【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

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第6話 嗚呼!!花の応援団

 

 昼休み、それは監獄送りになっている男子ら四人にとって心休まる時間である。

 普段は自由に動けない彼らも、昼休みはバリケードの内側という制限はあるが、他の生徒と同じように自由に遊ぶことが許されていた。

 

「おっしゃ、次はガクトが鬼だぜ!」

「ぐぬー、小生の頭脳を使ってすぐに捕まえてやるでゴザル!」

 

 最近の彼らのブームは鬼ごっこ。ボールを使ったものかそういった遊びしか出来ないだけだが、ついこの前まで中学生だったこともあり、自由に動き回れるこの時間を精一杯満喫するため、彼らは童心に帰って楽しんでいた。

 刑務作業は確かに辛いが、数日もすれば慣れてそれほど苦ではなくなった。なにより、副会長からのご褒美が美味しい。

 一時は暴君花によって囚人生活から奴隷生活になりかけたが、その暴君は先日救世主キヨシが退治して来なくなった。

 一度ならず二度までも救われたとあらば、男としてその恩に報いなければならない。服役を終えたら何かお礼をしようと心に決め、男子らは全員が固い決意でこの囚人生活を乗り切ろうと考えていた。

 

「待つでゴザル、アンドレ殿ー!」

 

 とはいえ、昼休みくらいは気を抜いてもいい。鬼になったガクトが必死に追いかけ、追われるアンドレは巨体に似合わぬ敏捷性で逃げ続ける。

 その様子をジョーとシンゴが囃しながら笑い、男子たちが鬼ごっこを存分に楽しんでいたとき、アンドレを追っていたガクトの視界にあるものが映った。

 

「ぬっ、あれは!?」

 

 ガクト達のいる監獄は中庭の中央に建てられている。建物のまわりには木々が生えており、そこからさらに離れたところに彼らが作った有刺鉄線のバリケードがある。

 だが、そこさらに外側には中庭だけあって一般の生徒が遊ぶだけのスペースや、休憩したりお昼を食べるためのテーブルとイスが用意されているのだ。

 監獄に男子がいるため、普段はあまり利用する者はいないが、今日はいつもと違ったようで校舎から生徒が出てきてテーブルに座るのが見えた。

 それだけならばガクトも驚いたりはしないが、なんと、その生徒は救世主キヨシと暴君花だったのだ。

 

「鬼ごっこは一時中断、全員集合でゴザル!」

 

 購買の小さなレジ袋を持ったキヨシと花が同じテーブルに着いたことで、これは何かあると睨んだガクトは全員に集合をかけた。

 他の者は集合をかけられた理由をよく分かっていないようだが、不思議そうにやってきた男子らを連れて、ガクトは監獄の壁際に移動してから二人の座るテーブルを指差す。

 

「皆の衆、心を落ち着けてゆっくりと見るでゴザル」

「あぁ? 一体何があるって……はぁっ!? キヨシとあの女じゃねえか!」

 

 言われた通りゆっくり振り向いたシンゴは、目を見開いて飛び上がるように驚いた。

 あの二人の組み合わせは先日の花さん大泣き事件以外では目にしていないので、正直、どういう経緯で一緒にいるのか想像がつかないのだ。

 

「ゲホッ……なんでキヨシが花さんと一緒にいるんだ?」

「それは小生にも分からんでゴザル。しかし、普通に考えるのなら残った男子も裏生徒会の監視下に置かれているといったところでゴザろうな」

「それはキヨシ君に悪い事をしちゃったね」

「ああ……俺らのせいで窮屈な思いをしてるだろうしな……ゴホッ」

 

 学園内での男子の評価は今や地の底。いくらキヨシは覗きをしていないと言っても、同じ男子というだけで嫌悪感を抱く女子もいるだろう。

 裏生徒会の監視はそんな女子たちを安心させるための策であり、逆に罪を犯していないキヨシにすれば、無罪であるのに周囲から犯罪者扱いを受けて精神的に負担になっているはず。

 四人まとめて監視されているガクトたちは、普段は監獄内にいて周囲の声を聞かずに済んでいるが、孤立無援で普段から女子たちに見られているキヨシは、自分たち以上に学園での居場所がないのではと、巻き込んでしまった男子らは非常に申し訳ない気持ちになった。

 そして、離れた場所から二人を見ていれば、持っていたレジ袋からキヨシが何を取り出し、向かいに座っている花に渡している。何を渡しているかまでは見えないが、その様子が気になったシンゴは皆にその事を伝えた。

 

「キヨシが袋から何か出して花さんに渡してるぞ。アイツ、まさかカツアゲってか奢らされてんのか?」

「その可能性もありそうでゴザルが……むむ?」

 

 上級生が権力を笠にきて奢らせていれば大問題だ。いくらなんでもそれは許せないとシンゴが花を睨んでいれば、ガクトは二人の様子がおかしい事に気付いた。

 何をしているのか分からないが、花が満面の笑みを浮かべて先ほど渡された物を携帯カメラで撮っている。

 対して、キヨシは驚いた顔をした後に笑って拍手をしてから、席を立って回り込み携帯のカメラで同じように何かを撮ったり、元の席に戻って今度は花とセットで何かを撮っていた。

 

「なんか、キヨシ君と花さんすごく楽しそうだね」

「ああ、二人してテンション高いな……げほっ」

「写真まで撮って、マジで何してんだ?」

 

 二人の様子からするとカツアゲ紛いの事はないようだ。その点については安心だが、じゃあ二人は何をそんなにはしゃいでいるのかという疑問が浮かぶ。

 離れた場所にいる男子たちからは、ドヤ顔を浮かべている花とそれを称えているキヨシの姿しか見えない。

 ゆるふわに見えて本性はバイオレンスであると知っているだけに、花に対して恐怖を抱いている男子からすると不思議な光景である。

 しかし、驚きはそれだけで終わらず、急に立ちあがったキヨシが校舎の二階に手を振り、その後にテーブルを指差して誰かに何かを伝え、少しすると校舎の方から二人の女子が現れた。

 

「ぬっ!? キヨシ殿が女子を召喚したでゴザル!」

「おい、あの子ら可愛くねぇか?」

「ごほっ……花さんとも知り合いみたいで、一緒になってはしゃいでるな」

 

 現れたのはセミロングヘアとショートヘアの二人の女子。セミロングの女子の方は花と知り合いらしく手を繋いで笑っている。

 もっとも、ショートヘアの女子はキヨシがいて気まずそうだが、キヨシがテーブルの上を指差すと驚いた顔をして、花に向かって笑顔で拍手をしており。あの一角は非常に楽しそうであった。

 自分たちが入学時に夢見ていた光景、それがバリケードを挟んだ向こう側に存在する事がシンゴは信じられなかった。

 

「なぁ、キヨシのどこが窮屈な生活を送ってるって言うんだ? アイツ、いつの間にか女子とも普通に喋ってるじゃねぇか!」

「で、でも、キヨシ君は覗きをしてないから、僕たちより女子に信頼されてて普通にお話くらいはできるだけかもよ?」

「普通じゃねえだろ! 一応花さんも含めて可愛い女子に囲まれてんじゃねえか! 一人だけ外に残ってアイツは学園ハーレムライフをエンジョイしてやがったんだよ!」

 

 自業自得。確かにそうだ。シンゴたちは風呂を覗こうとして、キヨシは偶然とはいえ覗きに一切加担しなかった。言葉にすればたったそれだけだが、まさに天と地を分けるほどの違いである。

 しかし、シンゴは思春期真っ盛りの高校生。いくら相手が恩人であろうと、羨ましい物は羨ましい。

 まして、それが中学からの友人となれば、余計に嫉妬してしまい割り切る事は出来なかった。

 ポケットに手を入れ、見るのも嫌だと背中を向けてシンゴは吐き捨てるように呟く。

 

「ったく、アイツがこんな薄情なヤツだとは思わなかったぜ」

「いや、少し待つでゴザル」

 

 ガクトがそう言った事で全員がキヨシたちの方を見ると、キヨシが召喚した女子たちは手を振って校舎の方へ帰って行った。

 待てと言うから様子を見たというのに、これでは女子らは用があって別れたようにしか見えない。

 一体ガクトは何があると思ったのだろうかと、シンゴが呆れながら見るのをやめようとしたとき、シンゴは見てしまった。立ちあがった花にテーブル越しに殴られ吹き飛ぶキヨシの姿を。

 

「うわぁ……さっき自分もはしゃいでたのに女子が帰った途端に思いっきり殴ったぞ」

 

 殴られたキヨシはゴロゴロと地面を転がりピクリとも動かない。これは死んだかと思ったところで、起き上がって抗議しているようだが、花はそれを聞き入れずに何かを食べていた。

 抗議しても無駄だと理解したキヨシは疲れた様子で席に戻り、テーブルに置いていた袋から棒アイスを取り出して食べている。

 殴られたのは可哀想だが、自由に購買でアイスを買って食べれるなど羨ましいとシンゴたちが見ていれば、顎に手を当ててジッと二人を観察していたガクトが呟いた。

 

「ふむ、なるほど、そういう事でござったか」

「げほっ……ガクト、何か分かったのか?」

「フフッ、まぁ、諸君らに分からぬのも無理はないでゴザル。気付いた小生自身、かなり驚いているでゴザルからな」

 

 二人を見て何やら本当に分かったようだが、ガクトは眼鏡を光らせながら意味ありげに笑うばかりで一向に話そうとしない。

 しびれを切らしたシンゴは、さっさと話せとガクトを急かす。

 

「勿体ぶらずに教えろよ」

「では、驚かずに聞くでゴザル。キヨシ殿と花殿はなんと……交際関係にあったのでゴザル!」

『な、なんだってー!!』

 

 衝撃の発言にガクトを除くメンバーは驚いた。

 確かにキヨシたちは二人で向かい合って座りながら、食後のデザートなのかアイスを食べたりしている。

 しかし、流石に発想が飛躍し過ぎだろうとジョーが冷静に返した。

 

「いくらなんでもありえねぇだろ……ごほっ」

「いや、全ては状況が証明しているでゴザルよ。まぁ、二人が仲良さげに中庭に来た事に加え、可愛い女子が帰った途端に花殿がキヨシ殿を殴った事で、余計に信憑性が増したというべきでゴザロウか」

 

 言われて他の者たちは二人がやって来てからの事を思い出してみる。

 キヨシが扉を開けて花が中庭に出るのを手伝い、自分は奥に座って校舎に近い方の席を花に譲っていた。荷物もキヨシが持っていて座ればすぐに何かを渡していた事で、付き合っているなら中々の紳士っぷりである。

 そして、いま花が食べている何かの箱を開けると二人ははしゃぎだし、少ししてキヨシが知り合いらしき女子を呼んで、女子たちが帰った途端に花がキヨシを殴った。

 最初に二人ではしゃいでいた事を考えれば、その時点では彼女が殴る理由はなかったはず。ということは、女子が来た事で何か殴る理由が生まれたのだろう。

 状況を思い出し、真剣な表情で考えていたアンドレが思い至った可能性について口にした。

 

「もしかして、花さんは嫉妬してキヨシ君を殴ったの?」

「なるほど、確かにその線はあり得るな。けど待てよ。この前、キヨシは花さんを泣かせてただろ? あれはどう説明するんだよ?」

 

 付き合っている前提なら殴った理由としては分かる。アンドレの意見を聞いたシンゴも納得したように頷くが、先日のことを思い出して、泣かせておいて交際に至るのはおかしいのではと再度ガクトに尋ねる。

 

「小生のプロファイリングによれば、前髪ぱっつんでジャージを穿いている花殿は箱入り娘で育ったはずでゴザル。髪型は可愛い物への憧れ、ジャージは男子に下着を見られたくない恥じらいと奥ゆかしさ。空手のIHでベスト4に入るアグレッシブさがあると言っても、根幹がそれならば彼女は恋愛に関してかなり奥手で、さらに少々夢みがちな少女である可能性が高いかと。つまり、先日のあれはキヨシ殿から情熱的に告白され感動して泣いてしまったに違いないでゴザル!」

 

 シンゴがしてきた質問は来ると分かっていた。そう言いたげにガクトは花の人格や思考について説明し、あのときの真実はこうだったと力説した。

 あまりの勢いにジョーとアンドレはそうだったのかと納得して、暴力的な部分を除けば花も可愛いじゃないかとほっこりする。

 けれど、ただ一人その意見に納得していない男は、片手をポケットにいれながら反対の手で髪をかき上げ、不敵な笑みを浮かべてガクトを見た。

 

「フッ……甘いなガクト。練馬一の知将も流石に恋愛は専門外だったらしいな」

「ぬっ、何か間違っているとでもいうのでゴザルか?」

「ああ、途中までは合ってた。けどな、最後の部分が違うんだ」

 

 シンゴの言葉にガクトはムッとする。自分の推測は正しい、女子のおっぱいを見た事がないと言っていた男が恋愛を語れるはずがない。

 しかし、今のシンゴからは自信に満ち溢れたオーラが出ている。彼は何を掴んだというのだろうか。

 必死に自分の推測に間違いがなかったか確認するも、やはり間違いなどないとガクトが相手を見つめ返せば、二人のやり取りを見ていたジョーが口を挟んだ。

 

「ごほっ……シンゴ、オマエは二人の関係をどう見たんだ?」

「途中まではガクトと一緒だ。だが、最後の泣いた理由が間違ってる。オマエら忘れてないか? 花さんは不純異性交遊を取り締まってる裏生徒会だぜ?」

 

 にやり、と口元を歪めたシンゴは落ちていた枝を拾って、地面に絵を描きながら説明した。

 

「つまり、泣いた本当の理由はこうだ。キヨシの告白は嬉しい。けど、自分は裏生徒会の人間で恋愛は許されない身。付き合いたい、でも、出来ない。そんな本心と責任感の板挟みにあって、花さんは耐えきれず泣いてしまったのさ」

 

 中央に花と書き、左右にキヨシと裏生徒会と書きこむ。

 裏切りと分かりながらも愛を取ってキヨシの方へ向かうか、信頼を裏切らないために愛を捨てて裏生徒会でいるか。

 どちらかを選べばもう片方を犠牲にしなければならない苦渋の選択。

 愛情も友情も大切にしたい花の女子高生にすれば、愛する両親が離婚してどちらについて行くかという問題に匹敵するほどの難しい決断だ。

 あのときの花はそんな状況に追い込まれていたのだとシンゴが語れば、ガクトの話を聞いたとき以上に目を輝かせたアンドレが彼を褒め称える。

 

「す、すごいよシンゴ君! まるで恋愛マスターだ!」

「よせよ。ま、オマエらよりちょっと大人なだけさ」

「ぐぬぅ、確かにシンゴ殿の方が合っているように感じるでゴザル。しかし、板挟みにあったのなら、花殿は何故キヨシ殿と?」

「そんなの分かるだろ。心に従ったんだよ。ま、隠れて付き合うことにしたってとこだろうな。正直、花さんは苦手だし。キヨシが彼女持ちになったのは普通に妬ましい。けど、キヨシは正々堂々挑んで結果を勝ち取った。なら、友達としては応援するしかねえよな」

 

 先ほどまで女子に囲まれているキヨシに憤っていたというのに、シンゴは照れたように苦笑して友人の幸せを祝福した。

 どこか優しい目をしてキヨシを見るシンゴに、仲間たちも肩を叩いて僅かな時間で成長したなと彼に尊敬の念を抱いた。

 

「げほっ……シンゴ、オマエ男らしいな」

「うむ、実に美しい男の友情。小生も微力ながら二人の関係がばれぬよう協力するでゴザル」

 

 仲間には幸せになって欲しい。それはここにいる全員の願いだ。

 その想いを相手に伝えるべく、食べ終わったらしく席を立って帰ろうとするキヨシに向かって、男子たちは手でハート形を作って大声で呼びかけた。

 

『キヨシー!』

 

 呼ばれたキヨシは少し驚いた顔をして振り返り、男子らが笑顔でハート形を作っているのを見ると小さく笑って頷く。

 どうやらちゃんと伝わったようだと安心して手の形を崩せば、花に呼ばれて校舎に入る前に、キヨシが先ほど自分が食べていたアイスの棒を投げてきた。

 投げられた棒はギリギリでバリケードの中に届かなかったが、風に乗ったにしろ軽いアイスの棒を十メートル以上も飛ばすとは恐ろしい肩である。

 とはいえ、笑いながら投げて、バリケードから手を伸ばせば届く距離に落ちたことを確認したら校舎に入って行ったので、きっとあれは照れ隠しだったのだろうとシンゴたちは笑いながらゴミを回収しに向かう。

 

「アイツ、照れ隠しにゴミなんて投げてきやがって」

「ヘッ、窮屈な思いさせてると思ってたが、なんだかんだアイツも学園生活をエンジョイしてるみたいで良かったな……ごほっ」

「キヨシ殿のおかげて小生らも首の皮一枚繋がったでゴザル。刑期を終えればキヨシ殿のようになれる可能性はあるでゴザルよ」

 

 キヨシが道を切り開いたおかげで男子らは希望が持てた。

 ここを出れば自分たちも、そう思うだけで残りの刑期も頑張って過ごせるだろう。

 

「み、みんな、これ見て!」

 

 だが、そうして話してると、先にバリケードに到着してゴミを拾ったアンドレが慌てた様子で他の者を呼ぶ。

 

「なんだよ、アンドレ。キヨシの投げたゴミがどうしたんだ?」

「何かメッセージでも書いてたか?」

「ははっ、感謝の言葉だったらありがたく受け取るでゴザル」

 

 ゴミ一つでそんなに驚く事などないだろう。何をそんなに慌てているのだとアンドレの元に向かえば、彼の持っているアイスの棒を見たガクトたちは驚愕した。

 

『こ、これはっ!?』

 

 何かのメッセージが書いてあるのか。そう思って見たアイスの棒には『1本当り』と書かれていた。

 四人に対して一本分の当たり棒では数が足りない。けれど、本来は接触禁止である自分たちに、ゴミに偽装することで手助けの約束に対する礼を贈ったのではないか。

 

『キヨシさん、マジかっけぇ……』

 

 当たり棒を当てたのは偶然かもしれない。それでも、彼は当たり棒を一切惜しむことなく四人にプレゼントした。

 男としての格が違う。そのことをはっきりと理解した四人は、これは自分たちの大切な宝物にして、監獄を出ればキヨシの分は自分たちで出し合い五人でガリガリ君を食べようと心に決めたのだった。

 

◇◇◇

 

「アイツらなんだったの?」

 

 校舎に戻って廊下を歩きながら花がキヨシに尋ねる。

 キヨシは途中にあるゴミ箱に残りのゴミを捨ててから、花に追い付いて彼女の質問に答えた。

 

「ああ、なんかハート型のピノが出たのかって聞いて来たんで、そうだよって返しただけです」

「ふーん。てか、囚人と接触するの普通は禁止だから」

「花さんが外で食べようって言ったから中庭に行ったんですよ? というか、ケーキくれなかったのに、何故かアイスまで奢らされるし」

 

 食堂を出た後、キヨシは花に言われた通り購買にアイスでも買うかと向かったのだが、何故だか花も一緒についてきてピノを奢らされた。

 色々と見た負い目もあって、大した額ではなかったことで奢ったのだが、中庭で箱を開けるとなんとハート型のピノが入っていた。

 二人はそのことにはしゃいで写真を撮ったり、二階の廊下を歩いている姿が見えた千代と友人のマユミを呼んだり、禁止なのに何女子と喋ってんだと殴られたりしたのだが、校舎に戻る直前に男子らが手でハート形を作ってボディランゲージで訊いてきたことには驚いた。

 十メートル以上離れた場所から小さなピノの箱が見え、さらに当たった珍しい形が何であるかまで分かっているとは大した視力だ。

 そんなにアイスが食べたかったのかと思ったキヨシは、偶然当たったアイスの当たり棒を四人にプレゼントして、昼休みがそろそろ終わるという事で校舎に戻ってきたのだが、アイスを奢らされたことを不満げにしているキヨシのボディに花は拳を打ち込んだ。

 

「キヨシのくせに口応えすんな」

「ちょ、危ないですよ」

 

 しかし、腕が伸びきる前にキヨシが花の上腕を手で止めたことでその攻撃は不発に終わる。

 これはジークンドーのジートという技術で、攻撃の発動時や発動途中で止めることにより、相手の攻撃を無効化するという基本の技である。

 素人にしか思えないキヨシに攻撃を止められた花はムカついているようだが、ここでごちゃごちゃやっていれば授業に遅れるため、その事を指摘してキヨシは追撃を回避する。

 

「てか、早く行かないと授業遅れますよ。上級生はフロア違うんですから」

「ったく、アンタ上級生の敬い方も知らないのね。また放課後に呼び出したりするから、そんときはちゃんと来なさいよ」

「了解です。それじゃあ、午後も頑張ってください」

「ん、じゃあね」

 

 階段のところで別れると花はそのまま上のフロアへ去って行った。

 おしっこするところを見せろと言われたときには驚いたが、とりあえず普通に会話できる状態に戻って一安心のキヨシは、花がいた事で我慢していたトイレに行くべく、一人小走りで廊下を行くのだった。

 


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