もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「監督の相田リコです」

桐皇学園戦での敗北から、洛山高校のチームの意識は変わった。前回大会の王者という実績が当てにならないことを、『キセキの世代』最強スコアラーの大輝に暴力的なまでにはっきりと理解させられたのだ。いまの彼らには王者という余裕も重圧もない。なりふり構わない挑戦者としての貪欲さだけがあった。

 

頂点に立ったがゆえの気の緩みなど微塵も感じさせず、鬼気迫る表情で練習に没頭する仲間達。希望者のみで行っていた居残り練習も、ほぼ全員が参加して僕のメニューを必死にこなしている。やはり、この時期に桐皇学園と試合を行っておいてよかった。今からチームメイトの能力値を上げていけば、ギリギリ夏までには仕上げられるはず。

 

まあ、他人のことばかり言っていられる状況でもないんだが……

 

 

 

思考を切り替え、ゲームへと集中する。現在は速攻からの3on3の練習中である。ドリブルでボールを保持しながら、周囲の様子を探る。右側に一人、フリースローライン付近に一人。もちろん、ぼやけた視界の遠近感など使い物にならないので、意識の9割を聴覚に向けた。視界外の全員の居場所を瞬時に把握する。

 

「ヘイ!」

 

サイドにドリブルと見せ掛けて、声だけを頼りにノールックでゴール下へとパスを入れる。

 

「うおおおおっ!」

 

体格の割りに鋭い永吉のターンで相手をかわし、そのままダンクを叩き込んだ。だが、納得いかないのか、苦々しい表情を浮かべている。

 

「おい、赤司!パスのタイミングもコースも甘いぞ!集中しろ!」

 

「すまない。次は合わせる」

 

怒鳴られた僕だが、たしかに今のパスは完璧にはほど遠い。甘んじて叱責を受け入れる。キャプテンだろうが関係ない。これからは一つ一つのプレイの完成度を上げていく必要があるのだ。これは良い傾向だろう。全員がワンランク上の完成度を求め出した証なのだから。だが、と内心で溜息を吐く。

 

 

――肝心の自分自身の強化が伸び悩んでいてはな

 

 

仲間達の強化は順調に進んでいるが、聴覚の鋭敏化による現在地の予測。視界外の選手の動きを把握する技術だが、どうしても距離やタイミングに一定の誤差が生まれてしまう。相手の動きを予測するにしても、足音の強弱だけでは限界がある。これまでの方法では完全な未来予測は困難なのだ。

 

「ヌルイぜっ!」

 

今度は守備側になった僕だが、あっさりと小太郎にドリブルで脇を抜かれてしまう。相手の予備動作を読み取れない僕では、どうしても反応が後手に回らざるを得ない。慌てて追いすがるが、もはや時すでに遅し。

 

「くっ……反応が遅すぎる…」

 

眼を使えないことの弊害は、むしろ一対一のマッチアップにおいて顕著だった。それをこのところ強く痛感する。パス回しもそうだが、純粋な実力勝負で劣るというのが一番厳しい。実戦形式の練習において、最近の僕は明らかに実力不足が露呈してしまっていた。呼吸を合わせるのは当然だが、それだけでは全国クラスの選手はとても相手にできない。

 

現在の僕の実力はこうだ。

パス精度は微妙、オフェンスは身体能力と技術(スキル)による個人技でのゴリ押し。ディフェンスに至っては反応速度が鈍重すぎて話にならない。総じて言えば、赤司征十郎の選手としての実力は二流であった。

 

『キセキの世代』たる僕の能力は、高校生の限界を遥かに通り越した超一流のものだ。ただし、『天帝の眼』を使用しなければ、素の実力は全国クラスとはいえ一流レベル。これまでの数ヶ月間、僕は失った視覚を補うために聴覚を鋭敏にしてきた。足音による位置把握はある程度できるようになったが、あくまで視覚の代替でしかない。完璧に代替ができたとしても、最高でも一流レベルにしか到達できないということだ。『天帝の眼』に代わる『何か』がなければ。『キセキの世代』と戦うことはできないだろう。そのためには、これまでとは違うアプローチが必要だ。

 

強さを求めたこれまでとは違う、弱さを求めたアプローチが――

 

 

 

 

 

 

 

「ということで今日、お前達は二軍の試合を見学だ。相手は誠凛高校」

 

「ってか、どこ?聞いたことない高校なんだけど……」

 

首を傾げる仲間達。まあ、そうだろうな。頷いて僕は言葉を続ける。

 

「新設校だからね。だが、去年は一年生だけのチームでベスト4進出を果たしている」

 

「へえ、面白そうじゃん」

 

小太郎が少しだけ興味をもったようだ。声色に楽しげな調子が混ざる。

 

「『無冠の五将』の木吉鉄平が進学した高校、と言った方がわかりやすいかな?現在、彼は怪我で療養中らしいけど」

 

「なるほどね。強烈な個性は周囲に影響を与える。だとしたら有り得ない話ではないわね。創部一年目で出したその成績も。ま、『キセキの世代』の影響力には遠く及ばないでしょうけど」

 

「その『キセキの世代』がいるんだよ。誠凛高校にはね。それが今回、監督に進言して試合を組んでもらった目的だ」

 

だが、皆は僕の言葉に怪訝そうな顔を見せた。

 

「そうなの?私達もわざわざ調べたりしないから、アナタ達の進学先なんて知らないけど。だったら、二軍なんか相手にならないんじゃない?」

 

ひどい言い草、ではない。青峰大輝と戦った者としての当然すぎる予想であった。だが、それでも――

 

「心配はいらないよ。テツヤは、他の『キセキの世代』の誰とも違う、言うなれば突然変異種。強さを極めた僕達とは違い、弱さを極めたプレイヤーだ。光がなくては、影だけでは本来の実力は発揮できないさ」

 

「オレもやらせてくれよ。テツヤ?ってのは誰だかわかんないけど」

 

「まあ、彼はレギュラーだった割に無名だから、皆が知らないのも無理はない。だけど、今回は一軍メンバーは見学だ。今後のことも考えると、前回の試合に出ていない一年生にも『キセキの世代』を体感して欲しいからね」

 

残念そうに溜息を吐く小太郎。テツヤの真骨頂である『視線誘導(ミスディレクション)』は何度も体験するほどに効きが悪くなっていく。将来のためにも、特に一年生に体感させておきかった。

 

「身体能力でも技術でも、ましてや身長でもない。そういった強さを磨く連中とは全く逆の、自分を弱くすることに特化した例外的なアプローチ。決して強くはない。だが、それゆえに厄介でね。それが黒子テツヤという選手なんだ」

 

「抽象的すぎてよく分からないわね」

 

「実際に見た方が早いよ。いや、見ることはできないのか。まあ、いい。そろそろ到着する時間だ。彼らの出迎えと挨拶に行ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

マイクロバスに乗ってやってきたのは、十数人ほどの誠凛高校バスケ部の選手達だった。駐車場に止めたバスから次々と降りてくる。マネージャーらしき女子が一人、続いて選手達が荷物を持って降りてくる。だが、どうも監督の姿が見当たらない。運転席に座っている男か?

 

「お父さん、送ってくれてありがとう」

 

「おう、じゃあ試合終わったら連絡してくれよ。ここで寝て待ってるから」

 

マネージャーらしき女子生徒が運転席に声を掛け終えると、男は席を後ろに倒していびきをかき始めた。どうやら父親に運転してもらったようだが、だとすると顧問の先生はどこに……。そんなことを思っていると、その女子が片手を上げてこちらに挨拶をした。

 

「こんにちは。ええと、洛山高校のバスケ部の生徒さんかしら?案内してくれるのかな?あ、私は誠凛高校バスケ部の監督の相田リコです」

 

監督?意外に感じたが、名門でもない学校ならば有り得ることなのかと納得する。この試合の目的はテツヤを観察することであって、監督が誰であろうと興味がないというのが正直なところだった。残念ながら、影の薄さゆえか肝心の人物が見当たらないのだが。

 

「赤司くん!?」

 

声の先に視線を向けると、そこには影の薄い少年の姿があった。あった、と表現したのは意識して探さなければ彼を見つけられなかったからだ。この辺りの影の薄さ。相手の視覚を支配し、死角に這入り込む高度な技術は顕在らしい。

 

――黒子テツヤ

 

『キセキの世代』幻の六人目と呼ばれたのが彼である。自らを影と評し、自身の存在感を弱めることに特化した見えない選手。その才能は他の『キセキの世代』に比べても何ら遜色はない。

 

「赤司って……、コイツが『キセキの世代』のキャプテン!?」

 

「うおっ!すげえオーラあるわー」

 

騒がしくなる雑音を無視して、かつての仲間の眼前に立った。

 

「久しぶりだね、テツヤ」

 

「ええ、赤司くんも元気そうですね」

 

視線が交錯する。意外にもテツヤの瞳には、あまり似つかわしくない闘志が渦巻いていた。僕達に勝てるつもりか――

 

「ずいぶんと自信ありげだな。光もなく、影だけで僕の相手ができるとでも?」

 

「勝ちますよ。僕だって昔のままじゃありません」

 

「同じことだよ。今日の相手は二軍の連中がさせてもらう。それでちょうど実力が釣り合うだろうからね」

 

テツヤだけでなく、誠凛高校の面々の顔から笑みが消えた。舐められたことに対する苛立ち。だが、僕の眼には彼らの実力がはっきりと見えている。

 

「僕達を甘く見ないでくださいよ、赤司くん」

 

「そうではないよ。むしろ、甘く見ているのはそちらの方だよ。全国最強、『帝王』洛山高校の一年生がただの格下だとでも?僕らとは比較にならないが、それでも全員が全国大会を勝ち抜いた猛者ばかりだ」

 

「そうですか。ですが、それを聞いてもやっぱり、僕達が勝ちますよ」

 

それを聞いて、僕は訝しげに手を口元に当てて思案する。テツヤは自身の弱さを極めている代わりに、他人の強さを必要とする。だとするならば、その自信の正体は――

 

「よほど強烈な光を見つけたとでも?だが、生半可な光では――」

 

『無冠の五将』の一人、木吉鉄平ですら足りない。本当に僕達『キセキの世代』に対抗しようとするならば、ありえない仮定だが同じ『キセキの世代』級の光が必要となるはず。そんな人間が存在するはずが――

 

「ふわあ~。おいおい、着いたんなら起こしてくれよ」

 

「……火神くん。遅いですよ」

 

バスから出てきた大柄の男を見た瞬間、テツヤの自信の正体を理解した。一目でわかる。僕の『天帝の眼』には、その男の埒外なまでの潜在能力が余すことなく見えていた。まぎれもなく『キセキの世代』級。技術面は不明だが、それでも素質は超一級品だろう。

 

「誰だ、コイツ?体育館に案内してくれる人?悪かったな、ちょっと寝ちゃっててよ」

 

眠そうな目を擦りながら、片手を上げて軽い調子で謝る男。

 

「訂正するよ、テツヤ。確かに甘く見ていたのは僕の方だったようだね」

 

僕は小さく肩を竦めて見せた。

 

「よく見つけたものだ。なるほど、二軍では荷が重いか。僕が出る必要がありそうだね」

 

誠凛高校か……。正直、テツヤを観察することだけが目的で、ノーマークの学校だったんだが。『キセキの世代』級が二人に『無冠の五将』が一人。チームとしての潜在能力は侮れない。台風の眼になりそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってお前!あんな偉そうなこと言っといて、出て来ねえのかよ!」

 

試合開始直前、例の凄まじい素質を感じさせた男が大声で突っ込みを入れた。火神大我と言うらしい。彼はこっちを見て驚いた顔で叫んだ。

 

「……安心しろ。後半からは出場するさ。それまでに頑張って点数を稼ぐことだな」

 

「……ナメやがって。テメエが出てくるまでに逆転不可能な点差をつけてやるよ」

 

闘志を剥き出しにして火神という男が睨みつける。それを涼しい表情で受け流した。そもそも、僕の本来の目的はテツヤの観察なのだ。強さではなく、弱さに特化した技術『視線誘導(ミスディレクション)』――

 

練習中にその技術を使用することは、中学時代にはほとんど無かった。これまで仲間であったがゆえに観察できなかったそれを、今回は『天帝の眼』によって見抜こうというのだ。

 

生来の影の薄さ、存在感の薄さという特性を持たない僕では、いくら観察しようと同じことはできないだろうが、それでも――

 

 

――自身を強めるのではなく、他者を弱めるという逆転の発想

 

 

『強さ』を失った僕だったが、それゆえに『弱さ』を生かしたテツヤのバスケから何かを得られると確信していた。

 

 

 

試合開始と同時にボールを奪ったのは誠凛高校。こちらの一年生がボールを確保した瞬間、気配すら感じさせずに正面からスティール。

 

「火神くん!」

 

すかさず、前線へと走っていた火神にテツヤからのパス。相手チームのエースにボールが渡り、速攻に持ち込まれそうになる。だが――

 

「そ、そうはいかない……」

 

火神の前に立ちはだかったのは、マンマークのスペシャリスト今野玄人。守備に偏重した彼のディフェンス能力は一軍の選手にも決して引けを取らない。事前に玄人には、この試合中はずっとマンマークで火神を抑えるように命じていた。

 

「甘えんだよっ!」

 

しかし、さすがは『キセキの世代』級の身体能力をもつ男。尋常ではないキレで玄人を左から抜き去る。だが、それこそが狙い。

 

「……そ、それは予測済みだよ」

 

「なっ……!?」

 

想定を超えた速度に驚いたようだったが、しかし抜かれたのはあえて玄人が作った隙。火神のドライブが向かう先には、体勢万全でもう一人の選手が待ち構えていた。

 

「チッ……ダブルチームかよ」

 

 

 

僕は相手を過小評価したりはしない。当然、火神大我という男の潜在能力を見抜いたまま、何の対策もせずに試合に臨んだりもしないのだ。この試合は常に彼にダブルチームで抑えさせるつもりだ。それでも足りるかどうか……。だが、パス回しに特化したテツヤがいる以上、トリプルチームにして他の連中にボールを集められる危険性もある。それでも、テツヤの選手としての性質上、40分フルには出場できないはず。どうにか前半はしのげるだろう。

 

「その間に、僕の眼で見せてもらうよ。他人の視覚を、他人の死角を利用する『視線誘導(ミスディレクション)』の真髄を――」

 

 

 

 

 

 

 

第2Q終了のブザーが鳴り、これより後半戦に突入することになる。この20分間、一挙一投足に至るまで目を凝らしてテツヤと、それに対するこちらの選手の動きをつぶさに観察できた。その観察結果から得たものは大きい。卓越した洞察力によって相手の視線を誘導し、相手の弱さに付け入るテツヤの技術は見事の一言だ。だが、失ったものも大きかった。

 

「32-48。点差を付けられすぎだ……」

 

やれやれと小さく溜息を吐きながら首を横に振った。結局、二人掛かりでも火神を止められず、しかもテツヤの見えないパス回しによってガンガン得点を決められてしまったのだ。凄まじい攻撃力。しかも、第2Qの序盤にテツヤはベンチへと下がっている。それでいてこの点差。あまりにも実力が違いすぎた。ここから逆転は非常に困難だろう。

 

「だが、こちらも無策という訳ではないさ」

 

第3Q開始のブザーが鳴る。僕は小さく笑みを浮かべると、この戦況に不釣り合いな自信と共にテツヤの前に立った。

 


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