信奈はお気に入りのジャンボ「てばさき」を七花の胡坐の上に座って食べていた。
「いよいよ時がきたわ。美濃へ向かう準備は完了よ!」
瞳をキラキラさせながら元気いっぱいに宣言する。
「ねぇ、聞いてる? 東国は竹千代に任せて、私達は全軍で美濃を攻め取り、そして京へ向かうのよ!」
「聞いてるよ」
嬉しそうに語る信奈に、七花は優しく信奈の頭を撫でる。信奈は不機嫌な顔を装うとするが、気持ち良さそうに目を細める姿により満更でもなさそうだ。そんな信奈の姿を元康は信じられないような顔で見ている。ちなみに犬千代は羨ましそうに信奈を見ている。
「七花さんって何者なんでしょう」
「……にぃには【尾張のかぶき者】って呼ばれてる」
「にぃに?」
元康は首を傾げる。
「七花君の事よ。かぶき者の他に親しみを籠めて【尾張の兄ちゃん】とも呼ばれているわ」
「尊敬されているんですね~」
七花は信奈と信澄の兄妹喧嘩を止めたり、山の暴れ大猪である赤兜と意思疎通や乗りこなしを行い。更に今川の本陣に突っ込み、勝利をもぎ取った猛者なのだ。尾張でかぶき者の事を知らぬ者はなしである。
「あなどれませんね~」
松平元康の頭に【尾張の七花】の名が刻まれた瞬間だった。
そんな時だ。
顔色を変えた小姓があわてて取り次いできて、その訪問者を信奈に告げた。
「今すぐ、そちらに向かうと言いなさい」
信奈はすぐに七花から立ち上がり、小姓にそう告げた。その言動はどこか動揺しているように感じられた。
信奈は誰もお供にせずに、向かおうとしたので、この場にいる犬千代、七花、否定姫が信奈に同行し、元康はさっき結んだ同盟に影響しないかどうか確認のためについて来た。
城門の近くにいたのは不思議と目をひく一人の男とその男に仕えているであろう六人の男達だった。全員、清洲城の中には入らないため、帯刀している。
背が高く、長く伸ばした黒髪と睫が女の子たちの目をひく色白で美しい侍だった。
元康と犬千代がおおーと歓声を上げる中、七花と否定姫は錆白兵のような美しい見た目は他にもいるのだなとへえと声を洩らした。
「ところで、あんたは誰だ?」
七花が侍に訊ねる。
「これは失礼。私の名は浅井長政。近江は小谷城より、はるばるやってきました」
浅井長政と名乗る侍の涼やかな声の自己紹介に七花は眉を顰める。
しかし、そんな七花を気にせずに長政は信奈の正面に行き、礼儀正しく頭を下げる。
長政が何か言っているが七花の耳には入らなかった。代わりに長政の一挙一動をじっくりと観察している。完璧と呼べる長政の礼儀作法を七花は見続けた。
「私の幼名にしてあだ名は【猿夜叉丸】と申します。信奈殿。これからは私の事を、お気軽に【サル】とお呼びください」
「ちょっといいか?」
七花が信奈に向けて話す長政に向けて、右手を挙げて長政の注意を自分に移す。
「何かな?」
「お前、女だろ」
心の中で信奈達を侮っていた長政は何の警戒もせずに七花に促した為、予想外の七花の発言にとっさに対応できず、絶句した。
信奈も犬千代も元康も七花が何を言っているのか、わからなかった。
「貴様、若殿を愚弄する気か!?」
口を開いたのは長政の部下の一人だ。七花の言動がまるで長政が女人のように頼りないと馬鹿にしたと本気で思っていた。
「別に、ただ一見綺麗に見える動きだが、俺には少しぎこちなく見えるんだよ」
「貴様、若殿の礼儀作法まで侮辱する気か!?」
長政の部下達が一斉に抜刀する。七花はその間に信奈達に被害がでないように信奈達から離れていた。
「待て、お前達」
黙っている間に自体は最悪な方に進んでいき、長政は慌てて部下を止めようとするが、主の言葉を聞かずに部下の六人は七花に斬りかかる。
結果は長政の部下達は意識を失い倒れていた。その過程はその場にいた七花以外、誰もはっきりとは見えなかった。それほどまでに圧倒的だった。
七花八裂、最大七人まで同時に相手をできる七花が編み出した未完成奥義を殺さないように七花は六人に行使した。
否定姫以外の全員が呆然と七花を見ていた。しかし、直ぐに信奈は正気に戻り、長政の方をまっすぐに向く。
「悪いけど、家族に刃を向けたあんた達を牢に繋がなければならないわ」
真剣な顔で信奈は長政にそう告げた。長政は悲痛な面持ちで目を伏せて、唇を噛み締めていた。
とりあえず、見切り発車と前の話のボリュームアップをしてみました。
もしかしたら、いつの間にか消して別の話にすり替えるかもしれません。