【習作】キヨシ投獄回避ルート 作:PBR
(俺も鳥になりたいなぁ)
花との出会いで少しは学校生活が変わるのではないかと思った二日後、空を飛ぶ鳥を見ながら現実はそう甘くないとキヨシは落ち込んでいた。
千代からメールで聞いた話では、裏生徒会の役員は会長と副会長と書記の三人で、会長が千代の姉である栗原万里、副会長が白木芽衣子、書記が一昨日会った緑川花らしいが、彼女たちの布いた規則は法と言っても過言ではなく、一般の女子たちは一人としてキヨシに関わろうとしなかった。
授業のペアワークですら先生と組まなければならない始末で、これが俗に言うイジメ状態ですかねと拗ねたのはちょっとした秘密である。
先日の土下座で仲間の男子らを許して貰えたとき、自分が学園にいることを認められたと思ったが、あれは実は千代が最初に拍手したことで他の人も釣られて拍手したという経緯があるため、やっぱりこの学園内での男子の地位はかなり低いと思い知らされた。
そうして、今日もとくに誰とも話をせず、暇な放課後をどう過ごそうかと階段の踊り場の窓から外を眺めていれば、何やら鳴き声が聞こえ、下で動く物が見えたことでキヨシは目を凝らした。
(あれは……カラスのヒナか? えっと、巣がそこってことは落ちちゃったのか)
最初は何か分からなかったが、全身が真っ黒だったことで地面にいるのがカラスのヒナだと察する。
けれど、ヒナが一匹で地面にいるはずがないので、どこかに巣がないかを確認すれば、窓の正面にあるそれなりに大きな木の枝に巣があった。
兄弟と思われるカラスたちも成鳥よりも可愛い声でカーカーと鳴いており、生育具合がほぼ同じ事から下にいるカラスはその巣から落ちたヒナだと思われた。
(親は……居ても運ぶのは難しいか)
カラスは非常に頭がいいので子どもの事もしっかりと認識するだろう。けれど、親鳥がヒナを掴んで巣に戻れるかは怪しい。
重量的には掴んで飛べるだろうし、巣に運ぶくらいは可能かもしれないが、足で掴んだ際にヒナを傷付けてしまうかもしれないのだ。
免疫力の低い状態で怪我をすれば、最悪それが原因で命を落とすかもしれない。
別にカラスを特別好きという訳ではないが、見つけてしまった以上、キヨシは見て見ぬふりは出来なかった。
(花さんから連絡はないな。よっし、ちょっと待ってろよー)
携帯にメールも着信もない事を確認し、キヨシは階段を下りて外を目指した。
◇◇◇
靴に履き替えて外に出ると、ヒナはほとんど移動せずにその場にいた。
近付いても恐がらず、拾い上げればつぶらな瞳でエサを欲しそうに口を開けて鳴いている。
大人のカラスは近くで見ると大きい事もあり結構恐いが、ヒナなら可愛い物だと、顔が出るように気を付けながら制服のポケットにいれ、登れそうな場所を探して幹や枝を使って木を登って行く。
これまでの人生で木登り経験などほとんどなかったが、幹がしっかりしていて枝も太いため、思っていたよりはするすると登ってくる事が出来た。
よく木に登って降りられなくなる話を聞くが、多分、登るのは意外と誰でも出来るに違いない。
そんな事を考えながら巣のある枝までやってきたキヨシが、ヒナを巣に戻してやったとき、正面にあった窓のところにいた人物と目が合った。
「フフッ、やっぱりキヨシ君は優しいね」
「ち、千代ちゃん」
窓枠に肘を突くように笑顔で見ていたのは、同じクラスの女子である栗原千代だった。
高校生にもなって木に登っているところを見られたのは恥ずかしいが、直前の“優しいね”という言葉から察するに、彼女はキヨシがカラスのヒナを助けるところを見ていたのだろう。
メールはときどき交換しているが、直接話すのは久しぶりだったことでキヨシが返事に詰まっていれば、千代の方から話を続けてくる。
「お姉ちゃんが言ってたの。カラス好きに悪い人はいないって。おばあちゃんは相撲好きに悪い人はいないって言ってて私もそう思ってたけど、やっぱりキヨシ君はいい人だね」
「い、いや、偶然見かけて、可哀想だなって思ったから助けただけで、別にカラスだから助けた訳じゃないっていうか」
「それでもだよ。困ってる人がいたら助けるって、当たり前の事だけど難しい事だもん。そんなに謙遜しないでいいよ」
純粋な尊敬の眼差しが眩しい。この学園で男子であるキヨシに、こんなにも優しくしてくれるのは彼女だけだ。
花も可愛かったが千代はさらに優しさもプラスされる。やっぱりこっちだよなと照れて頭を掻きながらキヨシも笑顔を返せば、千代は先日約束した相撲観戦の話を振ってきた。
「ね、今度の高校生相撲楽しみだね。待ち合わせとか何時にしようか? あ、私お弁当作って行こうと思ってるから、お昼は心配しないでいいよ」
「ま、マジで! 手作り弁当とかすっごい楽しみなんだけど! あ、俺、卵焼きはしょっぱいのでも甘いのでもいけるタイプだから!」
「卵焼き好きなの? じゃあ、作って持っていくね。どっちの味かは食べるまでのお楽しみってことで」
悪戯っぽく笑う千代の表情を瞼に焼き付け、脳内フォルダに保存する。カメラを持っていれば数十万するレンズを取り付けてでも撮影したのだが、残念ながら今のキヨシは携帯のカメラしか持っていなかった。
今度相撲観戦で一緒に出かけた日の帰りにでも、秋葉原の方に寄ってコンデジくらい買っておこうとキヨシは心に決める。
それなら先に買ってから、観戦中の思い出と言って一緒に写ればいいのではと考えるかもしれないが、浮かれているキヨシがそこまで頭を働かせるなど出来るはずがなかった。
二人はその後もお弁当の好きなおかず談議に花を咲かせ、しばらく楽しい時間を過ごした。
だが、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、窓から外を見ていた千代がキヨシのいる木の方に誰かが近付いて来るのを察知する。
「あ、誰か来る。見つかったらマズイかもしれないから行くね。詳しいことはまたメールで」
「うん。千代ちゃん、またね!」
「うん。またね、キヨシ君」
ヒラヒラと手を振り去っていく千代を笑顔で見送り、キヨシは頭の中で会話の内容をリピートしながら今度の相撲観戦に思いを馳せる。
誰かが来たところで木に登ってはいけないという規則はないのだ。ここからでは更衣室やトイレを覗く事も出来ない。故に濡れ衣の心配もない。
そう考えながらキヨシがそっと振り返れば、裏生徒会の花がキョロキョロと辺りを見回しながらやってくる姿が見えた。
彼女からの連絡がないことは確認しているため、キヨシは自分を探している訳ではないと判断する。
では、彼女は一体何故周りを見渡しているのか。近付いてきた花はキヨシのいる木の下で立ち止まると、そわそわしながら独り言を呟く。
「うー、駄目だ。やっぱり校舎までもたない」
もたない、もたないとは何だ? キヨシは平凡でしかない脳を必死に働かせ、彼女の言葉の意味を理解しようとする。
漢字にすれば“持たない”というのがあるが、彼女はいま手ぶらだ。別に手をブラ代わりにしている訳ではなく、その手に何も持っていないという意味である。
そもそも、こんな場所で花のような美少女が手ブラで歩いていれば、それは襲ってくれと言っているようなものだ。
千代に勝手に操を立てているキヨシでも、据え膳食わぬはとルパンダイブを決行する自信があった。
しかし、今の彼女は制服+ジャージという色気のない格好である。これではキヨシのエリンギもエレクト出来ない。
では、彼女の言った“もたない”とはどういう意味か。そわそわとしながら周りを見ている事で、キヨシは大体の想像が付いていた。
そして案の定、彼女は一度決心したように頷くと、キヨシのいる木の根元辺りでジャージと下着を一緒に下ろし、その場にしゃがみ込む。
その瞬間、キヨシの目は彼女の色白で可愛らしいヒップに釘づけになるが、穿いていた物を下ろしてしゃがみ込む彼女の姿を見たとき、キヨシの脳はかつてないほどフル稼働していた。
もし、彼女がここでキヨシの想像通りのことをして、それをキヨシが見てしまったら覗き以上の罰則を喰らうに違いない。
相手は裏生徒会の役員だ。そんな彼女が被害者になれば男子生徒の首など簡単に飛ぶ。
迷っている暇はない。事が始まる前なら止める事は可能だと、キヨシは慌てて彼女に制止の声をかけた。
「駄目だ花さん! ストップっ……おわぁっ!?」
勢いよく叫んだことでバランスを崩したキヨシが落下する。彼女の上でなかったことは幸いだが、落下した場所は彼女の正面だった。
「……へ?」
対して、下にいた花は何が降ってきたのか一瞬分からなかった。
ただ、自分の目の前に大きな物が降って来て、驚いた衝撃で既に準備態勢になっていたこともあり我慢の限界が来てしまう。
そう、五十センチほど距離を開けた真正面という、ベストなアングルでキヨシが見ている状態で。
キヨシが見たのは苔のむす岩の割れ目から清水が湧きでる光景だった。
雨水が山に沁み込み時間をかけて濾過され、透き通った綺麗な水となって湧き出てきたのだ。
せせらぎの様な柔らかい音で湧き出た水は徐々に勢いを増し、次第に滝の如き激しさで地面へとぶつかって飛沫を作り出してゆく。
地面にぶつかった水はその場に留まり、とても立派で大きな湖を作り出した。
岩の割れ目から湧きだし地面へとかかる黄金色の橋と見紛う清水は、キヨシの心の中に新たな感動を与える。
けれど、これは雨が降った後、限られたときのみ出会える神秘の光景だ。
湧水の勢いは徐々に治まり、最後は水滴となって地面に垂れる。
今回の出会いはここまでかと、先ほどの千代の笑顔以上にしっかりと目に焼きつけたキヨシが、名残惜しみながら山頂を見れば、そこには火山噴火の予兆があった。
「キャアアアアアアアアアアアアッ!!」
直後、本当に火山が噴火した。もとい、顔を真っ赤にした花が森中に響く叫び声を上げた。
ヤバい、と思ったキヨシはすぐに立ち上がり、別に覗き目的で木の上にいたのではないと釈明しようとする。
だが、キヨシが彼女の方を見たとき、花はジャージと下着を既に身に付けた状態で子どもの様に大泣きしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
「どうした花!!」
先ほどの叫び声を聞きつけてやってきたのだろう。鞭を持った副会長と囚人服の男子らが走ってきた。
泣いている女子と、その前で気まずそうにしている男子。誰がどうみてもキヨシが花を泣かせたとしか思えなかった。
駆けつけた副会長は泣いている花を抱きしめ、傍に立っていたキヨシを親の敵のように睨みつける。
「キサマァ、花に何をした!」
「え、いや、その実は」
「だめぇっ! 言わないでぇっ!」
事情を説明しようとするも、副会長の腕から抜け出した花が両手でキヨシの口を塞いで喋らせないようにしてくる。
手を洗ってませんでしたよね、とは口が裂けても言えないが、泣かせてしまった負い目もあって、キヨシは彼女の名誉のために誰にも言わない事にした。
キヨシが何も言わないと分かると花は副会長に抱きついて泣いているが、当事者二人が何も言わないのでは対処のしようがない。
しょうがなく花の介抱を優先した副会長は、キヨシを殺意の籠った視線で射抜きながら囚人たちに本日の作業終了を告げた。
「本日の作業はここまでだ! キサマらは速やかに監獄に戻っていろ! いいな!」
それだけ告げて花に寄り添い校舎へと帰って行く副会長。
囚人らが監獄に戻るのを確認しなくていいのかという疑問はあるが、副会長が帰ってくる前に戻っていればいいのだと、男子たちは久しぶりに会ったキヨシに笑顔で駆け寄った。
「キヨシ、オマエすっげぇよ! あの女を泣かすとか誰にでも出来ることじゃないぜ!」
「やはりキヨシ殿は救世主でゴザル! 前回に引き続き、今回は暴君花より小生たちを救ってくださった!」
「ゲホッ……サンキュー、キヨシ!」
口々に褒めて感謝の言葉をぶつけてくるが、キヨシとしては仲良くなれそうな相手を泣かせてしまったので気まずいばかり。
ただ泣かせたのではなく、大浴場などで同性に見られる以外では本当に愛し合った恋人にしか見せない場所を見てしまい。さらに、本当に愛し合った恋人にも見せないであろう姿まで見てしまった。
これは一発で退学を言い渡されるのではないか。そう思っているキヨシは、花が泣いて去っていった事を喜んだ男子らが胴上げをしてきても、全くの他人事にしか感じられなかった。