それはとある放課後、いつものように奉仕部の部室でのんびりと過ごしていると、招かれざる客である一色いろはが現れた。
「先輩、先輩! みんなで椅子取りゲームをしましょう!」
毎度のことだけどさ、こいつ何処でこんなゲームやろうとか考えてくるわけ? 生徒会室とかだったらふざけてないで仕事しろよ? 俺は一色の提案をあっさりと断る。だってめんどくさいし。椅子取りゲームをやる必要性が感じられない。
「先輩たち今日も暇そうですし、せっかくいい暇つぶしにと思ったのに……」
「あ、あはは……ねえ、一回くらいしてあげてもいいんじゃない? 依頼もないしさ。それに椅子取りゲームとかなんか懐かしいじゃん!」
落ち込む一色を見かねて由比ヶ浜が賛成の意見を述べる。おいちょっと待て、一色、お前顔隠してるけど口元緩んでんぞ。お前これ演技だろ絶対。……いかんいかん、このままじゃ一色の策略でやることになっちまうぞ。
「やらねえよ」
そもそも椅子取りゲームにいい思い出なんかありゃしない。小学生の頃にクラスのレクレーションでやったりするが俺の場合、俺が椅子に座ると「え、あいつ何座ってんの? あれ? あんなやついたっけ」などと白い目をされてクラスの雰囲気が悪くなったりしたもんだ。まじ悲しい、八幡泣いてもいいよね、これ。
「そうね……私もあまり気が進まないわね」
さすが雪ノ下。あいつも俺と同じような過去があるのだろう。わかるぞ、同じぼっちだし。
「あら、比企谷君、そのわかるぞみたいな目やめてもらえないかしら。私が気が進まない理由は単に椅子取りゲームって疲れるのよね。無駄に歩かされて椅子に座るときには走らなければならないし。やると必ず最後まで残ってしまうから体力的にきついのよ……」
何その理由。ていうか椅子取りゲームで疲れるって……お前体力なさすぎにも程があるだろ。それ日常生活に支障が出ない? 大丈夫? まぁでもこれで椅子取りゲームをやることもなくなったわけだ。雪ノ下が賛成の色を見せない以上、一色の提案が通ることはない。
「えぇ……ゆきのん~やろうよ~~」
いつのまにか由比ヶ浜が雪ノ下の傍に移動していて、袖を掴みゆさゆさと揺すっている。困ったような表情を浮かべる雪ノ下。こいつ由比ヶ浜に弱いからなぁ……
雪ノ下の表情を見てもう少しだで落とせると思ったのか、今度は一色が空いている片方の袖を掴み、「雪ノ下先輩、やりましょうよ~」と言い始めた。なんだかんだで一色にも甘いからなこいつ……このままじゃマジでやることになりそうなんだけど……
「あ、あなたたちがそこまで言うのなら……一回だけよ……?」
落ちちゃってますやん……。一色恐るべしだな、これ……。攻め方をよく知ってやがるというか。ほぼ毎日奉仕部に顔出しているだけのことはある。奉仕部検定一級とかなんじゃないの?
「それじゃあ、さっそく準備しましょう!」
一色がそう言うと、机を移動して教室の中心に椅子を並べる。俺たちは四人なので椅子は三つだ。一回ごとに椅子の数が減り、最後に残るのは一人だけ。まあ四人だしそんなに時間はかからんだろ。さっさと終わらせて読書に戻ろう。
「では、準備できましたし始めましょう。音楽とか席に着くタイミングはこの椅子取りゲームアプリを使います! それではスタートですっ」
え、何? 今そんなのあるの? 一色がアプリを起動し音楽が鳴り始め、俺たちは椅子の周りを回り始める。
しばらくすると音楽が鳴り止む。これが席に座る合図だ。俺はちょうど目の前にある椅子に座った。タイミング良く椅子が目の前にあったので座れたが、隣の一色はちょうど椅子と椅子の間だったため座れずに初戦敗退。言いだしっぺの法則とはこのことだろうか。がしかし、この後一色は思いがけない行動にでた。
最初の敗北者は一色だ。そのはずなのだが一色はそのまま俺の目の前まで歩いてくると、俺の上に座り始めたのだ。
「あの、一色さん? 何してるの、お前」
「え、椅子取りゲームですけど?」
いや、椅子取りゲームは知ってるから。俺が言いたいのはなんで俺の上に座ってるかってことなんだが。なんでそんな上目遣いでこっち見てるの? やめてください勘違いしちゃうから。つうか制服越しに一色の太ももの感触伝わってやばい、やわらかいし、一色からは香水の香りだろうか、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐって俺の思考は完全にストップした。
「比企谷君?」雪ノ下の冷たい視線が痛いんだけど、これ俺にはどうすることもできないわけで……。雪の下は何か考え事をし始めたのか、ぶつぶつとつぶやいている。
「い、いろはちゃんなんでヒッキーの上に座ってるの!?」
「これって椅子取りゲームじゃないですかー? 目の前にちょうどいい椅子があったので。この椅子凄い座り心地いいですよ?」
そう言うと俺の両手を掴み、自分の腰に巻かせながら「えへへ~」と笑っている。え、まじで何してるのこの子? てかこいつこんな細いのか……やばい、変な気分になっちゃうだろ!
「……一色さん、今すぐその変態から離れなさい?」
静かに口を開く雪ノ下。優しく一色に語りかけているが、目が笑ってないんですが、怖すぎんだろ。つうか俺が変態っておかしくね、俺何か悪いことしたの? 存在自体が悪とかいうのはやめてね?
一色も雪ノ下の言葉に「ひっ」とビビって俺から離れる。ふう、危ないところだったぜ……こんなんずっと座られてたら俺の八幡が反応してしまうところだった。
「……では次を始めましょうか」
今度は雪ノ下の言葉で椅子を三つから二つに減らして始める。アプリを起動して音楽が鳴り始める。さっきよりも少し早い段階で音楽が鳴り止み、またもや運良く椅子が目の前にあったので、俺は椅子に座り込む。もう一つの椅子に座ってるのは由比ヶ浜だ。つまり、負けたのは雪の下になる。……で雪ノ下さん? あなたまでなにやってるんですか?
先ほどの一色と同じように今度は何故か雪ノ下が俺の上に座り始めた。緊張しているのか少し震えている。……いや震えるくらいなら座らなきゃよくないか? しかし、雪ノ下が微妙に震えていて、それがちょっと気持ちいい。やばい、本当に俺変態かもしれない。雪ノ下から一色とは違う香りがする。香水はつけてないようで、その長い髪からシャンプーのいい香りが漂う……、なんだこれ……? ずっと嗅いでいたいんだが……
「ゆきのん!?」と由比ヶ浜からは驚きの声。
「ちょ、雪ノ下先輩何してるんですか!?」
一色はまさか雪ノ下が同じことするなんて思っていなかったのだろうなぁ……
「あら、私は一色さんと同じことをしただけなのだけれど? あなたは良くて私はダメなのかしら?」
「そ、それは……も、もう離れてください! 最後のゲームを始めましょう!」
言い返せずに次のゲームをしようとする一色。まあこうなったのお前が原因だしな。
俺は残っている由比ヶ浜を見る。何やらぶつぶつと呟いているが大体予想できる。どうせここで俺が勝ってその上に座るつもりなんだろ? そうは問屋が卸さんぞ、流石に二回されたことで俺も学習した。次はわざと負ける、そうしよう。
「じゃあ始めますね」
一色の合図で音楽が鳴り始める。由比ヶ浜の目は明らかに何か企んでいる。まあ関係ないけどな。
さっきよりも長く音楽は鳴り続け、歩き回る時間もながかった。音楽が鳴り止むと、俺の予想とは裏腹に由比ヶ浜が超絶スピードで椅子に座る。なんだ……こいつただ勝ちたかっただけか。と思った瞬間だった。
座っている由比ヶ浜が俺の手を掴み、俺を自分の上に座らせた。ちょっ、こいつ何してんの!? 二人とは違い、由比ヶ浜から柑橘系のいい香り、背中からは由比ヶ浜のあれの柔らかい感触が伝わり、理性の化物と言われた俺の理性が崩壊しかける。まじでやばい、何これ気持ちいいってレベルじゃないぞ……
「え、えへへ……ヒッキーの身体って意外と男の子の身体してるんだね……」
その笑顔やめろ……本当に本気にしちゃうから……
由比ヶ浜の両手が俺を包み込み、俺の理性が崩壊しかけたその時。
「先輩?」「比企谷君?」
先に負けた二人から思い切り睨まれる。本来この事態を招いたのは由比ヶ浜であって、俺ではないので俺が怒られる通りがないのだが……敢えて言おう。
「お、お前らさっき俺の上に座ったよな……お前らは良くて俺はダメなのか?」
「何をいってるの?」「何いってるんですか?」
「あ、あはは……」
この後俺がどうなったのかは、三人だけが知っている……