「で、なんで俺は呼び出されたわけ?」
放課後の生徒会室。
机を挟んで正面に座っている女の子に問いかける。
「わたし、決めたんですよ。先輩たちのことを応援しようと思っていましたけど、……いつまで経っても進展なさそうですし」
「なんの話だ?」
俺は呼び出された理由を知りたかったんだけど? 一色さんは何故急に語り始めたのん?
「というわけでですね。わたし、先輩のことを本気で狙いにいくのでよろしくです」
「や、待って? どういうわけかさっぱりわかんないんだけど」
一色は言いたいことを言い終えて満足げな表情を浮かべているが、言われた俺はちんぷんかんぷんだ。
つうかこいつ、今なんて言ったんだ。先輩のことを本気で狙いにいくっていうのは葉山のことか? だったら俺じゃなくて葉山に直接言えばいいだろうに。
なんて思ってると、正面から「はぁ……」というため息が聞こえてきた。
「先輩、どうせ今『なんでこいつはそんなこと俺に言うんだ? 葉山に直接言えばいいだろ』とか思ってますよね?」
「何? お前もエスパーかなんかなの?」
「やっぱりそうですか。ていうか、先輩の言い方だとわたし以外にもエスパーいるんですけど……まあ誰のこと言ってるのかは大体想像つきますけどね」
一色は両手で頬杖をつきながら、ぱたぱたと動かしていた足で俺の脛を軽くつついて言葉を続ける。
「というわけで言わせてもらいますけど、わたしの言う『先輩』というのは、今現在わたしの目の前にいる『先輩』のことで、本気で狙いにいくっていうのは、『先輩のことが大好きなので、付き合ってもらえるように本気で落としにいく』って意味です。どうです? わかりました?」
こてっと軽く首を傾げ笑みを向けてくる一色に不覚にもドキっとしてしまった。
正直なところ、こいつが俺に多少の好意があるのは、なんとなくそんな気はしていた。
別に俺は鈍感系主人公ではないわけだし。
ただ、こいつは葉山が好きだと公言していたし、それ以上俺も考えることはなかったわけで。
面と向かって急にそんなこと言われると、嫌でも意識しちゃうだろうが。
「あ、今ちょっとドキっとしました?」
「全然してないからね?」
「先輩って直接好意向けられるの弱そうですよねえ。この分だと思ったより簡単に落とせるのかな」
「そういうこと本人の前で普通言う? 大体、なんで俺なんだよ。葉山と俺とじゃ雲泥の差だろうが」
「そうですか? そんなことないと思いますよー?」
「いいや、あるね。超ある。お前、葉山の去年のバレンタインに貰ったチョコの数とか知ってるか?」
「いや、去年わたしこの学校にいないんで知りませんけど。先輩は知ってるんですか?」
「俺も知らん」
「なんですかそれ……」
だって一年の時クラス違うし。まあ、それでも大体予想はつくだろう。
「まあ、数えるのが面倒なくらい貰ってたのは確かだ。結構な噂になってたし」
「へぇ、さすがは葉山先輩ですね」
「それに比べて俺はあれだ。貰ったのは二個だけだ」
「先輩、二個も貰えたんですか? 凄いじゃないですか。……で、誰です、先輩にチョコをあげた奴。まさかあの二人じゃないですよね?」
怖っ、目がマジじゃねえか。
「俺があの二人と知り合ったのは今年からだ。二人っていうのはな……母親と小町だ」
「こまち? お米?」
「ちげえから。妹だよ」
「……妹ですか。私の知らないライバルがいるのかと思っちゃったじゃないですか」
「いや、知らんし。まあ、そういうわけだから俺の言ってるのことは正しいわけだ」
俺の言葉に「ふうん」と呟きながら、一色は少し考えたあと口を開いた。
「つまり先輩は、バレンタインにチョコが欲しいってことですよね?」
「や、なんでそうなんの? 今は俺と葉山の差をわかりやすく説明してただけなんだけど」
「そうなんですか? でも、今年のバレンタインは先輩にはわたしがあげるので、差はなくなりますよ」
「一人増えたぐらいで葉山との差は変わんないだろうが」
50に対して2か3かなんてどっちにしろ相手になるわけがないわけで。
「変わりますよー。葉山先輩にチョコあげる子ってモブっぽい子ばかりじゃないですか。それに比べてわたしからのチョコってすごいですよ? メインヒロイン級のチョコですよ? 嬉しくないですか?」
おい、いきなり変なこと言い出さないで? お願いだから。
「つうかね、バレンタインは好きな奴に渡すもんだから。義理とか貰っても虚しくなるだけだからね?」
「だから言ってるじゃないですか。わたし、先輩のこと好きですよ? というか大好きです」
「じゃあ、俺のどこがいいのか言ってみろよ」
ふっ。お世辞の好意を向けられたときに大体こう言うと、お互いが気まずくなり話を自然に終わらせられるんだよな。
…………。
別に、昔のことを思い出して悲しんでるわけじゃないから。そんなことないから。
「言っていいんですか?」
「おう、どんとこい」
「そうですね、まずは優しいところですね」
でた、でたよ、優しい。
これ言っとけばセーフだろ的台詞第一位。
「普段嫌そうな顔して文句を言いつつも、なんだかんだ助けてくれるところとか。かと思えば、さり気なく重いもの持ってくれたりとか気を遣ってくれるのって卑怯ですよね。ずるいです」
あれ、優しいって言って終わりじゃないの?
「本当につらいときに、優しくされると女の子って結構弱いんですよ? それに先輩の優しさって上辺だけじゃなくて、本物の優しさな気がするんですよ」
俺の予想とは違い、一色はさらに言葉を続けていく。
「それに、今時の男子高校生とかと違って芯を持ってますよね。珍しいと思うし、凄いと思うんですよ。そういうのを持ってる人って。戸部先輩見てくださいよ。『うぇーい』だけの人ですよ? それに比べて先輩って深いです。知れば知るほど惹かれていきます」
「えっと……」
「あと、これはあまり関係ないんですけど、よく見るとイケメンの部類ですし、運動神経もそこそこにいいじゃないですか。マラソン大会とかかっこよかったですよ?」
もう止めて! くすぐったい何かが俺を襲って辛いから! 八幡のライフゴリゴリ削られていってるから!
「……わかった、わかったから。ちょっと休憩しよう。俺のライフが持たない」
「えー……、まだまだいいたいことあるんですけど。……だめ、ですか?」
「いや、勘弁してくれ。お前の気持ちはもうわかったから。でもあれだぞ? 俺と付き合ったとしてもつまんないと思うぞ。一回デートしたことあるしわかるだろ? あんまり面白い話とかできねえし、美味い店とかそういうのラーメンくらいしか知らないぞ。デートとかしたらつまんないことこの上ないと思うんだが」
「先輩は気にしすぎなんですよ。本当に好きな人とならどんな話だって面白いものですよ? デートだって別に毎回どこか行かなくても、わたしは先輩と一緒にいるだけで幸せなんです。言ってしまえば、今二人でこうしてお話しているだけでも、私はとても幸せなんですよ?」
一色はほんのりと頬を染めながらも、真剣な眼差しで答えた。
そんなにはっきりと言われてしまうと、こういうことに免疫のない俺は、正直どうしていいものかわからない。
由比ヶ浜もわかりやすい好意は向けてくるが、それは自分の勘違いなんだと思い込めばなんとかなる範囲内だ。
今目の前にいる一色は、自分の気持ちを明確に俺にぶつけて来ている。
俺はなんて答えるのが正解なんだろうか。
一色になんて返事をすればいいのか分からずに、しばらくの間項垂れながら考えていた。
すると、からからと椅子を引く音が聞こえ、数秒後に後ろから優しくそっと抱き寄せられた。
アナスイの香りが鼻孔をくすぐり、鼓動が早くなっていくのがわかる。これだけ激しいと一色にもばれてるんだろうな……。
「先輩は、こういうふうに直接好意を向けられるのに慣れてないから困ってるんですよね? 大丈夫ですから。わたし、先輩がちゃんと答えてくれるの待ってますから」
「……それで、いいのか?」
「はい。あ、でも待ってるだけじゃないですよ? その間もわたしは、積極的にアプローチかけるんでよろしくです」
一色がそう言うと、俺の頬に何か柔らかいものが触れた。
振り返ると、一色が唇に人差し指を当ててくすっと笑みをこぼした。
「えへへ……」
「お、おおおおま!?」
「おー、凄いですね、ここまで動揺してる先輩初めて見ましたよ。思い切ってみて良かったかな?」
よくないからね? お前のせいで俺の心臓が弾けそうなんですけど。さすがに刺激が強すぎんだろ……。
「あ、もしかして、頬じゃなくて唇にした方がよかったですか? さすがにそれはわたしも初めてなので難易度高いんでもう少しだけ待っててください。あ、頬も初めてですからね? こんなことしたの先輩が初めてなんです。どうです、嬉しいですか?」
俺から離れた一色がにこにこと楽しそうに笑みを浮かべながら尋ねてきた。
いや、嬉しいもなにも……お前のせいで俺の頭は思考停止中だよ。
「ぶっちゃけ何が起きたかわからんかった。だから嬉しいもなにもない」
「えー、ちょっとひどくないですか? わたしの初めてですよ?」
おい、なんか言い方がやらしいから。つうか俺だってあんなの初めてだよ。
でもまぁ……なんだろうな。こういうのも悪くはない、か。
はっ、前の俺が今の俺を見たらなんて言うんだろうな。
「ふっ」
「せんぱい? どうしたんですか? 急に笑い出してキモいです」
「おい、急にひどくない?」
「えー、でも本当のことですし」
「お前、それ好きな相手に言うことなの?」
「そうですねー、でも大丈夫です。そんなキモいところもわたしは大好きですから!」
こいつは……。はあ、すっかりこいつのペースだな。
「先輩、怒ってます?」
「これくらいで怒るわけないだろ」
言って、立ち上がり右手で一色の頭をくしゃくしゃすると、嬉しそうにしながら甘えた感じの声を発した。
……不覚にもめちゃくちゃ可愛いと思ってしまった。いやあれだ、猫っぽかったからそのせいだな、うん。
「……んじゃそろそろ帰るか」
「そうですね、いつの間にかこんな時間ですし」
このままいたら完全に一色に染められると思ったので、帰るように提案すると、一色も承諾してくれた。
「じゃあ、また明日な」
帰る方向が違うので校門を出たところで一色に挨拶をして帰路に向かう。
自転車を漕ごうすると、後ろから足音が聞こえて振り返る。
そこには一色が立っていた。
「何してんの? 帰るんだろ?」
「帰りますよ? 先輩と一緒に」
「へ? いや、一色の家方向違うだろ」
「さっき言ったじゃないですか。好きな人と一緒にいたいって。もう忘れちゃったんですか?」
いや、確かにそんな感じのこと言ってたけどさ。
このままだと二度手間だろうに。……仕方ないか。
「はぁ。さすがにそれはまずいだろ。ほれ、乗れ」
「ふふ、なんだかんだそうやって乗せてくれようとする先輩はやっぱり優しいですよ」
「お前これ狙ってただろ」
「さぁ? どうですかねー」
顔を逸らして答えるっていうことはそういうことだと受け取っていいんだよな。
ペダルに足をかけて自転車を漕ぎ始める。
「しっかり掴まっとけよ」
俺の言葉に反応して腰に巻かれた一色の手に力が入る。
そうして俺たちは帰路についた。