実は予約投稿で指定の日にちを一年後にしてました。いつもはすぐに見てくださるかたがいるので本当に心臓に悪かったです。
遅ればせながら、どうかお読みください。
なんとお気に入り500件突破!ありがとうございます!まさかこんな拙作がここまで育ってくれるとは思いもよらず、大変嬉しく思っております。皆様本当にありがとうございます!
物語ももう佳境。ラストスパートです。
嗚呼、最初は現実とリンクしていた季節もスッカリずれてしまった。
5/3改稿
バレンタイン前日。今日は有給を取り(と言っても形だけで、実質的には司令が甘いので休み放題なのだが。勿論悪用どころか、今までほとんど使ったことすらなかった。)朝から四人揃って間宮さんのところにお世話になっている。
「それで、どんなチョコにするかは決まってるのかしら?」
「これにするわ。ね、時津風」
天津風が間宮さんに見せたのは雑誌の切り抜き。そこには「如何にも」本命と分かるような、手のひらサイズのハート型のチョコの写真が載っている。
実は昨日の夜、四人で相談していた。
当初私はシンプルな、小さな丸い、所謂トリュフチョコを考えていたのだが(意外にも簡単に作れると知ったのも選んだひとつの理由だ)、三人が(主に天津風が)強く推したので、結局私が何時ものように流される形になったのだ。
末っ子の意見はいつの時代でも弱い。
「う、うん。それでお願いします」
斯くして、チョコ作りは終わった。途中
なんにせよ、気が休まる暇もなかったということだ。
なんとか一仕事を終え、チョコを冷蔵庫に入れて、さて帰ろうかとしたところ天津風に引き留められる。
「こら時津風、チョコはまだ仕舞わないわよ? これからラッピングするんだから」
「え、まだ終わりじゃないの?」
てっきり終わったものだと思っていた私の言葉に呆れる天津風。
しょうがないじゃないか。早いとこ切り上げてここからおさらばしたいんだ。
「なにいってるのよ。これからがある意味本番じゃない。いくら中身が良くたって最初の見た目が悪かったら意味無いんだから」
そういって取り出したのは綺麗な箱にピンクの包装紙と赤いリボン。これを使って包むと言うことか。
…ちょっとさすがに派手すぎないか?
ただでさえ中身が「アレ」なのに。
「もうちょっと大人しめなのはないの? さすがにそれは恥ずかしいと言うか…。もし義理チョコみたいな感じにするとき困るよ」
「大丈夫よ。司令の事だし、その時はその時でなんとかなるわよ」
私の意見も虚しく、ラッピングが天津風によって進められていく。箱に敷いた彩紙の上にチョコを置き、蓋をする。そして包装紙に箱をのせたところで私を呼んだ。
「ほら、ここからは時津風がやりなさいよ。あんたがあげるんだから最後ぐらい自分一人でやりなさいな」
「え、でもやり方わからないし…」
てっきり後は任せっきりだと思っていたので、急に振られて困惑する。困りに困って、頼みの綱の間宮さんを見ると、助けに入ってくれた。
「それじゃあ、私が教えてあげるから、一緒にやりましょうか」
「は、はい、よろしくお願いします」
本当は丸投げしたいが、間宮さんが妙に楽しそうに私の横で指導してくれるので、逃れようがない。
しょうがない、やるか…。
多少、角がピッタリいかなかったところがあるものの、及第点がもらえる程度には包むことができた。
何かと指摘をしてくることが多かった初風も、「まあ、それなりにはできたんじゃない?」と言ってくれた。…これでもまだ誉めている方なのが悲しいところだ。失敗しそうになったときは責めるわけでもなく、「しょうがないわね」とか言ってフォローしてくれてるところを見ると、別にきつく当たっているわけではないのだとは思う。
それにしても、どうして皆お菓子作りができるんだ…。
終わってみてわかったけど、ろくに出来ないのは自分だけってどういうことさ…。これが女子力と言うやつか。
いやまあ、女の子の時間は周りが圧倒的に長いのは当たり前だけど、ここまで違うとは。なんだか情けない。
…別に悔しいわけではないがな。
何はともあれ、片付けも終え、作業はすべて終わった。
ようやく休めると部屋に戻ろうとしたところ、再び天津風に引き留められる。これさっきもやったな…。
「さて、とりあえず作り終わったわけだけど、ついでだし渡し方も練習しましょうか。…何よ時津風。そんな不服そうな顔して」
妙にウキウキした顔で誘ってくる天津風に、思わず眉を寄せる。
「いやだってさ、もう疲れたよ。渡し方って言ったって、そんなのはその時にサッとやればそれで良いじゃんか」
「そうよ天津風。何もそこまではしなくて良いんじゃないかしら。多分なんとかなると思うわよ?」
初風も後押ししてくれる。ナイス、姉の威厳を見せてくれ。
…で、なんとかなるってつまり本命で渡せよってことですか初風さん? 何となく感じていたけど、これもはや皆本命としか思っていないよねこれ。どうしよ。これだけ気合い入ってて「義理です」なんて言ったら、司令残念がるかな?
その時は渡さない方向でいこう。うん。誤解されそうだし。
「そんなに言うならわかったわよ。それじゃあ解散」
作り初めてから3時間。ようやくこの圧倒的女子力の空間から逃れられる。
…疲れた。
今日は時津風が朝から休みを取っているから、執務室で一人、朝から作業をしている。
「何処かに遊びにでもいってるのかな。雪風たちも一緒に見かけたし」
今朝のことだ。いつも通りに時津風がやって来たから一緒に朝飯を食べに行こうとしたところ、時津風から休みをもらう旨を聞いた。入口の奥を見れば、雪風たちが時津風を待っている様子だ。
「別にいいけど、何処か遊びにでもいくのか?」
「うん、そんな感じ。じゃあ後はよろしくー」
そういって部屋を出ていく時津風。去り際に手を振ってくれたので、こちらも手を振って送る。
扉がしまると、妙に寂しくなった。
「そう言えば、時津風がいないのは来てから始めてか?」
今更ながら、時津風との生活にすっかり馴染んでいたのを感じる。来てすぐの頃はお互い仕事をしていてもどことなく気になったものだが、今となっては執務室は落ち着ける良い空間になっている。
初めて顔を合わせたとき。
こたつで一緒にのんびり過ごしたとき。
看病をして貰ったとき。
自分の記憶の中、いつも何処かしらには時津風が居た。
「…明日はバレンタインデーか」
万が一、億が一にもそんなことはおき得ないとはわかっている。しかし、自意識過剰だとわかっていても、ほんの少しの可能性はあるのだ、と考えてしまい、どうしても気になる。
「…念のため。念のためだから、これは」
食堂で朝御飯を食べたあと、帰りがけに物置部屋に立ち寄る。廊下に普通にあるとはいえ普段滅多に開けることがない引き戸は錆び付きぎみでずっしりと重く、悲鳴を上げながら開くと中からホコリが舞う。
袖で口許を押さえながら照明と換気扇のスイッチを入れ、中に入る。
そんなに広くない部屋のなかを探すこと数分、お目当ての小箱を見つけ、手に取る。
「まさかこれを使うときが来るとはね…」
そっとポケットにしまい込んで、部屋を出た。
執務室に帰ってきたものの、仕事がどうにも手につかない。
原因はわかりきっている。今は机の中にしまっている物だ。
「全く、なんで今ごろになってこんなことやってるのかなぁ…」
鎮守府に着任してから早3年。すっかり艦娘に囲まれた生活に慣れていた。いくら艦娘が可愛くとも紛いもない兵器の一つであると考えていて(無理にでもそう思わないと、男が一人ではとてもじゃないがやっていられなかった。)、手を出すようなことはしていなかった。
「ケッコンカッコカリ」なる制度が開始されてからもそうだ。むしろ制度を半ば軽蔑してさえいた。所詮は上層部が艦娘と合法的に「そういう」ことを出来るようにするためだけのものだと思っていた。
しかし、今となってはそれも昔の話だ。
もうこの思いは止められないぜ!
…こんなに恥ずかしいなら言わなきゃよかった。
翌日、朝早く、司令が起きていないであろう時刻に、静かに執務室に入る。音をたてないようにドアノブをそっと捻る。
司令を起こさないように、静かに執務室に進み、机の引き出しに手に持っていたチョコを仕舞う。引き出しの擦れる音でさえ、司令が起きてしまうような気がして、気が気でない。
そっと引き出しを閉め、執務室を出る。
これで、司令にチョコを渡す準備は出来た。渡すときにいちいち自室に戻るのも、常にポケットか何処かに入れておくのもどうかと思い、考えた末の方法がこれだった。これなら、好きなタイミングに渡すことができる。
自室に戻ってから寝ようとしたが目が冴えてしまったのでじっとベッドの上で時が過ぎるのをまち、司令がいつも起きる時間になるとすぐに執務室に向かう。
「司令おはよー」
ドアを開けると、ちょうど起きたであろう司令が寝巻きで、朝の日課のストレッチをしているところだった。
「おはよう、今日はずいぶん早いな?」
「たまには早起きしようかなってね。昨日は休みもらっちゃったし。なんか仕事溜まってたりする?」
机の上を見ても特に書類などはないが、一応聞いておく。
「いや、昨日は特に何もなかったから大丈夫だったよ」
「そっか、良かった。食事までちょっと時間あるし、その辺で本でも読んでるよ」
「おう」
司令の身支度が終わるまで、椅子に座って本を読む。
しかし、妙に集中できない。どうにも机の中のチョコが気になるのだ。そんなに室温も高くないし、溶ける心配もないのだが、なぜか気がかりになる。
おかしいなぁ…、パッと渡して、はいお仕舞いのつもりだったのに、こんなに緊張するなんて。
自分の気持ちに疑問を抱いて自問自答していると、いつのまにか支度が終わって司令が戻ってきていた。どうやら少し待たせてしまっていたようだ。
「おーい、時津風。飯いくぞ」
「ん、わかった」
結局、日中も仕事が捗らなかった。集中しようと意識すればするほど、机のなかが気になる。
朝からずっと気になっているのだ。
もしチョコを渡したときに司令から好意を向けられたらどうするのか、と。
こちらからはきっと何もないだろう。司令があくまで普段のお礼位の気持ちで受けとれば、そのままで終わると思う。
しかし、あるかどうかは別として、もしも司令が告白なんてしてきたら、私はどうするのか。自意識過剰だとは思うが、考えずにはいられない。なんと言っても外見だけは相当なのだ。元男の自分が一目で惚れ込んだのだから、間違いない。
きっと、断るかどうかと言えば、断らない気がする。好意を向けられるのは嫌ではないし、司令もなかなか好い人だ。……何処か冴えないけれど、外見や心持ちは良いしな。
それに、自分の事を思っているのは常日頃から伝わってくる。
だから、それを知るところもあって、期待には答えたい。でも、自分は本当に司令を受け入れることができるのか。まだわからないのだ。
司令に頭を撫でられたときは嫌じゃないし、司令と寝たときも恥ずかしかったけど、嫌悪感とかはなかったし。寧ろどちらかと言えば安心感があったような気がする。
……あれ、これってもしかして。
いやいやいや、まさかね。
俺、元男だよ?
精神的には元同性だよ?
いや、でも。
そういうこと、なのかな?
ちょっと流石に自分でも信じられないんだけど。
今日の時津風は、朝からどことなくいつもと違う。明確なところは解らないが、そう感じる。
今だってそうだ。仕事の途中なのに俯いてじっとしている。少し経てばすぐいつも通りに戻るのだが、こんなことが今朝から度々起こっているのだ。
既に日は傾き始め、空の向こうではカラスが鳴いている。
仕事も一段落し始めて、そろそろ一息つこうと、時津風に話しかける。
「時津風、そろそろ一休みにしないか?」
しかし、時津風は俯いたままだ。返事も返ってこない。
時津風に限って無視するなんて事はない。多分何かに集中しているのだろう。もう一度。
「おーい、時津風?」
それでもやはり、反応がない。
よっぽど没入しているようだ。
仕方がないので、時津風の横まで行って話しかける。
「おい、時津風?」
「うおっ!? ……なんだよ驚かさないでよ。なにか用?」
声をかけた途端、飛び上がるほど驚く時津風。不意を突かれたようだ。そんなに集中して、何をしていたんだか。
「そろそろ休憩にしないか?」
「うーん、そうだね」
ペンを置き椅子から立ち上がって手を天井に向けて突き上げ、背を反らして大きく延びをする。
こういうのも無自覚なんだろうなぁ。
全く、目に毒だよ…。
気を抜くとつい視線が向いてしまうのを背けて耐える。
こういうところを気付かれて幻滅されたら、たまったもんじゃない。
参った。
まさかここまで自分がチョコに振り回されるとは思ってもいなかった。
司令の声は無視してしまっていたようだし、なんとも気まずい。
それに何より、チョコを渡すか否かでずっと迷っているのが堪らなく疲れるのだ。
せっかく司令が誘ってくれた休憩も、机に対面してお茶とお菓子をいただくなんて心がちっとも休まらない。
自分の一挙一動に不自然さが出ていないかどうか気になって堪らない。
しばらく休んだ後仕事を再開し、一段落ついたところで夕飯をに向かう。
隣に立つ司令に意識を奪われながら食堂の席に付くと、島風が近づいてきて、耳打ちする。
「どう? もう渡したの?」
まさか知られているなんて思ってもいなかった。なぜ知っているのか驚きつつ、小声で、司令に聞かれないように聞き返す。
「渡すってなにさ?」
「チョコに決まっているでしょ。それで、どうなの?」
「…まだ渡してない」
「ふーん。ま、寝る前にでも渡したら? 面白いかもね」
そう言うと、軽く司令に挨拶してから去っていく。
「時津風、なんだったんだ?」
流石に訝しげに思われてしまった。まさか本当の事を言うわけにもいかず、適当にお茶を濁す。
「特になんでもないよ」
突き返すような返答に納得がいかないのか、更に質問してくる。
「なんでもないって言ったって、気になるだろ?」
「じゃあ女の子の秘密ってことで」
「なんだそれ、こう言うときだけ都合が良いな、全く」
使えるものは使わないともったいないもんね。
ありがたいことに司令も苦笑いしながら諦めてくれた。こう言うときに変にしつこくないのは嬉しい。
思い返せば、事あるごとに良い対応してくれているな、この司令。
結構いい人だよな、司令。
この人なら、良いかな。どうだろ。
食事も終わり、執務室に二人揃って帰り、椅子に座ってゆっくりする。あくまで司令は、だが。
こちとら、帰る最中から、心臓の音が聞こえるかと思うほどずっとドキドキしているんだ。呑気すぎて羨ましいぞ、司令。これも全部島風が追い討ちをかけたせいだ。今度あったらとっちめてやる。
雑談をしながら、話を切り出す好機をうかがう。
あまり突拍子もなく渡すのはなにかちょっと恐い。
「ねぇ司令、食後のおやつ食べる? ちょうど良いの持ってるんだけど」
結局、考え抜いた末にこれだよ。
どうにも自分にはそういう才能はないようだ。
しかし、結果オーライ。司令も自然に反応してくれる。
「お、なんだ? ちょうどなにか食べたいと思ってたんだよね」
司令の視線を受けながら、引き出しの中から小包を取り出す。無様ながら、手が少し震える。
何を緊張しているんだ。パッと渡せばそれまでじゃないか。
自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。
意を決して箱を引き出しから出したその時、司令が息を飲んだ気がした。
その途端、少しだけ落ち着いた気持ちも、再び跳ね上がる。
もうここまで来たら、覚悟を決めるしかない。
浅く深呼吸をして、司令に向き直る。
「司令。これなんだけどさ」