もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「雑魚は引っ込んでろ」

桐皇学園との練習試合当日。

体育館に入ってきたのは、攻撃的なオーラを滲ませた桐皇学園の面々だった。本来ならば、過去の実績という点では洛山とは比べ物にならない。しかし、準備万端で乗り込んできた彼らからは圧倒的な自信が滲み出ている。『キセキの世代』最強スコアラー、青峰大輝を擁するその学園はまぎれもなく最強の攻撃力を誇るチームのはずだ。

 

「本日はよろしゅうお願いします。ええと、キャプテンはどちらさん?」

 

監督同士で挨拶をしている間、桐皇学園のキャプテンらしき眼鏡を掛けた人物がこちらへやってきた。初対面とはいえ、こちらのチームの研究もしているのだろう。迷いなく元キャプテンの玲央のところへ握手を求めてきた。それに対して玲央は小さく苦笑する。

 

「うふふ……それはそうよね。知っているはずなかったわ。私、もうキャプテンじゃないのよ」

 

「はい?一体、そりゃどういうことや?」

 

「現在の洛山高校のキャプテンは彼が務めているわ」

 

驚いた様子の男に、玲央はあごでこちらを指し示した。僕と相手チームのキャプテンの視線が交錯する。まさか、という驚愕の後、強い警戒感が顔に表れた。チームメイトとして『キセキの世代』を知るがゆえの警戒。

 

「キャプテンの赤司征十郎だ。よろしく頼むよ」

 

「今吉翔一や。こちらこそ、よろしゅう」

 

差し出した手を握る今吉。そのとき、彼の背後から声が届いた。聞き慣れた、久しぶりの声。刺すような鋭い瞳に猛獣のようなオーラ。『キセキの世代』エース、青峰大輝がそこにいた。

 

「いつまで挨拶してんだ。さっさと試合やらせろよ」

 

「ハハッ、今日はずいぶんヤル気やん。いつもは練習試合なんか言うてサボっとるくせに」

 

「当たり前だろ。雑魚相手の試合なんざ、何の意味もねーだろーが」

 

キャプテンの今吉から視線を外し、大輝はこちらを見つめた。本当に愉しそうに、期待の篭った目で僕へと視線を合わせる。その顔には小さく笑みが浮かんでいた。それは、旧友に会ったというものではなく、倒すべき敵として。

 

「よお、赤司。初めてだな、てめえとマジでやるのは」

 

「久しぶりだね、大輝。わざわざこんな所までご苦労だった」

 

「まったく、京都ってのはずいぶん遠いんだな。だが、お前と勝負できるってんなら安いもんだ」

 

帝光中バスケ部時代、大輝が全力を出すことは稀だった。それは敵を侮っているからではなく、全力を出すまでも無く勝てたからである。苦戦することにすら苦戦するほどに、僕達は圧倒的に天才だった。相手になるのは同じ天賦の才をもつチームメイトだけ。だからこそ、『キセキの世代』は別れたのだ。同じ高校に進学すれば間違いなく日本の頂点を取れるというのに。特に大輝はそれが顕著で、熱い試合のみを求めていた。

 

「ま、オレに勝てるのはオレだけだけどな」

 

「どこ行くんや、青峰?」

 

「アップしてくる。オレが戻るまで始めんじゃねーぞ」

 

高揚を抑えられないといった様子で大輝は外へ出て行った。念願の『キセキの世代』との対決に集中力を最大限に高めてくるはずだ。

 

「ったく……スマンの」

 

「いや、気にしていないよ」

 

僕が言えることではないが、あまりにも礼を失した暴君振りだな。しかし、この態度を許さざるを得ないほどに、大輝の能力は他の追随を許さない。それを僕は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数十分後。アップを終えた両チームが対面する。全国最強の洛山高校と新進気鋭とはいえ目立った成績を残していない桐皇学園。本来ならば、練習試合の相手としてここが選ばれることもなかっただろう。だが、たった一人の選手の加入によって、全国トップクラスの潜在能力(ポテンシャル)を秘めたチームへと変貌を遂げていることは想像に難くない。

 

「そんじゃ、胸を貸してもらいますわ」

 

殊勝な言葉を吐くキャプテンの今吉だったが、その表情は自信に満ち溢れている。だが、整列して挨拶を交わす際になって、彼らの顔に困惑と苛立ちの混ざった色が浮かんだ。なぜなら、この試合――

 

――『キセキの世代』キャプテンであるこの僕の姿がなかったからだ。

 

「……やってくれんじゃねーか。このオレ相手に出し惜しみとはよ」

 

ギリッと歯噛みする大輝。殺気の篭った鋭い目付きでそんな台詞を吐き出した。それも当然だろう。珍しくコンディションを万全に整えて出場してみれば、楽しみにしていた僕との対戦ができないのだから。

 

「分かったよ。引きずり出せってんだろ、赤司。逆転できない点差になるまでには出て来いよ」

 

「あら、ずいぶん舐めてくれるじゃない。確かに『キセキの世代』は並外れている。だけど、アナタ一人で勝てるほど、王者の力はやわじゃないわ」

 

眼中にないと言わんばかりの大輝の態度に、玲央は言葉を返す。

 

『無冠の五将』と呼ばれた五人の天才達。かつては別々のチームで帝光中と戦い、惨敗した彼らだが、現在はその内の三人が同じチームに所属している。それに対して桐皇学園は、『キセキの世代』がいるとはいえ所詮は一人だけ。総戦力では十分に勝っていると玲央は確信していた。

 

「中学時代の雪辱、果たさせてもらうわよ」

 

決意を込めて言い放たれた玲央の言葉に、それでも大輝は興味すら無さそうに溜息を吐いた。纏っている空気が明らかに変わる。その強烈な集中力は、まるで物理的な圧力を感じさせるほどだ。

 

「前座になんざ興味ねーよ。一瞬で終わらせてやるぜ」

 

そして、洛山高校対桐皇学園の練習試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

この試合は、じつは僕が監督に進言して組んでもらったものだ。目的は『キセキの世代』を実際に体感してもらうため。これは僕の責任なのだが、入学直後に行った一年生と上級生の対抗戦。その際に僕達、新入生は無様な敗北を喫した。それによって、洛山高校の雰囲気として『キセキの世代』への警戒感が薄れてしまっていたのだ。

 

先ほどの玲央の言葉も、かつて僕に勝利したという自信ゆえだろう。しかし、彼らは忘れている。『キセキの世代』は、決して彼らの常識で測れる存在ではないということを――

 

彼らが勝利することができたのは『キセキの世代』などではなく、ただの新入生チームに過ぎない。所詮は僕の選手育成能力と作戦指揮、それと桃井のデータDFによる補強を施しただけの一般人なのだ。真価を発揮した『キセキの世代』を相手にすればどうなるかなど、『天帝の眼』で見るまでもなく、目に見えた試合であった。

 

「そ、そんな……馬鹿なこと……」

 

絶望的な表情でつぶやく玲央。第4Qも残りわずか。すでに残り時間で逆転は不可能な得点差となっていた。そんな惨憺たる状況を作り出したのはたった一人の男。

 

「スティール!また青峰だっ……!」

 

大輝にボールが渡った途端、もはや悲鳴のような絶叫が上がる。幾度となく繰り返された光景。玲央を含めた三人が動く隙間も与えないと言わんばかりに大輝を囲む。高校最強チームによるトリプルチーム。しかし、彼を相手にそれは木偶人形も同然だった。

 

「させないわよっ……!」

 

「雑魚は引っ込んでろ」

 

何事もなかったかのように、瞬時に切り返してあっさりと抜き去った。恐ろしいまでの速度とキレ。人間の限界を超えた敏捷性(アジリティ)と技術(スキル)。そして、何よりも恐ろしいのがこの――

 

「くっ……何であんなぶん投げただけのシュートが入るんだよ!」

 

――いかなる状況、体勢からでも放つことのできる必中の『型の無い(フォームレス)シュート』

 

マークをかわしながら、腕だけで放り投げたシュートがリングを叩きながらねじ込まれる。通常の試合では見られない光景。これが『キセキの世代』なのだ。まさに次元の違う強さ。しかし、当の大輝はというと、得点を決めたにもかかわらず、苛立ちを超えて憤怒の表情でこちらを睨みつけた。殺意すら篭った鬼気迫る表情で怒鳴り声を上げる。

 

「ざけんじゃねーぞ!赤司!さっさと出てきやがれ!こんな雑魚共とやりに来た訳じゃねーんだよ!」

 

それに対する僕の答えは一つだけ。目を閉じて首を横に振る。失望した様子で大樹は僕の方から視線を外した。

 

雑魚、とまで罵倒された仲間達だったが、誰一人として反論できるものはいなかった。下を向き、悔しげに唇を噛み締めている。事実、一度として大輝を止めることはできなかったのだ。圧倒的に隔絶したバスケット選手としての能力差。それを思い知らされるだけ。

 

そして、試合が終了するまで、得点差は一度として縮まることはなかった。王者としての誇り(プライド)は粉々に砕かれたのだ。もはや全国最強を名乗る資格はない。試合終了の挨拶をする余裕も無いほどに、彼らは絶望的な敗北を与えられた。

 

全員が確信させられた。去年までの成績など何の参考にもならないこと。そして、『キセキの世代』とそれ以外の選手の間には到底埋められない才能の差があるということを――

 

 

 

 

 

 

 

こうして、高校バスケ界で最初の『キセキの世代』同士の対決は洛山高校の敗北で幕を下ろした。そして、桐皇学園のメンバーが東京へと帰るバスに乗る準備をしている間、元帝光中バスケ部マネージャーの桃井とも再会を果たしていた。

 

「久しぶりだね、桃井。恥ずかしながら、僕もとうとう敗軍の将だよ」

 

小さく肩を竦めて見せるが、対照的に桃井は心配そうな表情が浮かんでいた。

 

「……今日の試合、出場しなかったのってやっぱり」

 

「想像の通りだよ。温存などではなく、単純にレギュラー落ちだ」

 

「赤司くんが……」

 

帝光中学時代の僕を知っているだけに、現在の落ちぶれた姿とのギャップに驚いたのだろう。悲しそうに桃井は目を伏せた。しかし、同情される覚えは全く無いし、されたくもない。そう伝えると彼女は小さく頷いた。

 

「言っておくが、次は勝つつもりだよ。公式戦で同じようにいくとは思わないことだね」

 

「ふふ……そう、期待してるよ」

 

虚勢を張ってそう宣戦布告をしてやると、桃井は小さく微笑んだ。

 

「まあ、でもそうかもね。今日のために、普段の公式戦以上に時間を掛けて未来予測データを出したっていうのに、全員が私の予測を超えてるんだもん」

 

少しだけ悔しそうな顔を見せる桃井。だが、いくら強化を施したところで、大輝ひとりに歯が立たなかったのが現実だ。今日の反省点としてはもう一つ。

 

「大輝には悪いことをしてしまったな。かなり楽しみにしていたようだし」

 

「あはは。大ちゃん、もうバスでふて寝しちゃってるみたい」

 

「容易に想像できるな」

 

苦笑する桃井。あいつの期待には公式戦で応えてやることにしよう。それまでに僕が力をどれだけ取り戻すことができるか分からないが……

 

「あれが洛山のベストメンバーだったんだが、大輝はそうは思ってくれなかったようだな」

 

「だって、赤司くん。ベンチなのにあまりにも堂々としてるんだもん。誰だって控えの切り札だって思うよ」

 

「そうだったか?」

 

「そうだよ。しかも、一年生なのにキャプテンだし」

 

面白そうに桃井が笑う。先ほどまでの悲しそうな表情は消えていた。

 

「うん。でも、ちょっと安心したかな。今日の試合。思ったよりショック受けてなくて。むしろ嬉しそう」

 

「嬉しそう?」

 

一瞬、何を言われたのか分からず言葉に詰まった。しかし、自分でも意外だが、すぐに納得する。たしかに敗戦にもかかわらず、僕の心に暗いものは生まれていない。あるのは清々しいまでの高揚感だった。

 

「そうだね。敗北ってのも意外と悪くない」

 

これまでの人生で僕は一度も敗北をしたことがなかった。勝負をすれば勝つのが当然だったし、だからこそ僕にとっては結果の見えた出来事だったのだ。つまり、ある意味では勝敗を度外視していたとも言える。勝つために全力を尽くすが、しかし本当の意味で勝利を求めていた訳ではなかった。

 

勝って当然の予定調和ではない。勝つか負けるか予測のできないタイトロープ。

 

 

――全力で戦っても勝てないかもしれないというスリル

 

 

それこそが僕の求めていたものだった。

 

「たとえ正しくなくなったとしても、このスリルを味わえるのなら安いものだ。今ならそう思える」

 

先ほどの試合、僕は全ての能力を総動員して彼らを観察していた。どうすれば弱点や欠点を補えるのか。それをここまで真剣に考えたのは久しぶりのことだった。上級生を相手したときもそう。敗北の苦渋は意外にも悪いものではない。

 

「倒すべき目標があるというのは、とても心が昂ぶるよ。大輝には礼を言いたい気分だ」

 

「まったく……赤司くんも男の子ね」

 

爽快な気分で僕は両手を広げて天を仰ぐ。空の色はとても青く極彩色に輝いて見えた。桃井が呆れたように溜息を吐いたが、まるで気にならない。

 

 

――『キセキの世代』を倒す

 

 

これが僕の初めての挑戦だ。


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