【習作】キヨシ投獄回避ルート 作:PBR
「うぐっ、なんかメッチャ腹痛ぇんだけど……」
夕食を終えて男子寮の部屋へ帰る途中、キヨシこと藤野清志は猛烈な腹痛に襲われていた。
これは女子との出会いを求めていた仲間たちに黙って、クラスメイトの女子である栗原千代と楽しくお喋りするという、
そんな風に考えながらも、とりあえず自然回復は見込めなさそうなので、寮に戻ったら何か大切な話があると言っていた他の者たちに断りを入れ、校舎に引き返して保健室に向かう事にした。
「皆、悪いけど先に話しててくれないか? ちょっと保健室に行って薬とか貰って少し休んでくる」
「オイオイ、ただの腹痛だろ? んなもん、便所に行ってクソでもすれば治るだろ」
「いや、なんか腹を下してる感じじゃないんだ」
中学からの友人であるリーゼント男子のシンゴは、たかが腹痛で保健室はオーバーだと呆れ気味に言ってくる。
けれど、キヨシも幼い頃から何度かは腹を下す経験をしているため、この感じはただ休んでも治まるのに時間がかかると判断した。
最終的にはトイレの個室を小一時間ほど占領することになるやもしれないが、その前に出来るだけの事はしておきたい。身体の異常を素人判断で甘く見て、痛い目に遭うのは自分なのだから。
「はぁ……わーったよ、先に話を進めておくから治ったら来いよ。いつまでも来なかったら先にやっておくからな」
額に脂汗を滲ませて片手で腹を押さえる姿を見て、シンゴもようやく納得してくれたように行って来いと手を振る。
食事中も千代との会話を脳内でリピート再生していたキヨシは、彼らが何の話をしようとしているのか欠片も聞いていなかったが、寮に帰らないと詳しく話せない事だとは聞いている。
女子のいない場所で集まって内緒話をするなどワクワクする。女子千人に対して男子五人という珍しい環境に置かれた仲間と揃って何かをするのに除け者は嫌だった。
故に、キヨシは自分を送り出してくれる仲間にサムズアップで返し、絶対に間に合ってみせる事を誓って去って行った。
腹を押さえて猫背でトボトボと歩く姿は情けないが、どこか頼もしい仲間の背中を見送った者たちは、急いで寮の部屋に戻ると聞かれる事を恐れて小さな声で作戦について会話を再開する。
「ぬぅ……作戦前にキヨシ殿が離脱するとは想定外でゴザル」
「あ、そっか。テレビ電話機能があるのはガクトくんとキヨシくんの携帯だけだから……」
「ごほっ……ああ、いきなり作戦がパーになったな……」
この後に行うミッションの詳細を考えていたブレーンであるガクトは、キヨシの協力を前提としていた作戦を考えていた事で、彼の離脱はかなりの痛手だと表情を歪ませる。
それを見た心優しい巨漢のアンドレとフードの男であるジョーも、概要は聞いていたので作戦の実行自体が危ぶまれては暗い顔をするしかない。
そも、キヨシを除いた男子が考えていた話というのは、出会いがないことに焦れての“女湯覗きミッション”だった。
女子高生の生足やパンチラを毎日のように目撃しているというのに、話しかけようとするだけで避けられる日々。女子校が共学になると聞いて、人数比的に出会いも多いのではないかと邪な希望を抱き。猛勉強してせっかく合格したというのに、これなら他の高校に行った方がマシだったと少年たちは嘆いた。
「ガクト、他に策はねーのかよ?」
だからこそ、この後に行われる作戦は、自分たちの健全な学園生活のために必要な聖戦だったのだ。
テレビ電話機能のついたキヨシとガクトの携帯を使い。ロープに結んだ片方を通話状態にして屋上から吊るすことで、もう一方の携帯に女湯や脱衣所の映像が送られてくる。
外に伝って移動するスペースや階段もなく、風呂が校舎の最上階という高所にあることもあって女子は覗きに対する警戒が薄いため、これなら自分たちが現場に行かずに済み、低リスクで成功確実だと踏んでいた。
なのに、それが一人離脱したくらいで頓挫するのでは、悔しさで今夜は眠れそうにない。シンゴは自称「練馬一の知将」であるガクトに起死回生の一手を求めれば、彼は顎に手を当て真剣な様子で長考したのち顔を上げた。
「策は……あるでゴザルよ。キヨシ殿の携帯が駄目なら、小生のパソコンと通話すればいいのでゴザル」
「可能なのか?」
「多少鮮明さが薄れるやもしれぬが、マイクを付けなければこちらの音声が届く事もないので、むしろ成功率は高まるかと。フフッ、咄嗟により善い策を思い付く自分の頭脳が恐いでゴザル」
不敵な笑みを浮かべて語られた言葉に、男子たちは顔を輝かせて彼を称賛した。
決行は可愛い子の多い一年女子の入浴時間に合わせて一時間後、それまでにキヨシが帰って来なければ四人で行う。その方針で行く事にした男子らは、風呂などを先に済ませるとジャージから目立たぬ黒づくめの服に着替え、戦いの刻を待つべく屋上へと向かった。
そこが学園を牛耳る彼女たちの監視下にあるとも知らずに。
◇◇◇
男子らと別れたキヨシは保健室に行くと、上着を脱いでベッドに横になるよう言われ触診を受けた。
診察した保健医の話によれば、胃腸が弱っているのか、下腹部が少し張っているので、消化不良等でガスが溜まっているのかもという事だった。
それでこんなにも痛くなるのかと疑問に思ったが、市販の胃腸薬を飲んでしばらくベッドで休むと便意に襲われ、トイレに十分ほど籠もって保健室に戻ったときには体調はそれなりに回復していた。
本人が希望するならもう少し休んでいていいと言われ、温かいお茶を淹れて貰ったキヨシはありがたくそれを頂戴し、完全に体調が回復したときにはガクトたちの作戦実行時刻を過ぎていた。
もっとも、シンゴやガクトたちは作戦ばかりに頭が行っていた事で、誰かしら連絡しているだろうと思ってキヨシへの連絡を忘れていたので、体調が回復するのに時間がかかったキヨシにも非はあるが、煩悩を優先して仲間の事を忘れていた彼らの方が悪いと言える。
そうして、その頃仲間たちがカラスやとある女子たちに襲われているとも知らず、保健医に淹れて貰ったお茶をのんびり飲んでいたキヨシは、完全復活したことでどこか自信に満ちた表情で立ち上がった。
「お茶、御馳走さまでした。調子がよくなったのでそろそろ戻ろうと思います」
「まだ胃腸の調子は回復してないから、今日はもう何も食べたりしないでね。明日以降も続くならちゃんと病院へ行くこと。それとこれは君の回復のお祝いよ」
脱いでいた制服の上着を着つつ寮へ帰ろうとするキヨシにいくつかの注意事項を述べ、事務作業をしていた保険医は立ち上がってやってくると、印刷ミスのプリントを再利用して包んだ小さな花束を渡して来た。
ピンク、黄色、白と三色のガーベラで作られた可愛らしい物だが、ただの腹痛でやってきただけの生徒のためにわざわざ用意してくれたのかと、恐縮して受け取ってもいいものかキヨシは悩んでしまう。
「え、あの、わざわざ用意してくださったんですか?」
「フフッ、まさか。保健室に飾る花を買って来たんだけど、花瓶に入りきらなかったの。元気な花を捨てるのも勿体ないし、部屋の彩りにでも使って」
「あ、ありがとうございます」
流石に、夜と言っていい時間にやってきた生徒のために花を用意するほど、学校も至れり尽くせりな環境を用意してはいない。
しかし、余った物だろうが快気祝いに花を贈られたキヨシは、照れたように笑いながら相手の厚意を受け取ることにした。
受け取った花を大切そうに手に持ち、改めて頭を下げて礼を言ってキヨシが廊下へと出たとき、静かなはずの夜の中庭に信じられない物を見た。
「な、なんで、あいつらが……」
廊下へ出たキヨシの目に飛び込んできたのは、丸太に縛り付けられボロボロになった仲間の姿だった。
どうして変な黒づくめの服を着ているのかは分からないが、窓に寄ったことで中庭に集まった大勢の女子たちの方から“ノゾキ”“変態”“気持ち悪い”という単語が聞こえてきたため、そこから推測するに四人は覗きで捕まったようだ。
状況から考えれば、食堂の帰りに話していたのはこの件についてだったに違いない。聞き流していなければ止めていたというのに、元女子校でこんな事をしでかした仲間と、浮かれて話を聞いていなかった数時間前の自分の馬鹿さ加減にキヨシは怒りを感じる。
「もしかして、成功したのか?」
だが、それ以上に彼らが上手くいったのかどうかの方が気になった。
この学園はとてもレベルの高い女子が揃っている。クラスメイトの栗原千代も含めて、普通の学校なら学年に数人しかいない非常にハイレベルなルックスの女子が沢山いるのだ。
そんな女子たちの裸を拝んだのなら捕まったくらい屁でもないはず。脳内フォルダに焼きつけた女子の裸は、仲間と共に危険を冒した思い出と共に一生の宝物になるのだから。
しかし、キヨシは彼らと苦楽を共にする事が出来なかった。メールで知らせる事もなく、自分が戻るまで待っていてもくれなかった仲間への憤りは、羨ましいという嫉妬も手伝い先ほどの怒りを凌駕する。
「……どうやら俺の事も探してるみたいだな」
細い棒のような物を持った眼鏡の女子にガクトらが叩かれている。女子が何かについて尋ね、覗きは自分たち四人だけだとガクトが叫んでいるため、きっと残りの一人である自分を探しているのだろうとキヨシは読んだ。
自分は覗きなどしていないし、そもそも話も聞いていない。犯行時刻のアリバイは保健医が証明してくれる。
故に、
「フッ……恐れる事など何もない」
腹痛から復活して妙にハイになっているキヨシは、自分を除け者にした仲間を
丸太に縛り付けられた四人が黒い服のままなのは、キヨシが女湯に特攻をしかけていないので、彼らは特攻をしようとせず服を脱ぐ必要がなかったからです。