織田信奈の刀 ―私の兄は虚刀流―   作:怠惰暴食

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七花、信勝に会う

 まだ完全に服は乾いていなかったが、七花は服を着ていた。

 

 猪は湖にその巨体を沈めて泳いでいるのか、水面に牙と背中を少し覗かせて移動している。

 

 七花は猪が泳いでいる間、籠の中身をばら撒かないための蓋を作る事にした。植物のつると大きな葉を組み合わせて、なんとか籠の蓋の代わりになるように覆う事ができた。

 

 強度的にぶちまけそうな気がするが、手持ちであるものでカバーできるものはないため、七花は諦めることにした。

 

 ザッパーンと大きな音が湖から聞こえたので、七花は湖にいる猪を見る。そこには猪が水面に顔を出して、水飛沫と共に大きな魚を七花の方に飛ばしてきた。

 

 大きさは一メートル程あると思われる魚が七花の近くでエラ呼吸が地上で呼吸できないためか、それとも地面に叩きつけられたためか絶命していた。

 

 猪は湖からでると、体に大きく震わせて水飛沫を飛ばした。それから、七花の方を見て魚を鼻で指し『持ってけ』と鼻を上に動かした。おにぎりの礼のようだ。

 

「ありがとう」

 

 七花は礼を言うと魚の血抜きをして、籠の横に植物のつるで括りつける。

 

 猪がまた跪くと七花は籠を背負って猪に跨り、つかまる。

 

 猪は駆け出し、七花と猪は湖を後にした。

 

 数分後、七花は人里に着いていた。

 

「赤兜だ! 赤兜がでたぞ!!」

「みんな逃げろ!!」

「もう作物はダメかもしれん……」

 

 人々は猪を見るなり、口々に叫び、家の中へと入っていく。どうやら、この猪は【赤兜】と呼ばれ人里を荒らしていたみたいだ。

 

 市に行くと人々は我先にと屋内へと逃げていく。

 

 猪が走っている背中で七花は否定姫を見つけた。近くに若侍達がいっぱいいるようだが、猪を見かけた途端、すぐに逃げ出した。

 

「止まってくれ」

 

 七花は猪に呼びかけると、猪は『邪魔だ!! どけぇー!!』と咆哮してから、急ブレーキをかける。七花は猪にしがみついて落ちないようにした。途中、何かがぶつかる音が聞こえたが、七花は確認することはできなかった。

 

 猪が止まり、七花はようやく周囲を見ることができた。籠を覆っている蓋もどきが破れていないため、籠の中身をぶちまける事はなかったようだ。しかし、籠の横につけた魚はなくなっていた。

 

「七花くん」

 

 否定姫が猪に乗った七花に近づく。

 

「大きい猪ねえ、触ってもいいかしら?」

「どうだ?」

 

 七花の問いかけに『好きにしろ』とそっぽをむく猪。

 

「いいらしいぞ」

 

 七花はそう言ってから、猪から下りる。

 

「じゃあ、失礼して」

 

 否定姫は猪の側面を撫で始める。

 

「少し濡れてるわね」

「湖にいたからな」

 

 七花はそう言いながら、飛んでいった魚を探すとすぐに見つけた。誰かを下敷きにしていた。しかも、下敷きになった人物は気絶していた。

 

 七花は籠を下ろしてから魚を持ち上げて籠の上に置いた。それから、魚の下敷きになった人物の服の襟首の部分を左手で掴んで自分が見えるように持ち上げる。

 

 伸びている人物はどこか信奈に似ているみたいだ。そして、生臭い臭いを発していた。

 

「こいつは誰だ?」

「そいつは織田信勝と言って、信奈ちゃんの弟だそうよ」

 

 七花の独り言とも思える呟きに否定姫は猪を撫で終わったのか、七花の近くにやってきていた。

 

 七花は猪がいた方を見る。今も猪は七花を見ていた。

 

「ありがとうな」

「触らしてくれてありがとうね」

 

 七花と否定姫の礼に猪は首を少し縦に振り、その場を後にした。

 

「信奈の弟ねえ」

「姉に比べて、断然ダメダメだったわ」

「そうなのか?」

「取り巻き達が悪いのでしょうけど、家督継いだところで今の時代じゃ、滅ぼされて終わりね」

「ふーん」

 

 七花は否定姫の言葉を聞いて信勝をためつすがめつ検分する。その間に信勝が起きた。

 

「何だ、お前は!?」

 

 信勝は暴れだすが、七花は信勝を落とさない。

 

「ぼ、僕を誰だと思っている。僕は織田信勝だぞ!!」

「つまり、他の国に売ればいいのか?」

「へ?」

 

 七花の言葉に信勝は間抜けた声を出す。

 

「いいわね。でも、そいつ自体に価値はないわよ」

「なんだと」

「戦術も知らない、戦った事も無い、戦を見たこともない、まわりに持ち上げられるだけで、自分で何も考えられない、どうしようもない、ただの傀儡ね。利用されるだけ利用されて捨てられるのが目にうつるわ」

 

 否定姫の言葉の暴力に涙目になっていく信勝。

 

「当主として役に立たないから、男色の金持ちに売った方が高く売れるわね。美少女みたいな顔をしてるし、良い声で啼きそうだし、物好きならどんな事をするかわからないわね」

 

 否定姫の追撃に信勝の目は死んだような魚の目をしていた。

 

「ここに赤兜が現れたと聞いて、やって来たんだが」

 

 勝家が七花達に近づいてきた。

 

「見なかった……って信勝様!? うわ、魚くさっ!!」

 

 勝家の言葉に涙を流す信勝。

 

「あーあ、なかしたー」

「お前、こいつの家老じゃなかったか?」

「え? いや、その……、何が起きたんだ?」

 

 勝家は話を逸らしたが、二人のジト目は変わらなかった。

 

「それがね、馬に乗ってたこの子が私に言い寄ってきて自慢話をしている最中に赤兜がやってきて、馬が急発進して、顔面を地面に打ち付けて、顔を上げたところを何処かから魚が飛んできて、顔面に直撃、更に魚と口吸いを行ってしまって気絶してたのよ。ちなみにこの子の親衛隊達は赤兜が来た瞬間にこの子を置いて逃げ出したわ。家臣失格ね」

 

 魚は大変なモノを盗んでいきました。信勝の唇です……別に大変じゃないですね。そんな信勝さんですが、魚と接吻した辺りで思い出したのか涙と鼻水を流していました。

 

「そうか、赤兜もいないし、私は信勝様を連れて帰ろうと思う」

「あ、そうだ。この魚、持ち主がいないみたいだからもって帰ってもいいかしら? ちょっと節約したいから」

「しかし……」

「それに赤兜に当てようとして、当たった先がこの子でしょ。この子は一応、あれでしょ。誰も本当の事なんて言えないと思うわ」

 

 否定姫は信勝を指でさしながら勝家と話を続ける。

 

「わかった」

「助かったわ。ありがとう」

 

 否定姫は七花が魚を飛ばしたことを知っていながら、犯人は別にいると誘導し、更に証拠品の魚を回収した。そして、帰ってから食して証拠を隠滅すると思われる。

 

 七花は信勝を下ろした。勝家は信勝から漂う魚の生臭い臭いに眉を顰めて、未だに泣いている信勝を連れて帰った。

 




信勝さんが反省して、一皮むけるような話を書こうとして

実際に書いてみると、親衛隊にイライラして
いつの間にか信勝さんの親衛隊の人たちを七花さんがボコボコにしてしまうという文章になってしまい、どうしようか考えている最中にふと、あの猪が出てきて七花と戦うという話になりました。

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