【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

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第11話 きっと、うまくいく

 

「まさか、キヨシのやつが花さんを襲うとはな。あの人にはいい感情持ってなかったけど、こうなっちまうと正直同情するぜ」

 

 キヨシと花がドーナツを食べていた翌日の夜、放課後の刑務作業時に副会長から花が体調不良でしばらく休むと聞いた男子は、更生ルームでぼんやりとテレビを眺めながら、しかし暗い表情で話していた。

 

「げほっ……まぁ、四月ももうすぐ終わるしな。童貞捨てたがってたアイツなら、可愛い彼女が出来れば舞い上がってこうなるのは必然だったんだろうぜ」

 

 キヨシは女子が多いこの学園なら、四月中に童貞を捨てられると思っていたと前に話していた。

 そのときは、他の男子も似たような事を考えていたため気にしなかったが、シンゴたちが監獄送りになったことで遊び相手もおらず、色々と抑圧された状態で彼女が出来れば、若さゆえの暴走も当然だとジョーは吐き捨てるように呟く。

 

「で、でも、もしかしたら花さんが誘って、いざとなったら怖くなっちゃった可能性もあるよ?」

「それは確かにそうでゴザルが、箱入り娘で育ったであろう恋に恋する女子(おなご)が、恋人との初めてを決して綺麗とは言えないトイレでいたすとお思いでゴザルか?」

「それは……そういう性癖で」

『ねーよ』

 

 キヨシの事をまだ信じていたいアンドレが庇うも、ガクトだけでなくシンゴとジョーも揃って今回の件は花が被害者だと断言した。

 トイレで何があったのかは分からない。放課後に掃除しに向かったが、特にこれといっておかしな点はなく、強いていうなら普段よりアンモニア臭がした気はするが、そんな物は掃除の少し前に誰かが利用していればあり得る話だ。

 よって、詳しい事情は不明で、それを直接被害者の花から聞き出そうとも思わないが、救世主と崇めていたキヨシが女子を襲う下衆野郎だと知った彼らは、今後も彼を仲間と呼んでよいものかというのが目下最大の悩みであった。

 普段ならばちょっとした遊びで楽しく過ごしているが、今の彼らはそんなことをする気分ではない。

 それぞれ椅子に座って、紙コップのお茶を時々飲みながらただ時間が流れて行けば、突然意を決した表情でガクトが口を開いてきた。

 

「皆の衆、実は聞いてもらいたい事があるでゴザル。この諸葛岳人、一生の頼みを貴兄らにお願いしたいのでゴザル」

「なんだよ、そんな急にあらたまって」

「ああ、そこまでマジな言い方で一生の頼みって言われても、こんな場所じゃ出来ることも限られてるぞ……ゴホッ」

 

 いつもとは異なる真剣な様子に他の者は戸惑う。同じ境遇の仲間の願いならある程度は聞いてやりたいが、ここでは出来る事も限られている

 なので、聞いてやれるか分からないとジョーが返せば、ガクトは椅子から降りて床に正座しながら他の者に自分の頼みを伝えた。

 

「五月七日……その日、小生をどうか脱獄させて欲しいのでゴザル!!」

『なっ!?』

 

 一体どういった頼みだと思っていれば、ガクトは雰囲気で冗談ではないことを見せながら、他の者にこの監獄から一日脱獄させて欲しいと頭を下げた。

 それを聞いたシンゴたちは当然驚く、なにせ脱獄がばれれば連帯責任で刑期が伸びてゆくのだから。

 

「脱獄ってオマエ、バレたら連帯責任で刑期一ヶ月延長だぞ。協力する訳ねーし、脱獄だってさせるわけねーだろ」

「そこを何とか、無理を承知でお願いするでゴザル! キヨシ殿にもう頼れないとなれば、シンゴ殿たちに縋るしかないのでゴザル!」

 

 花が離脱したということは、彼女に呼ばれて来ていたキヨシはもう来ないという事だ。

 仮に彼だけで来たとしても、暴走して彼女に乱暴を働いた男をどれほど信用していいのか分からず、今のガクトはキヨシを頼るべきかどうか揺れていた。

 その気持ちは他の男子もある程度理解出来るため、キヨシよりも同じ状況に置かれた自分たちを頼ってくること自体は不思議に思っていない。

 ただ、あと数週間で自由を得られるというのに、なぜ出獄の一週間前にわざわざ脱獄したがるのかアンドレが尋ねた。

 

「その日に脱獄したいって何か大切な用事でもあるの?」

「その日は秋葉原にて四年に一度の三国志フィギュア祭りが開催されるのでゴザル。小生はそこで販売される限定版『関羽雲長&赤兎馬フィギュア』を、どうしても買わなければならないのでゴザル」

「ゲホッ……んなのここ出た後にオークションで買えばいいだろ。オマエが経済的に負担負えば済む話で、なんで俺らがそんなリスク負わなくちゃいけねえんだよ」

 

 いくらイベント限定品だろうと、今の日本ならばその日の午後には既にネットオークションで出品されている。

 値段は数割増から酷いと数倍まで跳ね上がるけれど、出獄後にネットオークションを利用すれば、ガクトの財布に余計なダメージが入るだけで他の者は平和でいられる。

 しかも、脱獄する理由が玩具の人形のためだと聞けば、何の興味もないジョーやシンゴは呆れた顔で溜め息を吐いてガクトを見た。

 だが、その言葉は予想していたとばかりに、顔をあげて背筋を伸ばして座ったガクトは、ジョーを真っ直ぐ見返して静かに言葉を返す。

 

「ジョー殿の言う事は尤もでゴザル。しかし、自らの足で向かい手に入れるのと、転売目的の悪徳商人から買うのとでは気持ちが違うのでゴザルよ。確かにどちらも新品で物は変わらぬでゴザロウが、上手く言い表すことの出来ぬ何かが絶対的に違っているのでゴザル」

 

 手に入れて喜ぶだけの人間なら、転売だろうと新品なら構わないと迷わず買うだろう。

 物は一緒なのだ。安い方がいいだろうが、それでも品自体には何の不満もないに違いない。

 けれど、ガクトはそれを手に入れるまでの過程、正確に言うならば関羽と出会うまでの過程も大切にしたかった。

 誰かに買ってきて貰うのなら、それを頼んで願いを託した末の出会いとして思い出に出来るが、古い絶版品でもない売られたばかりの商品をオークションで落とすのは彼の矜持に反していた。

 

「当然、何があろうと協力して貰ったことは絶対にバラさぬと誓うでゴザル。協力して貰った報酬として脱獄後にそれぞれに何か奢らせて貰うとも約束するでゴザル。だから、どうか当日少しの間だけ小生がいないことを誤魔化しては貰えぬでゴザロウか!!」

 

 看守室にいる副会長にばれないか心配になるような気迫の籠もった声で叫び、ガクトは床に額を擦りつけて頼みこんだ。

 頭を下げる彼の肩は震えており、これを仲間たちに言い出すにはかなりの勇気が必要だったに違いない。

 自分の欲望のために仲間を危険に晒すのだ。こんなものは呆れて無視されても仕方がない。だが、頭を下げるガクトの姿がここにいないもう一人の仲間と重なって見えてしまい。シンゴたちは完全には納得できていないようだが、短く息を吐いて視線を合わせると土下座をしているガクトに話しかけた。

 

「……チッ、その土下座見てるとあの日のキヨシを思い出しちまうぜ」

「ああ、変な刷り込みされちまったな……ごほっ」

「顔を上げてよガクト君」

 

 言われてガクトは恐る恐る顔を上げる。すると、ガクトの前には椅子から立ち上がった三人の手が差し伸べられていた。

 

「ガクト、オレたちは計画自体には協力できねぇ。ただ、オマエが長時間クソに行ってたら、それを副会長に伝えておいてやるくらいは出来る」

「脱獄はあくまで最終手段で、それまでは複雑かもしれないけどキヨシ君にどうにか伝言する方針でいってね」

「ここを出てから奢ってくれるっつっても、バレて刑期が伸びたらそれなりの態度を取らせてもらう。こっちはいらねぇリスクを負ってんだからな。ま、こっちに迷惑かけねえ程度に上手くやれよ……ゴホッ」

 

 言いながらシンゴやジョーは小さく、「最後まで裏生徒会の言いなりってのも癪だしな」と笑う。

 確かに監獄に入る原因を作ったのは自分たちだが、それだって裏生徒会が変な規則で女子たちとの交流を禁じていなければ起こらなかったのだ。

 仕返しではないが、ちょっとくらいは彼女たちの鼻を明かしてやりたい。ガクトの脱獄はリスキーではあるが、成功すれば気持ちよく最後の一週間を過ごして出獄できる。

 そのためなら多少誤魔化すくらいはしてやると三人が言えば、

 

「シンゴ殿、アンドレ殿、ジョー殿。誠に、恩に着るでゴザル……!!」

 

 ガクトは大粒の涙を流して感謝を伝えた。

 

◇◇◇

 

 男子らがガクトの脱獄計画を聞いた翌日、キヨシは生徒会室を訪れていた。

 ただし、生徒会室と言っても花たち裏生徒会ではなく、普通の生徒会である通称・表生徒会の部室であり。綺麗で豪華な調度品の置かれた裏生徒会室と違い、こちらは校舎外に建ったトタン屋根のボロボロで古臭い質素な小屋といった感じだ。

 表生徒会は会長の竹ノ宮ケイト、副会長の別当リサ、書記の横山みつ子の三年生女子三人からなる組織だが、裏生徒会のせいで不遇な立場に置かれているため、裏生徒会が目の敵にしている男子が相手でも気にせずお茶を出して迎えてくれた。

 

「どうぞ、ローズヒップティーです」

「あ、どうもすみません」

 

 お団子頭のみつ子がキヨシの前にカップを置けば、キヨシは恐縮して頭を下げてから、早速頂こうとカップを手に取り口を付ける。

 淹れたてで熱いため、火傷しないよう少量を啜るように口に含んだが、残念なことに一切味が分からなかった。

 緊張しているのか、それとも花との一件がストレスとなり味覚障害になっているのか、色々と原因について考えるが分からず、キヨシはカップから口を離して注がれたお茶をみた。

 するとそこには――――ホカホカと湯気を立てる透明なお湯だけが存在した。

 

「あ、あの、みつ子さん」

「ん? なぁに? もしかして、美味しくなかった?」

 

 リサとケイトの前にもカップを置いてからキヨシの向かいに座ったみつ子は、躊躇いがちに話しかけられると少し不安そうに首を傾げる。

 こんなに優しくして貰えるのは千代以来だと感動を覚えるが、彼女は同じポットから他のカップにもお茶を注いでいたので、リサやケイトのためにも指摘せねばと切り出した。

 

「いえ、その……お茶っ葉を入れ忘れてます」

「えっ!? あ、ご、ゴメンなさい! すぐに淹れ直すね!」

 

 言われてカップに視線を移すと確かに透明だったことで、みつ子は慌てて他の人のカップを回収してお茶を淹れ直しに行った。

 お茶っ葉を入れ忘れるのはいつもの事なのか、彼女の隣の座っていたリサは動じずに活動日誌を書いており、会長席に座っていたケイトもくすくすと笑ってキヨシに部下の失敗を謝ってくる。

 

「ゴメンなさいね。みつ子はおっちょこちょいで、たまにお茶っ葉を入れ忘れてしまうの。まぁ、お茶っ葉だけを入れてくるよりときよりはマシだから、今回はカップを温めるために先にお湯を注いだと思ってちょうだい」

「は、はい。気にしてませんから大丈夫です」

 

 優しそうなみつ子がわざとやってきたならば、自分はそんなにも嫌われているのかと地味にへこんでいただろうが、何となくドジっ子属性持ちだと気付いていたため気にしたりはしない。

 淹れ直したお茶が来るまで、彼女たちが焼いたというクッキーを摘まみながら無問題とキヨシが返せば、ケイトは「それは良かった」と笑みを浮かべて席を立ち、キヨシの隣にくると確認していた書類をキヨシに渡してきた。

 

「部活の活動報告書は確認しました。特に問題もないので今後も部活動に励んでください」

「どうもありがとうございます」

 

 キヨシが今日ここへやってきたのは、裏生徒会から逃げるという理由もあったが、ちゃんとした理由も存在した。

 それが一人でやっているガーデニング同好会の活動報告書の提出で、同好会は部活と違って顧問がいないため、ちゃんと活動していると示さなければ学期途中でも廃部にされてしまうのだ。

 ガーデニング同好会の場合は、植物に水をやって雑草を抜いて、花壇を美しく保っていればそれが証拠になるので、後はそれらの作業を簡単に日誌としてまとめれば報告書は通るようになっている。

 マニアックな同好会と違って確認するのも楽だと上機嫌にやってきたケイトは、みつ子がお茶を持って来るまでクッキーを食べて待ちながら、暇そうにしているキヨシに話しかけてきた。

 

「そういえば、花ちゃんが体調不良で休んでるらしいんだけど、キヨシ君は何か知ってる?」

「い、いえ、一年と三年じゃフロアも離れてるので、特にそういうのは聞いてないです」

「お前とアイツはよく一緒にいただろ。それなのに聞いてないのか?」

 

 キヨシと花がよく一緒にいたことは表生徒会の耳にも届いていたようで、作業の手を止め顔を上げたリサもケイトと共に尋ねてくる。

 

「よくって言っても監視目的でお昼を一緒に食べてたくらいですから」

 

 しかし、ここで下手なことを言えば、花にしてしまった自分の行為がばれてしまうため、立場が悪くならぬようキヨシは内心必死にしらを切り通した。

 新世界の神に匹敵する完璧な演技のおかげか、二人も深くは追求して来ず、丁度いいタイミングでみつ子が新しいお茶を持ってきた。

 

「ゴメンね。今度こそ本物のローズヒップティーです」

「すみません、ありがとうございます」

 

 ローズヒップティーは紅茶系ではなくハーブティーの一種。抽出に少し時間がかかるものの、フルーツジュースに近くクセがなく飲み易いのが特徴だ。

 ただし、ローズヒップ単体では酸味が強く甘みはない。香りを楽しみながらキヨシが飲んだお茶は、酸味が抑えられて甘みも感じられたため、ストレートではなくどうやらブレンドらしい。

 クッキーによく合う味のお茶にホッと息を漏らしながら、キヨシは心配そうに見ているみつ子に素直に美味しいと伝える。

 

「飲み易くて美味しいです。甘みがあるって事はブレンドですか?」

「あ、分かる? 会長と一緒に前に買いに行ったとき試飲してから選んだの。フルーツの皮とかが入ってるから甘みもあるし、ローズヒップの香りもよくってお気に入りなんだ」

「へえ。でも、ローズヒップって不思議な名前ですよね。直訳したら薔薇の尻ですもん」

「ブフォッ!?」

 

 美味しいと言って貰えた事で安心したのか、楽しそうに笑って話していたみつ子は、キヨシの言葉を聞くと唐突にお茶を噴き出した。

 正面にいたキヨシは顔にモロに浴びてしまったが、霧状になっていたので熱さは感じず、書類は鞄に仕舞っておいたので無事である。

 突然のハプニングには驚いたが、ポケットからハンカチを取り出して顔を拭いていると、彼女の隣に座っていたリサが心配そうに同僚に声をかけた。

 

「みつ子、どうかしたのか?」

「う、ううん、大丈夫。ちょっとむせただけだから」

「そうか。熱い物を飲んでいるんだから気を付けろよ」

「うん。ありがとう、リサちゃん。キヨシ君もゴメンね」

 

 心配されたみつ子は恥ずかしそうにリサに礼を言い、お茶をかけてしまったキヨシに謝ってくる。

 だが、彼女の様子を観察していたキヨシは、みつ子がどこか冷静さを取り戻せていないことに気付き、何が彼女を動揺させたのか直前の自分の発言を思い出す。

 本当にただむせてテンパっている可能性も勿論ある。けれど、第六感が何かを囁いて来ており、少年はもしやとある可能性に行き当たった。

 もしも、この推測が当たっていれば彼女の秘密を一つ暴く事になる。優しい先輩の秘密を暴く、そこはかとなくエロスな響きにキヨシは興奮した。

 これはすぐにでも確かめたい。そう思った彼は表面上は平静を装いながら、いつの間にか覚醒モードの決め顔状態になって、まずはみつ子を揺さぶるために絡め手を放つ。

 

「……薔薇で思い出したけど、リサさん、薔薇の対義語って分かりますか?」

「薔薇の対義語? いや、しらん。犬と猫みたいな感じで考えるのか?」

 

 そもそも花に対になるものがあるのかとリサは首を傾げる。犬と猫のようにペットで人気を二分するような感じならば対になるものもありそうだが、生憎と花の種類には詳しくないと彼女はギブアップした。

 リサが考えている間、ケイトも考えていたようだが、残念ながらキヨシの目的は二人ではない。

 話を聞いていたみつ子がどんな反応を見せるか横目で確認すれば、少年の予想通りに少女は視線を泳がせていた。

 その瞬間、自分の予想は当たっていたと確信し、続けての攻勢に移るためキヨシは結果的に協力することとなった相手にお礼として答えを教える。

 

「僕もよく知らないんですけど、どうやら薔薇の対義語は百合らしいですよ」

「薔薇の対義語が百合? ふむ、赤に対する白だからか?」

「イメージとしては納得できるわね。中世ヨーロッパだとどちらも綺麗だからって貴族に重宝されていたようだし」

 

 どうして薔薇と百合という用語が使われ出したのかはキヨシも知らない。ただ、純粋なケイトとリサが勝手に考察して理由に納得してくれているので、深く突っ込まれずに済んでラッキーだと思いながら、キヨシはリサに尋ねたときと同じトーンで本命のみつ子に話しかけた。

 

「みつ子さん、攻めの対義語って分かります?」

「えっ!? せ、攻めの対義語? う……じゃなくて、ま、守りだよ! うん、攻めの対義語は守り!」

「聞いた話だと受けらしいですよ」

「そっちの話!?」

 

 答えた直後にみつ子はしまったという表情をした。対して、キヨシは顔では薄く笑い、心の中ではマヌケは見つかったようだなと黒い笑みを浮かべる。

 先ほどみつ子がどの単語に反応したのか考えたキヨシは、彼女が“薔薇の尻”に反応したのではと考え、そこから彼女が腐女子ではないかと睨んでいたのだ。

 薔薇とは男同士の恋愛、所謂ホモやゲイカップルのことを指す隠語で、その単語と尻を組み合わせると男同士のジョイントライブという意味を連想させる。

 ただのオタク女子ならばそこまでは連想すまい。つまり、反応した時点で相手の正体はほぼ判明していたという訳だ。

 見事みつ子を罠に嵌め勝利を確信したキヨシは、無駄にいい声で紳士的に相手に声をかける。

 

「話を戻しますけどローズヒップって薔薇の実のことらしいですよ。単にヒップとだけ呼んだりもするって本に書いてました。ところでみつ子さん。アナタはどうやら……」

「な、何も言わないで!」

「大丈夫です。個人で楽しむ分には、俺は他人の趣味にも理解がある方ですから。ただ、少し意外に思っただけで誰にも言いません」

「う、うん、ありがとう。その、どうか内密にお願いします」

 

 ケイトとリサは二人が何の話をしているか分からないだろう。女子校ならみつ子の同好の士が多いイメージを持っていたが、どうやら彼女たちは違うらしい。

 置いてきぼりの二人には悪いと思いながらも、キヨシが優しく微笑みかければみつ子は真っ赤になった顔で安心したようにホッと息を吐き、くれぐれも他言無用でお願いしますと頭を下げた。

 上級生であり生徒会役員の女子が一般生徒の後輩男子に頭を下げるのは異例だが、彼女の性格や普段の振る舞いを考えるとそれほど違和感はない。

 そのため、ケイトらも両者の間で話がついたのなら敢えて言及したりはすまいと流してくれた。

 ケイトはともかくリサは両生徒会の中で、最も近寄りがたい厳つい見た目をしているため少し意外だが、中身は普通の少女で話せば分かる人物なのかもしれない。

 今までほぼ付き合いのなかった表生徒会のメンバーについて理解を深め、お茶を御馳走になっていたキヨシは、そういえばともう一つ書類があったことを思い出した。

 

「あ、ケイトさん。実はもう一つ判子というかサインを頂きたい書類があるんですけど良いですか?」

「内容によるけどどれかしら?」

「これなんですけど」

「……これは」

 

 テーブルの下に置いていた鞄からクリアファイルを取り出し、ファイルごと書類を渡してケイトに見せる。

 受け取ったケイトは内容に目を通すと次第に無言になり、すべて読み終わったのか最後には愉しそうに口元を歪ませた。

 

「ふーん、なるほどねぇ。キヨシ君ってば面白いこと考えるわね」

「そんな、ただリスクを減らすために駆け回ってるだけですよ」

「謙遜する事ないわ。先の事を考えリスクを避けて動けるのって得難い才能よ。良かったらウチに入らない? 最初は見習いだけど歓迎するわよ。アナタがウチにくれば裏との立場逆転も楽に済みそうだし」

 

 実を言えばケイトは以前から興味を持っていた。覗き未遂をした男子を見せしめにしていたとき、偶然にも参加していなかったことで裏生徒会長の万里に苦虫を噛み潰した表情をさせた彼に。

 彼が渡して来た書類は前回以上に万里や裏生徒会の思惑を潰すことになる代物だ。

 さらに、それが彼女の頭の上を越えて、表生徒会経由で発行されるのが実にいい。キヨシの読み通りにいけば、許可を出した表生徒会が裏生徒会に一歩リードした形になる。

 両組織の対立やケイトと万里の因縁を彼が知っていたとは思えないが、覗きをしておらず頭の回る彼なら信用と能力は十分。対裏生徒会の最終兵器として仲間に組み込めないかとケイトが画策すれば、勧誘されたキヨシは申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「すみません。すごく魅力的ですけど俺は中立でいたいので」

「そう、残念だわ。いつでも歓迎するから気が変わったら言ってちょうだい。それで、書類の件は了承しました。これが上手く効果を発揮したらそのときの万里の様子を後で教えてね」

「はい、ありがとうございます」

 

 戦力に出来ないのは残念だが中立ならば問題はない。彼の存在はそれだけで裏生徒会への牽制となっている。

 断られたケイトは口で言うほど残念そうにしておらず、笑みで返すとキヨシから受け取った書類にその場でサインして彼に渡す。

 受け取ったキヨシは書かれたサインを眺めて満足そうに頷いて、汚さないうちにファイルを鞄に仕舞うと、お茶を御馳走になったお礼として生徒会室の掃除を手伝いってから寮へと帰って行った。

 

 

 


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