仕事が忙しくこちらを進められていませんでした。
この話を書いている間、かなり時間が空いていたので、矛盾があるかもしれませんがご了承くださいませ。
パンを咥えながら囲まれてしまった後、何とかその輪から抜け出して、舞姫様の所に戻った。何せ、これからお昼。私たちメイドの戦場だ。
「お待たせいたしました」
あらかじめ決めていた場所に向かうと、もう紫さんと白夜様が準備を終えていた。
「あ、準備をさせてしまいすみません」
「いいのよ。今日は貴女達が主役なんだから」
「そうですよ。杏奈と蓮華は座っていなさい」
お二人にそこまで言われてしまっては、座るしかない。
「お疲れ様杏奈。とても恰好良かったわよ。学園の女の子をみんな惚れさせちゃったんじゃないの?」
「そうでしょうか? でも、声援を受けたのは嬉しかったです」
何はともあれ、声援を受けるのはとても嬉しい。
お昼前の応援合戦も終わり、華琳様と輝夜様以外はほぼ集合していた。
「準備は出来たのだけど、まだニ人しか来ていないから、ちょっと待っててね」
「はい」
お二人以外に来ていないのは妃茉莉様。輝夜様は妃茉莉様がいらっしゃることを知らないから、来るのは別々だろう。
「そういえば、妃茉莉様とお会いするのは久しぶりね」
私は以前お屋敷に訪れた際にお会いしたが、舞姫様は最近はお会いしていなかった。
「今度の燕水會のために行くでしょうから、そのご挨拶もしないといけないわね」
「私も妃茉莉様とお話したいです!」
藤姫様はあまりたくさん面識があるわけではないが、妃茉莉様に憧れている。その気持ちはとてもよくわかります。
「すみません、お待たせしてしまいました」
そこに、とても流麗な涼やかなお声。振り向けば、舞姫様のように眉目秀麗、藤姫様のように純真無垢、奥様のように媚眼秋波、そして輝夜様以上に和風慶雲。
女性の美を褒め称える言語が全て自然と溢れてくる美貌を持つお方が、輝夜様のお母様である御門妃茉莉様だ。
「いらっしゃい、妃茉莉。お仕事は大丈夫なの?」
「はい。今日のことを伝えたら、皆さんが仕事を持っていってしまいました」
浮世離れしている程美しい妃茉莉様なのだが、ご本人の性格はとても穏やかである。そのため、お弟子さんや周りの方々からとても愛され慕われている。
「舞姫さんに藤姫さん、そして杏奈さんもお久し振りです」
奥様と言葉を交わした後で、私達にも挨拶をしてくださった。
「お久し振りです、妃茉莉様」
「お会い出来て嬉しいです!」
藤姫様にとって妃茉莉様は、憧れの女性なので、興奮もいつもより多め。まぁ、妃茉莉様と面識のある女性にとって憧れの存在なのだが。
「ふふふ、先日振りですね杏奈さん。先程のお姿、まるで牛若丸のように勇ましく美しかったですよ」
ちょっと恥ずかしいが、妃茉莉様に美しいとお褒めの言葉を頂けるのはとても光栄だ。
「そのようなことを言われては照れてしまいます」
「それなら、顔を赤らめていただきたい所ですが……、あぁ、それよりも杏奈さんには言わなければいけないことがあるのでした」
「何でしょうか?」
妃茉莉様はスッと姿勢を正された。
「改めて、ではありますが、此度の《燕水會》への推挙の件、私も嬉しく思います。そして、その舞台にて、我らの至宝《待宵》を纏って下さること、心から感謝いたします」
静静と頭を下げる妃茉莉様。そのような姿でさえ、見惚れてしまうほど美しかった。
「妃茉莉様。頭をお上げください。お礼を申し上げるのは私の方なのですから。舞を嗜む者として、心から憧れ焦がれる《燕水會》と《宵》を共に享受することが出来る幸せを私に託して下さったのは妃茉莉様なのですから」
これ程までの幸福を味わえるだなんて、これから先生きていく中でそう何度もないだろう。それをもたらせて下さった妃茉莉様や輝夜様達には感謝してもしきれない。
「ふふふ、これ以上はお礼の言い合いになってしまうわ。ここは私に免じて止めにしましょう。そろそろ輝夜ちゃんもくるでしょうし」
「そうですね。ありがとうございます、飛鳥」
「いいのよ」
艶のある美しい笑みで言葉を交わす奥様と妃茉莉様。学生の頃より親交が深いお二人は、当時の思い出話などをしていた。
「お、お母様!?」
そんな中、妃茉莉様を見つけ、慌てて走ってくる輝夜様。いつもおしとやかな輝夜様としては珍しい。
「ふふふ、どっきりだいせーこー、ですね」
「えぇ」
可愛らしく奥様とハイタッチをする妃茉莉様。そんな妃茉莉様に物申すのは無理だと悟ったのか、輝夜様は私達の方に顔を向ける。
「お二人とも、私を騙しましたね?」
「ふふふ、騙すだなんて。輝夜様の晴れ姿を見ていただきたかっただけですわ」
暖簾に腕押しとはまさにこのことだろう。舞姫様でも駄目だと思った輝夜様は、私に顔を向ける。
「杏奈さんもひどいです。こんなにも驚かせて」
「申し訳ありません。ですが、妃茉莉様のあのお顔を見てしまっては断れません」
とても不安げで、それでいて楽しみにワクワクドキドキしていた妃茉莉様は、とても可愛らしかったのである。それを断ることなんて出来ません。
「もう、お二人ともいじわるですわ」
とはいえ、目の前のお嬢様の頬を膨らませたままではいけない。
私は、輝夜様の頬を萎ませるためのとっておきを取り出した。
「輝夜様。今日のお弁当は私が主導させていただいたのです。なので、このようなものを作りました」
輝夜様にお見せするのは、鰆の照り焼きである。これは輝夜様の大好物なのだ。これには、輝夜様もお怒りを静めてくれた。
「もう、杏奈さんには敵いませんね。こんなに美味しそうなものを見せられては嬉しくなってしまいます」
「輝夜様には笑っていて欲しいですから」
「私の好物はないのかい、杏奈ちゃん?」
輝夜様に笑い掛けていると、後ろから華琳様に肩を抱かれた。
しかし、メイドたるもの、ゲストのお願いに応えなければならない。
「勿論皆様のお好きなものをご用意していますよ」
しっかり全員分のお好きな物を用意しておりますとも。
皆さんの嬉しそうなお顔を見つつ、私も天麩羅を口にする。母さんの天麩羅は至福。
「杏奈の残りの競技はリレーと仮装リレー、それに代表戦だけね」
「はい。でも、唯依様にはそろそろ私の衣装についてお聞きしたいのですが……」
私の懸念事項である仮装リレーで着用する衣装、というかコスプレ衣装についてである。仮装リレーの参加者には、伝統として衣装担当の方が付く。その方が私の場合唯依様なのである。なのだが、唯依様は当日になっても私に何の服を着させようとしているのか秘密と言って教えてくれないのである。
「だ~め。安心して? 杏奈ちゃんにとっても似合う衣装を作ってもらったから」
「私も見させてもらったけど、杏奈に似合うと思うわよ」
舞姫様に言われても、この方のことだから安心はできない。というか、張本人に秘密で、舞姫様が知っているのは……。
「ほら、杏奈ちゃんのお母様の天麩羅、とっても美味しいわよ。はい、あーん」
あむ。……ほわぁ。
「ふふふ、新たな杏奈ちゃんの弱点、魅力発見ね」
ほわぁぁぁぁ。
「もう、杏奈ったら。ほっぺに衣がついてるわよ?」
むぐ。
「すみません。つい、はしゃいでしまいました」
「まぁ、今日はお祭り。お母様も紫さんも今日は無礼講だと言っていたから気にする必要はないけどね。さ、杏奈も蓮華も、午後は忙しくなるのだから、しっかりと英気を養って」
「はい」
「はい……あ、杏奈の卵焼き美味しいね」
「蓮華の作ったカツサンドも絶品よ。はい、あーん」
「あーん……ふふ、杏奈に食べさせてもらったからかな。味見したときよりも美味しいな」
「もう蓮華ったら。そんなことを言われたら恥ずかしいわ」
舞姫様に言われた通り、蓮華と一緒に和んでいたら、ゆっくりと休めた。まぁ、ちょっと恥ずかしいけど。
「……なぁ舞姫。杏奈ちゃんと蓮華ちゃんって、いつもあんな感じなのかい?」
「お二人は普通にしているつもりなのでしょうけど、周りからだと、見ているだけでもドキドキしてしまいますわね」
「楓ちゃん楓ちゃん、オトナな雰囲気ですよ!」
「あわわ……はわわ……」
なんだか周りが騒がしいですが、まぁ、無礼講ですし。今は蓮華とのイチャイチャを楽しみましょう。