俺ガイル短編集   作:さくたろう

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先輩、泳ぎ方を教えてください

「せんぱーい!」

 

 放課後、教室を出て奉仕部の部室に向かう途中、後ろから声がした。まあ、声の主はすぐにわかったのだが部室ではなく、この三年の廊下で声をかけてきたということは、俺個人に何か頼みごとでもあるのだろう。

 であるからして、それはきっと面倒なことなわけで俺は気づかないふりをしてそのまま部室に向かう。

 

「せんぱーい、やばいですやばいです!」

 

 ぱたぱたとした足音が段々近づいてくる。そもそも先輩だけじゃ誰を呼んでいるかわからないわけだし、やばいと言われて関わろうとなんかしたくないんだよなぁ……

 なんてことを考えていると不意に衿裏を引っ張られた。

 

「ぐえっ」

 

 何すんだよ……いきなりすぎて変な声でちまったじゃねえか。ほら見ろ、周りの奴らが不審者を見るかの如く俺のこと見てるじゃん。この雰囲気どうしてくれるわけ?

「なんだよ?」

 

 俺は振り向いて、さっきの変な声を出させた犯人である女の子を軽く睨んだ。

 

「先輩が無視するのがいけないんですよ」

 

 ぷくぅっと頬を膨らませながらこちらを睨んでくる女の子、一色いろははそう言うと、ちょいちょいっと手招きをしながら人気のないところまで俺を連れてきた。

 

 普通の男なら、あれ? これもしかして俺告白されちゃうの? なんて淡い期待を持ってしまうかもしれないがそこはこの比企谷八幡、そんな期待は持つはずもなく話を進めていく。

 

「んで、今度は何を手伝わされるわけ?」

 

 そう質問すると一色は頬をほんのり赤く染め、人差し指同士を合わせながらもじもじとし始める。あれ? これもしかして本当に告白されちゃうパターンだったりするの?

「私って泳げないじゃないですかー? 去年は水泳の授業をなんとか一回も出なくて済んだんですけど、今年はさすがにでないとまずいかなって……。泳げないのがクラスの子にバレて影で笑われるのは嫌ですし……」

 

 あ、はい。八幡知ってた。べ、別に何も期待なんてしてないんだからね? ……まあ、おふざけはこの辺にしておいておこう。とりあえずお前が泳げないことは俺は知らん。まあしかし、なんというか意外というか。俺の中のコイツのイメージって雪ノ下よりは全然劣るが、割となんでもそつなくこなすイメージがあったんだがな。

 

「それで先輩に泳ぎを教えて欲しいんですよ。こんなの頼めるの先輩くらいしかいないですし」

 

 なるほど……、つまりこいつは泳げないことを恥ずかしいことだと思っており、それを人に知られるのが嫌なんだろう。でもそういうことなら、それを馬鹿にせず、尚且つ、こいつに適任な人物がいるわけだが。

 

「お前、葉山はどうしたんだ? 葉山ならそんなの笑うこともないだろうし、お前としてはあいつと一緒に時間を過ごすチャンスだろ?」

 

 そう、葉山がいる。一色に泳ぎを教えるのにこれ以上の適任者はいないだろう。

 しかし、俺の言葉を聞いた一色は「はぁ……」とため息をついた。

 え、何? なんか俺間違ったこと言ったか?

「葉山先輩が気にしなくても私が気にするんですよ。……それに私は先輩に頼んでるんですよ? こんな可愛い後輩に泳ぎを教えるイベントなんて先輩の人生で一生に一度あるかないか、いえ、今この時以外きっとないんですから素直に私のコーチを引き受けてください」

 

 いや、まあ確かにそんなイベント今後起こる気がしねえけどさ。むしろ起こらない方が平和に過ごせるわけで、こんな展開エロゲくらいしかないだろ普通。いや、エロゲやったことないけどね?

 まあしかし、今回の頼んだときの一色の表情は真剣なものだったし、決してふざけて頼んでいるわけじゃないのだろう。これを断るというのも寝覚めが悪いし、手のかかる後輩ではあるが、こいつはなんだかんだ俺にとって可愛い後輩なわけで……

 

「わかったよ、その依頼引き受けてやる。んで、具体的にどうするんだ?」

 

「先輩、ありがとうございます! それじゃ、明日の午後2時くらいに学校のプールに来てください。あ、もちろん水着も持ってきてくださいね?」

 

 へ? 明日って土曜日じゃん。いやまあ、確かに泳ぎの練習っていったら休みの日くらいしかできないけど。というか急すぎない?

「あ、プールは生徒会長の特権で使わせてもらえたので気にしなくていいですよ?」

 

 こいつ職権濫用もいいとこだろ。大丈夫か、この学校。

 いや、でもそれを気にしてたわけじゃないんだけどさ。

 

「まあ、わかったわ。それじゃとりあえず俺は奉仕部に行くわ。また明日な」

 

「そうですね、私も生徒会の仕事を済ませます。ではでは、明日よろしくです」

 

 そう言って敬礼のポーズをしてみせる一色。いやだからそういうのがあざといんだよ、可愛いけど。

 

 

 それから部室についた俺は扉を開けていつものように挨拶をする。

 

「ヒッキー、遅いよ! 何してたの?」

 

 何してたっていってもな……、そのまんま言うとまためんどくさいことになるだろうし、ここは少し誤魔化しておくとするか。

 

「あー、あれだ。友達が少し困ってたんでな。ちょっと相談に乗ってた」

 

 その言葉に反応したのか、読書をしていた雪ノ下が読んでいた本を机に置き、こちらを見据えながら口を開いた。

 

「あら、あなたに友達なんていたのかしら? まさか夢を見ているわけでもあるまいし。素直に本当のこと言ったらどうかしら?」

 

 おっかしいなー、完璧な言い訳だと思ったんだがな。どうやら俺に友人がいないことはもう確定事項のようで、由比ヶ浜も全く信じてない様子だ。まあ、俺ぼっちだし当たり前なんだけどさ。少しくらいのってくれてもよくね?

「どうせまた一色さんにでも何か頼まれたのでしょう?」

 

 本当こいつなんでもわかるのね、どこの羽川さんだよ。

 一色の名前が出ると由比ヶ浜が少し頬を膨らませてむすーっとした表情になった。一色と違い、こいつってこういうこと素でやってそうなんだよな。本当止めてほしい、ドキっとしちゃうから。いや、あざといのもドキっとしちゃうんだけどね? あれ、俺チョロくね?

「ヒッキー、前からいろはちゃんに甘かったけど最近特に甘いよね。……好きなの?」

 

 なんでそうなるんだよ……まあ、確かに俺は前からあいつに甘いところはあるかもしれないが、それは生徒会長に推した責任から来ているものだ。俺個人、あいつに恋愛感情を抱いているということは決してない。……たぶん。

 

「……ちげえよ」

 

「そっか」

 

 少し気まずい空気が流れた気がした。

 雪ノ下がその空気を嫌ったのかわからないが「はぁ」とため息をつくと続けて話し始めた。

 

「別にあなたが誰かに何かを頼まれようと私は興味なんてないのだけれど、奉仕部の一員として依頼を受けたからには責任をもって解決してあげなさい」

 

「そだね、ヒッキー、いろはちゃんのことちゃんと助けてあげなよ?」

 

 なんか凄いシリアスな雰囲気になってるけど泳ぎの練習に付き合うだけなんだよな……。でもなあ、これ言うと絶対めんどくさいしな……黙ってておくとしよう。それよりも、一色の依頼とは一言も言ってないはずなのに、依頼主が一色で確定されてるのもどうかと思うわけよ。まあ、これも黙っておくけどさ。

 

「ああ、任せろ」

 

 それから依頼もなく、いつも通りの平和な一日を過ごした。……いや、依頼なら1つ受けてたか。それを思い出すだけで胃が痛い。明日泳ぎの練習という名目ではあるが、女の子と二人きりで、しかも水着姿なわけで……

 

 そんなイベント今までに一度も経験したことがなかった俺は、緊張と何かわからない期待のようなもののせいで、その日はあまり眠れなかった――

 

* * * * * *

 

 

 次の日の土曜日。そんなわけであまり眠れなかった俺は、若干寝不足でありながらも、約束の時間に着くように家を出た。目的地が学校なので今日は制服だ、ちなみに既に水着は装備済みである。別に楽しみだからとかそういうわけじゃなく、着替えるのが面倒だってだけだ。体育の授業の日とかやる奴いるだろ? あれ、俺だけ?

 

 夏の暑い日差しを浴びながら自転車を漕ぎまわす。当然のようにでる汗を振り払いながら前に進んでいくと目的地である総武高にたどり着いた。プールサイドに向かうと、まだ一色が来ている様子はなかったので、日陰で休むことにした。

 日陰で休んでいると、心地よい風が寝不足の俺の眠気を誘い、抵抗することなく意識はそのまま遠ざかっていった――

 

 

 いつの間にか完全に眠りについていた俺は、カシャッという音に反応して目が覚めた。目を開くとそこには一色が立っていて、慌てた様子で何かを隠す動作をしていた。

 

「何してんの?」

 

「な、なんでもないですよ? それよりこんなところで寝てたら風邪ひきますよ。あ、夏だし大丈夫か、アハハ」

 

 こいつ話の逸らし方無理やりすぎんだろ。最後の笑いも完全に棒だしな。大方、俺の寝顔写メでも撮って晒すつもりだろ。やめて! 恥ずかしくて死んじゃうから。

 

「まあ、気にしないでくださいよ。それより早く泳ぎの練習しましょう、私は更衣室で着替えてくるので。あ、覗かないでくださいよ?」

 

「覗かねえよ……」

 

 しかし、一色の水着姿か……。そういえば、雪ノ下と由比ヶ浜の水着姿は見たことあるけど、一色のは見たことなかったな。あいつのことだから水着もあざとい感じのチョイスしてそうだな。

 そんなことを考えながらしばらく待っていると、更衣室の方から一色がやってきた。一色の水着は予想していたあざとい水着とは裏腹に学校指定のスクール水着だった。と言っても旧スクや、二次元でよく見られるようなスク水ではなく、あの本当地味なやつ。しかしまあ、これはこれでいいのか? と言っても一色ならなんでも似合う気がしてきたわ。いや、待て、何言ってんだ俺。

 

「先輩、ちょっと見すぎですよ……はっ!? もしかして私の水着を見て興奮して押し倒してやるぜなんて考えてるんですかすいません先輩に押し倒されるのはもう少し覚悟を決めたあとでお願いしますごめんなさい」

 

 どうやら俺は無意識に一色の水着姿を凝視していたようだ。というかなんでまた俺は振られてるわけ? 通算何回目だよ。

 

「いや、お前のことだからなんかもっとあざとい水着来てくると思ったんだよ。そんで、なんでまた俺は振られてるわけ?」

 

「なんですかあざとい水着って……。普通に学校のプールを借りるわけですからそんな水着着たりしませんよ。それに、どうせそういう水着見せるならもっと雰囲気あるところで見せたいですし……」

 

 へえ、やっぱりこいつ、ちゃんとしてるところはちゃんとしてるんだよな。最後のほうは声が小さすぎて何言ってるか聞き取れなかったが。

 

「それじゃ先輩、早速お願いします」

 

「ああ、そんじゃまずは軽く準備体操でもするか」

 

 二人で軽く準備体操を始める。……なんというかあれだな、俺の目の前で一色が準備運動してるわけだが、伸脚とかしてるときの目のやり場に困りますというか。別に見たいわけじゃないが自然と目線が釘付けになってしまうわけで。いや、本当に見たいわけじゃないんだけどね?

 準備運動を終え、いよいよプールに入ることに。

 入る前に一つ、気になったことを聞いてみた。

 

「なあ、お前水が怖いのか?」

 

「は?」

 

 何言ってんの、お前みたいな顔で見られた。いや、そんなに変なこと言った?

「よく泳げないやつは水が怖いとかいうだろ。お前は別に水に顔付けるのとかは大丈夫なのか?」

 

「あ、ああ、そうですねー、その辺は大丈夫です」

 

 それなら一色のことだ、しっかり教えてやればすぐ泳げるようになるだろう。

 一色の返事を聞き、二人でプールの中に入る。午後ということもあり、水温はちょうどいい感じだ。

 

「そんじゃまあ基礎からやるか。一色、そこに手をつけてバタ足の練習してみろ」

 

 そう言うと頬を膨らましながら「むぅ」と言われた。なんでなのん? まずは基礎中の基礎からだろ。

 

「先輩、バタ足の練習をするなら、先輩の手を私に掴ませるのが普通なんじゃないんですか?」

 

 え、何それ? 俺そんなことしたことないぞ。あ、する相手いなかったわ。しかし、手を握ってバタ足の練習? いやそれ難易度高すぎだろ。主に俺が。水の中だし手汗がうんぬんはいいとして、女の子と手をつなぐとか俺にはちょっと難しすぎるんですがそれは。

 

「それしなきゃダメなの?」

 

「絶対そっちのほうがいいです!」

 

 はあ……。一色は有無を言わせぬ表情でこちらを見てる。これは何言ったってやらされるんだろうな……

 

「わかったよ、ほら」

 

 両手を一色の方に差し出すと「えいっ」と言い握ってきた。え、何、えいって。可愛いなそれ。

 一色の両手を持ち、合図をすると一色は水面に顔をつけてバタ足をし始める。泳げないっていうとバタ足もできないようなイメージだったが、普通に綺麗にできていてこれなら何の問題もなさそうだった。

 

「ぷはぁっ」

 

 息継ぎをするときそう言って顔をあげる、こんなこと言う奴初めて見たぞ。なんというか本当にあざといというか……しかし、それが可愛らしいと思ってしまうのもあるわけで。

 俺たちはしばらくバタ足の練習をしたあと少し休憩をとることにした。

 

「どうでしたか?」

 

「ん、普通にできてたぞ。むしろ上手いまである」

 

「そうですか、先輩のおかげですね、ありがとうございます」

 

 本当に俺のおかげなのだろうか? 最初にバタ足をさせてみた段階である程度できていたし、俺がしたことといえば、こいつの手を握って少しずつ後ろに歩いてたくらいだ。俺は特になにもしていない。

 

「次はクロールしてみるか」

 

「はいっ」

 

 それから一色にクロールを教えた。と言っても俺も本で読んだ位の知識しかないわけで、基本中の基本を一色に伝えてあとはあいつ次第といったところだ。それでも俺の言うことを一つ一つ守って実行していき、あっという間にクロールをマスターしていた。なんだこいつ、全然できるじゃないか。できないと決め付けて今まで練習していなかったのだろう。授業も出ていないと言っていたし、多分中学もそうやって受けていなかったのだろう。何事もやってみるべきだな。

 

「あの、先輩……」

 

 

 マスターしたてのクロールを終えてこちらに来た一色がもじもじとしながらそう言ってくる。

 

「なんだ?」

 

「その……、と、トイレに行ってきてもいいですか?」

 

「おう、いってこい」

 

 答えるとすぐさま駆け足で走り出す。我慢しすぎだろ、あいつ……

 トイレくらいすぐに言えばいいのにと思うのだが、そういえば昔小町にもそんなこと言って怒られた気がしたな。女の子というものはそういうところ気にするものなのだろう。

 

 一色がトイレから戻るまで俺も特にすることがないので、久しぶりに飛び込みでもしようかと飛び込み台の上にたとうとした。しかし、一番上に足を乗せたとき、何か鋭利なものを踏んでバランスを崩した。視界がぐるんと回り、頭に激痛が走しってそのまま水の中に落とされた。薄れゆく意識の中、トイレから戻ってきたと思われる一色が綺麗にプールに飛び込む姿が見えた気がした――

 

 

 

「ごほっ、ごほっ」

 

「せ、せんぱい、気づきましたか!?」

 

 俺はどうしたんだ……確か何かを踏んだせいでプールに落ちた気が……

 しかし、今は思い出そうにも思い出せる状況じゃなかった。上半身だけ起き上がった俺に抱きついている一色。水着一枚越しの一色のあれが俺に押し付けられていろいろとやばい。当の本人は泣きじゃくって「先輩、先輩」しか言わないし。

 

「なあ、俺どうしたんだ?」

 

「……ぐす、……わ、私がトイレから戻ったら先輩が水の中に沈んでって……それで危ないと思って……」

 

 どうやら本当に危ない状況だったらしい。一色の態度を見ればそれは容易に想像できる。

 こいつには本当に感謝しなきゃな……

 

「先輩、もう大丈夫なんですか?」

 

 心配そうにこちらを見つめる。そんなに不安そうに見るなよ……

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 そう言って抱きついている一色の頭を軽く撫でてやった。すると、一色の顔がどんどん赤くなってさっきまでぐすぐすと泣いてた一色が泣き止んだ。

 何か言おうとして、言えない。そんな感じでこちらを見つめてくる。そして決意したのか彼女は口を開く。

 

「せ、先輩を助けるために私は大事なものをあげました! せ、責任、取ってください……ね?」

 

 え? 大事なもの? ……おま、それって……

 そう言った一色の唇に視線がいく。もしかしてというか……いや、これはそういうことなのだろう。

 

「い、いやでも俺意識なかったし。無効でいいんじゃないか?」

 

 そう言い訳の言葉を放った瞬間だった。不意に俺の唇に柔らかい感触が。ゼロ距離で一色の顔が。胸の鼓動が高鳴っているのがわかった。そして一色も同じなのだと。抱きついている一色の胸の鼓動が伝わってきた。

 

「えへへ……、これでその言い訳はできませんね?」

 

 俺はこいつの考えてることはわからない。それでもこの伝わってくる胸の鼓動は本物だと思うから。

 

「そうだな……。俺でいいのか?」

 

「先輩がいいんです。先輩じゃなきゃだめなんです」

 

 そう言い終えて再び顔を近づけてくる。

 今度は俺も自分から彼女の顔に近づけ口付けをした――


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