【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

7 / 22
第7話 油断大敵

 

 昼休みにキヨシと花が隠れて交際していると男子が勘違いした日の夜、ガクトは自分に与えられた牢の中でベッドに寝転がりある事について考え込んでいた。

 刑期は残り三週間ほど、それ自体は特に文句はない。一ヶ月の監獄生活で退学せずに済むなら安い物だ。

 花さん大泣き事件の翌日から始まった荒れ地の開墾作業の途中、会長が模範囚には土日の三時間の自由時間と外出が認められると言っていたので、男子たちもそれを糧に必死に作業を頑張っていた。

 にもかかわらず、進行状況を見に戻ってきた会長は、この様子では土日に休ませる訳には行かないと言ってきたのである。

 確かに自由時間が認められるのは模範囚だけという話だった。作業が遅れていては模範囚と言えないという相手の主張も理解出来る。

 けれど、ガクトにはどうしても土日まで作業させられる訳にはいかない理由があった。

 

(今週はまだいいでゴザル。ただ、二週間後の土曜日。その日まで外出が認められないとなれば小生は……)

 

 二週間後の土曜日、即ち五月七日はガクトにとって絶対に外せない用事があった。

 今週と来週の土日が潰れるのはまだ我慢出来るが、明確に期限の決まっていない荒れ地の開墾作業で進行状況が遅れていると言われても、そんなのは言いがかりではないのかと抗議したかった。

 だが、ガクトたちは囚人だ。扱いの不遇も多少の理不尽も我慢しなければならない。

 会長が遅れているといえば、期限が決まっていなくても作業は遅れている事になるのだ。

 

(もう、それしかないのでゴザろうか)

 

 今週が駄目なら、来週も再来週も同じように遅れを理由に自由時間は認められないはず。

 そうなってくれば、ガクトは最終手段に頼らざるを得ないかと苦悶の表情を浮かべ、仲間を裏切ることになる罪悪感に胸を締めつけられた。

 

(キヨシ殿に連絡を取れば大丈夫やも知れぬが、彼は花殿と付き合ってゴザった。花殿は現在看守としての業務を休んでおられるが、今日の様子からすれば復帰は目前。キヨシ殿が小生らに近付いてくれば、彼女である花殿にその一挙一動は見られているはずなので、そう迂闊に動く事は出来ないでゴザル)

 

 以前の状態であればどうにかこっそりとキヨシと連絡を取って、自分の代わりにある場所で行われる祭典に行ってもらう事が出来た。

 本当なら自分が行って同好の士と語り合ったりもしたかったが、二兎を追うものはとよくいうので、ガクトは初心に帰って最大の目的を果たすのみと余分な考えを切り捨てたのだ。

 しかし、ガクトがそうやって悩んでいるうちにキヨシ側の事情が変わってしまった。

 同性視点だがガクトから見てキヨシのルックスは中々整っている。特別格好良い訳ではなく、評価にすれば中の上といったレベルだが、逆にイケメン過ぎないので付き合い易いとも考えられる。

 性格は非常に仲間思いで、いざというときの度胸は誰よりも抜きん出ている。突っ込み気質というか少々冷めた部分はあるが、空気が読めない訳ではなく、全員で遊ぶときにはしっかりとノリのいいところを見せていた。

 そうして、ルックスと内面について総合的に考えれば、キヨシはクラスで三番目に格好良い男子ポジションに当てはまる男だった。

 一番と二番は誰にでもイケメンだと思われているが、三番目の男子というのは『私だけが気付いている格好良い男子』といった地位を確立しており、イケメンなのは一番と二番だが、付き合うなら三番と評価されるとても美味しいポジションなのだ。

 

(キヨシ殿は信頼出来る素晴らしい人物でゴザル。花殿が惹かれるのも無理はないでゴザルが、五月七日、四年に一度の三国志フィギュア祭りが終わるまで待って欲しかったでゴザル)

 

 ガクトの外せない用事、それは秋葉原で四年に一度行われる三国志フィギュア祭りへの参加だった。

 お目当ては祭り限定で発売される『関羽雲長&赤兎馬』のフィギュアで、情報を知ってからというもの、ガクトは指折り数えて祭りの日を楽しみにしていた。

 けれど、自身は外出を認められず、唯一頼れそうだったキヨシは看守である裏生徒会の人間と付き合うようになってしまった。これではもう諦めるしかない。そう、脱獄でもしない限りは。

 

(小生は、小生は……)

 

 自分の欲のため、仲間だけではなく、恩人の信頼まで裏切るのか。

 諸葛岳人はキヨシと裏生徒会の間で揺れて涙した花の気持ちを少しだけ理解するのだった。

 

◇◇◇

 

 週明け月曜日の昼休み、土日は出掛ける用事があると言って花から逃げていたキヨシは、今日も花が待ち構えているのではと、食堂の入口に身体を半分隠しながら中を覗く。

 キヨシのおかしな行動に女子たちはヒソヒソと話しているが、そんな周囲の目より花との遭遇の方が恐かったキヨシは、自分が普段座っている席に誰もいないことで安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。

 

「フゥ……セーフ」

「何がセーフなのよ?」

「ほわぁっ!?」

 

 卑怯、後ろをバック。背後からの花襲来。まさかのバックアタックにキヨシは思わず飛び退いてしまう。

 先にいなかったからといって、後から来ない訳ではないという可能性を頭から排除していたが故の失態だ。

 会長や副会長は食堂で見た事がないというのに、どうして同じ裏生徒会である花だけ単独行動なのか気になったキヨシは、咳払いをして冷静さを取り戻しながら尋ねる。

 

「あの、花さんって友達とかいないんですか?」

「なに、殺されたいの? アンタ、私が千代ちゃんと話してたの見てたわよね?」

「ああ、いや、そういう訳じゃなくて、なんていうか、俺と昼食べないでお友達とか裏生徒会の人と食べればいいのになぁ……なんて、ちょっとお節介にも思ったものですから」

 

 殺されたいのかと訊いてきた花は、獲物を狙う肉食獣の様な目付きでキヨシを睨む。

 パッと見はゆるふわな雰囲気の可愛い女子だというのに、一瞬にして変わるのだから女子は不思議だ。

 そんな事を考えながら自ら建てた死亡フラグを回避するべく、キヨシはいつもの定位置のテーブルに移動しながら、とりあえずそれっぽい理由を述べてみた。

 それを聞いた少女はまたしてもキヨシの正面に座り、小馬鹿にした表情で相手の言葉を鼻で笑って返してくる。

 

「別にアンタに言われなくても食べるわよ。ってか、会長たちとは普通にお茶したりもしてるし」

「じゃあ、なんで今日はこっちへ?」

「呼んでも来ない馬鹿がいるからさぁ。放課後に逃げないように直接伝えに来たのよ」

 

 テーブルに肘をついて不敵に口元を吊り上げる彼女は、獲物を狙う肉食獣ではなく、既に獲物を捕らえたハンターであった。

 この土日は用事があると言って呼び出しを断り、寮に来るかもしれないからと街に行って会わないようにしていた。

 土曜日に断ったときには、日曜日は来なさいよと回り込まれそうになったが、そっちも両親に頼まれた物を買いに遠出しなくてはならないのでと無事に逃げおおせた。

 しかし、ここまで接近を許し、少なくとも食事を終えるまで逃げられない同じテーブルについた時点で、数日に亘る両者の追いかけっこの勝敗は決していたのだ。

 今日は逃がさない。逃げたら殺す。口で言わずとも瞳と全身から立ち上るオーラがそう語っている。

 そんな彼女を前にしたキヨシは、テーブルの下で笑っている自分の膝を色が変わるほど強く掴み、痛みでどうにか冷静さを取り戻すと劣勢を少しでもイーブンに近付けるため反撃に打って出る。

 

「あー、そのですね。僕も花さんの相手ばっかりしてるほど暇ではないっていうか。植物や肥料を買いに行ったり、学校の近場に何があるか見て回ってたり、一人だけどだからこそ有意義な時間の使い方を模索してるって言いますかね」

「アタシの相手ばっかりって、じゃあ、こっちが呼んで放課後に何回来たか言ってみなさいよ」

「……一回ですかね?」

「それはテメェが勝手に木から落っこちて来ただけだろうが!」

「おぶふぉあっ」

 

 炸裂する幻の左。いつも右手で殴られていたので、逆から来る攻撃には反応が遅れてしまい。キヨシは殴られた衝撃で椅子から転げ落ちながら床に沈む。

 そう、キヨシは花をしつこい人のように言っているが、実際は一度も放課後に呼ばれて行ったりしていないのだ。

 連絡先を交換してから数日は花も監視ではなく事務作業の方に回っており、初めて監視に加わった日にキヨシから辱めを受けたので、復活して以降しかキヨシの事を呼んでおらず、呼ばれたキヨシは土日が休日である事を理由に出掛ける用事があると嘘をついて逃げていた。

 勿論、キヨシが嘘をついて逃げていた事は花も分かっている。やましいことがないのなら、会ってすぐに視線を泳がせたりはすまい。

 それ故、殴った花は氷のように冷たい目をしているが、ここ数日の呼び出し無視で溜まった鬱憤を少しは解消できたため、口元だけ楽しそうに歪めれば、床で寝ているキヨシに改めてこれまでの出頭状況を説明する。

 

「まぁ、つまり、アンタは放課後一回も来てないのよ。最初に会ったのはアタシが行っただけだし、この前のだってキヨシが降ってきただけで呼んでないしさー」

 

 唯一キヨシが来たのは木の上から降ってきたあのときだけ。なんで呼んでも来ないのに、呼んでないときに来るのか。

 それはきっと、本人の持って生まれた間の悪さに原因があるのだろう。

 しかも、そもそも呼ばねーよといった状況で降って来て、キヨシだけが得をする展開になったことが花には許せなかった。

 花はやられたらやり返す女だ。逆に恩を受ければ恩で返す義に厚い女性でもあるが、とりあえず呼んでも来ないキヨシをこのままにしていると、相手も調子に乗って逃げ続けるに違いない。

 なので、今のすっきりしない状況は今日で終わりだという意味も込めて、ようやく立ち上がって椅子に座り直すキヨシにその事を告げれば、相手は非常に面倒そうな顔で返して来た。

 

「非常に聞き辛いんですけど、ぶっちゃけ別に用なくて呼んでますよね?」

「あ? キヨシ、テメェまだ落とし前付けてねぇだろうが」

「いや、それは覚えてますよ。ただ、別に見ても楽しくないでしょうし。見られたから見せろってのも変じゃないかなって思ったんです。その理屈でいくと俺と花さんの……まぁ、そういうアレソレが等価値ってことになりますし。シンゴたちも逆に女子が覗けばチャラってことになるじゃないですか?」

 

 罰として監獄送りは勿論嫌だが、それならブランド物の財布を買えといった話の方がキヨシ的には健全に思える。

 だというのに、ハンムラビ法典でもあるまいし、おしっこと性器を見られたからお前のも見せろという発想はないだろう。

 理屈を語る際に相手が気にするであろう単語を混ぜる事で、上手く引っ掛かって諦めてくれと願いながらキヨシが相手を見れば、そこにはつまらなそうに腕組みをして見返してきている花がいた。

 

「アンタ、馬鹿でしょ。理屈とかじゃなくて、被害者の私がそれで許してやるって言ってんの。あれが事故だったにしろ、アンタは警察に突き出されても文句言えない立場で、それを私が内々で処理してあげるって温情で言ってるだけなのよ。つまり、アンタがいま語った事は一切関係ないし、アタシのとアンタのが等価値ってのも笑えない冗談だから」

 

 作戦失敗。発想はぶっとんでて馬鹿だとしか思えないが、有名進学校で裏生徒会という校内カースト最上位にいるだけあって、花の頭の回転の速さはキヨシを上回っていた。

 奥の手だった理論武装も木っ端微塵に破壊され、もう打つ手のないキヨシは諦めながらも、せめて放課後までは静かに過ごしたいので、用事を済ませたであろう相手が帰るように仕向ける。

 

「分かりましたけど、その事を伝えに来ただけならもう用は済みましたよね? 俺、これから昼なんで食べてていいですか?」

「アタシもこれから食べるんだけど。今日はデミグラオムライスセットね」

 

 まさかの相席。実は最初から予想していたのだが、外れて欲しいと思っていただけに落胆は大きい。

 花のルックスは可愛いと思っている。ただ、内面がすごく残念だった。貸し借り無しを目指す等さっぱりした性格の様で、実際は狙った獲物に対してかなり執念深くしつこいと見える。

 いくら可愛くても、そんな蛇の様な女子との食事は、キヨシにとってかなり精神を擦り減らす苦行に近かった。

 

「えぇー……裏生徒会役員ともあろう人が、入って一月も経ってない一年をナチュラルにパシるんですか? 別に持ってくるのは構いませんけど、これ女子たちが知ったらどう思うかなぁ。花さんが残った男子をパシリに使ってるとか、あの厳格そうな会長さんの耳に届いたらマズいんじゃないかなぁ」

 

 よって、あっちいけと再び理論武装でキヨシは相手を牽制した。

 花の事は嫌いではないが、おしっこのことで絡んでこないで欲しい。いや、おしっこのことを言ってきてもいいから、償いの方法をもっと別のモノにして欲しい。

 たまに喰らう暴力はキヨシが悪かったりするのでドッコイだが、おしっこのことで執着するなら他所で飯を食えという想いを籠めて言えば、当然そんな遠回しすぎる想いは相手に気付かれず、反対にまたしても言葉で負かされる事になる。

 

「気にしないわよ別に。ウチの学校だと後輩が進んで料理を取ってきたりしてくれるもん。アンタ、元女子校を舐め過ぎ。共学より結構体育会系な縦社会なんだから」

「はぁ……“タイが、曲がっていてよ”とか“会長が、見ていらっしゃるわよ”は無いって事ですね」

 

 とてもがっかりだ。『お姉さま、〇〇さん』などという百合の花が咲き乱れる展開は現実の女子校には存在しないらしい。

 おしっこのことも、花への苦手意識も忘れ、キヨシがただただ残酷な現実に涙を流しかけたとき、

 

「そこまで気取った言い方はないけど、似たようなのは普通にあるけど?」

 

 救いの神が舞い降りた。

 顎に手を当てて考える花は、左手の指を曲げて何かを数えており、直前の話から推測するにそういったお上品な関係の女子生徒を数えているか、もしくは自分が目撃したそういったシーンを数えているに違いない。

 楽園はここにあった。花さん、ありがとう。そんな喜びも込めて立ち上がったキヨシは、両手で花の左手を握って詳細を教えてくれと頼み込んだ。

 

「本当にあるんですか!? え、“根性が曲がっていてよ”とかってオチじゃないですよね?」

「なっ、急に手握んな馬鹿! てか、それ誰を見て想像したか言ってみろよ。お礼に肋骨が何本あるか数えてやるから」

「うっす、オムライス取ってきます。先輩はごゆっくりどうぞっす」

 

 急に手を握られた花は動揺しながら振り払うも、直前の言葉に引っ掛かる物があってドスの利いた声で尋ねた。

 怒りを爆発させている者より、静かに怒っている人間の方がヤバい。その事を本能で悟ったキヨシは、腰をきっちり四十五度傾けて礼をするなり駆け足で厨房へと駆けていった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。