一方、武器を取りに来た今川兵達は愕然とした。鎧の傍に置いてあるはずの武器がないのだ。雨で紙は濡れて繊維となり、泥の中に溶けていた。これでは大猪と戦えない。しかし、助けを呼べるはずもなかった。五千人もいたはずなのに一人と一匹に軽くあしらわれた事と武器をなくした事。しかも、自分達は宴会をしていたのだ。仲間である兵達に何をされるかわかったものではない。
だから彼らは自分達が助かる方法を考え、すぐに行動した。
五千人いたはずの本陣は千人を残し、いなくなっていた。
雨が豪雨となるまでに、大猪の赤兜が約三百、暗闇から七花に加勢して今川兵を闇討ちした川並衆達が約百五十、七花は約八十、約五百三十人の今川兵を倒した。
雨が降ろうとも山の中を駆け回っていた赤兜はともかく、七花と川並衆は泥のぬかるみで通常よりも体力を使う、しかも川並衆は服が水分を含み動きが悪くなっている。
「後、百人くらいならいけるか」
暗闇の中、休憩しながら七花は呟く。
「それとも大将の首を取った方がいいかな」
残った今川兵のほとんどがある場所を中心に離れて警戒している。固まってしまえば、赤兜の突進でまとめて吹き飛ぶため一人一人の間を開けて、周囲を警戒している。時間稼ぎをしているのがわかる。ここに居ない仲間達に他にいる二万の今川兵に助けを求める伝令を任せているのだろう。
七花が大将に狙いを定めた時に、それは聞こえた。
「全軍突撃! かかれええっ!!」
尾張のうつけ者のであり、七花の妹かもしれない信奈の号令が響き渡る。
「間に合ったみたいだな」
今川兵二万人より早く到着して、五百人以下の本陣の守りを蹴散らす織田軍を見て七花はそう呟いた。
織田軍は一分で今川軍本陣を制圧した。五千人で鎧や槍、更に数名馬も乗っていたりする織田兵士に対して、五百人で鎧以外の武器もない今川兵が勝つには不可能に近い。
信奈が急造の本陣を桶狭間に組んだ。そこで床几に座り、報告を聞くためだ。五右衛門から貰った七花の十二単を信奈は自分の服の上から羽織っている。
今川義元は暴れないように縄で亀甲縛りされていた。
「こんな事をして、ただで済むと思っていますの!?」
「うるさいわね。場合によっては殺すんだから黙ってなさいよ」
喚く義元を信奈は一睨みで黙らせた。
「七花はまだ見つからないの?」
「……探している最中」
五右衛門と制圧した今川兵の情報で七花が今川の本陣を攻めたのは確実。もし、七花が死んでいたら義元は殺され、信奈は第六天魔王になる可能性が高い。
信奈の心が段々と闇に囚われ黒くなっていく時に、
「信奈」
と自分の名前を呼ぶ信奈が聞きたかった声が聞こえてきた。
「この馬鹿!! どんだけ……しんぱ……い…………」
信奈は声をした方を向いて喜びを隠すために怒鳴り散らそうとしたができなかった。
だって、怒鳴り散らそうとしていた相手の格好が褌一枚だけだったから、その相手、七花の姿に勝家も犬千代も顔を朱に染めている。
「どうした?」
「あんた、何て格好をしてんのよ!!」
「これか? 雨で服が体にベタベタ張り付いて気持ち悪いから脱いだだけだ。後、あいつら宴会してたから、紛れ込むにはこの格好が一番手っ取り早かった」
「服を着なさいよ!!」
「褌がまだ乾いてない」
「誰か新しい褌を持ってきなさい!!」
褌一枚でドタバタしている織田の本陣を義元はポカーンと見ていた。
そんなこんなで七花はいつものかぶき者の格好になった。
本陣の中には信奈、七花、勝家、犬千代、長秀、五右衛門、七花の袴を預かった川並衆の一人、ちなみにコイツが新しい褌も持ってきた。そして、亀甲縛りされている義元がいる。
「さて、これをどうする?」
信奈はこれ=義元を指している。七花が生きていた事とその後の騒動で義元の扱いがぞんざいである。
「ああ、その事なんだが」
七花が川並衆の一人に合図を送る。川並衆の一人は片方の膝をついて報告する。
「報告します。すでに残りの今川兵は武器と防具、兵糧を置いて駿河に逃亡しております。理由は本陣から逃げ出した者達が『今川義元が織田信奈に降伏して出家した。織田軍は雨の中、幽鬼の如く現れ我らが油断していたところを強襲されて手も足も出なかった』と口裏を合わせて二万の今川兵達に嘘の情報を流していたようです」
「……デアルカ」
「そんな……」
報告を聞いて、複雑な表情をする信奈と絶望した様子の義元。本陣からいなくなった今川兵達、彼らが下した決断、嘘の降伏を流して、五千人いたにも関わらず、七花と赤兜を撃退できない事、更に武器を紛失した事を無かった事にした。義元も助けが無ければ、降伏するか討ち死にするかのどちらか二つ。それに誰かが本当の事を話しても、二人に五千人が負けたという滑稽な話は誰も信じないだろう。
「兄者の功績が無かった事にされるなんて許せないよ」
「勝家、落ち着け」
「でも」
「俺は別に気にしてない。むしろ、動きやすくなったと思っている」
七花の功績がなくなったところで現在の安定した生活は変わらない。むしろ行動を起こす時に他の大名達に警戒されて動きにくくなるよりは行動を起こしやすい方が七花にとって増しなのである。
「別に行動するのはかまわないわ。でも、今回のように荒唐無稽な事をして心配させないで」
「気をつける」
信奈は七花に釘をさすが、七花は軽く返事しただけだった。
「報告を続けます。松平元康が三河に戻り独立するようです。そして、駿河ですが武田信玄があっという間に奪い取りました。織田が得たものは膨大な軍資金と武具、そして兵糧です」
川並衆の報告は終わった。
「わらわはどうなりますの?」
自分とは関係ないところで家臣達に勝手に降伏した事にされて、置いていかれた義元に同情的な視線が突き刺さる。
「降伏するしかないんじゃないか? 死ぬというなら介錯くらい手伝うぞ」
七花の言葉に、義元は降伏を選ぶ事にした。その時、義元の性格の所為で色々あって、義元が何回か斬られかけたが、織田家の記録には無いので割愛する。
「これは何だろう?」
長屋に帰る時に、七花は義元が捨てた鞠を拾った。これにより、否定姫が外国ではフットボールという遊戯がある事を教えて、南蛮蹴鞠をする事になるのだが、別のお話である。
本当なら、七花さんが義元が捨てた鞠を見つけて、その鞠を用いて今川兵を吹っ飛ばしたり、七花さんの鞠さばきを見て、義元が七花さんを「蹴鞠神様」と崇めたり、信奈さん達が七花さんを諭したりする事を考えていた結果がこれですね。
……なぜ、こうなったorz
それは描写力がないから
とりあえず、次に駒をすすめようと思います。
もしかしたら、時間があるときにでも書き直すかもしれません。