もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「楽しみにしてるわ」

――洛山高校vs海常高校

 

『キセキの世代』同士による、今大会初めての衝突。誰もが予想しなかったであろう結末に、試合終了後も会場中にどよめきが残っていた。そんな空気を感じながら、私は観客席の椅子の背もたれに体重を預ける。小さく溜息を吐いた。

 

「やっぱり、この展開になっちゃったか……」

 

――きーちゃんの負傷退場

 

それは、私が予測した通りの結果だった。赤司君が唯一、勝利できる可能性。あまりに卑劣だから躊躇して伝えなかったんだけど、彼は自力で辿り着いてしまったみたい。きーちゃんの足の怪我を悪化させるという最悪の作戦に――

 

「この作戦を躊躇いなく実行できるのは、赤司君ならではよね」

 

決してかつての仲間に対するものじゃない。だけど、勝利のためならば当然のように実行できるのも彼の強みなのよね。だけど――

 

「でも僥倖かもね。恐れていた赤司君の進化はなかったし。今のままだったら、洛山高校にうちが負ける気はしないわ」

 

確信を持ってつぶやいた。この試合、私が最も恐れていたのは赤司君の進化なのだった。大ちゃんとの対戦で、きーちゃんが『キセキの世代』の模倣(コピー)を習得したように。赤司君との対戦で大ちゃんが自身の隙を消していったように。中学時代の赤司君を超越する進化を遂げることを心配していたのだ。

 

だけど、それは杞憂だったわね。今回の試合はあくまで相手の弱点を突いただけ。実際に赤司君や洛山高校が強くなった訳じゃない。そんな姑息療法、一時しのぎではこの先、勝ち残れないよ。

 

さっきの試合のデータも加味して分析したところ、やっぱり赤司君が私達に勝てる未来予測はありえない。たしかにチームとしての総合力は全国屈指のレベル。だけど、悲しいかな。大ちゃんの埒外なまでの天才性は、たったひとりで勝敗を残酷なまでに決定してしまうのよ。他の先輩達の努力や年月なんて無関係に。

 

『キセキの世代』とは、そういった存在なのよね。この会場に集まった数百人を超える選手達の心情を想像して、少しだけ胸が切なくなった。そんな感傷を振り払うように小さくかぶりを振る。そのとき、携帯電話の振動をポケットから感じた。差出人は主将の今吉さん。

 

「そう、ウチも勝ったのね」

 

メール画面に目を落とし、何の感慨もなくそう口にした。赤司君たちと同時刻に行われていた試合結果が届いたのだ。当然の結果に、せいぜい感じたのは安堵くらいのものだった。

 

「負けるわけがないもの」

 

油断でも驕りでも、ましてや楽観論でもない。純粋な客観的データから敗北の確率がゼロだった。

 

赤司君との対戦以降、大ちゃんは練習に顔を出すようになった。どころか、むしろチームで最も熱心に練習を積んでいるといっても過言ではないくらい。まあ、恥ずかしがりやだから、ストリートのコートで隠れて練習することが多いけど。

 

現在の大ちゃんの実力は、同じ『キセキの世代』同士ですら並び立つものがないほどに隔絶していた。赤司君の『変性意識(トランス)状態』による指導は、ただでさえ高校最強だった大ちゃんをさらに上のステージへと押し上げてしまったのだ。

 

「だから、責任を取ってもらわなくちゃ。ヤル気を出した大ちゃんを受け止めてあげてね」

 

可能性は薄そうだけどね。他人の弱さを感じ取るあの能力は見事だけど、いまの大ちゃんには弱さ自体が存在しないもの。特に、あの状態に入ったときには――

 

 

 

 

 

洛山と海常の試合が終わり、一段落した頃、再び会場中から歓声が上がり出した。今大会、二度目の『キセキの世代』の衝突。テツ君の誠凛高校とムッ君の陽泉高校が姿を現したのだ。

 

「きゃああああ!テツく~ん!」

 

「……桃っち、何してるんスか」

 

黄色い歓声を上げている私を呆れた様子で眺めていたのは、試合を終えて観客席に現れたきーちゃんだった。

 

「ん、あれ?きーちゃんも見に来たんだ」

 

「ま、一応決勝まで観てから帰るつもりッスよ」

 

口調はいつも通りだったけど、その目は泣き腫らしたように少し赤くなっていた。

 

「そうなんだ。あ、それと残念だったね」

 

「いや、しゃあないッスよ。怪我の悪化なんてカッコ悪い負け方しちゃって恥ずかしいッスけどね」

 

軽い調子で話してるけど、悔しさを我慢してるんだろう。無意識に拳を強く握り締めている。話題を変えた方がよさそうね。隣の席を勧めると、きーちゃんも腰をおろして眼下のコートに視線を下ろした。

 

「さてと、どっちが勝つッスかね」

 

「私としてはテツ君に勝って欲しいけど……」

 

「ん?歯切れ悪いッスね。黒子っちに加えて、今の火神っちの実力はかなり高いッスよ。『キセキの世代』級が二人。紫原っちにはキツイんじゃないスか」

 

 

 

 

 

 

 

だけど、その予想は試合開始とともに覆される。陽泉高校12番、氷室辰也。彼の超絶技巧のドリブルに、二人だけでなく会場中が沈黙した。

 

「……何なんスか、あれ」

 

「赤司君から噂は聞いてたけど、あのレベルの選手がまだいたなんて……」

 

思わず見入って、魅入ってしまっていた。あまりにも滑らかで芸術的なまでに洗練されたプレイ。技と技との間の繋ぎの瞬間すら感じ取れなかった。戦慄するほどの巧さに寒気すら覚えた。

 

「これは凄い選手が現れたわね。それにムッ君も調子良さそうだし、誠凛も危ないかな?」

 

ゴール下での木吉さんはもちろんだけど、火神君のミドルシュートさえもブロックするムッ君の絶対防御。3Pライン以内は全てが守備範囲という人智を超えた高さと早さに誠凛は為す術がない。かと思いきや――

 

「黒子っちの単独カットイン……!?」

 

きーちゃんが驚きの声を上げる。それもそのはず。個人としての戦力は地区予選クラス以下。そんなテツ君があの氷室さんを抜いたのだから――

 

 

――消える(バニシング)ドライブ

 

 

これが以前、テツ君の話していた必殺ドライブなの……!?

 

そのまま陽泉高校の有する高校最高のインサイドへとペネトレイトを実行する。だけど、それはいくら何でも無茶無謀。目の前に塞がるのは高校最大の高さを誇るムッ君。胸の辺りにボールを構えた変則的な体勢で、テツ君はゴールへと跳び上がる。

 

「何そのまま突っ込んでるんスか……!早くパス出さないと……なっ!?」

 

そのシュートは、ブロックをすり抜けてリングを通り過ぎた。実際に体験したムッ君は驚愕の表情を浮かべている。

 

 

――まるで幻影を見たかのような

 

 

これがテツ君から構想だけは聞いていた必殺シュート『幻影の(ファントム)シュート』。まさか完成させていたなんて。氷室さんを抜いたドライブに、ムッ君を欺いたシュート。

 

「この遠目からじゃ、どんな仕組みで行われている技か分からないけど。テツ君の新技、すっごい……」

 

同様にきーちゃんの目も鋭く細められている。他人の技を模倣(コピー)する彼の観察眼ですら、いまの二つの技のシステムは見抜けなかったみたい。だけど、おそらく赤司君ならば一目で見抜くでしょ。対策があるかは別として。

 

こうして、互いに一進一退の攻防が続いていく。どちらが勝ってもおかしくない名勝負ね。

 

 

 

 

 

そして、試合は誠凛高校の勝利で幕を閉じた。熱狂する観客達。だけど、私達は呆然とその光景を眺めているだけだった。

 

「おいおい……何ッスか、あれ。反則級っしょ」

 

両校は互角の戦いを繰り広げていた。第4Q前半までは――

 

「きーちゃんの『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』さえも超える全能感。あれはまさか、大ちゃんと同じ――」

 

知らずつぶやいていた。まるでスイッチが入ったかのように切り替わった感じ。『キセキの世代』すら圧倒する超越した能力値。全ての隙が消えたかのような集中力。まさか、大ちゃん以外にあの状態に入れる高校生がいるなんて……。

 

「あの陽泉がたった一人に完敗ッスか……。マジで覚醒したみたいッスね」

 

氷室さんを超える超絶技巧のプレイ。ムッ君を超える高さとパワー。第4Q後半は火神君の独壇場だったわ。明らかに超越した雰囲気が一目で感じ取れた。あの状態の火神君を止めることは不可能。それが理屈ではなく、直感で理解させられた。例外とすれば、同じくあの状態に入れる大ちゃんだけでしょうね。

 

「以前、勝った相手だからって甘く見てると、間違いなく敗北することになるわよ。赤司君」

 

 

 

 

 

 

 

――翌日の洛山高校の準々決勝は、はっきり言って消化試合だった。

 

スタメンは前半第2Qの辺りで引っ込み、残りは控えメンバーという舐めきった作戦だったのだから。『キセキの世代』のような埒外のイレギュラーでもなければ、高校最強の洛山高校の相手にはならない。事実、前半だけでダブルスコアを叩き出した赤司君たちは、後半は体力の回復に努めているみたいだった。

 

ウィンターカップは連日連戦であるため、体力温存は必須技能ともいえる。だけど、赤司君たちにとっては別の意図があったみたい。

 

 

 

 

 

東京体育館から少し離れた高校の体育館。そのコートは洛山のスタメンの他に、十人近くのボールを持った選手達がひしめき合っていた。

 

「A-4!C-2!反応遅いぞ!明日までしかないんだ。身体で覚えろ!」

 

試合を終えた洛山高校の選手達は、近くの高校の体育館を借りて練習を行っていた。試合の後にもかかわらず、熱心にコート上を動き回っている。というよりは、この力の入れようからして、どうやらこの特訓をするために早々にベンチに戻って体力を回復させていたと見るべきかも。

 

「B-3!」

 

「了解っと……!」

 

赤司君の声に反応して、葉山さんが後ろを向き、飛んできたボールに手を伸ばす。完全な死角だったのに、間一髪でそのパスをカットした。周りの人たちが縦横無尽にパスを出すその光景は、見ているこちらですら目が回りそうなほど。だけど、それに対して赤司君は冷静に指示を出していく。

 

「うん、そうよね。赤司君に限って、油断なんてするはずないか」

 

口元に小さく笑みが浮かんだ。次々と暗号のように記号を発する赤司君。これは間違いなく明日の誠凛の対策よね。

 

 

 

 

 

そうして、しばらく見学していると休憩時間になったのか赤司君がやってきた。

 

「やあ、桃井。今日はどうしたんだ?」

 

「昨日のテツ君の試合見てさ。赤司君どうしてるかなって思って」

 

「それで偵察か?ずいぶんと堂々としてるな」

 

「もー、そんなんじゃないわよ」

 

呆れた風に軽口を叩く赤司君。壁際に座っていた私の隣に腰掛ける。

 

「でも、テツ君の新技は凄かったわよね。パス回しに特化したスタイルから、ドライブとかシュートまで習得してきたんだから」

 

「そうだな。原理的に、僕以外では止めることはできないだろうね」

 

「えっ……もう仕組みわかったの?」

 

心外だ、という風に赤司君が言い放つ。

 

「当然だ。僕を誰だと思っている。一目見れば大抵のシステムは見抜けるさ」

 

さすが……。やっぱり『天帝の眼』の情報収集力は他を圧倒してる。

 

「赤司君なら止められるってことは、視線誘導(ミスディレクション)の応用なのよね。なら、赤司君は天敵かあ。でも、赤司君がテツ君にマンマークしちゃうと……」

 

「そうだな。火神大我に蹂躙されてしまうだろう」

 

悔しげに赤司君が歯噛みする。

 

「あの状態の火神君は、いえ通常時でもか。野性を身に付け、進化を遂げた彼の能力値は『キセキの世代』に匹敵するわ。高校最強の洛山のダブルチームでも、止めるのは容易じゃない」

 

「ましてや、あの状態に入られれば。その時点で多少の点差など関係なく、試合の行方は決まるだろう。とても野放しにできる存在ではない」

 

二者択一。テツ君を止めるか、火神君を止めるか。私だったらどうするだろう。正直、悩むところよね。ただ、赤司君の顔に迷いの色はない。

 

明日の作戦はすでに立ててあるみたいね。赤司君のことだし、勝算はあるんでしょ。私としてはテツ君に勝ってもらいたいけど。

 

「じゃあね、赤司君。明日の試合、楽しみにしてるわ」

 

両校のデータの分析はできてる。できるなら赤司君に、もう少しテツ君の新技のデータを取ってもらいたいけどね。

 

あまりにも打算的に、私は笑みを浮かべた。楽しみにしてるわ。

 

 

――どちらが勝っても、私達が負ける未来は見えないしね。


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