織田信奈の刀 ―私の兄は虚刀流―   作:怠惰暴食

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五右衛門、熱田神宮へ走り、信奈達に報告する

 七花は半蔵が移動した時に赤兜に跨り、移動する。

 

 ついた所は今川軍を見下ろせる場所だった。今川軍は七花と赤兜に気付いていない。

 

 もう夜中で辺りが暗いのだが、今川軍が行っている宴会は松明等で昼間かと思うくらい明るく、そして五月蝿かった。

 

「なあ、あいつらが気にいらない奴なのか?」

 

 七花の質問に『そうだ』と首を縦に振る赤兜。

 

「なあ、五右衛門」

「ここに」

 

 七花の呼び声に直ぐに七花の近くに参上する五右衛門。

 

「あれが今川軍か?」

「そうでござる」

「多いな」

 

 目の前で宴会する今川兵達を見下ろしながら、七花は呟く。五千人の宴会は凄まじい。

 

「どうするかな?」

「信奈殿にお知らせした方が良いと思うでござる」

「そうか、じゃあ信奈に知らせる事は他の奴に任せるか」

「何故でござるか?」

「それまで待てないってさ」

 

 七花が赤兜の方を見る。五右衛門も赤兜を見ると今にも、この大猪はあの大軍に突っ込んでいきたいのか前足で地面を掻いている。

 

 七花の顔に冷たい水滴が当たる。そして、ポツポツと水滴が落ちてきた。

 

「雨か。……五右衛門、これを」

 

 七花は五右衛門に自分が着ていた絢爛豪華な十二単を脱いで渡した。今の七花は上半身裸であり、右衛門左衛門につけられた傷跡が外に晒される。

 

「……これは……?」

「惚れた女の形見だ」

 

 五右衛門は七花の言葉を聞いて直ぐに走り出した。

 

 向かう場所は熱田神宮、七花の妹かもしれない織田信奈の場所へ五右衛門は走る。絢爛豪華な七花が着ていた十二単を大事に懐に抱えて、信奈に早く知らせなければと自分の出せる速度よりも速く足を動かす。限界がきても、足の腱がきれて歩けなくなっても、自分が命を落とすとしても五右衛門は忍よりも速く移動する。

 

 雨粒の勢いが増す。本格的に雨が振ってきた。

 

 七花から十二単を受け取ってから、どの位、時間が経過したのか五右衛門はわからなかったが、熱田神社に着いた事は確かだった。

 

 玉砕戦法を主張する勝家と篭城戦という消極策を出す他の諸将達。勝家を諫める長秀に槍の手入れをする犬千代。難しそうな顔で家臣達の話に耳を傾ける信奈。そんな中に五右衛門が飛び込んできた。

 

 五右衛門の体はこける事は無かったものの全速力で懐に十二単を大事そうに両手で抱えていたため、枝を払う事ができず、肌を露出している部分が少し浅い切り傷が複数できていた。

 

「お前は何者だ!?」

 

 五右衛門に対して素早く行動を起こしたのは勝家で直ぐに抜刀し、刀を構えて五右衛門にどすを利かせて尋ねる。

 

「にぃにに仕えている乱波。前に一度、長屋でにぃに達と一緒に夕食を食べた」

 

 勝家の問いに答えたのは犬千代だった。

 

「そうなのか、犬千代?」

「……そう。魚、美味しかった」

 

 『兄者との夕食~』とうらやましそうに犬千代を見る勝家。現在、窮地に陥っているのに何をしているのだろうか。

 

 ちなみにその夕食に使われた魚の頭部分は骨となり、七花の部屋の棚の上に飾ってあります。

 

「で、七花に仕えているあんたがここに何のようできたの?」

「七花殿を助けて欲しいでござる!!」

 

 涙で目を潤ませながら大声で叫ぶ五右衛門に、七花という名詞にその場にいた全員が注目した。

 

「どういう事か教えてくれる?」

「七花殿は現在、桶狭間山に赤兜とともにおり」

「それがどうしたの?」

「今川軍の本陣が桶狭間山の東の麓にあるでござる」

「……まさか」

「七花殿は今川の本陣に突っ込むつもりでござる」

 

 五右衛門の言葉に全員が衝撃を受けた。信奈と勝家と犬千代と長秀は七花ならやりかねないと思い、他の諸将達は七花の行動に自分達の考えが七花に読まれたような気がした。信奈と信澄との仲直りをさせる間、自分達は巻き込まれないようにずっと黙ったままだった。そんな自分達に対して、言葉だけで二人を仲直りさせる事ができた七花に自分達が篭城するという消極策を、自分達の弱さを見透かされたような気がした。見透かされたうえで自分達が役に立たないと七花に言われた気がした。

 

「……これを」

 

 五右衛門が懐に大事そうに抱えていた十二単を信奈に渡す。

 

「これは……!!」

 

 信奈は受け取った十二単を見て、直ぐに七花が着ていた十二単だと理解した。

 

「……【惚れた女の形見】だと」

 

 悲しそうに言う五右衛門の言葉を聞いて全員が息を呑んだ。形見を託した事で七花は今川の本陣で戦って死ぬつもりなのだと全員が思った。

 

 そして信奈は決意した。

 

「犬千代」

「……犬千代はついて行く」

「六」

「あたしもついて行きます。兄者を死なせたくない」

「万千代」

「姫様の決断に従います」

「みんな」

「「「「「姫様の御心のままに」」」」」

 

 全員の覚悟を聞いて、信奈は下知をくだす。

 

「全軍、桶狭間へ突撃よ! 馬鹿な兄を生かして、お灸を据えてやるわよ!!」

 

 その言葉に勝家は法螺貝を勢いよく吹いた。

 

 いっせいに兵士達が立ち上がり、鬨の声を上げる。

 

「せっかくの熱田神宮です。神様に戦勝祈願なされては」

 

 長秀の提案に信奈は仏頂面で神殿の前へ大股で近寄って叫ぶ。

 

「あんたが何で七花を私に会わせたのかはわからない。だけど、これだけは言えるわ。もし、あんたが七花を私の手の届かない場所へ連れて行こうと言うなら、絶対にさせない!! 私は絶対に失わない!! 失ってたまるもんですか!!」

 

 そう言って、信奈は天を睨みつけて涙を流す。

 

「あいつは私が尾張のうつけ者なら自分は尾張のかぶき者で良いと言った大馬鹿者よ。今はそれで構わないと言った本当に血が繋がっているのかわからない私や信澄に自分から動いたお人好しよ。そんな兄を死なせてたまるか!!」

 

 信奈の心の叫びを聞いた兵達は「尾張のあんちゃんを死なせるな!!」、「尾張の兄ちゃんを死なせるな!!」、「尾張のかぶき者を死なせるな!!」と口々に口を開いて叫んだ。

 

 桶狭間へ、猛速で全軍が突き進む。そこで戦う一人の刀のために……

 




おかしいな。桶狭間の戦いを簡単に終わらせようと思ったのにどうしてこうなったのだろう?

次回、ようやく桶狭間の戦いです。

これは戦勝祈願じゃないね

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