憑依時津風とほのぼの鎮守府   作:Sfon

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某二次小説サイトの廃止と共に離れていた小説をふと思って書いています。あの頃は台本形式だったっけ、いま思うとなかなか恥ずかしいが果たして今回はどうなのか…。追記:9/27行間を開けました。5/3改稿。


本編
始まりの朝 上


 俺は今、人生最大の緊張感に押し潰されそうになっている。目の前には仰々しく「執務室」と書かれた看板が掛かっているドアが、そしてその奥にはあの、アノ、提督ないし司令がいらっしゃるのだ。

 

 ああ、ここまで来たら流石に覚悟は出来ているさ。やってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 この奇妙な生活が始まったのは今から2日ほど前のことだ。あの頃俺は苦難続きだった受験を制し、大学に通うべく人生初の上京を果たし、慣れない事に翻弄されながらもなんとか大学生としての新たな道を歩み始めていた。

 

 初めて見るワンルームの新居への引っ越しも終えてようやく一息ついたあの日の夜、俺は奇妙な夢を見た。暗い、暗い海の底にたった一人。辺りを見渡すが、目の前に広がるのは岩肌が見え隠れする広大な海底と遥か上の水面から差し込む僅かな日光のみ。魚はおろか海草の類いすら見えない。そこに、独り。息ができるのは夢のせいだと解っているが、妙に、どこか既視感にも似た、変な現実味を感じた。特に動くこともできず、金縛りに遭ったまま時間が過ぎていった。

 

 

 

 俺が覚えている、俗に言う前世とやらの記憶はここまでだ。

 

 夢から覚めるときの、眼前に光が満ちる感覚の後、目を開けた。開けたのだが、その場で俺は硬直してしまった。真っ先に目にはいったのは自分の記憶にある低い天井ではなく、とても高い、まるで病院か何処かの施設のような天井だったのだ。

 

「良かった、目が覚めたのですね。おはようございます。体調はどうですか?」

 

 突然、薄紅色の着物を着た、どことなく見覚えのある女が自分を覗き込んで話しかけ、そこでようやく我にかえった。どうやら俺は何かしらの事情で病院か何処かに運び込まれたようだった。背中に感じるのは独り暮らしを迎えるにあたって、できるだけ安く買いそろえた粗末な敷布団ではなく、病院にあるような妙に柔らかいベッドの感覚。ひとまず、状況を詳しく知りたかった。寝転がったまま女、よく見ればかなり若いだろうその方に質問するのも気が引け、体を起こして訊いた。

 

「変なことを聞くようですが、ここは一体どこでしょうか」

 

 話すと妙に声が鼻にかかったような、高い声が出て独りで驚いたが、咳払いをしても治らないので一旦は諦めることにした。

 

 その女性はとても柔和な、自然な笑顔で応えてくれた。

 

「ここは横須賀鎮守府です。私たちは貴方を歓迎しますよ、時津風さん」

 

 いやはや、俺もとんだ聞き違いをするようになったな。まだ大学生なのに。しかも、つい先日なったばかりなのに――――むろん、まだ入学式も何も行っていなかったから大学生ですらないのではあるが。時津風とは俺のことか? いやいや、そんなこと誰が思うか。

 

「申し遅れました。私はここにいる艦娘のお世話を担当している鳳翔です。よろしくお願いしますね」

 

 それにしても時津風に鳳翔か、なぜこれまた。確かに以前少しだけかじった艦これと言うゲームにはまさにこんな感じの鳳翔と言う名の女性がいたが、まさかまだ夢を見ているのか、そうに違いない。二度寝すれば、次起きたときには覚めているだろう。

 

「ダメですよ、二度寝をしては。あなたの目覚めを提督は心待ちにしていたのです。着替えなどは置いてありますから、身支度をしてください。私は扉の向こうで待ってますね」

 

 体を横たえようとするとムッと眉間にシワを寄せ、軽く注意をされてしまった。いくら夢とはいえ、あまり居心地のいいものではなく感じ、また白昼夢を視るのも初めてであるのでこの際であるから乗ってやろうと思った。しかし俺を時津風と呼んだということは、それはつまり、そう言うことなのだろうか。

 鳳翔さんが部屋を出て行くのを見送ったあと、ベッドの脇に姿見を見つけた。覗くと、やはり、時津風がいた。 病人着をきてはいるが、どことなく犬のような可愛らしい印象を受ける顔は、鏡のなかの彼女が時津風であることを示していた。パッチリと開いた目は少し潤んでいて、肌は染みひとつ無い。

 ひとまず顔を洗うべく素足でタイル張りの床をペタペタと歩いて洗面所を探し、髪止めがあったのでそれをつけ水を手に一杯くんで顔にかけ、そして、固まる。再びである。薄々、どことなく感じてはいたが、流石に現実味を帯びすぎてはいないだろうか。この水の感覚といい、足の裏に感じるタイル張りの冷たさといい、ここまでリアルなのは、そう、まるで現実ではないか。背筋に薄ら寒い感覚を覚えて、やおら頬に手を伸ばし、そして、思い切り、摘まんだ。

 

「―――ッ!」

 

 痛い。なまじ勢いをつけてつまんだだけあって殊更痛い。そして同時に自分の嫌な、できれば外れてほしい予想が、誠に残念ながら真実であることを突きつけられた。

 

 

 これは、現実だ。

 

 

 俺の記憶が正しければ、時津風は陽炎型駆逐艦10番艦。その言動と見た目の可愛らしさを人伝に聞き、それで艦これを始めた。しかしさっぱり時津風は自分の前に現れず、すぐに止めてしまった。元々時津風と他数人、数隻?の艦娘しかしらず、見た目に惹かれただけの俺はプレイに拘ることがなかった。それからと言うものの、ネットに溢れるファンの描いた絵や小説などを読んで楽しんでいた。

 

 しかし、現在はどうか。あれほど気に入っていた時津風本人になっているといえばよいのか、はたまた外見が替わったと言えばよいのか。どちらにせよ端から見れば俺は時津風らしい。と、言うことは、まあ、そうだ。俺は時津風として振る舞うしかないのか。

 

 変に納得してしまった。人間というもの、己の想像を越えた事態が起こったとき、意外とすんなりと、なぜと言うわけでもなく受け入れることが出来てしまうのである。

 

 

 それからと言うものの、俺の行動は早かった。あの大好きな時津風となったのだ。身だしなみは完璧にせねばなるまい。嬉しいことに鳳翔さんが俺に置いていった服はよく見知ったものであり、何故とは言わないが服の構造をよく知っていたのですんなりと着ることができた。 

 しかし、着替えるにあたって否が応でも目にはいる時津風の体は心を揺さぶった。病人着を脱げばパンツしか穿いていなかったので上半身が丸見えになる。慎ましやかな膨らみ、僅かにくびれたお腹、ほっそりとはしているものの柔らかな太ももと足、そしてなにもついていないソコに思わず目が向いてしまう。

 女になった今では己の興奮を示すものは無いものの、内心では違っていた。

 

「それにしてもこれは…流石に恥ずかしいな」

 

 時津風の服はかなり際どい。上半身は至って普通なのだが、問題は下半身なのである。端的に言えば、穿いていないのだ。前世で女の子が、裾が尻を覆うほどに長いパーカーやセーターを着、下半身はショートパンツ等を穿いて、所謂「穿いていない」様に見える服装をしていたのは記憶にある。俺こと時津風の場合、本当に穿いていないのだ。いや、穿いているにはいるが、黒のパンストとその下に大事なところだけをピンポイントで隠すパンツのみ。これはもう、ある意味穿いていないようなものである。

 

 姿見の前に立ってみると、流石似合っている。が、当の本人としては股に空気が下着越しに触れ、前世で女装癖などなかった身としては大層気になる。これでは、と思いしゃがんでみたところ、やはり下着が見えた。それでは、と思い女子にならい膝と踵をそれぞれ揃えて再びしゃがむとなるほど、解決した。思わぬ形で前世での些細な疑問が解決された。

 

 一通り心の整理と身だしなみを終え、現実をみる覚悟が漸くできた俺は鳳翔さんと合流した。

 

「うん、きちんと出来てるわね……と言いたいところだけど、貴方、靴はどうしたの?」

 

 

 あ、素で忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳳翔さんにつれられてやって来たのは執務室、提督、時津風風に言えば「しれぇ」の仕事部屋である。ドアの前へと促され、挨拶と自己紹介をしろとのことだ。この俺、人生最大の緊張を感じている。もしも、もしもこの世界がゲームとまるっきり同じことができるとしたら、提督の気に入らない艦娘など気軽に解体され資材の肥やしにされてしまうのだ。万が一でも悪印象を与えてしまっては俺はお先真っ暗、これからのことを考える暇もなく解体されるだろう。

 したがって、少なくとも無難な自己紹介はマスト。できれば活発さなんかをアピールして今後の人生(艦生?)を優位に進めたいところである。

 

 一方で、今後にも不安がある。ここで提督に自分の印象をつけすぎては、もしかすると戦闘に過大な期待を与えてしまうかもしれない。それはなんとしても避けねばならぬ。こちとら前世は完璧一般ピーポーなのだ。戦闘経験などあるはずもなく、もし戦線に送られでもしたら速攻で死ぬ。というか沈む。轟沈待ったなし。それは避けねばならぬ。

 

 つまり、俺がすべきことはただひとつ。端的にかつ活発に自己紹介をし、速やかにここを去る、これだ。よし。

 

 

 今後の自分に関わる大一番の緊張のためか手にかいていた嫌な汗を服で拭う。心拍数が上がる。細かく手が震える。いつの間にか呼吸も浅く、早くなる。視野が狭まってくる。

 

 

 そのとき、ふいに後ろから抱き締められた。体を暖かく包まれ、意識を引き戻される。

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。うちの提督はとてもいい人だから安心していいわ。変なこと言われたら私に言ってくれれば何だってできるから、ね」

 

 そう言って頭を撫でられた。耳に伝わるその声色は、心から安心させてくれる。普通に考えれば振り払うであろう頭にのせられた手も、今は自然と受け入れられる。

 

 

 なんたる役得だろうか。まさかこんなにナチュラルに鳳翔さんと触れあえるとは。なんたる役得! 流石時津風の体、保護欲が沸くのだろうか、または母性本能か。今はどちらでもいい、一先ずこの至福の一時を満喫せねば。ああ、天国…。

 

 ―――しかし、少し長くないだろうか、もう数分経っている気がする。いくら時津風の体とはいえ、騙しているようで少し罪悪感が…。しょうがない、そろそろ。

 

「鳳翔さん、ありがとうございます。お陰でとても落ち着きました」

 

 軽く腕を手で押すとすんなりと腕を解いてくれた。振り替えると微笑んでくれる。しかし意外と体格差があるものだな、鳳翔さんを見上げる形になっている。わかっているつもりだったがこの体、なかなか小柄なようだ。

 

「そう、よかったわ。急に思い詰めたような顔をするんだもの、驚いたわよ?」

 

「心配かけてすみませんでした、いってきます!」

 

 元大学生の名に懸けて、大人な自己紹介をしなければ。

 

 

 先ずはノック。確か正式には三回だったはず。控えめに且つはっきりと、三回鳴らす。

 

「入ってくれ」

 

 中から聞こえたのはダンディーなバリトンボイスではなく、青年の爽やかなというか、明るい声が。良かった、確かに怖そうじゃない。覚悟を決めてドアを開ける。

 

 ドアを開けると好青年が居た。真っ白な軍服を身に纏い、大きくシンプルな木の机越しに、立派な椅子に座ってこちらをきりっとした顔で、真っ直ぐに見ている。目が合った。なんだか、全てを見透かされているような気分になる。落ち着け。お前はもう大学生だろう。相手と年はそう変わらないはずだ。そうだ。

 

 以前よりはるかに低い目線の景色に戸惑いながら司令の前に進み出ると、後ろから鳳翔さんも一緒に部屋に入ってきた。扉は鳳翔さんが閉めてくれるらしい。

 

「失礼します。本日より横須賀鎮守府にお世話になります、陽炎型駆逐艦十番艦、時津風です! これからよろしくお願いします!」

 

「よろしく、時津風。俺はこの横須賀鎮守府の提督をやっている者だ。これから鎮守府の為に頑張ってもらうことになる。大変なこともあるだろうが、頑張ってくれ」

 

「はい! 精一杯頑張らせていただきます!」

 

 俺のハツラツとした態度が好印象だったのか、微笑んでくれた。良かった。良かったのだが。提督の目線が段々と俺の目から下がっていき、腰の下で止まる。

 

 ま、まあ、提督も男なんだ、しょうがない、うん。その気持ちはよーくわかる。気になるのだろう。あれはもしかして穿いてないのか? いやいや、まさかそんなわけない、って。残念、穿いていないんだな、これが。あ、ヤバい、なんか顔赤くなってる気がする。男にみられて顔を赤らめるとか変態か、俺は。

 

 提督は動かず俺はどうすればわからない、膠着状況になってしまった。

 

 鳳翔さん、何とかしてください、とばかりに念じると大きく咳払いをしてくれた。ありがとう鳳翔さん。俺のなかで鳳翔さんの株がマッハ。さすがの提督もこれで我にかえったのか、何もなかったかのように再び話し始めた。

 

「さて、早速だが時津風には仕事をお願いしたい」

 

 あちゃー、これはしくじったか、ヤバイ、ヤバイぞ。艦娘の仕事は戦闘一辺倒だが今の俺の攻撃力はほぼゼロ。何をどうしろと。ナニをどうしてやろうか提督。地獄に落ちろ。

 

「今日から時津風には俺の秘書艦を命ずる。詰まりは俺のアシスタントだな。頼んだぞ」

 

 すまなかった提督前言撤回。なんと言うことか、神は俺を見捨てていなかった。しかし待てよ、秘書艦と言うことは常に提督と一緒にいると言うことか…。あれ、こっちもこっちでヤバいんじゃ?

 

「提督、分かっているとは思いますが、時津風ちゃんの承諾なしに何かするようなことがあれば、解っていますね?」

 

 ナイス鳳翔さん! しかしその顔はやめてください。笑っているのに目だけ般若です。なにもしていない俺も恐いです。あの、なんかごめんなさい。でもこの格好俺が選んだんじゃないんです許してください。

 

 それにしてもゲームでいうところのレベル上げをせずに秘書艦にされるとは。そもそもレベルがあるかは知らないし秘書艦は安全そうだが願ったりかなったりだが、何か裏がある気がする。この、セクハラ紛いのことをする提督だ。何をされるかわかったもんじゃない。これからは気を付けていかねば。しかし安全に、少なくとも戦闘をせずに過ごせるのは嬉しい。

 

「ああ、もちろんわかっているともさ。ところで時津風、お願いされてくれるかい?」

 

「勿論です! ぜひよろしくお願いします!」

 

 うん、安全第一。

 

「それじゃあ、そういうことでよろしく。鳳翔も本人が受諾してくれたんだ、いいだろう?」

 

 おお、この提督、意外と律儀なのかもしれない。なんかよくわからない人だ。もしかするとそのうち意気投合できるかもしれないな。せっかくだし仲良くしていきたい。

 

「わかりました。しかし、くれぐれも変な真似はしないようにしてくださいね。時津風も何かあったらすぐに言うのよ?」

 

 鳳翔さんは随分と俺のことを着にかけてくれるようだ。ありがたい、あなたは天使です。

 

「はい、何かのときはよろしくお願いします、鳳翔さん」

 

 鳳翔さんに軽くお辞儀をするとにっこりと笑ってくれた。思わず俺も笑ってしまう。変な顔じゃないよね、大丈夫だよね。

 

「よし。それでは、最初の仕事を言い渡す」

 提督が背筋を伸ばし、真面目な顔になって俺をみる。思わず俺もつられて居住まいを正す。

 

「最初の仕事、それは…」

 

 提督の妙に貯める言い方に緊張し、生唾をのんでしまう。

 

 

「俺の世話だ」

 

 

 …はい?




最後まで読んでくださりありがとうございます。文体を多少固くしてありますがもう少し和らげた方がよいのでしょうかね。一先ずはこれでいってみます。推敲はしていますが誤字脱字などありましたら一方いただけると幸いです。
また、あまり長いと読み疲れてしまう方もいらっしゃるので、一話分を敢えて短くしています。ご了承ください。
10/10追記:第二話と統合。

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