もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「絶対は僕だ」

ウィンターカップ決勝戦。

 

洛山高校vs桐皇学園は、後半の最終第4Qまで進む。『キセキの世代』同士の、赤司征十郎と青峰大輝の衝突。ゾーンが切れた素の状態では、圧倒的に大輝に分がある。単独で五人抜きを易々と達成できる桐皇学園有利というのが大方の予想だった。だが、そんな予想とは裏腹に、洛山高校は互角の戦いを繰り広げていた。

 

 

 

「あっ……すみません!」

 

焦った声が響く。SGの桜井からのパスをカット。嬉々として小太郎が攻め込み、カウンターで速攻が決まる。よし、また出たか。これで桐皇との差がさらに縮まった。

 

これが僕達の善戦の要因。相手のミスの多発である。いくら100%の確率で成功する大輝の攻撃だろうと、そもそもボールが渡らなければ問題ない。バスケットという競技のルール上、ボールを得るためには仲間からのパスという経路は必須となるのだ。つまり、最低でもパス一本分のプレイは『DF不可能の点取り屋』の異名を持つ大輝ですら自由に出来ない。

 

「彼を自由に動かしちゃダメよ!三人がかりで止めるわ!」

 

「チッ……常時、トリプルチームとはの。とにかく青峰にボールを渡させん気か――単純やけど効果的やな」

 

エンドラインで今吉が苛立たしげに、吐き捨てるようにつぶやいた。オーバータイムぎりぎりまで迷って、仕方なく他のメンバーにパスを出す。そのまま攻撃に移れば人数比は四対二。圧倒的に有利な状況だ。だが、ボールを持った桜井が速攻を仕掛けることはない。ゆっくりとドリブルをつき、ハーフコートの攻防に持ち込んだ。

 

「なんだ、つまんねーな。もっとガツガツ来いや!そんな度胸ねえんだろうけどな!」

 

挑発する永吉の言葉に、同じくセンターの若松の顔に青筋が浮かぶ。しかし、それでも積極的な動きは見せず、ボール回しに終始するようだ。それも当然だろう。大輝にボールを渡しさえすれば100%の確率で得点できるのだから。それに相手は中学時代『無冠の五将』と呼ばれたほどの逸材。無理に勝負に行けるはずもない。

 

「おい、青峰!まだかよ!」

 

「うるせえ!今やってんだろうが!」

 

結果、大輝のマーク外し待ちとなる。それが最も勝率の高い戦術。だが、それを躊躇い無く採用できるのがこの桐皇学園の強さだろう。そして、何よりも恐るべきは大輝の敏捷性。三人がかりのマークを振り切り、一瞬だがフリーの状態を作り出す。

 

「おらっ!よこせ!」

 

「わかって……らっ!?」

 

起死回生のパスは、出す直前に彼の掌から弾かれた。驚きで目を見開く若松。ディフェンスの位置を確認していなかったのか。あまりにも不用意だった。

 

「ダメダメ。こっちも忘れちゃさ」

 

顔に笑みを浮かべながら小太郎が言い残す。そのまま反撃のカウンター。連続での得点で第4Q残り5分でようやく点差があと1点。あと一本で逆転できる。

 

「若松、ドンマイ。気にすんなや」

 

「……スマン。何でオレはあんな不注意しちまったんだ」

 

気落ちする若松の大柄な肩を叩く今吉。後半に入ってから、桐皇の選手達のミスは明らかに増えていた。

 

「ふふっ、試合も終盤だものね。スタミナ切れかしら。それとも、集中力が切れてきた?」

 

「あんま舐めてもらっちゃ困るで。そんなヤワな鍛え方しとらんわ」

 

「あら、私達に追われる重圧を他の凡百のチームのものと一緒にしないで欲しいわね」

 

揺さぶりを掛ける玲央に、今吉は平静を装って答える。だが、その表情にはかすかに焦りが透けて見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

桐皇のリードもわずかになり、浮き足立つ相手に僕達は強烈なプレスを仕掛ける。積極的にボールを奪取せんと走り出した。相手の顔に焦りの色が浮かぶ。残り時間は3分を切り、勝負どころの密着マーク。三人掛かりでボールを渡さんと全力で大輝の自由を奪う。

 

「うざってえんだよ!」

 

「速いっ……!」

 

強引に一瞬だけマークを外し、ボールを受け取った大輝の単独突破。こちらの陣地内に高速で踏み込んでくる。しかし、こちらもただ抜かれ続けた訳ではない。入れ替わり立ち替わり、大輝にカバーをし続けていく。そして、ついにミドルレンジで足が止まる。マークは僕と永吉と玲央の全国屈指のトリプルチーム。

 

「大輝にパスはない。とにかくシュートを撃たせるな!」

 

「甘えよ、赤司。オレに勝てるのはオレだけだ。いくらオマエでも止められねーよ」

 

シュートフェイクからの後方への跳躍、そこからサイドスローでぶん投げる『型のない(フォームレス)シュート』。全てのブロックを潜り抜け、予測不能の天衣無縫のシュートが放たれた。シュート成功率は100%。この試合、ただひとつの例外もない――はずだった。

 

「何っ……外れただと!?」

 

勢いよくボードに叩きつけられたボールは、リングにぶつかって弾き飛ばされた。一瞬の意識の空白。直後、驚愕の声を上げる桐皇の選手達。信じられないように目を見開く。絶対的エースのミスに衝撃が走った。

 

「……ちゃうで、これ。スタミナ切れとかプレッシャーとか、そんなんやない」

 

戦慄した様子で今吉が叫ぶ。

 

「気をつけや!ワシら、何かされとるで!」

 

僕の口元が小さく歪んだ。気付くのが遅いよ。これであと一本で逆転だ。エースのミスで追いつかれれば、その精神的重圧は相当なもの。カウンターの速攻を仕掛ける。リバウンドを取った永吉から玲央にロングパス。

 

「よし!これで逆転ね!」

 

相手陣地でそのままレイアップを放とうとして、――その瞬間、僕の背筋に寒気が走った。

 

「うっぜえんだよ!」

 

速い……!?

 

ボールがコート外へと勢いよく弾け飛ぶ。まるで時間を飛ばしたかのような高速移動で回り込み、大輝がそのボールを叩き落としたのだ。

 

全身が総毛立つ。圧倒的な存在感。凝縮され、研ぎ澄まされた集中力状態。『キセキの世代』最強スコアラーの潜在能力を限界まで引き出される。残り時間2分の終盤にして、またしても入ったか。

 

 

――ゾーン状態

 

 

リスタートでボールが僕に渡る。とても通常状態で戦える相手ではない。パス回しで運んでいこう。即座に小太郎にボールを回し、続いて永吉へと。

 

「ちょっ……いつの間にそんなところに!」

 

瞬間移動のごとき超高速機動。十分な間隔を取って出したはずのパスがカットされる。まるでコマ送りの映像を見ているかのようだ。驚異的な守備範囲の広さ。味方が使えないなら自分でボールを奪い取ればいい。そんな自信が感じられた。

 

「おらよっ」

 

返す刀で仕掛けるワンマン速攻には誰も追いつけない。高校最速の身体能力を最大限に発揮したその速度はまさに人智を超えている。ただひとりで洛山コートに踏み入り、派手なダンクの体勢に入る――

 

 

「させないよ」

 

 

――直前、僕の掌がボールを弾き落としていた。

 

背後から一瞬の隙を狙ってスティール。あまり僕を甘く見ないで欲しいね。振り向いた大輝の瞳には面白がるような光が映っていた。

 

「うおおおっ!赤司もゾーンに入った!」

 

観客達も最高潮の見せ場の予感に湧き上がる。

 

次はこちらの番だ。高速のドリブル突破で真っ直ぐに敵陣を目指す。それを阻もうと迫り来る相手チームの選手達。

 

同時に、開眼した『天帝の眼』からは凄まじい情報の奔流が流れ込んでくる。コート上の全ての人間の情報が。呼吸や心拍、視線や筋肉の動きから精神状態に至るまで。全ての全てが知覚できる。

 

そして、その膨大な情報の渦から必要な情報だけを取捨選択し、分析し、未来を予測する。情報処理に特化した『変性意識(トランス)状態』の要領だ。中学時代には処理し切れなかった『天帝の眼』の知覚能力を、現在の僕は十全に発揮できていた。

 

「止めろ!奴に好き勝手させんなや!」

 

前方に一人、右前方からも一人、そして背後からスティールを狙っているのが一人。だが、残念だが――物の数ではない。

 

「なっ……足が……!」

 

 

――アンクルブレイク。

 

 

背後から鈍い音が聞こえる。視線の動きやボディフェイク。たったそれだけで、背後から迫っていた一人も含めて三人を同時に転ばせた。人智を超えた所業に今吉の顔が青ざめたのが分かる。

 

だが、もちろん彼だけは違っていた。これを決めれば逆転できる。立ち塞がるのは『キセキの世代』最強スコアラー――青峰大輝。

 

「赤司、やっちまえ!」

 

「青峰さん、頼みます!」

 

互いに最強の盾と矛。ゾーン状態の隔絶した実力から、仲間達の信頼は厚い。ここで大輝を撃破して相手チームの心を折る。それが最善。

 

眼を凝らし、大輝の全てを読み取る。やはり隙は極小。だが、僕の眼には確かにそれが見えていた。最高速でのドライブからの切り返し。刹那のタイミングを完璧に捉える。

 

「ぐっ……」

 

大輝の表情がわずかに歪み、足元がぐらついた。ここでさらにレッグスルーでの切り返しを加える。

 

「チッ……二連続で」

 

大輝の口から苦悶の声が漏れる。崩れた重心。だが、いまだ倒れるのを堪えていた。……あれで転ばないとは、何て反応速度だよ。僕は直感した。このまま抜いても即座に体勢を立て直し、ブロックされると。ならば――

 

「何やて……!?」

 

 

――僕はパスを出した

 

 

困惑を感じさせるように会場中がどよめいた。パスを受けた玲央は単独でカットイン。だが、前には今吉が最大の集中力で待ち構えている。一対一。ドライブによる最高速で仕掛ける玲央。

 

「そない甘く……なっ?」

 

棒立ちの状態で今吉は抜き去られる。まるで何も見えていなかったかのように――。

 

慌てて振り向くがもう遅い。すでに玲央はシュート体勢に入っている。

 

「させっかよ!」

 

センターの若松がブロックに跳ぶ。タイミングが合っている。会場中の誰もがそのシュートが止められると確信した。しかし――

 

「き、消えただと……!」

 

ブロックを超えて、というよりも急に動きが止まった隙に放たれたシュートはリングに吸い込まれた。まるで幻影でも見たかのように、若松は顔を引き攣らせる。ネットを揺らす音が一瞬の静寂を作り出し、直後、爆発的に歓声が轟いた。

 

「逆転!逆転だぁああああああ!」

 

「うおおっ!マジかよ!残り1分しかないぜ!」

 

小さくガッツポーズをする玲央。洛山ベンチも歓喜の叫びを上げた。だが、ここで油断する者はいない。速攻を防ぐため、即座に気持ちを守備に切り替える。

 

 

 

これが僕の戦い方だ。

 

エースではない、キャプテンの戦い方。絶対者ではなく、支配者の。最強の選手である必要は無い。ただ最強のチームでありさえすれば。

 

「……最高だぜ」

 

大輝がつぶやいた。極限まで鋭利に研ぎ澄まされた集中力は健在。どころか、むしろさらに密度が増したかのようにすら思えた。ボールが渡る。三人掛かりのディナイディフェンスも効果無し。あっさりとマークを振り切り、ボールを手にしていた。

 

「頼むで。最後までワシらはエースに託すわ」

 

チームプレイは度外視。ただエースの個人技によってのみ点を獲る。この試合、前代未聞の全得点を大輝が決めていた。

 

それは洛山とは正反対の、絶対者としての戦い方。

 

「あああああっ!」

 

鎧袖一触。暴風の前に為す術なく吹き飛ばされる。反応どころか知覚することすら困難。前回優勝者である洛山メンバーですら、目の前から消えたとしか思えなかったろう。それほどに次元が違うのだ。全速力で突き進む絶対者の進撃を阻める者など存在しない。ただひとり、この僕、赤司征十郎以外には――

 

視線が交差する。呼吸や心拍、筋肉や視線の動き、精神状態まで一目で見通す。瞬時に脳内で未来を予測する。シュートフェイクから右、と見せてドライブを仕掛ける瞬間。そこでボールが無防備になるはずだ。刹那の狂いも許されない。完全なタイミングで手を伸ばす。

 

「隙だらけだよ――何っ!?」

 

ギリギリでかわされただと!?

 

僕の手がボールを叩く寸前、指先だけで弾いてわずかに軌道を変えるとは……。

 

驚愕で僕は目を見開いた。何という人智を超えた反応速度、いやそれとも直前で察知したのか?どちらにせよ、僕の『天帝の眼』の予測を超えるなんて。寒気がするほどに埒外の天才性じゃないか。試合中に進化する、これが『キセキの世代』元エースの実力なのか。

 

右手を伸ばした隙だらけの僕を抜き去り、豪快なダンクが決められる。リングを叩く轟音。降り立ったその姿は、神々しくすら見えた。

 

「すげえ……」

 

魅入ったように永吉がつぶやき、ハッとした様子で慌てて口を閉じた。無理もないだろう。バスケット選手としての理想。まさに究極の、選手としての完成形がそこにあった。

 

「呆けてるな!残り20秒!これでラストだ、集中しろ!」

 

大声で激を飛ばす。僕の声に仲間達の目の色が変わった。最後の攻撃。両チーム共に最高潮に集中力を高めきる。ボールが僕に渡った。そして攻撃に移ろうかと思ったが、そのとき桐皇ベンチから女性の声が響き渡った。

 

 

「気をつけてください!赤司君のあれは――『視線誘導(ミスディレクション)』です!」

 

 

桃井の言葉にどよめく桐皇選手たち。さすがに見切られたか。

 

「えっ……それって、たしか誠凛の……?」

 

「テツくんの固有スキル『視線誘導(ミスディレクション)』――あろうことか、彼はそれを見様見真似で使用している」

 

「……って、ちょい待ち。赤司は別に消えてなんておらんで」

 

主将の言葉に、桃井は苦々しげに頷いた。

 

「そうです。これは自身から視線をそらすテツ君とは逆の、自身に視線を集める視線誘導。ボールから強制的に目を離させる赤司君のオリジナル。名付けるならば――」

 

――ミスディレクションオーバーフロー

 

第2Qに入った『完成意識(ゾーン)状態』に桐皇学園の選手の全てを観察していた。呼吸や心拍、精神状態、そして視線の動きのクセまでも。さらに、大輝との対決で埒外の性能を示した僕は、このコート上で最も注目されている。それらを利用したのが先ほどまでの視線誘導。

 

相手の意識の隙を作るのは僕の十八番だ。中学時代からテツヤのプレイを観察し続けた僕には、オリジナルほどの精度ではないが十分に実戦レベルで『視線誘導(ミスディレクション)』を運用できる。

 

ゾーンが切れた僕の視力では完全な効果は望めなかったが、わずかに相手のミスを誘うことはできた。それがここまで互角に渡り合えた理由である。そして、『天帝の眼』を開眼した現在は、十全に視線を惹きつけることが可能となる。まさに支配と呼べるほどに――。

 

「ドリブルもシュートも消えるとは、ホンマ堪らんの。だが、タネが分かれば対処法もあるで!」

 

大声で今吉が指示を出す。ラストアタックを前に、必死の形相で強烈なプレッシャーを掛けてきた。

 

「気ぃ付けや!できる限り赤司を視界に入れんなや!」

 

「ふふっ……悪いけど、そう簡単にはいかせないわよ」

 

どうにか視界外に置こうとする彼らとは反対に、玲央たちは僕を同じ視界内に収めさせようと激しく動き回る。ここが天下分け目。全身全霊で目まぐるしく走り回る両校の面々。桃井の分析によって僕の『視線誘導(ミスディレクション)』の使用を暴かれたが、しかし僕は落ち着いていた。どころか、桃井の言葉が終わるまで攻めるのを待ったくらいである。なぜなら――

 

今の桐皇には視線誘導は通用しないからだ。

 

正確に言えば、他の有象無象をいくら支配できたところで、肝心の大輝には通用しないということ。

 

先ほどの攻防で玲央がシュートを撃てたのは、大輝がヘルプに行かなかったからだ。仲間達が止めると思っていたからこそ、あの時を吹き飛ばしたかのような超速ヘルプがなかったというだけ。今度はすべて自分だけで終わらそうと考えているはず。結局、この男を倒さない限り勝利は無い。

 

「これが最後の対決だ……」

 

急激に静まり返っていく会場。残り時間10秒、9秒……。目の前には立ち塞がるのは『キセキの世代』青峰大輝。まぎれもなく最高峰、究極の選手だろう。ゾーン状態の圧倒的な集中力と敏捷性であらゆるプレイを封殺する。一目で完璧な身体と意識のバランスだと看破できた。

 

だが、先ほどまでと違う点もある。ひとつは、パスを警戒してかほんの半歩だけマークが近付いていること。そしてもうひとつ、即座にヘルプに出るために周りにも意識を向けざるを得ないということ。

 

 

――その隙を、僕は見逃さない

 

 

「うおおおっ!抜いたああああっ!」

 

大輝の超反応を超えて、僕は最高速で抜き去った。刹那の意識の空白と、予測したまばたきの瞬間にも合わせた肉体と精神の隙を突いたドライブ。弱体化したがゆえに身に付けた、相手の隙を見抜く能力。それと『天帝の眼』の合わせ技である。体感したか?

 

――これが僕の最新のドライブ。

 

「なっ……」

 

大輝の口から息が漏れる。虚を突かれ、肉体と精神を置き去りにされた以上、今からの追撃は間に合わない。それを理解した大輝から極限の集中が霧散した。

 

捨て駒、見せ駒、勝利のために必要な手を打つこと。これが僕の支配者としての戦い方だ。

 

 

「絶対は僕だ。勝利するのはいつだって、僕だと決まっている」

 

 

耳鳴りがするほどの静寂の中、ボールがネットを揺らす乾いた音だけが響き渡った。


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