憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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5/3改稿


時津風、司令を看病する。その後。

 司令が起きたのは、夕飯どきになってからだった。朝からずっと寝たまま過ごしたのが効いたのか、熱も大分下がっているようだ。

 

「いやー、心配かけたな。たぶんもう大丈夫だろ」

 

 今ではすっかり顔色も戻り、声の調子も戻っている。上半身を起こし、寝巻きを脱いで、時津風に背中を拭いて貰っているところだ。

 

「それにしても、何もここまでしてくれなくてもいいんだぞ」

 

「なにいってるのさ。汗かいたままじゃ、また体が冷えて風邪引くよ?」

 

 膝立ちで肩から順に拭いていく時津風も、言葉では司令を叱責しつつもどことなく嬉しそうだ。やはり、身内の体調が回復したのは嬉しいらしい。

 

「はいはい」

 

 司令も時津風の意見を汲んで素直に従う。いくら元気になったとはいえ、病み上がりではなにも言えたもんじゃ無かった。

 

 最も、時津風に甘えることのできる絶好の機会を逃すまい、なんて考えているのも事実だが。

 

 可愛い娘に看病をしてもらえるなんて役得は早々無い。それだけに、わずか一日足らずで回復してしまった風邪を恨まないでもなかった。せめて明日の朝位までは持っていてほしかったが(朝起こしてもらえるのではないかと考えたのだ。)、そうもいかず、仕事が溜まらないのだから良いことだと自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 司令がそんな呑気なことを考えている一方で、時津風は内心どぎまぎしていた。女になって約半年、すっかり女の体にも馴れ、いや、馴れすぎたばかりか男の体を忘れていたのか、司令の体を見て妙に緊張していた。

 

 

 司令の背中ってこんなに広かったんだ…。それに、デスクワークしかない筈なのに筋肉結構ついてるし…。男の体ってこんなだったっけ?

 

 男の頃の自分の体を思い出そうとするが、今一しっくりこなかった。

 

 拭いていると、体格差が見に染みる。此方が膝立ちをして、漸く首もとに手が届くのだ。肩から順に拭いていくと、司令が気持ち良さそうにする。それが嬉しくて、ますます張り切って拭いてあげる。

 

 

 

 ふと横を見ると、鏡に自分達が映っているのが見えた。

 

 鏡の中の自分は何故か、まるで司令の「何か」のように見えた。

 

 途端に恥ずかしさが体を駆け巡り、拭いていた手が止まる。

 

「どうした時津風? 疲れたならもういいぞ?」

 

 此方を気遣う司令。

 

「いや、そうじゃなくてね、なんか今の状況ってなんだか私と司令がまるで夫婦みたいだなって」

 

「は?」

 

「あ、いや、なんでもない。気にしないで」

 

 頭のなかでぼんやりと考えたことを思わず口走ってしまい、司令に大層驚かれる。そうとう不意をつかれたのか唖然とした表情を見せたが、気にしないでと言われてはそれに勤める。

 

 しかし、失言により、先程のあっけらかんとした雰囲気はどこへやら、大層ぎこちなくなってしまった。

 

 鏡の方を見ないようにしつつ体を拭くのを続けていると、ふと、朝お粥を司令に食べさせたときのことを思い出す。

 

 もしかすると、あれは所謂「あーん」というやつではないのか…?

 

 スプーンを手に、司令に食べさせていたのだ。端から見れば、いや、自分でも気づく。あれはまさしく「それ」だ。

 

 一度気づくと、もうそれからはどうにもならなかった。

 司令の顔もまともに見ることができず、そこそこのところで切り上げる。

 

「司令、終わったよ」

 

「お、おう。ありがとな」

 

「それじゃ、着替えて、念のため寝ててね。じゃ」

 

 同じ場所にいることがどうしても恥ずかしくなり、そそくさと部屋から出る。ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、すまん司令、許してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 時津風が司令室を去った後、司令は悩んでいた。時津風が自分をどう思っているのか悩んでいた。普段は親友のように気の置けない仲だが、今日に限っては、特に先程はそれを疑うような雰囲気だったのだ。

 

 自分への対応が明らかにいつもと違うのもそうだが、何より最後に漏らした言葉が気になる。。

 

 病人だから、と言ってしまえば前者は片付くのかもしれない。しかし、「夫婦みたい」だなんて冗談でも早々気安く言わないし、ましてやあんな風にはぐらかすような真似をするなど、普通では考えられない。

 

 と、言うことは、つまり時津風は俺にそういう気があると言うことか?

 

 ……いやいや、もしそうであったとしたら俺としてはこの上なく嬉しいが、果たしてあいつはそうなり得るのだろうか。

 

 今や吹っ切れて自分をしっかり持っているとはいえ、元男であることに変わりはない。

 

 もしも俺が時津風に告白して振られでもしたら、いや、むしろ気持ち悪がられでもしたら、それこそ目も当てられない。私情に留まらず、仕事にも響くだろう。

 

 つまり、此方からは迂闊に手出しできないと言うことか。

 

 

 なんと焦れったいのだろうか。自分の気持ちにはもう決着がついている。普通の男女だったらこんなに悩むことはなかろうに。

 

 自分の立場が、時津風の背景がとても惜しい。しかし、どうこう言ったところでなにも変わらないのは重々承知だ。

 

 

 ……書類一式だけでも揃えておくか。

 

 そして、もし何かの時に時津風の方から俺に言ってくれたら、その時は俺も覚悟を決めて差し出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時津風が部屋のドアを開けると、初風たちがベッドに今日の買い物の収穫であろう品々を広げていた。天津風が時津風に一番に気づく。

 

「あら、時津風じゃない。お疲れ様。悪いけど買い物いっちゃったわ。ちゃんと時津風の分も買ってきてあげたから安心して」

 

「私の分? じゃあみんなも作るの?」

 

「ええ。あ、司令にはあげないわよ。私たちの間で食べるの。なによ、ライバルが増えたと思った?」

 

 何とはなしに言った言葉が天津風によって深められる。

 思ってもいなかった言葉に意表を突かれ、言い返す言葉も苦しいものになる。

 

「は? ライバルなんてそんなこと思ってないし」

 

「ふーん。なら私たちもあげちゃおうかしら」

 

 面白いイタズラを考え付いたと言わんばかりに悪い顔の天津風。

 

 自分でもよくわからないが、何故か気に食わない。

 

「なんでそうなるのさ? 」

 

「なによ、嫌なの? それならそう言いなさいよ」

 

「…嫌だよ。司令には私だけがあげるんだから」

 

 まるで私の言葉を待っていたかのように、途端に満足げになる。

 薄ら寒く感じながら聞く。

 

「…な、なにが面白いのさ」

 

「いやね、時津風も素直じゃないなって思って。青葉から聞いたけど、私たちがいない間随分司令とよろしくやってたらしいじゃない」

 

「正確には天津風が青葉に時津風と司令を観察しているよう頼んだだけなのだけれどね」

 

 天津風が自慢げに話しているところに初風が横槍を入れる。

 天津風はこの展開を予想していなかったのでうろたえ、背後の初風に振り返る。

 

「なんで言っちゃうのよ!」

 

「あんただけが楽しむのはずるいわ。私も混ぜなさいよ」

 

「だからってね…!」

 

 天津風が初風に食って掛かろうとするところを雪風がなだめる。初風と言えば涼しい顔だ。

 

 

 

 

 …青葉に見られてた?

 

 初風と天津風が何やらやっているが、それよりも問題だ。青葉と言うことは、もしかすると写真も取られているかもしれない。寝ている司令の横に居るぐらいのところならまだマシだ。しかし、もしも司令にお粥を食べさせているところを撮られていたとしたら…。

 

 想像しただけで背筋に悪寒が走る。

 

 青葉に次あったら何をしてやろうかと考えていると、天津風たちの方も蹴りがついたようで、こちらに向き直る。

 

「まあ、そう言うわけよ。それで、ここに写真があるんだけど…」

 

 そう言ってベッドの上に置いてあったらしい写真を手に取り、こちらに向ける。

 

「まさかそれは…」

 

「お熱いことですねぇ、ってとこかしら?」

 

 天津風に突きつけられたのは、まさに私が司令に初めてお粥を食べさせているところを収めた写真。

 

 私の顔がいつもと変わらないのは不幸中の幸いなのかもしれない。写真を見た今頃気づいたが、司令は相当顔を赤くして恥ずかしがっている様子だ。もしもこれに加えて私を恥じらってでもしていたら、それこそ決定的だ。

 

「な……天津風、今すぐそれを渡して!」

 

「なによ、欲しいの?」

 

「そんなものをこの世に残しては置けない!」

 

 なんとしてでも無かったことにしようと、天津風に飛びかかる。しかし戦闘訓練は伊達にしていないようで、ひらりひらりと(かわ)されてしまう。

 

「そう言ったって、ネガは残っているんだから、これをどうにかしたところで何も変わらないわよ?諦めることね」

 

「そんな…」

 

 写真を取り返すのも諦めて司令との事がみんなに知れてしまうのを憂いていると、天津風が写真を差し出してきた。

 

「それで、写真、欲しいの?」

 

 これは素直に頼めば渡してくれると言うことか。しかし、ここで欲しいと言っては、「司令の写真だから欲しい」だとか、「思い出だから欲しい」だとか思っていると勘違いされてしまうかもしれない。…そう、勘違いなのだ。それはできれば避けたい。

 

 

 

 

 結局、たっぷり悩んだあげく、貰うことにした。

 

 

 

「……欲しい」

 

「ふーん、そう。ほら、大事にするのよ?」

 

 知ったような顔をして写真を渡す天津風。

 

 何もわかっちゃいないくせに。なんでそんなにしたり顔なんだよ。

 

 写真を引ったくるように受け取り、すぐに机の引き出しに仕舞う。誰かが入ってきても見つからないように、出来るだけ奥に仕舞う。

 

「それで、チョコつくるんでしょ。いまのところどうなってるの?」

 

 話題を司令との事から離そうと、話を振る。

 

 初風が壁に張ってある私たちの出動表(シフト表のようなものだ)の前で日付を確認して言う。

 

「そうね、バレンタインの前日にあなた休みがあるでしょう? そこで間宮さんに手伝ってもらってチョコを作るので良いんじゃないかしら」

 

「前日に初めて作るのはちょっと大変かもしれないけど、まあ、なんとかなるでしょ」

 

「私も一緒にいるから、多分なんとかなる。ううん、何とかするよ!」

 

 天津風、雪風も初風の予定に賛同する。初風は特に乗り気のようだ。

 

「わかった。じゃあそれでお願いするよ」

 

 

 

 

 バレンタインか…。どうなることやら。

 


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