思うと、太ももの上に置いてくる。司令の手のひらは意外と大きく、撫でてくる訳ではないが、少しくすぐったい。

 

 それに、コレでは包容感が無くなってしまう。

 

 それは困る。

 

 

 

「司令、なにしてんのさ。叩くよ?」

 

 咄嗟(とっさ)に、記憶の中にある台詞を言ってみるが、効果はない。

 

「まあまあ、減るもんじゃないし」

 

 悪びれもせず、触り続ける司令。

 

 

 そういえば、今まで司令のやることを拒んだことがない気がする。なるほど、それで司令はこんなに距離感を縮めたのか。

 

 それでもやっぱり抱き締めてほしくなる。

 

 

 

 それを言おうとした瞬間、司令の手が太ももの付け根の方に動いた。

 

「なッ!? ちょ、司令、()()ダメだって!」

 

 流石に、いくらなんでもやりすぎは嫌だ。確かに指輪を貰ってからは、キスしたりされたり抱き締められたりした。でも、まだソコまでは行ってないし、しようと(せま)られもしなかった。

 

 だから、そんなこと考えたこともなかった。

 

 しかし今、その気が見えた。

 その途端、若干の嫌悪感が走る。

 

 司令の手首を掴み、太ももから引き離す。幸運なことに司令は抵抗もせず、大人しく手をどけた。嫌がらせてまで続けたいわけではないようだ。手首を掴んだまま振り向いて司令の顔を見ると、虚を突かれたような顔をしている。

 

「ごめん。抵抗しないから、てっきり受け入れてくれているものかと思ってた」

 

 先程とはうって変わってすまなそうな声色の司令。本当に解っていなかったらしい。

 

「今までの抱き締めてくれるのは、その、好きだよ、うん。でも、ソコまではダメ」

 

 やっぱり、こういうことはちゃんと言っておかなきゃダメみたいだ。

 

 司令も私の言葉を受けて抱き締めてくれる。

 

 司令の腕が体を軽く締め付けた瞬間、感じていた司令への拒絶感が心地よさに変わる。

 

 やはり、私はコレが相当好きらしい。司令の胸に頭を軽く押し付けると、さらにもう少し強く抱き締めてくれる。

 

 司令の顎が頭の上に乗る。

 

「時津風、本当にこれが好きなんだな」

 

「うん。…悪い?」

 

「いやいや、ただ可愛いなって」

 

 

 

 司令の何気ない一言が頭のなかを駆け巡る。

 

 

 

 …始めて言われた。

 

 司令に可愛いって始めて言われた。

 

 そっか、元男でも可愛いって思ってくれてるんだ。

 

 

 

 

 司令の声が何度も頭のなかで繰り返され、頭のてっぺんから足の爪先まで熱くなるのを感じる。

 

 嬉しくなって思わず、司令の腕を抱き寄せる。胸に当たっているが、気にしない。

 

 恥ずかしさを紛らわすために足をバタバタさせる。

 司令の足に当たっているかもしれないけど、気にしない。

 

 

 司令と触れあうほどに幸せが溢れてくる。

 

 元男なのにそれで良いのかって?

 

 

 

 こんな感情に勝てるわけないじゃん。

 もうなんだって良いよ。

 

 司令になら、何されたって構わない。

 

 

 

 

 司令の膝に横座りになって上半身を司令の方に捻り、正面から抱きつく。

 

 司令の臭いがする。今まで一緒に居てすっかりなれた臭い。今となっては安心材料の一つだ。

 

 胸に頬をすり付けると気持ちいい。

 

 大好きが溢れてきて、どうしても司令に伝えたくなる。

 

「ねえ司令」

 

 司令の目を見て話す。身長差のせいで上目遣いになってしまうのは仕方がない。

 

 恥ずかしいけど、きっとこの方が思いは伝わるはずだから。

 

「好き。大好きだよ」

 

 言った直後、司令は固まってしまった。

 

 司令と目を合わせ続けたが、恥ずかしくてまた胸に顔をうずめる。

 

 

 

 伝わったかな。

 

 冗談だとか思われてないかな。

 

 

 

 

 

 しばらくして、司令が私の肩を掴んで体を離す。

 

 

 

 どうしたの司令、離れるのは嫌だよ。

 もしかして今の言葉嫌だった?

 

 

 

 不安に駆られていると、顔をうっすら染めた司令が私の頬に手をあてながら言う。

 

「俺も大好きだよ、時津風」

 

 

 言い終わるやいなや、司令の顔が近づく。

 

 何をするか予想がついた私は目を閉じ、その時を待つ。

 

 

 

 そして、唇を重ねた。

 

 

 司令に受け入れられた幸福感と司令の深く繋がれている喜びで、胸が締め付けられる。

 

 司令の首もとに腕を回すと、さらに抱き締められる。

 

 

 

 どちらからともなく、唇を軽くはむ。頭を撫でられる。

 その度に背中にいれていた力が抜けていき、体勢を保てなくなり、司令に体を預ける。

 頭のなかが心地よさで埋め尽くされる。

 

 理性が、溶かされていく。

 

 

 

 唇を離されたときには呼吸も乱れ、口元が寂しくなる。

 

 すっかり力が抜けてしまった私の脇に司令は手を入れ、持ち上げる。

 

 そして、そのまま寝室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに私を横たえ、顔の横に手をつき、覗き込んでくる。

 

「なあ時津風、まだ()()なのか?」

 

 司令の言っている意味はわかる。つまり、()()()()ことなんだ。

 

 元同性の身として、気持ちはすごくよくわかる。

 好きな人が目の前にいたら、それに加えて自分の好きなようにできたら、どうしたいかなんて決まってる。

 

 

 

 本当のところ、自分でもまだその辺りは曖昧だ。

 

 司令にどこまで心を許しているものか、どうにも元男の部分が邪魔をしてはっきりしてこない。

 

 

 

 はっきりしないけど、でも、こんなに司令のことを強く意識させられたら、どうなるかなんて決まっている。

 

 ずるいよ、司令。

 

 だって、もう逃げられないじゃん。

 

 あんなにキスされて、抱き締められて、好きって言われて。

 

 そんなことされたら、拒められないよ。

 

 

「…司令はさ、したいの?」

 

 期待か不安か、うるさく鼓動する。

 司令に聞こえてしまいそうだ。

 

 

 司令の表情は固い。

 

 たっぷり時間をかけて呼吸を整えてから言う。

 

「俺は、時津風が嫌がることはしたくない。でも、もしできるなら、したいさ。時津風ともっと近くなれるんだ、そんなに嬉しいことはないよ」

 

 

 全く、変わった人だな。

 なんで自分の欲望を出さないでいられるんだろう。

 すごいよ、君は。

 そこまで私のことを考えてくれるなんて。

 

 

 

「…元男の私をこんなにまでした責任、とってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――やってしまった。

 

 横に寝ているのは時津風。

 

 その、どんな格好かと聞かれるととても困るが、とりあえず言えることがある。

 

 時津風可愛い。

 

 うん、その一言につきる。

 

 しかし、その姿を見ると昨日の夜のことが思い出される。

 

 

 

 結局最後までしてしまった。

 

 時津風は幸せそうだったから良かったものの、もしも時津風が我慢かなにかしていたらその時は大変だ。主にこちらの精神が。

 

 だが、時津風と一番深いところで繋がれたのは嬉しい。これ以上ないのだから、こんなに嬉しいことはない。

 

 

 時津風の頭を撫でていると、起きたようだ。眩しそうにしながら目を開ける。

 

「…おはよ」

 

「おはよう時津風」

 

 どうやらまだ寝ぼけているようだ。表情もはっきりとしない。

 

 しばらく頭を撫で続けていると時津風が起き上がり、俺に覆い被さってから抱きついてくる。

 

「しれぇ…好きー…」

 

 そして、そのまま寝てしまった。

 

 軽く揺すってみるが、起きる気配はない。

 

 

 

 

 

 ……寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きると司令に覆い被さってベッドに横になっていた。

 

 一体どうやったらこんな体勢になるんだろうか…。

 

 ベッドから起き上がると、なにも着ていないことにようやく気づく。

 

 

 ――――あ、そっか。

 

 昨日の夜の事が思い出される。

 

 遂に行くところまで行ってしまった。

 

 

 

 

 おかしいなー、元男のはずなんだけどなー。

 

 

 でも、嫌じゃなかったんだよな。

 むしろ関係を深められて嬉しい…のだろうか。今一はっきりしない。

 

 何はともあれ、ここまでやれば普通の女の子と変わらないでしょ。

 

 司令も満足するはずだ。

 いままで我慢していたに違いない。

 

 でも、もういいんだよ。

 

 全部受け入れてあげるんだから。

 

 

 

 

 

 服を着て部屋を出ようとしたとき、妙な寂しさを感じて、司令のところに戻る。

 

 

 

 司令。昨日はありがと。

 

 

 

 まだ寝ている司令の頬に唇を落とす。

 

 

 

 

 ゆっくり休んでね、司令。

 

 

 

 

 

 昨日来ていた服を着直して部屋に戻ると、既に皆起きていた。

 

「みんなおはよー」

 

「おはよう時津風。…ふーん」

 

 各々返事を返すが天津風はそれに加えてなにか言いたげだ。

 

「なにさ天津風」

 

「時津風もずいぶん女の子が板についてきたなーって思ったのよ。ま、御幸せにってところかしら」

 

 どうやら天津風には昨日の夜の事がばれているらしい。弱味を握ったかのように、したり顔で話される。

 

 当て付けのように、そっけなく返す。

 

「あっそ。で、ご飯ってまだだよね。久々に皆で食べに行こうよ」

 

「提督は?」

 

「まだ寝てる」

 

 それを聞いた天津風はますます()()顔をする。

 

「なになに、どうしたの天津風?」

 

 雪風は話が読めないようで、天津風に説明を求める。初風は会話には参加しないものの、微妙に笑っているところを見ると理解しているらしい。

 

 天津風がこちらを見ながら耳打ちすると、雪風の顔があっという間に赤く染まる。

 

「えっと、おめでとう…?」

 

「あ、ありがとう…?」

 

 雪風のよく分からない(本人もよく分かっていないらしい)感想に一先ずこたえて、クローゼットに向かう。

 

 

 

 着替えをしている最中も天津風が昨日の事をいじってくるのは止まない。

 

「ねえ時津風、どんな感じだったのよ」

 

「なにさそれ。言う必要ある?」

 

「あるわよ。姉妹の事は共有すべきでしょ?」

 

「そうは言ったって限度ってものがあるでしょ」

 

 適当に天津風に対応していると、思わぬところから第二波がやってきた。初風と雪風だ。

 

「私も知りたいかなー…」

 

「時津風、話してくれるわよね?」

 

 雪風はともかくとして、今まで会話に参加していなかった初風までもが追い討ちをかけてくる。

 

「ほら、やっぱり言わないとだめよ。諦めなさい。コレが女の世界ってものよ」

 

 此方がその方面に疎いことを良いことに強気に出てくる天津風。

 

 流石に三人ともに言い寄られては避けるのも厳しい。

 

 現に、雪風の方を向いたときに天津風が部屋の扉の前に行き、退路を塞いでしまった。

 

 これではもう打つ手がない。

 

「わ、分かったよ…話すよ。話せば良いんでしょ?」

 

「初めからそうすればよかったのよ。で、どうだったのよ?」

 

 天津風が私を2つ横に並んだベッドの間に座らせ、天津風ら3人がその対面に座る。天津風は待ってましたと言わんばかりで、雪風は恥ずかしそうにしながらも興味津々な様子だ。初風と言えば冷静そうにしながらも話を期待しているようだ。

 

 結局女の人はこういうのが好きなのか…?

 

 此方だって話すのは相当恥ずかしいんだぞ。

 

 

 

 何を言うか頭のなかで整理をつけたあと、意を決して話始める。

 

「えっと、初めはね、すごく優しくしてくれて、その、キスとかしてたんだけど――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、隠しておこうと思っていたことも天津風にめざとく見つけられ、根掘り葉掘り話をさせられてしまった。

 

 此方は朝からぐったり、向こうは良い話を聞いたと喜んでいる。

 

「さ、話も聞いたことだし、食堂にいきましょ」

 

 天津風が立ち上がって私の手を引く。

 急な切り替えに戸惑っている私を置いて皆はなにもなかったかのように食堂に向かう。

 

 

 司令、ごめん。秘密にできなかったよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きると、すでに着替えた時津風がベッドの脇に椅子を持ってきて座っていた。

 

「おはよ。もうお昼だよ」

 

 時津風の言葉に、最初は寝ぼけていた司令も目を覚ます。

 

 壁にかかっている時計を見ると、既に午前11時をまわっているようだ。

 

「やばっ!? 時津風、仕事とかどうなってる!?」

 

 案の定、忘れていたようだ。

 

「司令。今日は休みだよ?」

 

「は?」

 

「カレンダー見てきなよ」

 

 (いぶか)しげにしながらもベッドから出てカレンダーを確認しにいく司令。その後、大きなため息と共に帰ってきた。

 

「あー、心臓が止まるかと思ったよ」

 

 本当に今日が休みだと知らなかったらしい。よっぽど堪えたようだ。

 

「司令。今日は休みだよ」

 

「ああ、分かったよ」

 

「いや、そうじゃなくて。本当に分からないの?」

 

 聞き返してもまるで理解していない様子だ。

 まったく、こっちの気持ちを分かってくれたって良いじゃん。

 

「だから、その、二人きりでゆっくりできるねってこと!」

 

 照れて赤くなっている私と違って、司令は私の言葉をうまく飲み込めていないようだ。

 

 司令。

 私だって、あんな事されたら態度も変わるよ。

 

 ビックリしたでしょ。私が一番驚いてる。

 

 まさかここまで気持ちが変わるだなんて、ここに来たときは思いもしてなかったんだから。

 

「時津風、お前…」

 

「なにさ。なんか文句ある?」

 

「いや、めちゃくちゃ嬉しいんだけどさ。その、そういうのは言われ馴れてないというか」

 

 それも当然だ。今まで、指輪を貰ったときを除いては一度も自分から何かしたことは無いのだから。

 …昨日の私はノーカンで。あれは正気じゃないところもあったから。

 後悔はしてないけどね。

 

 

 司令は目新しい私の言動に面食らって、それと同時に恥ずかしさもあるものだから訳がわからなくなっている。

 

「じゃあ、これから馴れさせてあげるよ」

 

 そう言って、司令の前に立つ。

 

「ほら、しゃがんで」

 

 司令の方を軽く下に押して丁度良い高さにする。

 司令を少し見上げるくらい。

 

 そして、司令の両頬に手をあてる。

 

「司令、好きだよ」

 

 司令の唇に自分のを重ねる。

 男の人らしく少し乾燥したのを唇同士で感じる。

 

 (ついば)むだけの優しいキス。

 

 司令の唇を小さな私の唇で軽く挟む。

 

 軽く吸ってみる。

 

 目は閉じていないから、司令の顔が視界一杯に広がる。

 

 司令の首に腕をかけ、さらにキスをする。

 

 

 

 

 

 キスで幸せになるなんて良いのかな。

 

 いいよね。

 

 大好き、司令。

 

 

 

 

 

 

 満足するまでしたところで、ゆっくり離れる。

 

「どう? こんなことも素面(しらふ)でできるんだから」

 

 まだ呆気にとられている様子の司令を置いて部屋をでる。

 

「ほら、早く着替えてご飯食べてよ。そのあとはゆっくりしようね」

 

 静かに扉を閉めると、途端に首もとが熱くなる。

 

 どうやら今まで平静をそれなりに保てていたのは、いつのまにか感じていた緊張のお陰だったようだ。

 

 思わず指で唇に触れる。司令の感覚がまだ残っている気がする。

 

 

 

 

 深呼吸をして気持ちを整えると、丁度司令が出てきた。

 

「もう食堂はお昼を出してくれるって」

 

 司令に手を差し出すと、司令は恐る恐る手をとり、その体制で固まった。。

 

「ほら、行くよ?」

 

 司令の手を引いて食堂に向かう。

 あれ、これって最初と立場が逆じゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて部屋に戻り、司令の机に椅子を向かい合わせて座る。お茶も持ってきて、すっかりくつろぐ体制が整っている。

 

「さて、食事もしたところで、今度は司令にしてほしいことがあるんだけど」

 

「ん? できることなら何でもするが」

 

「司令の昔話を、聞きたいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令が着任してすぐのときの事や、ここにやって来た経緯などを聞きながら、時おり質問しつつしていると、いつのまにか日が落ちかけていた。

 

 

「――――と、まぁ、こんな感じだ。今さらだが、こんなの聞いて楽しかったか?」

 

「楽しかったよ? 考えてみれば司令の事ってあまり知らなかったし」

 

「そうか、それならいいんだが」

 

「うん。司令が女っ気が無かったはちょっと驚いたよ」

 

「今となってはベッタリだからな、恥ずかしいことに」

 

 苦笑いをしながらも満更ではない司令。

 

 昔話をしているうちに、司令も自身の変化に気がついたようだ。

 

 

 久しぶりに司令とゆっくり過ごせて、しかも一杯話せて、司令をたっぷり眺められたんだから大満足だよ、司令。

 

「そろそろいくか」

 

 司令が立ち上がり、私の横まで来て手を差し出す。

 

「ほら、晩御飯だろ?」

 

「…うん!」

 

 やっぱり、司令に繋いで貰った方が嬉しいな。

 

 

 

 

 夕飯も終え、また少し司令と話したあと、ふと思い立つ。

 

「司令、ちょっと待ってて」

 

「ん? ああ、分かった」

 

 お目当てのものを取りに自室に戻る。

 

 

 

 自室の扉を開けても、もう天津風はなにも言ってこない。ようやくいじるのを止めてくれたか…。

 他の二人はとっくに私で遊ぶのはやめてるのに、天津風はずっと昨日のことていじっていたから…

 

 

 …いや、部屋に入ったときからずっとこっちを向いている。参ったな。

 

「ねえ天津風、いつまでそれやるつもり?」

 

「それって何よ」

 

 白々しい返事の天津風。その表情は何か企んでいるようにも見える。

 

「……何でもない」

 

「そう」

 

 もう、何を言っても無駄なんだろう。

 

 

 

 天津風を放っておいて、クローゼットのなかからアレを引っ張り出す。もうずっとしまい込んでいたもの。

 

「あんた、それ持っていくの? ふーん」

 

 天津風はますます笑みを深める。

 それもそのはず、お目当てのものとは、ここに来てすぐの時に司令から貰ったネグリジェだ。

 

 金剛さんとの一件があった後、休みの日、皆が買い物に行ったときに適当に初風に見繕ってもらったパジャマを着ていた。もちろん代金は私が払ったよ、当たり前。

 

 その後、初風から天津風がとびきり可愛いのを勧めていたときいてゾッとしたのはいい思い出だ。あのときは初風に頼んで正解だったと心底安堵したものだ。

 

 ちなみに、初風が選んだのは水色のシンプルなものだ。

 あの段階の私にとっては本当に助かった。まだそんなにこの体になれていない時期だ。天津風に振り回されてたんじゃきっと大変だっただろう。

 

「なにさ、なんか文句あるの?」

 

 それが、今は自分から着ようとしているのだから驚きだ。せっかく司令がくれたんだし、有効活用してあげないとは思っていたから、丁度いいと言えばそうなのだが。

 

 天津風はなぜかこの類いの服には詳しく、相当いいものだと言っていたし、宝の持ち腐れになるのは心苦しかった面もある。

 

 …話によると五桁ものだとか。

 

 最初に聞いたときはあまりに高かったものだからクローゼットにしまうのもおっかなびっくりだった。

 

 

 話は戻り、そのネグリジェを持って司令のところに戻ろうとしたのだが、天津風が引き留める。

 

「文句はないわよ。ただ、あんたのいつもの下着でその服は合わないんじゃないかしら?」

 

 そう言うと、天津風は自分のクローゼットから黒い紙袋を取り出して私に渡す。

 

「ほら、使いなさいよ。あ、中身はまだ見ちゃだめよ。なんだったら使わなくてもいいけど。その辺は自分で考えなさい」

 

 怪しい。あからさまに怪しい。

 

 いや、応援してくれているのは分かる。でも、天津風の朝からの様子を考えるとなにかしら仕掛けられている可能性が高い。

 ここで断るのも天津風に悪いからひとまず受けとるが、不安が残る。

 

「ありがと。でも何で持ってるのさ」

 

「いつかこのときが来るって分かってたからよ」

 

 自慢げに胸をそらす天津風。

 なにさそれ、ちょっと(しゃく)だな。

 

 

 

 

 服を手頃な中の見えない袋に一纏めにしていれた後、部屋を後にする。

 

 出ていくとき天津風に

 

「あんた、無理はしちゃダメだからね」

 

 と言われて、ちょっといい人だなんて思ったのは気のせいに違いない。

 

 

 

 

 

 

 執務室に戻り、また司令と机を挟んで向かい合って座る。

 

「おかえり、なんか持ってきたのか?」

 

「後のお楽しみってところかな。で、寝るまでなにする?」

 

 適当に司令の注意を紙袋からそらしつつ、楽しい時間を過ごす。

 

 久しぶりにトランプをしてみたり、おすすめの本を教えてもらったり、最近の出来事をお互い報告したりする。

 

 

 

 

 そして、体感ではとても長い時間を過ごした後、いよいよ寝る時間になった。

 

「…もうこんな時間か、そろそろ寝るか、時津風」

 

「そうだね」

 

 返事をしたものの、ここからどうするかは考えてなかったので動けず、司令が不思議に思う」

 

「どうした時津風?」

 

「…司令、先に着替えててくれるかな」

 

 ちょっと不自然だがしょうがない。司令を寝室に促す。

 

 腑に落ちないようすだが着替えにいってくれた司令を見送り、扉がしまって服を脱ぐ音が聞こえると、私も動く。

 

 紙袋から持ってきた服を取り出す。

 ネグリジェをいったんどけて、天津風から貰った袋を開けてみる。

 

「うわ…これは…」

 

 中から出てきたのはいつもつけている白いのとは違って、形は同じだか黒いものだ。

 

 どことなく大人っぽく見えるのはまだ自分が子供っぽいということだろうか。

 

 黒タイツも似たようなものの気がするが、何か違う。

 

 思えば、始めて時津風の服を着たときはあまりの下半身の無防備さにびくびくしたものだ。何せ腰までおおわれていないのだ。いつかずり落ちてしまいそうな気がして、なれるまでは大変だった。裾から下着の紐が見えるのもあって、恥ずかしさはしばらく消えなかった。

 

 今となっては島風の格好を毎日見ているのもあってすっかりなれたが。

 

 

 司令が着替え終わるまでにはあまり時間もないので、深く考えず言われたまま着ることにする。

 

 

 

 

 此方が着替え終わると、丁度司令も終わったようだ。扉に向かって歩いてくる音がする。

 

 扉を開くと、司令は何かいいかけたようだが、固まってしまった。

 

 もう流石にこの反応にもなれた。

 

 気を引き閉めて、司令に告げる。

 

「ねえ司令、一緒に寝よ…?」

 

 自分から意図的に一緒に寝ようとするのは始めてで、かなり恥ずかしく、きっと赤面していることだと思うが、頑張って司令の方を見続ける。

 

「ねえ司令、聞こえてる?」

 

「あ、ああ。分かったよ」

 

 ようやく事態を飲み込めた司令は寝室に戻り、私もその後をついていく。

 

 

 司令が先にベッドに入り、その後私もその横に、司令の向き合うようにして入る。

 

「時津風、そっち狭くないか?」

 

「大丈夫だよ」

 

 布団に入って数分、お互いの顔を見たまま沈黙が続く。

 

 

 

 司令、意外だな。てっきりこんな格好をしたら襲ってくるかと思ったのに。もしかして私の事を思って遠慮してくれてるのかな?

 

 でも、今はどちらかと言うと――――

 

 

 

 

「ね、司令、我慢しなくてもいいよ。司令は私を好きなようにして良いんだから」

 

 私がそういったとき、司令が生唾を飲んだのを見逃してはいない。

 

 そして、司令がゆっくり起き上がって掛け布団を足元にどけ、私に覆い被さる。

 

「……そんな格好されたら我慢できないって。これから毎日してもらうから覚悟しろよ」

 

 

 

 

 

 あれ、流石にちょっとやり過ぎた、かな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日を境に私たちの関係は変わった。と言うよりはお互いへの思いが変わったと言えばいいのか。信頼も増し、お互いに吹っ切れたのも一因だろう。

 

 吹っ切れるベクトルがわたしと司令で違うのはご愛嬌というところか。

 

 その、流石に毎日はね、うん。

 

 もう少しペースを落としてくれると嬉しいかもしれない。

 

 とか言って、いざご無沙汰になったときはねだり始めるんだろうか。

 

……いや、流石にない、はず。

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、好ましい変化だったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、帰ってきたわよ! …って、またやってんのあんた」

 

 遠征から帰ってきた天津風が執務室に入って早々、そう言った。

 

「なにさ天津風、なんか文句ある?」

 

 それもそうだ。いま私は司令の膝の上で抱きしめられているのだから。

 

 あれから人に見られるのをあまり気にしなくなった所もあって、以前よりもベタベタしているように見えるらしい。

 

 私個人としてはそんなに変わっていない気がするのだけれど。

 

 あ、でも人前でもキスくらいまでなら出来るかな。

 

 …これってやっぱりおかしいのだろうか。

 

 でも、しょうがないよね。

 

 

 

「はぁ、全く、どうしてこうなっちゃったのかしら。まさかここまでベタ惚れするなんて思ってなかったわ」

 

 もう幾度となく同じ光景を見せられている天津風にとっては、呆れるしかないものだ。

 

「そんなこと言ってもねー。司令とはあーんなことやこーんなこともしちゃったしー? もう今さらって言うか。ねー、しれぇ?」

 

 司令の同意を得るべく、自身を抱き締めている腕を抱き込んで軽く引き寄せながら振り向いて、上目使いで聞く。

 

「なんか、あざとくなったよな、お前」

 

 司令も司令で少し恥ずかしがっているようだ。返事が突っ慳貪(つっけんどん)になっている。

 

「そんなこと言っても、元男で何をしてほしいか分かっちゃうからしょうがないじゃん。司令も嬉しいでしょー?」

 

「いやまぁ、嫌ではないが…」

 

 何だかんだで惚気(のろけ)ている私たちをみて、天津風はさらに呆れる。

 

「ねえ初風、あの子も元男なのよね?」

 

「そうね」

 

「あれじゃ(むし)ろ私たちよりも所謂(いわゆる)女の子っぽいわよ」

 

「元男で素直になれなかった反動ってことなんじゃないかしら」

 

「でも、幸せそうだしいいんだと思うよ!」

 

 天津風と初風が冗談半分で話しているところに、雪風が一言。

 

「そうだよー、幸せだよ! ねー、しれぇ!」

 

「…そうだな」

 

 時津風と司令をおちょくったつもりだった天津風だったが、結局二人の惚気を引き起こしただけになってしまって少し後悔している。

 

「あーもう! 私が悪ぅございました! ほら、行きましょ!」

 

 そう言って一人部屋を後にする天津風。残された二人は苦笑いだ。

 

「とりあえず、全艦無傷で帰投したわ」

 

「そうか、ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」

 

 初風はいつもの報告をした後、部屋を出る。

 

 その後に続いて、雪風も一言残して出る。

 

「時津風、お幸せにね!」

 

 

 

 

 騒がしいのが出ていって、一気に静かになった執務室。

 

 お互いに先程のことを意識してしまっていた。

 

「…なんかさ、今さらちょっと恥ずかしくなってきたんだけど」

 

「…俺もだ。まぁ、今さら過ぎるだろ」

 

「そうだね」

 

 

 お互い呆れ合っている。

 でも、こんな雰囲気も嫌いじゃない。

 

 

「ねぇ、司令」

 

「なんだ?」

 

 

 

「ずっとずっと、大好きだよ」




はい! 一応完結です!

この小説一の長文でした。お疲れさまでした。




これまで約3ヶ月の間ありがとうございました。

連載当初はどうなることやらと思っていましたが、一通り終えてみると楽しく書き通すことができました。前作は親サイト閉鎖のため無理矢理完結させなければなりませんでしたが(今回が無理矢理でないかは別として)、今回は自分の書きたいところまでかけて幸せです。

最後に、これまで評価や感想投稿、お気に入りをしてくださった皆様、本当に助けになりました。ありがとうございました。


今後も機会があれば投稿していきたいと思います。

また、もしかしたら活動報告で何かお知らせを書いたりするかもしれません。その時はよろしくお願いします。




P.S.

省いた(省かざるを得なかった)部分とかニーズあるのだろうか。

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