清洲城から七花が赤兜に跨って城門から出て行くところを道三と否定姫は見ていた。
道三は美濃の長良川本陣で七花と会ったときの事を思い出す。
あの時の七花の格好は今のかぶき姿ではなく、忍の服を着ていた。理由としては夜中に絢爛豪華な十二単は忍ぶのに向いていないという理由で五右衛門達から服を貰ったのだが、それにより、七花とお揃いの事を喜んだ五右衛門と七花に殺気を向ける川並衆との様々なやり取りがあった事を道三は知らない。
「ほう、お主は乱波だったか、あの様な目立つ服を着ていたのは乱波だという事をわからせないためか……」
「いや、ここに来るのに目立つ格好は不味いらしいからな、服を借りただけだ」
「そうか。で、何をしにきた？」
戦で散る覚悟があるのか道三は七花の正体は、さほど興味がなさそうだ。
「信奈のところへ来てもらう。まだ義龍達も来ていないから楽に逃げられる」
「ワシは動かぬぞい」
「そうか、じゃあ俺もここに残るとするよ」
七花は道三の前にどっしりと座る。
「大馬鹿者じゃな」
「ああ、そうかもしれないな。それに爺さんを死なせたら、信奈がまた変な考えに囚われるからな」
「変な考えじゃと？」
「ああ、信奈は自分が好きになって頼りにした人はみんな死んでしまうと言っていたよ。悲しそうにな」
「………………」
「だったら、妹かもしれない信奈に対して、そんな考えを捨てさせないといけないのは、俺の役目だろうな」
「!? そなた、信奈殿の兄か!?」
「そう言う証拠があるってだけさ、本当かどうかは誰にもわからない。それにどちらにしても俺の父親は織田じゃない」
「……そなた、ここで死ぬつもりか？」
「さあな。だけど、ただで殺されるつもりはないよ」
道三は七花の言葉を聞き、表情を見て思った。自分がここにいる限り、七花は最後の一人であっても戦い続ける、更に死ぬ事に対して抵抗が無い。自分の命は長くはないが、信奈の兄を自称しており、信奈の弱音を聞いている七花を自分のわがままで死なせる訳にはいかなくなった。
道三は結論を出し、溜息を吐いて立ち上がる。
「ワシの完敗じゃ、行くとしよう」
「そうか」
七花もあっさりと立ち上がる。
まだ義龍が率いる美濃軍が来ていない事が幸いして、道三は手勢を失わずに済んだ。もし、合戦が始まってしまえば、自分達が負けて散るのは当たり前の事だ。それに今でも思う。もし合戦が始まってしまっても、合戦最中でも七花は自分の前に現れて、信奈が悲しむ事を自分が見たくないという理由で自分を連れ出そうとする事も予測できる。しかし、七花は七花自身が死んでしまっても信奈が悲しむという事自体を考えていない。七花の行いは七花のためのもの、そこに信奈のためという理由が少し入っていればいい方だ。
「だれか、あの【かぶき者】にあやつ自身が死んだ時、周囲に与える影響というものを教えてやって欲しいものじゃ」
「それは信奈ちゃん達次第じゃないかしら」
回想から七花に対する考えを終えて呟いた道三の言葉に対して答えたのは否定姫だった。
七花は家族しかいない島で二十年近く父親から虚刀流の教えや技を叩き込まれている。それからは奇策師とがめが七花を所有して濃密な一年間を過ごして、七花は刀らしさを失い人間らしさを持ってしまう。そして、とがめを失ったとき、彼は自分の考えとして真庭喰鮫の言葉をヒントとして考えの中に取り込んでしまう。そんな七花の考えを変える事ができるのは七花を所有はしていないが、七花が関心を示している信奈とその周辺の七花を慕う者達以外いないと否定姫は考えている。
「お主は行かなくて大丈夫なのか？」
「私の担当は頭脳労働よ。それに策はすでにうっているわ。後は天のみぞ知るかしら？」
「それでも策がうまくいくとは限らんのじゃろう？」
「策がうまくいかなかったら、訂正する事自体が不可能なの。まぁ、諦めが肝心よね」
「そんなのは策と呼べるのかのう？」
「さあね？ それよりも聞きたい事があるのだけど、いいかしら？」
話は終わったとばかりに話題を切り替える否定姫だった。
本当なら、この回想で七花さんは道三翁だけに対して、自分は虚刀流だと名乗る予定だったのですが、いざ書いてみたところ、うまくまとめる事ができませんでした。
で、何回かワードで打ち直して、こんな形で仕上がりました。
文章が固まりすぎましたね。