もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「これが誠凛の新たなDFフォーメーション」

二者択一。

 

『幻の六人目』黒子テツヤ。天賦の跳躍力をもつ火神大我。この光と影のコンビこそが誠凛高校の二枚看板である。そんな『キセキの世代』級の二人を相手に、どちらか一方しか抑えられないというのが、対誠凛戦における最大の懸案事項だった。

 

ウィンターカップ準決勝――洛山高校vs誠凛高校。

 

満員の観客に埋め尽くされた東京体育館は、冬にもかかわらず熱気に包まれている。今年のウィンターカップは大々的にテレビ中継されており、連日盛り上がっていた。特にベスト4が決まり、『キセキの世代』の進学した高校がそれを独占しているとなれば、注目度もうなぎのぼりに上昇するのも当然だろう。

 

ちなみに中学時代、取材をひたすらスルーされ続けたテツヤだが、さすがに今はそんなことはないらしい。1年生コンビの火神と共に、誠凛のキーマンとして知られていた。まさしく光と影である。そのうちのどちらをマンマークで止めればよいか。それがこの試合における一番の考えどころであった。その結果は――

 

「へえ、オマエが来たかよ。上等だぜ」

 

ジャンプボールを誠凛が制し、すぐさまエースの火神にボールが渡った。こちらの姿に気付き、視線が重なると愉しそうに、獰猛な笑みを浮かべる。

 

――火神大我にマンマーク。

 

腰を落とし、相手の呼吸を聞き取る。その微細な変化から初動を読み取り、反射的に左後方へと跳んだ。完全なタイミング。フェイクを交えながらも予想通りに火神は左からのドライブを仕掛けてきた。だが――

 

「くっ……速い!?」

 

しかも、そこでドライブからのクロスオーバーへと変化する。驚異的な切り返しのキレ。あっさりと僕は上体を泳がされ、抜き去られてしまう。他人から見えないように小さく舌打ちする。想像以上に鋭い。

 

「ぬりぃぜ!」

 

そのまま単独でカットイン。その後、ストップからのジャンプシュートで先制点が決められた。

 

「……聞いてはいたけどよ。やっぱ、開始直後の赤司はこんなもんか」

 

こちらに視線を向けた火神が、小さくつぶやいた。その冷めた瞳に一瞬、屈辱を覚えたが、それを寸前で押し止めた。落ち着け……後半で巻き返せばいい。

 

ボールがネットを揺らす音を聞きながら、僕は冷静に彼の実力を把握していた。……純粋なスペックは涼太と同じか、あるいはそれ以上だな。

 

技術面においては涼太に分があるが、天賦の跳躍力を含めた身体能力や動きのキレにおいては火神の方がわずかに優れていた。しかも、先日の試合の映像よりもさらにキレが増しているようだ。やはりその才能は『キセキの世代』に匹敵する。とても一対一で止められる相手ではなさそうだ。

 

「切り替えてオフェンス!一本、確実に決めていこう!」

 

ならば、こちらの攻撃は落とせない。現在の火神に対抗する力はこちらにはないのだから。前半は我慢の展開になるな……。まあ、いつものことだが。

 

「……おっと!悪いが聞こえてるよ、テツヤ」

 

「……やはりボクの能力とは相性が悪いようですね」

 

スティールを狙ってきたテツヤをロールでかわす。視界外の死角から這い寄る影だろうと、足音までは隠せない。かすかな音を頼りに位置情報を把握する僕にとって、テツヤはまるで脅威ではない。

 

「がら空きだ」

 

テツヤがボールを奪いにきたことで乱れた守備陣形。味方全員にまで範囲を広げた変化形の『変性意識(トランス)状態』により知覚できる、最適なパスコースで前線にボールを届けた。永吉のシュートにより、同点に追いつく。

 

 

 

 

 

 

 

一進一退。

 

意外にも前半戦、第2Qに入ってもお互い五分の戦いを繰り広げていた。観客達は前回インターハイの覇者、洛山高校の優勢を予想していただろうが、僕達は劣勢を覚悟していた。事実、火神大我の実力は先日、苦戦を強いられた涼太に匹敵する。『キセキの世代』級を相手にここまで互角に戦えるとは、仲間達も思っていなかったに違いない。

 

「B-6!」

 

――黒子テツヤの無力化

 

それが拮抗の理由である。僕の声に反応して、突如、小太郎が背後へと振り向いた。手を伸ばした先には、テツヤの中継によって軌道の変更されたパスが――

 

「よっしゃ!速攻!」

 

そのまま小太郎が前線へとロングパス。それを受けた僕がワンマン速攻を決める。やはり、といった風に相手チームに動揺が走った。誠凛の主将、日向にも苦渋の表情が浮かぶ。しかし、テツヤはいつもの無表情でこちらを見つめていた。

 

「……ここまで対策を立てられていましたか」

 

「ああ。『視線誘導(ミスディレクション)』は僕にとっては無意味だからね。ゆえに、パスコースを予測できるのさ」

 

昨日、急ピッチで仲間達に叩き込んだのが、この9パターンの指示である。他人の視線を操るのがテツヤならば、こちらは聴覚を利用するまで。アルファベットで個人を、番号で方角を表している。八方プラス上空だ。個別に注目する方向を指し示すのだ。事前にパスコースを伝えることにより、ギリギリで変更先に追いつくことが可能となる。

 

「ですが、言うほど簡単なことではないはずですよ。ボクがパスを出す寸前、つまりパスコースの変更が不可能な瞬間を狙って指示を出しているようですが。直前でパスルートの変更を独断で変えてもついてきてますよね?」

 

純粋に疑問に思ったのだろう。困惑した様子をわずかに浮かべ、テツヤが尋ねてきた。それに対する僕の答えはひとつだけだ。軽く肩を竦めて見せる。僕を一体、誰だと思っているんだ。お前達を率いていた男だぞ。

 

「将棋と一緒だよ。――読み合いで僕に勝てるはずが、ないだろう?」

 

 

そして、再び誠凛ボール。テツヤのパス回しが通用しない今、頼みはエース火神大我。

 

「で、またこの布陣かよ……」

 

火神が大きな溜息を吐いた。こちらの守備陣形はボックスワン。火神を僕がマークし、残りの四人でインサイドにゾーンを作るというものだ。弱点はゾーンの守備範囲外、遠距離からの3Pだが、それはもう諦めている。誠凛のシューターである日向の3P成功率は、百発百中とはいかないからだ。

 

「オマエが抜かれるのが前提の陣形ってのは……いや、まあそりゃそうなんだろーけど。なんか、実際にやってみると肩透かし感がハンパねーな」

 

完全に舐められている。僕との対戦におけるモチベーションが低下しているのか。だが、それでも火神の精神から緩みは感じ取れない。呼吸を合わせても止めるのは難しい、と言わざるを得ないか。

 

 

 

 

 

 

 

互いに相手の攻撃を止める手立てのないまま試合が進み続けるが、先に勝負手を打ってきたのは誠凛の方だった。全員が最前線で密着マークに走り出す。

 

「オールコートマンツー!?」

 

「チッ……仕掛けてきやがったか!」

 

火神のシュートが決まり、洛山ボールでのリスタート。そこでいきなりオールコートでのマンツーマンによるプレスを仕掛けてきた。リスタートのボールすら出させない、と言わんばかりの強烈なプレス。体力を大幅に消費する代わりに、その重圧(プレッシャー)は通常の守備とは比較にならない。

 

「動け!走ってマークを外せ!」

 

オールコートプレスの対処法は、まず走り回ってフリーな状況を作ることだ。マンマークの相手から逃れることで、短時間だろうとボールを受ける。そこからは同じく走り回る仲間にパスを回すなり、1on1なりで突破していく。僕達の試合経験からすれば、オールコートの対処など身体に染み付いている。

 

「こっちよ!」

 

「ヘイ!レオ姉、パス!」

 

マークを外した玲央にパスが渡り、ノータイムで小太郎へと回す。洛山の選手を相手に、一瞬たりともマークを外させないというのは不可能だ。そして、その一瞬を僕達は逃さない。

 

「こっちだ」

 

同じくマークを外した僕に小太郎がパスを出そうとして――

 

「いや、待て……しまっ」

 

 

――それをテツヤにカットされた

 

 

なぜそこに、いや……やられた。……テツヤめ。小刻みにマークチェンジを繰り返していたのか!

 

前線でボールを奪ったテツヤは、そのまま単独で切り込み、シュート体勢に入る。しかし、ギリギリで間に合った永吉のブロック。

 

「させっか……なに!?」

 

シュートがネットを揺らす。高さでは圧倒的に勝っていた永吉の腕を、ボールは素通りしていた。

 

――『幻影の(ファントム)シュート』

 

存在感を極限まで消したパス回しに特化したスタイル。視線誘導(ミスディレクション)によって、コート上の全ての選手の意識を支配するテツヤの能力は戦局を一変させる。視覚に頼らない僕に対しては例外的に無力だが、それ以外の選手が彼の姿を捉え続けるのは至難。さらに、新たに開発したドライブとシュートによって単独で得点できるようになったテツヤは相当な脅威である。

 

「それに何より、厄介なディフェンスだよ。テツヤ、これがそちらの秘策か?」

 

「はい。これが誠凛の新たなDFフォーメーション『S.A.M(ステルス・オールコート・マンツーマン)ディフェンス』です」

 

「マークチェンジを繰り返し、お前の姿を見失いやすくするのが狙いか。なるほど、たしかに視線誘導(ミスディレクション)を最大限に発揮できるDFスタイルだな」

 

しかも、ハーフコートでの攻防と違って双方がめまぐるしく動き回るため、指示を出すのがどうしても遅れがちになってしまう。こんな乱戦で、自らもプレイしながら、精確な状況判断と迅速な指示というのは難しい。テツヤを出し抜いてプレスを突破できることもあったが、点差は確実に開いていった。

 

 

 

 

 

 

 

そして前半終了。得点は44-59。誠凛に大きく点数を離された結果となった。だが、僕達としてはいつもの追い上げの展開である。むしろ、逆転のために仲間達の士気は昂揚していた。その理由はもちろん――

 

「何だとっ……!?」

 

「隙だらけだ」

 

 

――『変性意識(トランス)状態』の解禁

 

 

前半あれだけ抜かれた火神の手から、あっさりとボールを奪っていた。驚愕の表情に歪む火神の顔。それを尻目に単独ドリブルで敵陣を斬り裂いてやった。

 

テツヤも視線誘導(ミスディレクション)の効果切れのためにベンチへと下がっている。さて、反撃の始まりだよ。

 

 

 

 

 

第3Qの流れは洛山に傾いていた。『変性意識(トランス)状態』によるエース火神のオフェンス封印に加え、テツヤの不在。まあ、オールコート系のプレスは常時、全開で走るため、体力消費も尋常ではない。おそらく、最終第4Qまで取っておくつもりだろう。

 

「くそっ……またか!?」

 

「無駄だよ。もはや勝ち目などない」

 

ミドルシュートを狙った火神。しかし、その離陸寸前の一瞬の隙を突いて、僕はボールを弾き飛ばした。火神の口から苦虫を噛み潰したような呻き声が漏れる。

 

「僕の耳には全てが聞こえる。全てを感知し、同調する『変性意識(トランス)状態』に死角はない」

 

実際には大輝に破られかけているが、それは黙っておく。相手の心を折るために、あえて高圧的に言い放つ。だが、後半になってから一度もプレイできていない火神は悔しげに黙りこんだ。ドリブルやシュート。パスすらも満足にできない完封状態。そんな自身の状況に彼は無力感を覚えていた。

 

「だが、思ったよりも点差が開かないな……」

 

屈辱に打ち震える火神を背に、僕は小さくつぶやいた。

 

たしかにディフェンスでは火神からボールを奪える。だが、当然の配慮と言うべきか、そこへボールが回されなくなったきたのだ。必ずスティールされてしまう火神以外からの攻めが増えている。それも彼が屈辱を覚える原因のひとつな訳だが。

 

オフェンスにおいてもそうだ。マークマンがPGの伊月という選手のため、隙を突いたドリブル突破が難しく、なかなか圧倒しづらいのだ。結果としてチームの総合力で点差を縮めてはいるのだが……。

 

「よっしゃ!また赤司のスティール!」

 

パスすらも出させない。本日、幾度となく繰り返されたスティール。火神から奪ったボールを前線に放ち、小太郎が決めた。同時に第3Q終了のブザーが鳴る。

 

「78-71。ようやく逆転できたわね。あとは最終Qで出してくるであろう『S.A.Mディフェンス』さえしのげば私達の勝ちよ」

 

玲央がぎらついた瞳で相手ベンチのテツヤに視線を送る。

 

「だな。だが、オレらもあれには少し慣れてきたし、落ち着いてやれば前半ほど止められることはねーだろ」

 

「今度はオレのドリブルで突破しちゃうもんね!なあ、いいだろ赤司?」

 

永吉も小太郎も、あのディフェンスを突破する自信はありそうだ。こちらも高校最強の精鋭たちである。当然、指示が行き届かないこともあるだろうが、それでも突破率は五分以上にはなるだろう。だから、一番の懸念はあの男。

 

――火神大我

 

相手ベンチに視線を向けると、火神はタオルに顔を埋めていた。その肩はわずかに震えている。先ほどまでの怒りと悔しさの混じった表情を思い出す。追い詰めすぎたか……?

 

『キセキの世代』の連中の成長速度と、試合後半での追い込みは並外れたものがある。もしも、あの状態に入られたならば――

 

「頼むからそのまま、眠れる獅子のままでいてくれよ」

 

恐れと共に、僕はゴクリと唾を呑んだ。


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