憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

10 / 24
いつもお読みいただきありがとうございます。
恐らく今後は週一交信となりそうです。
今後もよろしくお願いいたします。
5/3改稿


時津風、提督代理になる。

「時津風、俺、明日から一週間出掛けるから、代わりに色々頼むわ」

 

「へ?」

 

 

 年も開けて1月も半ば、楽しい正月はあっという間に去り、既にいつも通りの生活に戻っている。そんなある朝、執務室でお茶を淹れていると、司令から突然告げられた。

 

「本部にいってお偉いさんと会議があるんだよ。長丁場になると思う。その間は鎮守府を開けるから、代理をやってくれ」

 

「別に良いけど、なにやれば良いかわからないよ? はいお茶」

 

 いくら秘書艦となってから色々勉強してきたとはいえ、流石に艦隊の指揮をとるようなことはしたことがない。せいぜいが資材管理や任務報告の受け取り、記録くらいだ。

 

「ありがと。で、やることはこれから俺が紙に纏めておくから、それ通りにやってくれれば大丈夫だ」

 

 そう言うと、司令は机の中から雑紙を取りだし、すらすらと箇条書きで列記していく。

 

「それならできると思う。…ってなにそれ、多くない?」

 

 新聞紙一面ほどの大きさにびっしりと書き連ねられた指示。そこには艦隊の出撃指示や授業の進める量がある。

 

「一週間だからな。結構な量になるが頑張ってくれ。帰ってきたら、なにかしらお土産でもやるよ」

 

 指示の多さに辟易していたが、お土産をくれると聞くと、途端にやる気が出てくる。

 

「お土産!? やった! なんか甘いものがいいなー」

 

 思わぬ臨時収入に小躍りすると、司令が暖かい視線を向けてくる。

 

「なにさ。滅多に無いんだから喜んだっていいじゃん」

 

 ふざけて少し拗ねたように口を尖らせると、すまんすまん、と軽く謝る司令。うん、こういうやり取りは楽しい。

 

「あんまり可愛いからさ、なんつーか…そう、保護欲?」

 

「保護欲って…。まあいいよ。それで全部?」

 

 書き終わったようなので手にとってざっと目を通すと、結構分かりやすく簡潔にまとめられていて読みやすいことがわかる。

 

「うん、これならいけるかな。ところでなんの用事? あ、言えない内容なら答えなくて良いんだけどさ」

 

「いや、単に新年の挨拶回りみたいなもんだ。お偉いさんはようやく休み明けなんだよ。全く呑気なもんだよな」

 

 そう忌々しげに言う司令。

 多少でも慰めようと司令の後ろにいき、肩を揉んであげる。

 

「まあ、頑張って!」

 

 

 

 さて、今日も一日張り切っていきますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、司令が出発する日になった。鎮守府の前には既にお迎えが来ている。私は玄関まで司令の鞄を持ち、見送りをしている。窓の外には、地面に雪がうっすら積もっているのが見え、廊下だというのに吐く息も白い。

 

「忘れ物は大丈夫?」

 

 なんとなく司令と話していたくて、至極どうでも良いことを話題にする。

 

「大丈夫だよ。それじゃ、この辺で」

 

 玄関につき、司令に鞄を手渡す。鞄の横を持ち、持ち手を司令に向ける。

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

 司令が持ち手を掴み、鞄を持っていこうとするが、私は手を離さない。何度か軽く引っ張るが、放すようでもないと解ると苦笑いをし、軽くため息をつく。

 

「時津風、離してくれないといけないんだが…」

 

 …だって、放したら行っちゃうだろ。そしたら一週間会えないじゃないか。今までそんなに長い間離れたことなかったし…。

 

「なんか嫌だ」

 

 ぎゅっと、握る手を強める。どことなく恥ずかしくて、俯く。

 

「全く、どうしてこういうときにそうなるかな。しょうがない奴だ」

 

 そう言うと、司令は私の頭に手をのせ、優しく撫ではじめる。

 

「なっ!?」

 

 予想外の行動に驚き、体を縮こませてしまう。手も胸の前まで引き寄せてしまい、結果鞄を手放した。

 

 なに急にしてくるんだよ司令!? いや、別に嫌じゃないけど! 急にしなくたって…。

 

 初めは驚きで心が埋め尽くされていたが、暫く撫でられているうちに落ち着き、司令にされるがままになる。司令の指が髪をすいていく。

 

 

 

 

 そのまま心地よく撫でられていると、不意に司令が手を離す。

 

「あっ…」

 

 思わず声を漏らしてしまう。

 

「ほら、そろそろ行かなくちゃ。じゃ、イイコにしてろよ」

 

 そう言って、司令は私に背を向け、歩き始めた。

 

「子供扱いしないでよ…」

 

 

 司令が去ったあと、小さく呟く。

 

 自分でも、矛盾していることくらい解っている。

 

 撫でられるのは嫌いじゃない。でも、もう少し異性として見てもらいたい気もする。

 元男がこんな感情を持つなんて夢にも思っていなかったが、現に感じているのだ。自分に嘘はつけない。

 

 

 いつまでも突っ立っているわけにはいかない。冬の冷たい風を肺一杯に吸い込んで深呼吸をし、気持ちを切り替える。

 

「よし! まずは一日目、頑張りますか!」

 

 

 

 

 

 

 食堂で腹ごしらえをした私がまず最初にする仕事は、艦娘たちに今日の訓練や出撃の指示だ。それを終えると、鎮守府に前日に届いた作戦司令書などの書類に目を通し、必要なものにはサインをしていく。

 

 それが終わるとお昼時だ。昼食を食べたあとはちょっとの間お昼休み。私は天津風達のところに遊びに行く。

 

「おいっすー、ただいまー」

 

 部屋に入ると、天津風達三人がベッドに横になりながら駄弁っていた。

 

「お、お疲れ様司令代理」

 

 天津風が茶化すように返事する。

 

「あいよー。あー、疲れた」

 

 思わずベッドにダイブする。ベッドの反発で軽く体が浮き上がる。楽しい。

 

「ちょっと時津風、埃が舞うでしょ」

 

 ベッドにうつ伏せのまま顔だけをこちらに向けて注意をしてきたのは初風だ。

 

「いやー、ついベッドを見るとやりたくなっちゃうんだよねー。

 

 

 暫く駄弁るとあっという間に休み時間は終わり、再び仕事に戻る。

 

 午後は午前中に出た艦隊が帰投するので、その報告を受け、記録していく。一通り済むと、今度は今後の作戦に影響がないか資材の点検をする。

 

 それが終わるともう夕食だ。

 

 

 そんなこんなで忙しく初日の仕事ををこなし、ようやく風呂だ。今日は久々に天津風達と一緒にはいる。最近は夜遅くまで仕事が長引くことが多く、自分が風呂に入る頃には誰も浴室にいないことが続いていたので、だれかと一緒なのは嬉しい。

 

 鎮守府に来た当初はどぎまぎしていた風呂も今ではすっかり慣れっこだ。それどころか、こちらから雪風をいじるなど、他の艦娘にちょっかいをかけている。

 

 

 初風、雪風、天津風、時津風とならんで座り、体を洗っていると、ふと思い付いた。

 

「ねぇ天津風」

 

「なに?」

 

 お互い前を向いて体を洗いながら話す。

 

「やっぱりさ、司令もおっぱい大きい方が好きなのかな?」

 

 こんな話題だって、今までにも何度かしている。お風呂は貴重な情報交換の場だ。ここを活かさない手はない。

 

「なによ急に、あんたからそう言う話を振ってくるなんて珍しいわね」

 

「別にもう女の子なんだし良いでしょ。で、どうなのさ」

 

 天津風は手を止め、少しの間私の質問の答えを考えた。

 

「そうね、やっぱり司令も男なんだし、何だかんだで大きい方が好きなんじゃない?」

 

「やっぱそうかな?」

 

 私が聞き返すと、さぁ、と曖昧に返事をする天津風。私が体を流そうとしたとき、おもむろに立ち上がり、背後に立った。

 

「なによ、時津風、おっぱい大きくしたいの?」

 

「そりゃあ、できるならしたいさ。といってもバランスを崩さない程度にだけどね。浜風程は流石にいらないかなー」

 

 そう答えると、目の前の鏡越しに見える天津風の口がつり上がった。

 

「ふむふむ、それなら私が大きくしてあげるわ」

 

 そう言うと、手をワキワキさせながら私の胸の前に持ってくる。

 

「え、ちょ、まった、タンマ、そう言うことじゃなくて…」

 

 天津風の手をつかみ、遠ざけようとするも、座っているためか力負けする。

 

「まあまあそう言わずにさ」

 

 

 

 

 

 

 

「だからやめてって! な……、にゃああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「け、汚された…」

 

 風呂から上がった私は、執務室にいた。あのまま天津風と一緒に部屋に戻ったら、何が起こるかわかったもんじゃない。ひとまず今晩は司令がいつも寝ている、執務室の奥の寝室で寝ることにした。

 

「一応秘書艦だし、別にここで寝ても問題ないよね…」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。司令になにも言わず勝手に部屋に入ることに若干の申し訳なさを感じるが、それよりも天津風の不安と部屋の興味が勝った。

 

 以前一度司令に連れ込まれて一緒に寝たことがあるこの部屋だが、入るなりすぐに布団のなかに引き込まれ、部屋を出るときもそそくさと逃げるようにしたため、部屋を見渡すのは初めてだ。

 真っ暗な寝室の壁にあるはずの明かりのスイッチを手探りでつけると、目の前が白く埋め尽くされる。

 

 目を細めて耐えながら暫くすると、だんだん慣れてきて辺りがはっきり見えるようになってきた。

 

 部屋のなかは至ってシンプルだ。引き出しつきの小さな机と椅子、本棚にベッド。部屋の片隅には金庫がある。

 

「流石に金庫はダメだよねー。でも引き出しくらいなら良いかな…。なに入ってるんだろ」

 

 自分は秘書艦、と言い聞かせて正当化しながら、引き出しを開けていく。

 

 三段ある引き出しの上から順に開けていくが、これといって目新しいものは無い。

 

「うーん、やっぱりそう簡単には無いよねー」

 

 成果が無かったのは残念だが、どこか安心する。今更ながら、人の机の中の隠しておきたいものとか見つけるのは、褒められたことではない。

 

 そのあとも手をつけずに見える範囲で部屋を捜索したが、特になにも起こらなかった。

 

 

 

 時計を見ると、いつのまにか就寝時刻間近になっていた。

 

 そろそろ寝ようか、とベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋める。

 

「…司令のにおいがする」

 

 目をつぶり、鼻で深く息をしてみると、司令の背中に抱きついたときを思い出した。何故か、安心するのだ。

 

いやいや、においって、変態か己は。等思いながらも、止めようという気分にはならない。

 

 何気なく枕のしたに手を差し込む。すると、何か硬く薄いものが手に当たった。

 

「ん…? なんかあるのか?」

 

 枕をどかしてみると、そこには一枚の写真が。

 

 そこには驚いた表情でベッドに横たわっており、誰かを胸に抱いている司令の姿が写っていた。

 

 初めはその誰かがわからなかったが、冷静にみると、ひとつの結論に行き着いた。

 

 

 これって…もしかして私…?

 確かに一度司令に連れ込まれたけど、まさか私が寝ている間に誰かが入ってきて撮ったのだろうか。

 

 

 まさか意図せずして自分の予想外のものが見つかるとは思わず、固まってしまう。

 

 写真を持つ両手に、力が入る。

 

 

 

 しかし、わざわざ司令が枕の下に入れてるのは何でだ?

 

 だめだ、全然分からない。

 

 

 

 暫く考えた後、そっと元々あったようにして、仰向けに寝た。どのように扱えばよいか分からなくなり、ひとまず見なかったことにしたのだ。

 

 布団をかぶり、電気を消し、早く眠ろうとする。

 だが、眠ろうとすればするほど、目の前の暗闇にあのときの視界が蘇ってくる。司令の胸に抱かれ、顔を見上げるような形になってしまったあのとき。

 

 思い出せば思い出すほど、恥ずかしさで頭に血が昇ってくるのがわかる。呼吸が乱れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はなかなか寝付けず、ようやく眠れたのは空が白み始めてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう時津風。…あんた目の隈すごいわよ?」

 

 結局まともに眠れず、半ば寝ながら朝食を食べに食堂に行くと、天津風にあった。

 

「いやー、ちょっと眠れなくてさ…」

 

 返事をするにも口が重く、一言言うのがやっとだ。きっと今の私は、相当目付きが悪いに違いない。

 

「その、昨日は悪かったわよ。あんまり久々だったからはしゃいじゃって。本当にごめんね」

 

 どうやら天津風は自分のせいだと思ったのか、申し訳なさそうに謝ってくる。風呂の一件で司令の寝室を使わせてもらうことになったので、あながち天津風のせいと言うのも間違ってはいないのかもしれない。

 

 

 一言二言話したあと一緒にご飯を食べ、不安がる天津風の付き添いの元執務室に戻り、いつもは司令が座っている席に身を預ける。今の体だと背もたれに頭まですっぽりと収まり、柔らかいクッションが心地よくてますます眠くなる。

 

「ちょっと時津風、寝るのは良いからせめて出撃指示くらいは教えてよ」

 

 そう言われたので机の上に置いてあった指示書を手渡す。天津風はその内容の多さに驚いたのか目を少し見開く。

 

「ここに全部かいてあるから、よろしく。私は寝る…。おやすみ…」

 

「はぁ、分かったわよ。とりあえず休みなさいな」

 

 

 あー、眠い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるとお昼時だった。机の上に目をやると、間宮さんの手作りのお菓子と一枚のメモがあった。内容は天津風の詫びの言葉だった。

 

 ここまでされては、逆に此方が申し訳なくなってくる。きっかけは天津風だが、そのあとは自分でやったことだ。

 

 

 今度の機会にでも一緒に遊びにいってあげようか。

 

 

 

 

 

 その日一日はなんとか乗りきりることができ、その後も与えられた仕事をこなしきることができた。

 

 

 

 

 

 

 そして、司令が帰ってくる日がやって来た。

 

 一日の仕事が終わり、あとは寝るだけとなっている。司令が帰ってくるのは夜遅くになると事前に聞いていたので、椅子に座りながら気長に待っていた。

 

 

「…まだかなー」

 

 もう小一時間は待っているが、なかなか現れない。少し待つのが早やすぎたか。

 

 

 

 しかし、待てど暮らせど一向に帰ってこない。

 時計を見ればもう就寝時間が近くなっている。

 

「……ちょっと遅すぎるんじゃないかなー」

 

 ここまで来たら、意地でも帰りを待ってやろう、そう考えるが、どうやら体は見た目通りのようで、睡魔が襲ってくる。自分に割り当てられた司令の代理の仕事を終えた安心感も加わり、ウトウトとしてしまう。

 

 机に肘をつき、頭を揺さぶっては起き上がるのを繰り返す。

 

 起きていようと頑張るが、睡魔には勝てなかった。

 

 ついには寝入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。ってあれ、時津風?」

 

 司令が鎮守府に帰ってきたのは日付が変わる寸前だった。流石にこの時間では誰も起きていないと思っていたが、執務室の灯りがついているのが外から見えて少し驚いた。

 しかし、いざ執務室の扉を開けると、そこには司令の椅子に座りながら寝ている時津風がいた。

 

「もしかして、待っていてくれたのか…。遅くなるから寝てて良いって言ったんだけどなぁ」

 

 時津風を起こさないように呟くが、時津風に届くはずもない。

 

 呆れる反面、待っていてくれて嬉しいのも確かだ。それほど自分が帰ってくるのを待ち遠しくしてくれていたのか――――はたまた土産が気になってしかたがなかったのか。

 どちらにせよ、微笑ましいことだった。

 

 流石にそのままにしておくわけにもいかないので、起こしてしまわないように気を付けながら体を起こし、抱き上げてベッドに運んだ。

 布団をかけ、自分は敷布団を部屋の隅から引っ張り出してきて床に敷き、そこに寝る。

 

 同じベッドに寝るなんて考えは無かった。時津風が起きたときになんと言われるかわからないし、青葉にまた見られでもしたらそれこそ大変だ。

 

 

 

 

「おやすみ、時津風」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。