体育祭本番。幸いにも晴天に恵まれ、まさに運動日和。華琳様の選手宣誓も終わり、早速私の徒競走である。
「頑張ってください!」
「騎士様の雄姿をお見せ下さい!」
お嬢様方の声援を受け、集合場所に向かう。
「ふふふ、大人気だね」
そこで係をしていたのは蓮華だった。
「蓮華、実行委員だったのね」
「うん。藤姫様に何事も経験ですよ、っていわれたから、やってみたんだ」
「ふふふ、藤姫様のいう通りね。たくさん楽しみなさい」
「うん。舞姫も頑張ってね」
「えぇ。ありがとう」
お礼を言ってから列に並ぶと、隣の木下君にジッと見つめられた。
「どうしました?」
「あ、いや。あの中等部の子って、この間吉祥さんと一緒に出掛けてた子だよね? 女の子だったんだな」
「えぇ。あの時は藤姫様のおふざけで男装していましたから、そう思うのも無理はありませんよ。本当はとっても可愛いんですよ」
「それには異論はないんだけど……なんというか、すげぇ」
「?」
何を言っているのだろうか。
「ともかく、いよいよ本番ですね。木下君、体調はいかがですか?」
「あ、あぁ。しっかりと寝てきたからバッチリだ。吉祥さんは……聞くまでもなさそうだ」
「ふふふ。私たちはいつでも準備万端ですから」
そんなことを話しつつ、選手入場である。お嬢様方の黄色い歓声の中、私たちは待機場所に移動する。
数レースが終わり、私の番。お嬢様方の声に交じり、舞姫様がこちらに向かって手を振ってくれているのを見つけた。そちらに手を振り返すと、舞姫様はニコニコして振り返してくれた。
「それでは木下君。私たち凰メイド部隊の実力の一端、とくとご覧あれ」
そうして、私は風になった。
Another side 舞姫
「な、なんというか、凄いね杏奈ちゃん」
隣の席にいた華琳が、杏奈の疾走を見て顔を引きつらせていた。私たちからすると、日常風景なのだが、他ではそうではないことを忘れていた。
「あら、紫さんや白夜ならもっとすごいわよ」
「貴女の家はどれだけ天外魔境なのよ……」
「あら、みんなとても優しいわよ」
メイドや執事のみんなは、とても優しい。杏奈も神楽さんも、蓮華も紫さんもみんなだ。私の大切な家族である。
「そういうことを言っているのではなくてね? ……今年の代表戦が恐ろしいわ」
「私はとても楽しみなんだが。輝夜様も楽しみにしていたぞ?」
「もちろん私も藤姫も楽しみよ。なんせ、紫さんの一番弟子の杏奈と白夜の一番弟子の蓮華の一騎打ちだもの。ウチでもなかなか見られないわ」
杏奈も蓮華も日々訓練を欠かさないが、直接手合わせをすることはあまりない。二人の武は、見ていてとても美しいものだから、その二人の手合わせとなれば、どれだけ美しくなるのだろうか。
「……舞姫って、意外と武闘派よね」
「そうかしら? 私は武術は殆ど嗜んでいないけど」
精々、護身術を少しと、健康維持のための運動くらいだ。
「貴女まで武術をマスターしてたら、たまらないわよ」
唯依は何を言っているのだろうか。
「まぁまぁ、杏奈ちゃんが凄いということでいいじゃないか」
「……まぁ、そうよね」
なんだか、凰家がトンデモ集団扱いされてる気がするわね。
「それより、華琳。そろそろ準備した方がいいんじゃない?」
華琳は応援合戦に出る。演劇部の花形の華琳だ。とても楽しみである。
「お、すまない。杏奈ちゃんの話が楽しくて時間を忘れていたよ。じゃあ、準備してくるよ。唯依も、障害物競争楽しみにしてるよ」
「あなた達には負けるわよ。でも、頑張るわ」
華琳が準備に向かうのを見届けた後、私と唯依は杏奈を迎えに行くことにした。
「そういえば、今回の仮装競争、どんな衣装になるんでしょうね」
「唯依ったら、一人だけ辞退するんですもの。ずるいわ」
「貴女や華琳だけじゃなくて、杏奈ちゃんに輝夜様、それに瀬織さんまで出てくるんでしょう? そんなところに私じゃ出られないわよ」
そうだろうか。唯依は後輩の女の子、大人しい子からとても人気があるから、そんなことないと思うのだけれど。
「私のことを慕ってくれるのは光栄だけど、相手が悪すぎるのよ」
???
「そんな貴女が大好きなの」
なぜか告白されました。
Another side out
徒競走で風になり、舞姫様の元へいこうとすると、瞬く間にお嬢様達に囲まれた。
「第一位おめでとうございます!」
「とても凛々しくお美しかったです!」
「まさしく疾風の如きお姿、恥ずかしながら大きな声を出してしまいました!」
「あ、ありがとうございます。皆様のご声援には励まされましたよ」
そう答えると、さらに圧が強くなる。流石はお嬢様なので、とても良いかほりがするのだが、ちょいキツイ。
「あらあら、杏奈ったら大人気ね」
「優勝おめでとう杏奈ちゃん。格好良かったわよ」
するとそこに舞姫様と唯依様がやって来た。お二人に気がついたお嬢様方は、道を譲るようにバッと二つに分かれる。
「ありがとうございます、舞姫様、唯依様」
「流石は杏奈ちゃんね。男子にも負けないだなんて」
「二位の方も速かったから、とても見応えがあったわ」
「木下君ですね。彼は中等部の頃から素晴らしいタイムを持っていましたし、この間の大会でも優勝していました」
そう。私と絡むと何故か不憫キャラになっている木下君だが、陸上競技界では、強化選手にも選ばれているスーパー陸上少年なのである。なので、モテてもおかしくないのだが、彼女がいないのだ。不憫なり。とはいえ、リーダーの素質を持っており、男子生徒の中心人物であることは間違いない。
「ふふふ、杏奈ちゃんは男子とも仲がいいのね」
そう唯依様に笑われてしまったが、元男であった身としては、やはり男子の方々と馬鹿みたいに話すのには少しだけ憧れる。
「お嬢様方に対してだとお守りして差し上げたくなってしまいますからね。木下君のようにスポーツをしている方とは、トレーニングの話などで盛り上がります」
「ん? 吉祥さん、俺の話……って、凰様!?」
木下君の話をしていたからか、当の本人登場。
「あら、貴方が木下さんね。杏奈との勝負、見ていて楽しかったです」
「あ、え、えと、ありがとうございます!!」
おっと、木下君が真っ赤なトマト状態に。だが、学園の憧れ的存在の舞姫様にこう言われては無理もない。流石に可哀そうなので、フォローしてあげましょう。
「木下君。流石は陸上部期待のホープですね。最後の加速は私もヒヤリとしました」
「いや、吉祥さんのスピードはもう笑うしかなかったよ。でも、いつかは勝たせてもらうから、よろしくな」
「はい。楽しみにしています」
そうして木下君と別れる。
「あら、舞姫ったら嬉しそうね」
「はい。木下君のように、まっすぐ私に挑戦してきてくれるのは嬉しいですから」
私たちの全力を見て、それでもなお挑んできてくれる人はあまりいない。それが、同年代の木下君のような存在はとてもありがたいのだ。
「ふふふ、私も楽しみだわ」
「あまり主従でいい雰囲気作らないで。私たちが居たたまれなくなるわ」
唯依様の言葉に周りを見てみれば、周りのお嬢様方の顔が真っ赤になっていた。これはまずい。
「それじゃあ、お母様の所に行きましょうか。唯依もいかがかしら?」
「いえ、お昼にご一緒させてもらうし、今は遠慮しておくわ」
「そう? じゃあ、唯依も競技頑張ってね」
唯依様とも別れ、私たちは奥様の所へ向かうことにした。
「あら、舞姫に杏奈、こっちに来たのね。杏奈、徒競走優勝おめでとう。凄かったわ」
「ありがとうございます、奥様」
「舞姫も杏奈に負けないよう頑張ってね」
「はい。あ、お母様。お昼前の応援合戦は見ものですよ。華琳と輝夜様が共演なさいますから」
「あら、それは豪華になるわね。見逃さないようにしないとね」
奥様も舞を嗜まれるので、輝夜様と面識がある。そういえば、輝夜様のお母様も来ていらっしゃるのだろうか。
「妃茉莉(ひまり)も来るわ。仕事の関係でお昼頃になるから、ランチに誘っておいたわ」
なんと。それは楽しみが倍増だ。舞姫様も嬉しそうだ。
「妃茉莉様のいらっしゃるのですね。ふふふ、もっと頑張らないといけませんね」
「輝夜ちゃんには内緒、というか伝えてないみたいだから、サプライズにしましょうね」
おや、お二人とも悪い顔。後ろの紫さんも苦笑いである。
「お二人とも、そろそろ藤姫様と楓様の玉入れが始まりますよ」
紫さんの言葉に、競技エリアを見てみれば、中等部の玉入れの準備が整っていた。ちなみに、藤姫様も楓様も私と同じ赤組である。
「藤姫ー、頑張ってー!」
「楓ちゃんも、ファイトよー」
奥様も舞姫様も大きな声を出して応援している。藤姫様は連続で玉を淹れていくが、楓様はなかなか入れられない。それでも、何度もチャレンジしていくと、ようやく一つ籠に入る。
「やったわ。楓ちゃん、その調子よ!」
奥様、ヒートアップ。舞姫様も同様に楽しそうだ。
「杏奈、楽しそうね」
「はい。お二人とも見ていてほっこりしますから」
えいえいと玉を投げている藤姫様と楓様を見ていると、なんだか胸の中がほっこりする。
「ふふ、それは私も同感ね。でも、杏奈も今日は忙しいのでしょう? 何種目でしたか」
「代表戦を含めればあと4種目ですね。午前中は障害物競争だけですから、それほど忙しくありませんよ」
「それなら大丈夫ね。舞姫様と奥様のことは私が見ていますから、杏奈もソフィア様方と一緒に過ごしなさい」
「でも」
言葉を続けようとすると、それは奥様に遮られた。
「行ってらっしゃい。私たちと過ごしてくれるのも嬉しいけど、同級生と過ごすことも大切な財産よ」
「……では。失礼いたしますね」
奥様達のご厚意に甘え、保護者席を後にする。そのままソフィアさんがいそうな所に向かう。そこには予想通りソフィアさんと、一緒に柊さんもいた。
「あら、杏奈さん」
「こんにちは。私もご一緒してよろしいですか?」
「もちろんです! さあさあ、杏奈様。私の隣に」
柊さんの勧めのまま、お隣に座る。
「先ほどの玉入れ、藤姫様、愛らしかったですわね」
「それに、楓さんも。見ていて助けてあげたくなってしまいました」
「私も同感です。蓮華ではそうはなりませんからね」
もし相手が蓮華の場合、私は争いたくなります。蓮華は好敵手(ライバル)である。
「あら、杏奈さんったら。でも、あの方相手なら納得ですね」
「蓮華は私のライバルですから。なので、来年が少し楽しみです」
「瀬織様は何の種目に出場するのですか?」
「蓮華は代表戦の他に、リレーと応援合戦ですね。藤姫様が張り切っていましたから、絶世の美女か傾国の美男子が登場しますよ」
あの子は、男装しようがドレスに身を包もうが、周りを惑わす魅惑の美貌を持っている。体育祭の後、間違いなく親衛隊が発足されるだろう。
「それなら尚のこと、杏奈様が応援合戦に出られないことが残念です」
「さすがに私だけがたくさん出てしまっては他の皆様に申し訳ないですから。それに、私は仮装リレーがどうなるか不安です」
「ふふふ、とても素晴らしい出来になっていますから、楽しみにしていて下さいな」
ソフィアさんの笑顔が怖い。