私は大好きです。
私こと吉祥杏奈は転生者だ。しかも生前は男。しかし、今は花も恥じらう女子高生である。……自分で言っていて情けない。
「杏奈、どうしたのですか?」
そう言って声を掛けてきたのは、凰舞姫様。私のご主人様である。
「いえ、何でもありませんよ」
本当に何でもなかったので、素直に舞姫様の後につく。
今は登校中。修凰学園に向かっている途中なのだ。
「そうだ。今日のお弁当は何かしら?」
「今日は舞姫様がお好きな煮物です。大叔母様に教えていただいたレシピですので、楽しみにしていて下さい」
舞姫様のお昼ご飯は私の担当である。厳しいセレクションを勝ち抜いたこの役目は、私の密かな自慢である。
「杏奈のご飯はいつも美味しいから楽しみね。桜も陽気も良い感じだし、本当に楽しみだわ」
そう言って貰えるのは本当に嬉しい。
修凰は車を校門前に着けるのはNGなので、少し歩く。とはいえ、警備員は配置してあるので安全といえば安全である。
「お、おはようございます、鳳様、吉祥様」
「おはようございます。あら、髪の毛に桜が付いているわ。春らしいとはいえ、取っておかないとね」
そう言うと舞姫様は、後輩の髪の毛に付いていた桜の花びらをヒョイと取り、ニコリと笑う。その姿は非常に様になっており、その後輩女子も顔を赤くさせている。
しかし、従者としては主の髪の毛にも桜が付いているのは見逃せない。
「舞姫様、失礼します」
「あら? 私の髪にも付いていたのね」
ありがとうと言ってくれる舞姫様。ふと、舞姫様の隣の後輩女子を見てみると、何故か顔を赤くしていた。何故に?
「し、失礼します!」
「あ……。また……」
キャーと言いながら走り去っていく後輩女子。首を傾げていると、舞姫様がクスクスと笑っていた。
「何でしょう?」
「ふふ。流石は騎士様ね。とっても格好良かったわ」
甚だ謎である。
「それはどういうことでしょうか?」
「ふふふ、秘密、ですよ。さ、行きましょう。遅刻してしまうわ」
そう言うと舞姫様は先に歩いていってしまう。遅刻するといっても、まだまだ時間には余裕があるのだが。
ともあれ、置いて行かれないよう、少し早足で追いかけるのだった。
桜の花もまだ盛り。舞姫様と桜の花はよく似合うと、後ろ姿を見てそう思った。
…………小っ恥ずかしい。
私が転生したことに気が付いたのは五歳のころだった。何が切っ掛けだったのかはよく覚えていないが、目を覚ましたときに非常に体がだるかったので、高熱を出していたからなのだろうか。目を覚ました私の手を握ったままベッドの脇で眠っていた舞姫様が一番最初に見た人だった。
私が起き上がったからか、目を覚ました舞姫様は私が目覚めていることに気が付くと、涙を浮かべながら抱きついてきた。そしてそのまま大声で泣き始めてしまった。
色々な事もあり、どうして良いのやら分からずおろおろしていると、舞姫様の泣き声を聞きつけた他の使用人が部屋に飛び込んできた。
その後は、舞姫様がメイド長に部屋を出され、母親に事の次第を説明された。
ともあれ、いきなり女性になってしまい色々不甲斐ない姿を見せてしまったのだが、舞姫様はそんな私を見捨てず、今日まで傍にいることを許してくれたのである。であれば、その恩に報いるため、男の意識なぞ丸めて彼方にポイである。
ふんす。
「杏奈様?」
「……失礼。あぁ、そろそろかき混ぜるのは止めて下さい。それぐらいが丁度いいですから」
今は調理実習中である。各企業のご子息ご令嬢が多いこの学園でもこのような実習は多い。とはいえ、肉じゃがなどではなく、クッキーやケーキなどお菓子が多い。今日はクッキー作りである。混ぜて整えて焼けばオーケー。
「そ、そうですか?」
「はい。混ぜすぎると逆に美味しくなくなってしまいますから。さ、小麦は振るっておきましたから、次はこちらです」
因みに修凰の調理実習はペアでやる。調理台と材料の量は流石は修凰学園。公立学校とは違いすぎる。寄付金様々である。
その後もお嬢様をフォローしつつ、生地を作り上げ、周りに砂糖をまぶしてオーブンに入れる。各キッチン備え付けなので、のびのびと出来る。アンペアどんだけなのだろうか。
「でも、杏奈様と一緒に出来て幸運でしたわ。ふふふ、まるで私が料理上手になったみたいです」
焼き上がりを待つまでは自由である。片付けも終わり、アイスティーでティータイムである。相手のお嬢様柊さんが用意してくれていたもので、大変美味である。
「いつ飲んでも柊さんのお茶は美味しいです」
「気に入っていただけて何よりですわ。でも、杏奈様の淹れたお茶の方が美味しいではないですか」
柊さんにそう言われては淹れないわけにはいかない。茶葉はしっかり持参している。
「クッキーを食べるときにはお淹れいたします。これのために茶葉は持参していますから」
そういうと、柊さんは手を合わせて嬉しそうに喜んでくれた。お世話する身としては、こうして喜んでくれるのはとても嬉しい。
やがてクッキーも焼き上がり、試食タイムである。私も作ったのではあるが、普段の癖で、柊さんに紅茶を振舞ってしまう。お嬢様然とした柊さんとは席を共にするよりも、後ろに控えたくなってしまうのである。
「どうぞ。香りは今日のクッキーと合うと思いますよ」
材料については定番だったので、それにあう茶葉を選んできた。お給料はもらっているので、今日のは自前である。
「あぁ……本当に良い香りですわ。クッキーも……美味しいです。それに紅茶ともの凄く合っていて、とても幸せです」
「ありがとうございます」
柊さんは本当に美味しそうにお茶とクッキーを食べてくれていた。二人で作ったものだから私の、というわけではないが、嬉しいものは嬉しい。
「でも、杏奈様にこんなにお世話していただくと、舞姫様に申しわけが立ちませんわ」
少し困ったように頬に手を当てる柊さん。相手に気を揉ませるのは申し訳ないので、ここは隣に腰掛け、柊さんのお世話をしつつ自分でもクッキーを食べる。うん、美味しい。
「柊さん、紅茶のお替わりは?」
「え、えぇ。いただきます」
空になっていたカップに紅茶を注ぐ。大企業のご令嬢である柊さんは一つ一つの仕草がとても綺麗である。このような人のお世話をさせてもらうのは私としてもとても楽しい。
小さなお茶会も終わり。お昼前なので食べるのは二三枚。残りは持ち帰りである。先生が用意してくれた可愛らしい入れ物に入れ、お弁当と一緒に二年生の教室に向かう。
「失礼いたします。舞姫様はいらっしゃいますでしょうか」
後ろから舞姫様がいないか伺いを掛ける。一年生が来るのは珍しいのか、チラチラ見られるが、入学から今日まで毎日来ているので、先輩方も慣れてきていた。
「あ、杏奈。待っていたわ。さ、行きましょう」
待っていてくれた舞姫様は、すぐに来てくれた。そして、私が持つお弁当の他に、クッキーの箱を見つけると、パッと顔を輝かせた。めざとい。
「今日は調理実習だったわね。ふふふ、デザートは決まりね」
「はい。柊さんと一緒に作ったものですので、味は折り紙付きです」
ともあれ、まずはお昼である。二人で食堂、というかダイニングテラスに向かう。冬は室内だが、今の時期は屋外のテラスで食べると何倍も美味しい。その分大人気なのだが、そこは見知った顔がすでに席を取っていてくれた。
「こんにちは、唯依様、華琳様」
大槻唯依様と冷泉華琳様。お二人とも舞姫様の親友である。唯依様は武士のようにキリっとした女性で、華琳様はボーイッシュな女性である。どちらも素敵な美人さんである。
「あぁ、こんにちは。今日も一緒なのだな」
「えぇ。私の大切なメイドさんですもの」
確かに、家の中ではメイド服だが、仕事着である。しかし、このような場で言われると恥ずかしいものがある。
「それより今日の杏奈ちゃんのお弁当はなんなんだい? 早く見せてくれ」
華琳様に急かされたので、持ってきた包みをドンとおく。少し行儀悪いが、四人前なので許してもらいたい。
今日は舞姫様のお弁当だけでなく、お二人の分も作ってきた。舞姫様は入学以来お二人と一緒に食べていたらしいのだが、その際私の作ったお弁当を見て羨ましがってくれていたそうで。今年私が入学したことで、作ってきて欲しいと頼まれたのである。
なので今日は二時間ほど早起きして、腕によりを掛けてお弁当を作ったのである。重箱に詰めても良かったのだが、それだと食べきれないかもしれないので、わっぱの弁当箱にちらし風のご飯と、大叔母様直伝の煮物。にんじんは飾り切りで桜型である。それと料理長から分けてもらった鴨肉のスモークである。あとは簡単なゆで野菜などである。ご飯には錦糸卵、煮物には飾り切りのにんじんやインゲン、ゆで野菜もよく色が出せたので、春にふさわしいお弁当になったと自負している。
「おぉ!! 素晴らしい!」
「やはり、頼んで正解だった。このままお花見だな」
お二人にも好評であった。
「杏奈ちゃん、失礼かも知れないけど、写真を取らせてもらってもいいかい? こんなにも美しいお弁当を残しておかないのはもったいなさ過ぎる」
「えぇ。そう言って貰えて嬉しいですから」
二人にそこまで言って貰えるのは嬉しい。
「舞姫様、どうぞ」
写真を取っている二人を余所に、舞姫様にもお弁当を渡す。朝から楽しみにしてくれていたので、少しドキドキする。
「えぇ、ありがとう。まぁっ、とても素敵ね。本当に春らしくて美味しそう。頂くわね」
そういうと、舞姫様は煮物を口にする。大叔母様から舞姫様の大好物と聞いて以来、特に練習したものだ。しかし、実際に食べてもらうとなると緊張する。
「あぁ……大叔母様のお味だわ」
その言葉だけで、喜びが溢れてくる。何とか表情に出ないように頑張るが、頬がぴくぴくしているから出来ていないのだろう。
「おぉ、本当に美味しい。これが凰家の味か」
「この鴨肉も、とても上品な味だ。いくらでも食べられてしまう」
お二人にも満足していただけたようだ。ホッとしたので、私もお弁当を食べ始める。
桜の花びらが舞う中、舞姫様のように美しい方々と食べる昼食は、私の特権というものだろう。内心でちょっとばかりの優越感に浸りつつ、自分の腕が落ちていないことを確認したのだった。
鴨うまし。
至福の時も終わり、午後の授業である。お金持ち学校といえど、体育くらいは普通にある。漫画みたいにお茶会の授業とかはないのである。まぁ、部活は色々あるけれど。
で、今は長距離。新入生に降りかかる試練らしい。華琳様曰く。
とはいえ、日夜屋敷のメイド長からアサシンでも養成しているのかと思いたくなるほどの鬼畜トレーニングをしているので、男女込みで一番乗りである。ブイ。
「はぁはぁはぁ……吉祥さん、速すぎ……」
二位でゴールした木下君が肩で息をしていた。お疲れ様。
「家のメイド執事が鬼教官なもので」
「鳳様の家って……いや、止めとく」
「それが懸命かと」
少し意地になっていたため、皆さんが戻ってくるのをぼんやりと待っていることにした。
段々と男子生徒や陸上部、ゆっくりながらもお嬢様方も戻ってくる。
「はぁはぁ……流石は杏奈様。男性よりも速い何て流石ですわ」
はぁはぁしているお嬢様というのも魅力的である。口に出したら引かれるから言わないけど。
「あっ!?」
突然声を発したので何事かと視線を追うと、柊さんが転倒していた。私はすぐに立ち上がると、柊さんの所まで走る。
「大丈夫ですか」
「あ、杏奈様、いたっ」
「動かないで。足を少し挫いていますね。失礼します」
「きゃっ」
足を挫いているので、柊さんを抱え上げる。おんぶでもいいが、ヘタに動かすのも辛いだろう。それに、羽のように軽い柊さんを保健室に連れて行くくらいなんてことない。
「あ、杏奈様!?」
「このまま保健室までお連れします。先生、柊さんは私が保健室に連れて行きます。担任の柳先生に連絡お願いいたします」
「あ、あぁ。吉祥なら任せられるからな。やることも終わっているから、そのまま教室に戻って良いからな」
「ありがとうございます」
先生から許可ももらったので、保健室に向かう。まだ授業中なので、一階の廊下は静かである。
「柊さん、大丈夫ですか?」
「は、はい。あぁ……何だかイケナイ感情が生まれてきてしまいそうですわ」
「本当に大丈夫ですか?」
少し心配だが、特に苦しそうなわけでもないので、そのまま保健室に連れて行った。
「失礼します。……先生はいらっしゃらないみたいですね。鍵が開いていたのだから、すぐに戻ってくるでしょうが……」
仕方がないので私が処置することにする。柊さんをベッドに座らせ、湿布とガーゼとテーピングを用意する。
「失礼いたします」
「は、はいっ」
「いや、そんなに身構えなくても……」
何故か緊張している柊さんの足に湿布を貼り、ガーゼの上からテーピングを巻く。それほどひどい怪我でもなかったので、これだけで十分だろう。直接テーピングをして肌を傷めるのは忍びない。
「取り敢えず応急処置ですが、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます杏奈様」
「お気になさらないでください。それよりこの後はどういたしますか? このままお休みになるのでしたら先生に伝えておきますが」
「いえ、病気ではないので授業には出ます」
柊さんは勉強熱心である。しかし、時間もギリギリである。事情も事情なので許してはもらえるとは思うけど。
「その……」
ふと見やれば、柊さんがもじもじとしていた。
「どうかなさいましたか?」
「その、遅れてはいけませんし、杏奈様には申し訳ないのですが、連れて行っていただけないかと……」
もちろんそのつもりだったのだが、どうして顔を赤くしているのだろうか。
「その、はしたないお願いなのですが、先程のように連れて行って欲しいと言ったら……」
どうやらそういうことらしい。お嬢様にとってもお姫様抱っこはかくも魅力的らしい。まぁ男性にやられては色々大変なことになってしまうのだろうし、私がやることで満足してくれるのなら断る理由もない。
「あ、し、失礼いたしました!」
「いえ。私でよろしければエスコートいたします、お嬢様」
少し気障ったらしく、ウインクをしながら手を差し出す。柊さんはポカンとしていたが、ゆっくりと手を取ってくれた。そのまま柊さんの肩と足を持ち、ゆっくりと抱え上げる。やはりとても軽い。お嬢様というのは私達とは違う素材でできているのだろうか。
「足は痛くはありませんか?」
「はい。幸せで痛みなんて吹き飛んでしまいました」
どうやら大丈夫みたいだ。しかし今は先程とは異なり休み時間中。廊下にはたくさんの人がいるため、私達は注目されていた。まぁ、柊さんが嬉しそうにしてくれているので、従者冥利に尽きるというか、気にしないことにする。
教室に入ると、再び注目された。そのまま柊さんを席まで連れて行き、ゆっくりと下ろす。
「では私はこれで。もし痛むようでしたら病院に行って下さいね?」
「はい。我が儘を聞いて下さり、ありがとうございました」
「いえ。私も楽しかったですよ。では失礼します」
授業も始めるので私も席に戻る。チラチラと見られていたが、すぐにチャイムも鳴ったため、そのまま授業を受ける。
今日の六時限目は数学である。国内有数の名門校である修凰の授業のレベルは高い。しかし、屋敷のメイド執事以下略。
「杏奈様、先程のお姫様抱っこについて……」
お嬢様方が、私の机の周りに殺到してきた。女性というものがこういうお話が好きなのは古今東西身分を問わないようである。
「少し悪乗りをしてしまいました。柊さんはプリンセスのような女性ですし、つい」
これは本音であるのだが、ここで柊さんに頼まれたといわないところが重要である。女性に恥をかかせてはいけません。
「そ、その、それでしたら私たちがお願いしてもやって下さるのでしょうか?」
「あまり頻繁にやるものではありませんから。それに、あまりやり過ぎては舞姫様に拗ねられてしまいます」
私の言葉に、お嬢様方は杏奈様ったら、とクスクス微笑んでいたが、これは事実なのである。深窓の令嬢な舞姫様はあれでいて嫉妬深い部分がある。それは男性に向けられるものではなく、私に向けられるのだから、どうしたら良いのやら。
「っと、私はこれで失礼いたします。皆様、部活等頑張って下さい」
級友に別れを告げ、いつものように二年生の教室に向かう。
しかし、教室に行くと、舞姫様は既に教室を出たと言われた。はて。
「おや、浮気者メイドさん」
何とも不本意なセリフに振り返ると、華琳様が立っていた。
「華琳様。部活はよろしいのですか?」
「今日はお休みだからね。それより舞姫を探しているんでしょ?」
「はい。すれ違ってしまったみたいで」
私が釘を傾げていると、華琳様がクスクスと笑い出す。あぁ、この人知っているな。
「ふふ、舞姫ならテラスで君のクッキーを食べているよ。可愛いヤケ食いだ」
「ヤケ食い? どうしてそんなことを」
「さっき言ったでしょ? 浮気者メイドさんって」
それが甚だ疑問なのだが、それが理由らしい。
「そんなことをした覚えはないのですが……」
「まぁまぁ、それは舞姫に聞いて。さ、行こ」
首を傾げつつ、華琳様に着いていくと、華琳様の言うとおり、舞姫様がテラスに一人で座っていた。テーブルには実習で作ったクッキーと紅茶が置かれていた。
「さ、行きなよ」
華琳様に背中を押され、テラスに行くと、舞姫様が私のことをちらりとみる。が、すぐにプイッと顔を逸らしてしまう。
「舞姫様」
名前を呼ぶがこちらを向いてくれない。ちょっと寂しい。
「舞姫様……(しょぼん)」
なので、少し舞姫様を呼ぶ声も落ち込んでしまう。
「あ、その、ね? あ、そうだわ。杏奈も一緒にどうかしら? 貴女が作ったものだけど、とっても美味しいから一緒に食べましょう? ね?」
「っ! はい」
やはり舞姫様には嫌われたくない。自分でも単純だと思うが、やはり嬉しい。
「ククク、舞姫。やっぱり君は杏奈に弱いね」
「か、華琳!」
私が気分良く新しい紅茶を準備していると、舞姫様と華琳様が何やら話していた。
「何を話していらしたのですか?」
「ん? 君たち主従の麗しい関係についてをだね……」
「華琳! あ、何でもないのよ杏奈?」
気になるが、舞姫様がそう言うのであれば深くは聞かない。ともあれ紅茶は入ったので、お二人のティーカップに注ぐ。今回は私も誘われているので三人分だ。いくらか失敬してきたお菓子など、全ての用意を終えた後、私も舞姫様の隣の席につく。
突然のお茶会も、十分ほどで終わる。早々に片付けて帰ることにする。
帰宅といっても近くまで来ていた車での帰宅である。しかし、まだ怒っているのか舞姫様は何も話してくれない。
すると、今まで黙っていた舞姫様が口を開く。
「その、杏奈。今日女の子をお、お姫様抱っこしていたそうね」
どうやら舞姫様にまで伝わっていたようだ。
「はい。柊さんが体育の時に足を挫いてしまったので。おんぶでも良かったのですが、動かしてしまうのも申し訳なかったので」
「……凄く様になっていたと聞いたけど?」
「えぇ。柊さんは儚げな女性ですから。お姫様のような方ですからね」
そんなお姫様のような女性ならば確かに絵になるだろう。どちらも女性というのは格好付かないが。
「……(つーん)」
「ま、舞姫様?」
何故か舞姫様がそっぽを向いてしまった。その後もいくら話しかけても知らないと言って取り合ってくれない。
私が困り果てていると、運転席の堤さん(女性)がクスクスと笑っていた。
「お嬢様は嫉妬していらっしゃるのですよ。杏奈が他のお嬢様方にばかり構っているからですよ」
そう言われても。
その後も頬まで膨らませてしまった舞姫様を許してもらうのに大きな苦労が掛かってしまったのだった。
舞姫様の従者として修凰に通っている私にも友達というのはいる。決してぼっちではない。とはいえ、多いわけでもないので、私にとってその人は大切な存在なのである。
が、しかし。
「……(つーん)」
その人は何だか見覚えのある格好でそっぽを向いてしまっていた。
「ソフィアさん、機嫌を直して下さい」
ソフィア・クレメンスさん。名前容姿ともに外国の方だが、私の小さな頃からの親友である。長袖の制服にシルクの手袋。そして髪の毛は透き通るように白い。俗に言うアルビノではなく、遺伝のようだ。彼女のお母様やお祖母様の写真を見せてもらったが、彼女と同じように綺麗な髪であった。本当に絵本の中から飛び出してきたかのような存在だ。
そんなソフィアさんが朝来たら頬を膨らませていました。何が起きたのか。
「だって、昨日は私のことを無視なさっていたじゃないですか」
「無視だなんて、そんな。午前中にはお話もしたではないですか」
そうなのである。決して無視などはしておらず、普通に会話していた。しかし、ソフィアさんはむくれたままである。
「だって……柊様にお姫様抱っこだなんて羨ましいですわ。私にはしてくれたこともありませんのに」
「いや、そんなに頻繁にやることでもないでしょうに。それに、人前でやるものではありません」
「でも、柊様にはして差し上げていたではありませんか」
「柊さんは怪我をしていましたから。怪我になれていない方には歩くのも辛いですからね」
因みに私は骨を折ろうが普通に戦える。普段は絶対にやらないけど、もしもの時にはやることになるだろう。
「では、私が怪我をしたときには私にもしてくれるのですか?」
何やら話が変な方向へ行っているが、ソフィアさんは真剣なのできちんと答える。
「えぇ。もしソフィアさんが怪我をなさったときはしっかりと看病させてもらいますよ」
まぁ、それは嘘ではない。もしソフィアさんが怪我をしたら誠心誠意看病する。
「そ、それでしたら許してあげます」
どうやら許してもらえたみたいだ。よかったよかった。
「……なんて鈍感な方なのでしょうかこの方は」
「何か言いましたか?」
「何でもありません」
何かを言っていたと思ったのだが。まぁ、本人がいうのならそうなのだろう。
と、今日はお土産があるのを思い出す。昨日拗ねてしまった舞姫様のご機嫌取りのために焼いたクッキーが大量に余ったので、そのクッキーと紅茶のシフォンケーキを持ってきたのである。
「クッキーとシフォンケーキを焼いてきたので、よろしければどうぞ」
「本当ですか!? あぁ、思わぬ幸運ですわ」
大袈裟なような気もするが、嬉しいので箱を開けてソフィアさんに見せる。気分が乗っていたので、色々な種類がある。匂いが漂ったからか、クラスのお嬢様方がこちらにやってきた。
「その、杏奈様。私達も頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。クラスの皆さん分はしっかりとありますから。お嬢様方だけでなく、皆さんもどうぞ」
――ウォォォォッ!!!
男性の歓声が挙がる。まぁ、女子からのお菓子のプレゼントというのは嬉しいのはよく分かる。
「ふふっ」
思わず嬉しくて笑ってしまう。
「「「(ざわっ)」」」
ん?
「杏奈様、い、いま……」
「どうしました、ソフィアさ」
――キーンコーンカーンコーン。
「あ、チャイムですね。お菓子は休み時間に食べて下さいね」
一時間目は数学だ。先生はすぐに来るので、何時までもお菓子を出していては怒られてしまう。
皆さん何かを言いたそうだったが、指名集中砲火されるのは怖いため、自分の席に戻っていった。
なんだかんだで放課後。皆さんにお菓子を喜んでもらってご満悦な中、図書室に向かう。舞姫様が部活に出ているので、その間待っているつもりだからだ。舞姫様は帰っていいというのだが、従者としてそうは(ピロピロピロピロ)。……。
『今日はデザートに杏奈のフルーツタルトが食べたいわ』
……グギギ。こう言われては逆らうわけにはいかない。いいでしょう。ご主人様の挑戦、熨斗付けて返してあげます。
校門でスタンバっていた夏樹さん(先輩メイドさん。メイド服着用。何してんの)を見て、舞姫様が朝やけにニヤニヤしていた理由が分かった。取り敢えず夏樹さんに舞姫様のことをお願いして、レシピを思い浮かべる。舞姫様をぎゃふんと言わせるには材料から拘らなくては。料理長の神楽さんに冷蔵庫の中身を教えてもらい、どんなタルトを作るか考える。
……………………。…………うん、春だし柑橘類でいこう。後はイチゴのムースも作ろ。フルーツはお屋敷にあったから……すぐに帰らないと。
バスを待つより走った方が速いので、全速力で走る。あんまり速いと驚かれるが、ここの辺りの人は昔からの知り合いも多いので気軽に挨拶してくれる。
「おかえりなさい杏奈。神楽が材料の用意が出来ていると言っていたわよ」
「奥様。すみません、こんなにはしたないところをお見せしてしまいまして」
舞姫様の母上様、凰飛鳥様。急いでいたため慌てて礼をする。
「いいのよ。今回も舞姫の我が儘なのでしょう? それに、あなたのケーキがデザートなら楽しみだもの。今日は午後のティータイムもお休みにしたのだから」
クスクスと笑う奥様の言葉に、これはとびきりのものを作らねばと決意を新たにする。部屋に戻り、すぐにメイド服に着替え、髪をお団子にして調理場に向かう。そこには奥様の言うとおり、材料を準備して待ってくれている神楽さんがいた。
「神楽さん、ありがとうございました」
「なに、可愛い愛弟子のためならこれくらいわけないさ。それに、杏奈の作るタルトは絶品だからな。私も楽しみだよ」
神楽さんこと神楽灯さん。私の料理の師匠である。年齢は奥様と同じくらいのはずなのに、二十代にしか見えない、凰家七不思議の一つである。
ともあれ、あとは作るだけである。ミカンなどの皮むきなどは非番の先輩メイドさん達が手伝ってくれるとのことなので、タルト生地の準備である。なんせ舞姫様や奥様旦那様の他にも、使用人全員に行き渡るだけのものを作らなければならない。流石に一人ではきつい。
「みなさん、ありがとうございます」
「いいのよ。杏奈ちゃんのお手伝いをすると、少しオマケしてもらえるしね」
オマケとは、味見のことである。その後で夕飯とデザートもぺろりと食べてしまうのだから、凰家戦闘メイド部隊はすさまじい。……まぁ、私もその一員として数えられているのだが。
とはいえ、皆さんにはシロップのレシピなどは教えてある。何せ、時間との勝負だ。量が多い。
やがて窓の外も暗くなり始める。神楽さんも夕食を作り始めている。私達もオーブンをフル活用してタルトを焼き始める。
「ふぅ……取り敢えずは一段落ね。杏奈ちゃん、一息つきましょう」
そう言ってドリンクをくれたのは私の直属の先輩三城叶さん。メイドのなんたるかを教えてくれた私の大切な先輩だ。
「ありがとうございます。あ、そうでした。皆さん、イチゴのミニパフェ作りますから、食べて下さい」
「「「やったー!!!」」」
「ご飯前ですからホントに少しですよ?」
一口二口で食べられる大きさである。結構好評です。
タルト生地も順番に焼き上がり、タルトを完成させていく。
「杏奈、貴女も食べちゃいなさい」
三分の二を作り終えた所で、神楽さんがご飯を出してくれる。
「ありがとうございます。あ、筍」
「春だからね。それに、デザートはきっと誘われるんだから、早めに食べておきなさい」
よく分かっていらっしゃる。
「はい。ありがとうございます」
途中の作業は叶さん達にお願いして、早めの夕飯をいただく。ん、美味しい。
「とても美味しいです」
「ははっ、ありがとさん。杏奈のタルトも美味しいよ。シロップの配合変えたのかい?」
「はい。少し甘さを控えて、ミカンの味を引き立ててみました。あと、下のカスタードも香りのバランスを変えてみました。どうでしょうか?」
「うん、バッチリだ。旬のフルーツだから、シロップで邪魔しちゃもったいないからね」
神楽さんのお墨付きも得られた。叶さんたちも喜んでくれた。
その後は、神楽さんの手伝いをする。
「ほら、タルトは杏奈が持って行きなさい。一番美味しそうなヤツをね」
「はい」
今回はその場で切り分ける。お湯を入れたボウルと、ケーキを台に乗せて舞姫様達の所に向かう。
「待っていたわ。あら、とってもいい香り」
「はい。叶さんたちも手伝ってくれましたから。それに、とてもいいフルーツです。それではお配りいたします」
一つずつ切り分けて、舞姫様、奥様、旦那様、そして妹様の藤姫様にお配りする。
「藤姫様、どうぞ」
「ありがとうございます!」
藤姫様は舞姫様の二つ下の中学三年生であるが、とても可愛らしい女の子である。舞姫様が豪華絢爛な胡蝶蘭であるならば、藤姫さまは可憐なフリージア。無邪気な藤姫様は一緒にいてとても楽しくなる方だ。
「はい、藤姫様にはフルーツたっぷりの所を差し上げます。味付けを少し変えましたが、気に入っていただければ」
藤姫様には少し豪華な部分を切り分ける。思った通り、藤姫様は顔を輝かせてくれた。
「あら杏奈。私にはくれないのかしら?」
「私に意地悪をした舞姫様は最後です。さ、どうぞ、旦那様、奥様」
「あぁ、ありがとう」
「まぁ、とっても美味しそうだわ」
旦那様も奥様も喜んでくださっているみたいだ。
「あんなー?」
「ふふっ。はい、どうぞ舞姫様」
もちろん舞姫様にも豪華な部分を切り分ける。なにせ、私の大切なご主人様なのだから。
「あ、お姉様も一杯ですね!」
「えぇ。だって、私の大好きなメイドさんですもの」
それは理由になるのだろうか?
「さ、杏奈も座ってちょうだい。今日は私の隣にね?」
そう言われたので、奥様の隣に座る。食事の席に呼ばれたときは、よく奥様の隣に座らせていただいているのだ。ちなみに、とてもよいかほりがします。
「そういえば、シロップの配合を変えたのね。香りが際立ってとても美味しいわ」
奥様には全てお見通しである。奥様の料理の腕は素晴らしく、料理人として張り合いが出る。社交会において、奥様のお料理教室は、非常に人気があるのである。
「ありがとうございます。実はもう一つ考えていたものもあるのですが、今日はとても暖かな陽気でしたから、香りを重視したんです」
「あら、そちらも食べてみたいわ。いえ、今度一緒に作りましょうか」
奥様との料理はとても楽しい。なかなかお忙しい方なのであまりご一緒出来ないので、またとない機会だ。
「是非。もっと美味しいレシピを考えておきますね」
「えぇ、楽しみにしているわ」
奥様との料理ができるとなり、私もご機嫌だ。が、舞姫様と藤姫様が何故かご機嫌ナナメになっていた。
「私達のメイドは、浮気者ね藤姫?」
「はい。母様とばかり楽しそうなことばかりして。羨ましいです」
舞姫様と藤姫様はとてもよく似ていらっしゃる。あ、奥様も笑っていないで助けてください
TSもので私が大切にしているのは、恋愛をしないこと。
それで周りが振り回されるのが好きです