5/3改稿
どうやら司令を待っていたところ眠ってしまったようで、目を覚ますとすでに朝になっていた。寝ていたのは司令のベッドのようで、体を起こすと提督は敷布団を拡げて、床に寝ているのが見える。恐らく司令が帰ってきて、寝ている私を運んでくれたのだろう。それに加えて自分にベッドを独り占めさせてくれたとは、この司令、なかなか気が利くようだ。
ベッドから出ると、普段着のまま寝ていたことに気がつく。流石の司令も着替えまでは出来なかったようだ。されたときには、それはそれで困るが。
執務室に出ると、司令の机の上に小包が置いてあった。きっと司令のお土産なのだろう、丁寧に
ひとまずは今着ているシワだらけになった服を着替えよう。
部屋に戻ると、既にみんなが起きていた。見渡すと、どこか空気がいつもと違う。
自分のクローゼットから着替えを取り出そうとなかに進み入ると、天津風から声をかけられる。
「おはよう時津風、昨夜はよく眠れたかしら?」
声の方をみると、口元が引き攣っている天津風がいた。目は笑っているものの、腕を組んで此方をじっと見ている。
どうして天津風がそんな態度なのか、なんとなく想像がついた。どうせまた誤解しているのだろう。
「おはよう。一応いっておくけど、司令とはなにもないからね? 司令が帰ってくるのを待ってたらいつのまにか寝ちゃってただけで。」
そう答えると、ますます怪訝な目で此方を見てくる。
ふと初風と雪風をみると、二人も天津風程ではないものの、私をじっと見ている。
「ふーん、そう。それで、何でそんなに服がしわくちゃなのかしら?」
まるで取り調べを受けている気分だ。六つの目で見つめられる。悪いことはしていないと思うが、それでもいい気分はしない。
「司令がベッドに連れていってくれてたんだよ。まだ寝てるから想像だけどね。」
「それで司令はどこに寝たの?」
「床。敷布団しいてた。」
天津風の詰問に素直に答えると、天津風は一先ずほっとしたとばかりに今までの表情を一転させる。組んでいた腕も解く。他の二人も同じようだ。
「なにさ? なんかあったの?」
いまいち訳がわからず訊くと、咳払いをひとつした初風が答える。
「あのね、あんた無防備過ぎるのよ。今更言ったところで変わらないだろうけど、もう少し気にしなさいな。」
蓋を開けてみると、小言が始まった。今までも何度か聞いてきた内容だ。何かとつけて私に説教するのだ。そろそろ聞き飽きてきた頃合いなので、軽く受け流すことにする。
なるほどねー、と答えつつ、服を着替える。
「あんたね、人の話を聞いてるの?」
天津風が話を真摯に聞かない俺に思うことがあるのか、言う。
「聞いてるよ。でも正直、根っからの女の子じゃないんだからその辺はしょうがないって。」
何時ものように返事をし、着替え終えると部屋をあとにする。
「全く、あの娘はどうしたものかしら。」
時津風が出ていった後、暫くの間が空いて天津風が言う。三人は各々のベッドに腰掛け、時津風について話し始めた。
「色々言ってはいるけど、もうあれはよっぽどのことがない限り変わらないわね。本人が言う通り、結局は半分男なんだから。最も、司令はその辺の無防備さもあって惹かれたみたいだけど。」
初風は最近気に入って読んでいる本に目を落としながらなげやりに言う。
「よっぽどのこと、出来るけどどうする…?」
切り出したのは雪風だ。意外なところに天津風、初風が興味を持つ。
「何よ、その『よっぽどのこと』って。」
天津風が訊くと、少し勿体ぶったようにして答える。
「来月はバレンタインデーがあるでしょ、そこで時津風にチョコを渡させる。今度の休みにでもみんなで材料を買いにいく。って言うのはどうかな?」
雪風の提案に二人は考えを巡らせる。
「それってクリスマスのとあんまり変わらないわよね。それに、あれだけのことがあっても時津風は結局あんな感じだし。」
天津風が言って三人共に思い出されるのは昨年末の出来事。時津風が司令にクッキーをプレゼントしたところ、司令から好評をいただき、また作ってと言われたのだ。
しかし、あれからというものの、特にこれと言って何かした様子もない。司令も司令で、勢い余って言った言葉だったようで、あまり気にしてはいないようだ。時津風はもしかすると言われたこと自体忘れているのかもしれない。
「たしかにそうなんだけど、今度はちょっと趣向を変えてみようかなって。例えばこう、思いっきり、恥ずかしくなるくらいな、いかにもな本命チョコみたいな。」
言われて想像するのはピンクの箱に入った、大きなハート型のチョコ。ベタすぎて誰も作らないが、かえって時津風には効果的かもしれない。
天津風も内容を聞いて納得がいったようだ。
「ふーん。なかなか良いかもしれないわね。ちょっと試してみましょうか。」
本人のいないところで、計画は進む。
司令が起きると、既に時津風はベッドから居なくなっていた。
「…先に起きたのか。」
布団からでて、時津風が寝ていたベッドに向かう。
「…ほんのり温かい。」
マットレスに手を当てると、時津風の温もりがまだ残っていた。
その暖かさに、昨日の事を思い出す。
「軽かったな、あいつ。」
昨夜、時津風をベッドに
女の子の柔らかさ。子供特有の高い体温。すやすやと眠り一向に起きる気配のない顔。
その時を思い出す。顔が緩むのが、自分でも分かる。
暫く惚けて思い直し、頬を張って気持ちを入れ直して身支度に向かう。
ちょうど身支度を終えた頃、時津風が執務室に入ってきた。
「あ、司令おはよ。」
時津風をみると、再び昨日の感触がよみがえってきた。
どぎまぎしたが、立て直して返事をする。
「おはよう。昨日は悪かったな。もう少し早く帰られるかと思ったんだが。」
自分としても惜しかったと思う。もし時津風が起きている間に帰っていたら、きっと執務室に入った瞬間駆け寄ってきてくれただろう。想像にすぎないが、きっとそうするに違いない。勿論、目当てはお土産だろう。
「あー、全然大丈夫だよ。むしろありがとね。ベッドまで運んでくれたんだよね?」
「ああ。時間が時間だったから、時津風の部屋までは運べなかったが。」
何せ帰ってきたのは結局日付が変わる寸前だったのだ。そんな時間にに艦娘を連れ出したなんて誰かに誤解でもされたら、それこそ軍法会議モノだ。
「それでさ。」
「ん?」
「お土産は?」
「机の上にあるから、持っていっていいぞ。」
司令から言われて、小包のところに行き、手に取る。大きさの割には軽い。
「司令、これ開けていい?」
「いいぞー。」
司令のお許しも出たところで、包装を綺麗に開いていく。最近は仕事場ばかりだったから、こんなにワクワクするのは久しぶりだ。
綺麗に剥がし終える。中身は白い紙箱だ。
蓋を開けてみる。
中には、青いブレスレットが2つ入っていた。透き通った、深い青の石でできたブレスレット。手に取ると、少しひんやりとしている。左手首につけてみる。大きさは丁度よい。もう1つのブレスレットを手に取り、どうしようかと考える。両手首に着けるのも変だし、かといって片腕に二つは流石に着けていて気になる。
結局、司令に渡すことにした。
「司令、ありがとー。着けてみたよ。どう?」
寝室にいる司令に軽く腕を振って見せる。
「おー、良いじゃないか、似合ってるぞ。」
「ほんと? よかった。ところでさ、二つ入ってたんだけど、片方は司令にあげるよ。元々司令のだけどさ。」
近づきつつ手に持ったブレスレットを見せると、司令は疑問の表情を浮かべる。
「あれ、そうだったのか? 別に両方貰ってくれて構わないぞ?」
どうやら、司令は買ったのが1つだけだと思っていたようだ。今更気づいたが、どうやら、此方のは今着けているのよりも少し大きめのようだ。試しに右手に着けてみて左手で摘まみながら腕を下に向けると、するりと抜け落ちる。
「いいからいいから。なんかこっちはちょっと大きくて、私がつけるとすっぽ抜けちゃうんだよね。どうせだし司令がつけてよ。」
司令の手をとり、半ば強引にブレスレットをつける。うーん、やっぱり司令の手は大きいな。腕も太い。私とは大違いだ。
「ほい。おー、お揃いだね。なんと言うか、秘書艦ぽくなったかも。」
目線を司令の手首から顔に移すと、表情が固くなっている。
「なに、どうしたのさ。」
訊くと、司令はブレスレットを指先で弄りながら答える。
「いや、別にどうということはないが…。まあいい、朝飯食いにいくか。」
そう言って答えを濁し、手を引く。
「なに、嫌なの? 嫌なら別にはずしてもいいんだよ?」
手を引く司令を後ろから見ながら言うが、司令の答えははっきりしない。
「別に嫌な訳じゃない。なんと言うか、こう、いわゆるペアルックみたいだな、と。」
「ペアルック? あー、確かにそうかもね。まあ、信頼の証ってことで。」
「信頼? ああ、そうだな。」
どうにも煮え切らないまま食堂に着く。
食堂に入るときになって、ようやく司令が手を離す。思えば、司令から手を握ってきたのは初めてかもしれない。いつもこっちが振り回していた気がする。
食堂に入り、朝御飯を受け取り、司令と対面になって席に座ると、どこからか島風が近づいてきて私の隣に座る。
「時津風、そのブレスレットなんなのさ。司令とお揃いじゃん!」
朝っぱらだと言うのに、割りと大きな声で聞いてくる。顔もどこか真剣だ。
「これ? 司令が出張のお土産に買ってきてくれたんだ。」
島風に見せびらかすように手首をつきだして見せると、あからさまにむくれる。
「なにそれ、私たちには無いわけ?」
「ふふん。秘書艦の特権というやつだよ。」
なんだか羨ましがられるのが嬉しくて、つい挑発してしまう。
私の発言を受けて島風は司令に矛先を変える。
「ねー司令、私たちにはお土産無いの! 時津風だけとかずるいよ!」
島風が大きな声で言うと、回りにいる艦娘達も何事かと此方を向く。
司令も流石に居心地が悪いようで、ばつの悪そうな顔をしている。ややあって、司令が手を頭にやりながら答える。
「皆にはお菓子を用意してるから、それじゃダメかな…?」
いつになく弱気な司令。島風というと、まだ言いたいことはあるようだが一先ずは収まったようだ。
「まあ、とりあえずあるならいいよ。騒がしくしてごめん。でも時津風だけ特別扱いはあんまりしてほしくないかな。まだ結婚もしてないんでしょ?」
きくと、司令の肩がビクッと一瞬つり上がる。
「わ、悪かったよ。もうしないから、な?」
……なんなのさ、これ。
食事を食べ終え、執務室に戻る。食堂の一件もあって空気が重い。各々の机に向かって作業しているが、やはり相手がどうも気になる。
さっきのは何だったのだろう。なんか島風が急に突っ掛かってくるし。
それにしても結婚か…。
島風が言ってたけど、やっぱ結婚もしてないのに司令と近すぎるのかな?
此方としては友人というか、自分の秘密を知っている数少ない理解者というか。まあそれなりに特別な存在ではある。でも、結婚ねぇ…。
以前天津風達が、司令が私に好意を抱いてるといってたけど、どうにもそんな風には見えない。それに私だってどちらかと言えば、司令は結婚相手と言うよりは親友だと思う。
もしも万が一、司令にプロポーズされたらその時は流される気がしないでもないが。
結局のところ、その辺は勢いな気がする。司令は男だし自分も元男だけれど、頭を撫でられたら気持ちいいし、その辺は時津風の面も出ているのだろう。
だから、自分は司令が親友でも、結婚相手でも良いのかな、と思う。
親友なら元男として頼りがいがあるし、結婚相手なら『時津風』が喜ぶだろうし。
そもそも、ケッコンカッコカリがこの世界でどうなっているのかもわからない。ゲームではレベル上限解放が一応の目的だったけど、ここではどうなんだろうか。
ただひとつ確かなのは、司令にブレスレットを貰ってそれが特別なことだとわかったとき、心の底から嬉しかった、と言うことだ。
自分が他人の特別な存在になれたのはやっぱり嬉しい。
……ってあれ、もしかしてこう言うのが司令の好意だったりするのかな?
司令の特別な存在か…。
あー、やばい。
なんだこれ。
あれか、これが恋愛脳というやつか。
なんか一度そうだと思うと、もうそうだとしか思えなくなってくる。
思い返せば、クリスマスの時も私が作ったらクッキーが良いって言ってた。結局、あれからつくってあげれてないけれど、あれも司令の好意の表れだったりするのかな。私はてっきり、美味しかったからかなと思ったけれど、きっと美味しいのは他にもあったに違いない。私ははじめて作ったようなものだ。それこそ間宮さんが作る方が美味しいに決まっている。
となると、やっぱり私が作るのに意味があった、ってことか。
なんか、自意識過剰な気もする。でも、もしそれらが本当に司令の好意の表れだったら…。
あーもう面倒くさい! もういっそのこと聞いてしまえば良いじゃん!
「ねえ司令!」
一呼吸おき、思いきって呼び掛ける。突然の事に司令は驚いたようで、戸惑いながら顔をあげる。
「なんだ? 時津風。」
心なしか、司令の声もおどおどしているように聞こえる。
司令の目が此方を見つめる。いつもは何でもない視線が、今ばかりは鋭いものに感じる。
浅くなった呼吸を整えて、続ける。
「司令、司令は私の事、どんな風に思ってるの?」
言った。遂に言ってしまった。
もう後戻りはできない。後悔の念にかられる。これで司令に変に思われないだろうか。男の癖に、なに聞いてるんだなんて思われないだろうか。
心臓が痛いほどに拍動する。司令に聞こえてしまうのではないかと思われるほどに。
司令も司令で、私の言葉を聞いて目を丸くする。手を口元にやり、少し考えて答える。
「時津風のことはとても頼もしく思ってるよ。仕事もよくこなしてくれるし、気もきくし。」
そうじゃない。
私が聞きたいのはそんなことじゃない。
でも、また聞く気にはなれない。
「そう、よかった。」
安心しましたよ、と見せつけるように溜め息をつき、仕事に戻る。
なんかもやもやする。