【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

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本日、副会長(退行芽衣子)が表紙の20巻発売です。


第18話 再会の時

 

 ガクトの自主退学が防がれてから数日。キヨシは放課後に二階の窓から囚人たちの作業を眺めて、ガクトが一人だけハブられていることに気付いていた。

 理由は極めて単純、ガクトの脱獄で刑期が伸びた事への仕返し。普段なら二人ずつに分かれる作業も現在はガクトと他三人で分かれており、ガクトが意図的にハブられていることは一目瞭然だ。

 傍から見ていればガキみたいな事をするなと思うところだが、キヨシは彼らと同じ立場ではないので、囚人生活のキツさや辛さを知らずに偉そうなことは言えない。

 ただ、彼らが仲違いしたままでは、出獄後に予定している千代を招いての交流会が開けない。開いても男子の仲が険悪では千代が楽しめないため、彼らが自分たちで気付いて関係を修復する事を願うが、このまま出獄まで切っ掛けを得られずいくのであれば、キヨシは自分もどこかで動かなければならないと考えた。

 

(まぁ、アイツらも協力してたんだし、じきに飽きてくるだろ)

 

 とはいえ、彼らの不仲が始まってまだ数日だ。どうせシンゴとジョーが刑期延長でカリカリして、アンドレがそれに従っているだけだと思うので、もう少し様子を見ても遅くはない。

 彼らの刑期は三ヶ月。最初の一月は既に終わったので残り二ヶ月なら、夏休み前には出て来られる。

 そのときになれば夏休み直前で女子たちも浮かれ、夏休みに入って男子の事を忘れ、二学期からは彼らも多少の冷遇はあるだろうが人並みの学校生活を送れるはずだった。

 勿論、裏生徒会の布いた男子との接触禁止ルールがなくならない限り、キヨシたちが表だって女子とは話せない事は変わらないが、二学期まで生き延びれば女子らもキヨシたちに慣れて規則を今ほど気にしなくなる可能性が高い。

 学内では監視の目が光っていても、敷地を一歩出れば生徒会の仕事がある万里たちも全てを監視しきる事は不可能。敷地内であっても裏生徒会と敵対している表生徒会を利用すればやりようはある。

 不純な動機で元女子校のここへやってきたキヨシにとって、この程度の逆境など望む結果を得たときの感動を高めるスパイスでしかない。試練などいくらでも越えてみせると密かなやる気を燃やして、今後はどうやって女子との接点を持とうか考えながらトイレに行こうと下り階段に差し掛かったとき、階段を上がってくる一人の女子生徒と目が合った。

 

「あ、キヨシ」

「は、花……さん……」

 

 瞬間、やる気と挑戦する高揚感が萎んで行き、彼女とのこれまでの事がフラッシュバックして冷や汗が流れ出す。

 戦線離脱していると聞いていた彼女が何故いるのか。そんな物は復活したからに決まっているが、放課後を自由に過ごそうと思って動き出したタイミングで出会うとは運がない。

 ここで素直にトイレに行くと言えば再びついて来られるかもしれないので、キヨシは不自然ではない理由を瞬時に考え出すと、ここを離脱するため“忘れ物作戦”の実行に移った。

 

「あ、いっけね。教室に忘れものしたかも」

「おい、それ前も使った手だろ。会っただけで逃げようとすんな」

 

 キヨシ、痛恨のミス。確かに似た手を前に使って、その際、花に一瞬で看破されたことがあった。

 相手もそれを覚えていたようで数段飛ばしで一気に階段を上ってくると、去ろうと背中を向けたキヨシの肩を掴んで捕獲した。

 副会長ほどの剛力ではないが花の力も中々のもの。ミシミシと肉と骨が音をさせている気がして、痛みに顔をしかめたキヨシは相手の腕を外す様に身体を回転させて相手と正面から向き合った。

 素人から一歩進んだ初心者の動きで、武道上級者の自分の手を外された花は僅かにいらっと来たようだが、少年が逃げないのならどうでもいいかと思う事にしたのか、相手は腕組みをした状態で真っ直ぐ見つめて口を開く。

 

「アンタ、会長の妹さんとデートしたんだって?」

「え、いや、えっと」

 

 この質問は流石に予想外だった。万里か副会長経由で聞いたのだろうが、これを確認してはいと答えれば花はどう動くのかが分からない。

 もしかすると、男子と接触したからと千代を監獄に贈りにするつもりなのか。そうなれば姉の万里が反対してきそうだが、逆に他の生徒に示しがつかないからと形だけの罰則として謹慎を言い渡すこともあり得る。

 キヨシとしては女神である千代にそのような被害が出る事は避けたい。ただ、ここで嘘を吐いても話は既に両生徒会のメンバーが知っているので隠しようがない。

 ここで自分が取るべき行動は何か。キヨシが必死に頭を働かせていれば、中々答えないことに業を煮やした花が大声で怒鳴ってきた。

 

「したのかしてねぇのか、はっきりしろよ!」

「し、しました!」

 

 恐怖を刷り込まれていたキヨシは反射的に答えて、すぐにしまったという顔をする。これで相手に言質を取られた様なものだ。

 デートは一応学校の許可を得た正式な物だったが、もし万里が裏で動いてあの許可証を撤回させればどうなるか分からない。

 次に花が千代に不利に働く動きを見せれば、千代の平和な学生生活のために相手を亡き者にしなければならない。幸いにも場所は窓や階段の近くで、校舎にも生徒はほとんど残っておらず周囲に気配はなかった。

 やるならチャンスは今しかない。そう思ってキヨシが覚悟を決めかければ、対する花は興味なさげな顔で会話を続けてきた。

 

「ふーん。それで、楽しかった?」

「え、まぁ、はい。学生相撲は初めてでしたけど、見てて面白かったです」

 

 もしや、相手は久しぶりに会って普通に雑談をするつもりだったのか。

 亡き者にしようとしていたキヨシは拍子抜けし、己の早とちりを深く反省しながら感想を伝える。

 それを聞いた花は内容までは詳しく聞いていなかったようで、「学生相撲?」と首を傾げて微妙な表情をした。

 

「高校生のデートが学生相撲ってのもどうなのよ」

「いや、一応、学校行事としてでしたし。そういう花さんは高校生らしいデートの経験はあるんですか?」

「アンタには関係ないでしょ」

 

 彼女にそんな経験はない。女子の嗜みとして雑誌でデート特集を読んだりはするが、女子校育ちということもあって彼氏がいたこともデートした経験もなかった。

 ただ、それを素直に言えば馬鹿にされる。後輩であるキヨシが女子とデートしたことがあるというのに、三年生の花が一度もデートした事がないとバレれば笑われる可能性が高い。

 そう考えた花はムスッとした顔を作ってこれ以上のキヨシからの質問を拒絶し、少し間を置いてから会ったら話そうと思ってた本題について語り出す。

 

「それよりさ。アンタ、私に何したか忘れてないわよね?」

「そ、それは……」

 

 このタイミングであの日の事を切りだすのか。そう考えながらキヨシが視線を逸らし口籠っていれば、突如花の顔が視界いっぱいに映し出された。

 

「――――忘れてないわよね?」

「うわっ!?」

 

 ズズイと身体ごと花が顔を近づけて問い直してきた事で、キヨシは驚き後退って背中を窓にぶつける。

 開いていなくて良かった、もし開いていれば落ちていたかもしれない。そんな恐怖と花をどアップで見た驚きで心臓が強く鼓動していれば、キヨシの反応が気に障ったらしく花は舌を一つ打った。

 

「何よそれ。近付いたくらいで人を汚い物みたいに」

「ま、まさか、花さんが汚いなんて滅相もない」

「本当に? 本気でそう思ってないって証明できる?」

 

 腕を組んだまま問うてくる花はキヨシに何かを見ていた。彼女にはキヨシにして欲しい何かがある。それが分からないキヨシは考える時間が欲しいため、時間稼ぎに相手に聞き返す。

 

「証明、ですか?」

「そうよ。思ってないなら出来るでしょ」

 

 証明しろという事は行動で示せという事。花の評判が事故以前と事故後で変わっているか調べたり、相手の肌や髪を調べて問題ないと証明されれば相手も納得するだろうか。

 そう考えてキヨシはすぐに自分の間違いに気付く。相手が気にしているのは自分が汚いかどうかではない。本当は彼女を穢した張本人が汚いと思っていたりしないだろうかという確認が目的なのだ。

 キヨシだって原因を作ったやつが汚いと思っていれば、お前のせいだろうがとキレたくなる。きっと花もキヨシがちゃんと反省しているかを見ようとしているに違いない。

 それが分かれば、キヨシにとって自分が取るべき“最適解”を導き出す事も容易かった。

 

「……分かりました。では、失礼します」

 

 覚悟を決めたキヨシは真剣な表情で一歩花に近付くと、そのまま相手を腕ごと抱きしめた。

 

「っ、テメェ!! 急に何してんだよっ!?」

「は、花さんが証明しろって言うから!」

 

 急に抱きつかれた花は予想外だったのか、混乱して顔を真っ赤にしながら暴れようとする。

 けれど、彼女の腕はキヨシが身体と一緒にホールドする形で抱きしめて抑えている。足だけ一応は自由だが、相手が離れるよう花が暴れてキヨシも離されまいと必死に抵抗するので、お互いに倒れないようしていると蹴りを放つ事など出来ない。

 

「いいから離れろ! ぶっ殺すぞ!」

「離れたら殴るつもりでしょう!」

「ったり前だろうが! 急に抱きつかれてキレない方がおかしいっつの!」

「殴らないって約束してくれなきゃ離れません!」

 

 花の抵抗っぷりを見るとキヨシは自分が選択を誤った事を即座に悟る。冷静に考えたら上級生の可愛い女子に抱きついているだけだ。これでは普通に変態である。

 ただ、元々は花が証明しろと言っていたのだから、相手の思う正解ではなくとも間違いではないはず。

 キヨシは自分にそう言い聞かせる事で花から離れず、相手が絶対に離れても殴らないと約束し、自分の身の安全が保障されない限り拘束を解かないと告げた。

 まわりから見ればキヨシが花に抱きついて、花が顔を真っ赤にしながら一緒にくるくるとその場で回っているように見えただろう。男子との接触を禁止する裏生徒会が男子とじゃれてて良いのかという批判が出そうだが、幸いな事にその場に他の生徒はいなかった。

 だが、これからも生徒が来ないとは限らない。何より、二人とも普通の生徒より鍛えているせいで互いに本気で抵抗しあってしまい。体力的にも限界が近かった。

 顔を赤くしたまま息を乱れさせ、薄らと汗を掻いている二人は一度止まると花の方が先に折れた。

 

「わ、分かった。殴らないから、とりあえず離れろ。他の生徒に見られるとヤバい」

「……分かりました」

 

 見られてヤバいのはキヨシも同じ。もしも千代に見られれば誤解は免れない。本人に見られずとも裏生徒会のスキャンダルとなれば学校中に噂が広まる。それはキヨシも流石に避けたかった。

 故に、自分と同じく相手も疲れているから攻撃はないだろうと信頼し、身体を離して呼吸を整えると、

 

「死ねぇクソキヨシっ!!」

「おぼぅっ」

 

 花の瞳が一瞬キランと光ってキヨシの反応速度を超えた蹴りを腹部に放ってきた。

 疲労と油断で完全に隙を突かれたキヨシは廊下の固い床の上を転がる。昼に食べて消化されきっていなかった物がリバースしかけるが、それを気合でなんとか耐えて床に手を突き身体を起こすと、これでは約束が違うではないかと責めるように花を見た。

 

「な、なんで、約束したのに……」

「今のは蹴りだろ。私は約束は守る女なんだよ」

 

 彼女が約束したのは殴らない事だけ。だから、蹴っても約束は破っていない。

 屁理屈の様だが左手を腰に当てて立っている彼女は、キヨシを蹴り飛ばして少しすっきりしたのか不敵な笑みで大真面目にそれを言っていた。

 そんな相手にこれ以上言っても無駄でしかない。短い付き合いでそれを学んだ少年は壁に手を突き、ゆっくり立ちあがると制服についた埃を払う。

 彼がそうしている間も残っていた花は、冷静になったのか顔の赤さも抜けて、先ほどのキヨシの行動の意味を尋ねてくる。

 

「んで、なんで証明するって言っておいて抱きついたのよ。自分から罪を犯して他のやつと一緒に監獄にぶちこまれたかったの?」

「い、いえ、証明のためですよ。花さんは刑務作業で汗を掻いたアンドレに抱きつけますか?」

「はぁ? そんなキモイの無理に決まって……」

「そういう事です。もし、汚いと思っていれば普通は抱きつけない。けど、俺は花さんに抱きつく事が出来た。これで証明完了です」

 

 そう。キヨシも別に下心があって抱きついた訳ではない。あわよくばと考えていなかったといえば嘘だが、割と大真面目な理由で花に抱きつき相手を汚いと思っていない事を証明しようとしたのだ。

 人は汚い物に触れるときに躊躇いを見せる。突然言われれば心の準備が出来ておらず、余計にそれがはっきりと出る。

 では、先ほどのキヨシがどうだったかと言えば、彼は一切の躊躇いを見せずに勢いよく花に抱きついた。しっかりと、がっしりと、お互いの胸部が触れ合い相手の鼓動を感じるほどの密着を持って証明してみせた。

 これで完璧に疑いは晴れて証明されただろうと自信満々に彼が言えば、顎に手を当てて少し考えていた花が反論してくる。

 

「けど、覚悟決めたらなんだって出来るのがアンタらじゃない。メガネのオーディオからクソ漏らしの音が確認されたらしいの。これって情報処理室で漏らしたのは録音するためだったってことでしょ?」

 

 休んでいた花が直接聞いた訳ではないが、ガクトの荷物を検めた副会長が携帯音楽プレイヤーから脱糞音を発見したらしい。

 彼の持つ音楽プレイヤーに録音機能はないため、録音できたのはパソコンを使った情報の授業のときのみになる。

 ガクトはその授業でクソを漏らしたので、パソコンを使って録音された音はそのときの物なのは確実。そして、彼がそれを録音して何に使ったかを考えれば、ガクトをはじめとした男子たちが目的のためなら肉を切らせて骨を断つ作戦を平然ととってもおかしくはなかった。

 

「元女子校でクソ漏らしの男子がどういう扱いを受けるかなんて馬鹿でも分かる。けど、あのクソメガネはそれでも脱獄のために決行した。その仲間であるアンタが同じように覚悟を決められてもおかしくないでしょ」

「それはつまり、花さんへのハグとガクトのクソ漏らしが同レベルだと?」

 

 言い終わるかどうか。花の幻の左がキヨシの腹に突き刺さる。

 

「おごっ」

 

 くの字に身体を曲げて床に膝をついたキヨシが弱々しい表情で花を見れば、花は前髪で隠れた額に血管を浮き上がらせてドスの利いた声で返してきた。

 

「論点はそこじゃねぇし。比べる事自体失礼だろうが」

「は、はい。花さんはとても清潔で綺麗でいらっしゃいます」

 

 蹴りを喰らった場所と殴られた場所はほぼ同じ。これは明日には痣になっているなとフラつき立ち上がるキヨシに、花は怒りが治まったのか普段の冷めた表情で言葉を続ける。

 

「そういう口先だけの言葉はどうでもいいのよ。私はアンタにやられた事をやり返す。汚くないなら出来るはずだものね?」

「えっ、いや、それは……」

「私は汚くないんでしょ? なら、問題ないわよね」

 

 にっこりととてもいい笑顔で尋ねる花に、キヨシはこの人は何を言っているんだと信じられない物を見るような瞳を向ける。

 相手の言っている事は分かる。やられた事をやり返すというのは『目には目を、歯には歯を』と罰則の制限として同刑罰を定めたハンムラビ法典にも書かれているくらいだ。理解は出来る。

 ただ、花は汚くないが花から濾過されて出てくる水も綺麗かと言えばそうではない。出てくるときには無菌だが、一般的な考え方として綺麗と言えるモノではないのだ。

 キヨシは自分の尿を彼女にかけた。というか浴びせた。だから、やり返すと話す花も、キヨシに自分の尿を浴びせてくるという事になる。

 男はホースパーツがあるけれど、ホースパーツのない女性がどうやって掛けるのかという疑問はあるが、彼女の性格上、やると決めたらやるに違いない。

 いくらなんでも花の女子高生がそんな突き抜けた復讐を決意しないでも……と思わずにはいられないが、復讐を宣言した本人は伝えたい事は伝えられたことで晴れやかな表情を浮かべていた。

 

「まぁ、今日は急いでるから証明はまた今度して貰うわ。じゃあね」

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 目的を達して上機嫌に去って行く少女。そして、それとは対照的にその背中を見送る少年は、暗い影を表情に落として深い深い溜め息を一人吐いた。

 

 




3/5発売のヤンマガサードには20巻のアナザー表紙が付録で付きます。

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