もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「そんなゆとりがあるならね」

――東京都、桐皇学園

 

都内であるため敷地はそれほど広くはないが、比較的新しく、きれいな校舎が前方に見える。長時間の移動の疲れを取るために、バスから降りた皆は思い思いに肩などを回している。

 

「こんにちは、赤司君。待ってたよ」

 

「一週間振りだな、桃井。こうもあっさりと練習試合が組めるとはね」

 

「ふふっ……そりゃそうだよ。全国優勝チームが相手なんだもん。監督だって、こっちからお願いしたいくらいだって言ってたし」

 

桃井は口に手を当てて笑う。元帝光中バスケ部のマネージャーで、今は桐皇学園でマネージャーをしている。洛山の学園祭で会ったばかりなので、懐かしいという感じはしないが。こんなに早く再会するとは思わなかった。

だが、よく考えてみればおかしな話でもないか。はっきり言って、高校生になった『キセキの世代』の能力値は他の追随を許さない。凡百の選手達とは圧倒的に実力が隔絶しているのだ。だからこそ、『キセキの世代』を擁する高校は、同じく『キセキの世代』を擁する高校としか戦えない。それ以外の高校では、はっきり言って調整相手にしかならないのだ。

 

「だからこそ洛山(うち)の監督もあっさりと遠征の許可を出したんだろうけど」

 

「それにしてもハードよね。中学の皆と試合をするために日本縦断なんて。むっくんなんて秋田でしょ?」

 

「日本縦断なんて大げさなものじゃないよ。連休を使った小旅行さ。真太郎とは戦ったばかりだし、涼太の海常高校も候補から除外してあるからね」

 

感嘆の声を上げる桃井に、僕は軽く肩を竦めて見せた。結局、練習試合の予定を組んであるのは2校だけ。帝光中学の『キセキの世代』を擁する全国屈指の潜在能力を持つ2校。ひとつは身体能力においては『キセキの世代』でも群を抜く超長身センター、紫原敦を擁する陽泉高校。そして、まぎれもなく全国最強のスコアラー、青峰大輝を擁するこの桐皇学園である。

 

『幻の六人目』黒子テツヤを擁する誠凛高校には申し込みを断られてしまった。テツヤの特性を考えれば何度も同じ高校と戦うのは避けたいのだろう。

 

「ふーん。なるほどね……きーちゃんとは試合しないんだ」

 

意味深な笑みを浮かべる桃井。しかし、すぐに表情を戻すと、僕の仲間達が荷物を下ろし終えたのを確認し、大きく手を上げる。

 

「じゃあ、みなさん。これから桐皇学園の体育館に案内しますね」

 

 

 

 

 

 

 

これまで桐皇学園とは練習試合も含めて、今年は二度対戦している。相手のレギュラーメンバーのプレイスタイルは互いに把握済みだ。そのため、仲間達は勝手知ったるといった感じで普段通りにウォーミングアップを始めていた。まあ、僕はどちらの試合でもベンチだったので、初対決になるが。

 

「じゃ、赤司くん。本日もよろしゅう頼むわ」

 

「ああ。よろしくお願いするよ」

 

主将の今吉との挨拶もそこそこに、僕もバス移動で鈍った身体を軽くほぐし始める。今回の試合は僕も出るので、念入りにストレッチを行わないと。

洛山と桐皇は全国大会で当たり、僕達が勝利している。しかし、それは大輝が不調で出場しなかったことが原因である。決して素の実力で勝ったわけではない。大輝を相手には万全を持ってしても、なお足りないだろう。そのため、仲間達の顔には一切の油断はない。はじめから全力で倒しにいくつもりだ。

 

準備完了と共にセンターサークルへと両チームが整列する。そして、練習試合は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンプボールは相手センターの若松が制した。今回の作戦も前回と同じ。

 

「おいおい、マジかよ。わざわざオレに直接勝負挑んでくるとはな」

 

桐皇学園にとっては予想外の事態。それは、この大輝に対する僕のマンマークである。一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに大輝は面白そうな、しかし獰猛な笑みを浮かべた。

 

「面白え、真っ向勝負かよ」

 

「そういえば、大輝とやるのは高校に入ってからは初めてだね」

 

「ああ、お前と本気でやれるのを楽しみにしてたぜ」

 

ボールを受け取った大輝はゆったりとドリブルをつく。

 

 

――チェンジオブペース

 

 

尋常でない敏捷性を最大限に発揮した大輝のスタイル。その肝は最低速と最高速の速度差。その常識を超えた加速は、ただのドライブでさえ必殺技へと変貌させる。それに加えて――

 

「とはいえ、その身長差で止めようってか。こっちはシュート打ち放題だぜ?ドリブルは止められるって自信かよ」

 

「お前達を従えていたのは僕だ。その意味をすぐに思い知ることになる」

 

僕の挑発の言葉に、大輝の雰囲気がさらに鋭く研ぎ澄まされる。そうだ。本気を出してもらわなければ意味が無い。その本気の呼吸に、自分の呼吸を合わせていく。

 

――集中、集中、集中

 

「一度、本気でやってみてーと思ってたんだ。頼むからオレを楽しませてくれよ?」

 

「構わないよ。お前にそんなゆとりがあるならね」

 

「はっ!言ってろ!」

 

 

――直後、大輝のドライブは僕の横を抜き去っていた

 

 

「なっ……!?」

 

気が付いたときにはもはや手遅れ。カバーに来た永吉をもかわして、大輝は豪快なダンクを決めていた。

 

速過ぎる……。

 

何の反応すらできずに、棒立ちのまま立ち尽くすしかなかった。確かに試合開始直後であり、心はおろか呼吸すら合わせきれてはいない。だがそれでも、呼吸を合わせる程度では相手にもならないだろうということを確信した。

 

ダンクを決めた大輝が振り返る。その顔にはわずかな苛立ちが浮かんでいた。僕は即座に抜かれた動揺を隠し、普段の顔で平静を装う。

 

「手ぇ抜いてんじゃねーよ。何だよ、いまの気の抜けたディフェンスは。ずいぶん弱くなったもんだな。もっとマジで来いよ」

 

「まだ始まったばかりだ。こんな序盤で手の内を見せはしないさ」

 

挑発する大輝に、僕は嘆息しながら返す。その間に洛山ボールでリスタート。ボールがPGの僕に渡る。桐皇の守備陣形はマンツーマン。そうなるとマッチアップは主将の今吉になる。さて、どうしのいだものか……。だが、そんな僕の考えは一瞬にして崩される。

 

 

――僕のマッチアップ相手が、大輝だと!?

 

 

「おい、青峰!てめえ、勝手にマークマン替えてんじゃねー!」

 

「うっせえな。邪魔しねーで、黙ってろよ」

 

「ああん!?」

 

青筋を立てて怒鳴り散らす相手センターに、大輝はつまらなそうに吐き捨てた。お前……傍若無人すぎだろ。

 

「若松、ええって。試合中に口論してもしゃあないやろ。ワシが青峰とマークマン替わるわ」

 

「えっ……でも、今吉さん」

 

「そんなん言うてる場合ちゃうやろ。ええわ、珍しく本気になっとるみたいやしな。ポジション変更くらい何でもないわ」

 

主将の今吉があっさりとPFの代々についたため、思いのほか混乱は少なく終わった。大輝が鋭い視線でこちらに向き直る。本来なら、さっきの口論の間にドライブで抜き去りたかったが、あんな最中でもまったく隙がなかったのだ。こうなれば仕方ない。

 

「行くぞ」

 

大輝相手に下手なフェイクは隙を見せるだけだ。判断は一瞬。思い切り右側からドライブで仕掛ける。が、当然のように僕が踏み出した瞬間には、人智を超えた敏捷性でこちらのコースを塞いでいた。

 

「遅えよ。眼を使わずに抜けるとでも思ってんのか?」

 

「いいや、もちろん思っていないよ」

 

そこからビハインド・ザ・バック。背中を通して左側へと切り返す。しかし、即座に大輝も追随し、マークはまったく外れない。元より抜けるとも思ってはいない。そのまま真横にスライドし、左から仕掛けようと前傾姿勢を取る。

 

「甘ぇよ!」

 

余裕のタイミングで再びドリブルコース上に立ち塞がる。しかし、今の僕の耳は大輝ではなく、周囲の音を拾うのに集中していた。ドリブルもシュートも止められるのは目に見えている。ならば――

 

 

――音源把握による味方へのノールックパス

 

 

視界外の仲間へと放たれたノールックパスが、虚を突かれた大輝の横を抜けてセンターへ通る。

 

「よっしゃ!ナイスパアス!」

 

受け取った永吉が相手センターをかわしてゴール下でシュートを決める。これで同点に追いついた。洛山の控え選手達から大きな歓声が上がる。以前は大輝ひとりにボコボコにされたからな……。『キセキの世代』相手でも戦えていることに安堵したのだろう。

 

だが、僕には分かっている。いくらチームとしての総合力で優っていようとも。大輝以外のところから得点することができようとも。それでも『キセキの世代』とはそんな計算で計れる存在ではないのだと――

 

 

 

 

 

 

 

第2Q終了のブザーが鳴った。

 

上出来といって良いだろう。さすがは全国最強の洛山高校。相手のマンツーマンという守備陣形の性質上、マッチアップで弱い部分があればそこを突きやすいのだ。『無冠の五将』の三人を擁するこちらのチームである。第1Qに出場した代々も含めて、一対一の個人技において対抗できる実力を備えていた。

 

前半の結果は49-60。11点のビハインドである。この内の8割以上は大輝によるものだ。呼吸を完璧に合わせたにもかかわらず、ただの一度すら彼を止めることはできなかった。ディフェンスでも同様に、あの反射神経の塊のような男を抜くことなど微塵もできず、できたのはただひたすらに仲間にパスを回すことだけだった。しかし、それこそが結果的には最善手に結びつく。

 

「『キセキの世代』最強スコアラーを相手にして、前半をこの点差で終われたのは僥倖と言うべきなんだろうな」

 

攻撃力に関してはこちらも全国屈指。ボールキープのみに全力を尽くし、スティールをひたすら避けるプレイに移行したおかげで、オフェンス面においては得点を続けることができたのだ。

 

「ったく……こんだけ我慢したんだから、そろそろやり返しちゃってくれよ」

 

「そうね。もうそろそろじゃない?」

 

「ああ、もうすぐ入れる気配がする。あと数分で『読心(コールドリーディング)』は完了しそうだよ」

 

期待の篭った眼でこちらを見つめる仲間達。後半戦に向けて士気を上げるために、口元に自信に満ちた笑みの形を作った。そんな余裕に触発されて、皆が後半の逆襲に燃える。しかし、実際の僕の内心は不安に覆われていた。

 

 

――『変性意識(トランス)状態』の弱点

 

 

桃井の話していたその言葉が錘のように僕の心に重くのしかかっていた。ハッタリではない。なぜなら、僕自身がそれが何かを把握してしまっているからだ。

 

『相手の意識の隙を感じ取る』という僕のスタイルにはひとつの弱点がある。それを利用した対処法を、必ず彼女は取ってくるだろう。何パターンか考えられるが、どの策を使われたとしても僕の優位はたちまち崩れ去るはずだ。

 

「さあ、桐皇の奴らに教えてやろう。誰が全国最強なのかを」

 

暗雲の立ち込めた僕の内心など関係なく、後半戦が始まった。


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