織田信奈の刀 ―私の兄は虚刀流―   作:怠惰暴食

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七花、旅の準備中に道三が現れ会話する

 七花は長政と話し終わった後、長屋に戻り出かける準備をしていた。

 

 長政の部下が信奈に対して抜刀して、斬りかかってきた事にして今、長政達を牢に入れているが、長政の父、久政がまだ小谷城にいるのだ。長政の事で美濃と手を組む可能性が高い。だから、七花は真偽を確かめるために小谷城に向かうつもりでいた。

 

「五右衛門」

「ここに」

 

 七花が呼びかけると五右衛門がすぐに七花の目の前で現れた。

 

「小谷城に行く、道案内を頼めるか?」

「御意、しかし七花殿」

「なんだ?」

「格好を旅人に変えても、七花殿の傷跡は目立つでごじゃりゅ」

 

 確かに七花の格好は十二単と袴を身につけず、旅人と言われても怪しまれないような格好をしている。しかし、右衛門左衛門につけられた傷跡が所々、服の隙間から覗いているのだった。

 

「なので、この塗り薬を使うでござる。お手を……」

 

 五右衛門に言われて七花は左手を五右衛門に差し出すと、五右衛門はその塗り薬を七花の傷跡に塗った。

 

「少しくすぐったいな」

「我慢でござる」

 

 塗り薬を塗られた傷跡が消えた。

 

「凄いな」

「しかし、傷を治したわけではござらん」

「どういう事だ?」

「人の肌に似た色と質感と触感でできたもので隠しちゃだけでごじゃりゅ」

「そうなのか」

「風呂で洗い流せ、自分でも、はがせるでござる」

 

 七花は不思議そうに傷跡があった箇所を見る。完全には固まってはいないが、遠目だと傷跡があるとは誰も気付かないだろう。

 

「注意として、できるだけ力まないで欲しいでござる」

「なんでだ?」

「力んでしまうと塗っている箇所が変に盛り上がるでごじゃりゅ」

「わかった。気をつける」

 

 もう固まってしまった薬を七花は右手人指し指でつんつん突いた。現代でいうゴムにちかい触感だった。

 

 七花の全身についた傷跡全てに塗り薬を塗り、薬が乾くまで待つ。

 

 その時、玄関から【美濃の蝮】こと道三が普通に入ってきた。

 

「そなたは何をしておる?」

 

 褌一枚で部屋の畳の上で突っ立っている七花に訝しげな視線を向ける道三。

 

「小谷城に行く為の準備だ」

「ふむ、違和感を少し覚えたと思ったら傷跡がないのう。しかし、小谷城に向かうのは何故じゃ?」

 

 道三は七花をジーと観察して尋ねた。

 

「浅井久政が義龍と同盟を組む可能性があるからだ。むしろ義龍の方から同盟を組もうとするだろうな」

「なるほど、長政は現在、牢の中、助け出すために浅井が義龍と組むかもしれんの。確かに浅井と義龍が組めば、美濃攻略もままならぬ。もしかしたら朝倉も来るかもしれん。そうなれば潰されるのは当然じゃな。しかし、その心配が杞憂の場合はどうする?」

 

 道三は言外に長政はこちらで人質として扱っている事を指しているのだろう。組む可能性はある。しかし、組んでしまえば長政の命が危ない。同盟を組まない可能性も高いのである。

 

「小谷から直接、戦場に向かえばいい。近江と美濃の関所の方で暴れるのもいいかもしれない。そうすれば、義龍の方は混乱するだろ」

「そなたは見た目よりもえげつないのう」

「かもな」

 

 道三は笑うが七花は笑わない。

 

「しかし、長政が美男子ではなく美少女とはしらなんだ。そなたは何故気付いたのじゃ?」

「一度、勝家が胸にさらしを巻いて戦ってみるかという話があってな。戦ってみると勝家の動きが最初に戦ったときに比べて、だいぶ悪くなってたからさ。長政の動きも、さらしを巻いた勝家に近い動きを感じたからさ。注意深く見てたら、ちょっとした違和感を多々覚えたんだよな」

「なるほどのう。つまり、長政は巨乳なのじゃな」

「積極的に信奈が不利になるような事はするなよ」

 

 道三が下卑た笑いを浮かべ、七花はそれを窘めた。

 

「流石にせんわい。つまり、長政が貧乳だったら、そなたは気付かなんだかもしれんのじゃな」

「多分、気付いていただろうな。あいつの動き、無理に男の真似をしていたのか、体に負担が溜まってたように見えたんだよな、最終的に身体を壊していたかもしれない」

「胸は関係なしかい」

 

 七花の最終結論に道三は呆れた。

 

「長政か。あいつ、信奈の事を『野心家だけど根はお姫様』だと判断してたし、戦上手だって話も聞いた。仲間になったら心強いだろうな」

「しかし仲間にするには安心できぬのう。傘下にすると気を抜いた隙に近江兵を率いて叛乱を起こすかもしれぬ」

「なら、長政を俺のものにする」

 

 七花の言葉の意味は、七花はまだ足軽程度の地位であり、七花のもとに就いているのは五右衛門と川並衆の連中だけだ。その中に長政を加える事ができれば、長政は簡単に近江兵を呼ぶ事はできないだろうという意味なのだが、道三も、口を噤んで話しを聞いていた五右衛門も七花が長政を自分の女にするという意味に捉えてしまった。五右衛門は自分の主が決めた事柄に口を出す訳にはいかないと感じたのか、黙ったまま涙を堪えている。

 

「いやはや、普通ならば床上手を欲するものじゃが、そなたは戦上手を選ぶのか」

「床上手? 姉ちゃんの事か?」

「そなたの姉は床上手なのか?」

「じゃないかな?」

 

 鑢七実、【床上手】疑惑発生。ちなみに七花の考えている床上手とは、床=床屋、つまり散髪するのが上手な事である。これにより、尾張で七花は【かまとと】疑惑が発生するが否定姫が『七花君の中で床上手は髪を切るのが上手な人と勘違いしているんじゃないかしら』と訂正。これまでの七花の言動と行動により、七花のかまとと疑惑はすぐに消えた。しばらく床屋と髪結床は冗談として床上手と呼ばれるようになった。

 

「なるほどのう。良いのか悪いのか わからんが、床上手の姉に相手をして貰っていたのなら戦上手でも、何でも相手にできるじゃろうな」

「よくわからんが、長政を手に入れるには、長政の親父の久政って奴を説得しないといけないんだよな」

 

 道三は七花の勘違いに気付かず、うんうんと首を縦に振って、七花の肩を叩いた。七花は訳がわからず首を傾げるしかなかった。

 

 しばらく、話し込んで道三は帰った。否定姫には出発する事は伝えてある。他の人達には否定姫が伝えるだろう。

 

 全身の傷跡を隠し、旅人の服を身に纏い、【尾張のかぶき者】七花。人込みに紛れて、目指すは近江の小谷城。お供の五右衛門を連れて、いざ参る。

 

「じゃあ、行くか。五右衛門」

 

 五右衛門は七花に声をかけられた時、頬を膨らませて無言でそっぽを向いた。本当に大丈夫だろうか?

 




とりあえず、書きあがったところまであげておきます。

次、更新するのいつになるだろう……今じゃないことは確かです。

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