北方の白き少女 Heart of the admiral   作:ハルバーの懐刀

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この話では色々と仕込んじゃいました。それにしても長くなったな・・・。



No.08 タスケタアトシマツ

少し分厚い雲に覆われた空。

太陽が殆ど遮られてしまい、水中が全く見えないほどの暗い海となる。

そんな海上で多数の砲撃音が鳴り響いていた。

 

「山城!」

「はい! 姉さま!」

 

扶桑姉妹が主砲を発射し、2隻のリ級に砲弾を直撃させた。

水柱と共にリ級の腕艤装の破片が飛び散る。

 

「見つけたよ。姉さん!」

「了解! いーっけぇー!」

 

白露と時雨は扶桑姉妹の護衛として、接近してくる潜水艦の迎撃に回っていた。

彼女らの左右ふとももに装着された魚雷発射管から四連続で魚雷が飛び出す。

発射された魚雷が一定の距離まで進むと、そこに潜んでいた潜水カ級たちに着弾した。

 

「飛龍! 雷撃よ!!」

「面舵、一杯! 回避!!」

 

雷巡チ級から放たれた多数の魚雷が正規空母の2人へ向かっていく。

蒼龍がいち早く気付き、飛龍に回避するよう促した。

攻撃を避けられたチ級が左腕の砲身を構えるが、緑色の艦載機の機銃で邪魔される。

 

「そうは行かせんでー! 爆撃開始やー!」

「ッ!?」

 

関西弁で喋る軽空母の少女がチ級を指差す。

その直後にチ級の上空から“彗星”と言われる艦上爆撃機が爆弾を投下した。

爆炎に包まれた深海棲艦は跡形もなく吹き飛ぶ。

 

「第六駆逐隊! 単縦陣!」

「行くわよー!」

「了解!」

「はーい!」

「なのです!」

 

先頭を航行する長門に続いて、駆逐艦の4人が縦に並ぶよう陣形を整えた。

 

「全主砲、斉射! て――っ!!」

「やぁ!」

「ウラー!」

「ってー!」

「なのでーす!」

 

5人の艦娘たちはそれぞれが持つ砲塔で、右側へ向かって一斉に砲撃する。

その砲弾が向かう先には、巨大な影を守るかのように留まる深海棲艦たちが居た。

多数の駆逐イ級や駆逐ハ級だけでなく、何故か砲撃しない戦艦ル級たちも防衛に回っている。

放たれた砲弾により、敵の駆逐艦は数隻が沈み、敵戦艦の方はいくつかの砲塔が損傷した。

 

(・・・何故撃って来ない?)

 

長門は遊撃する敵ではなく、防衛に回る深海棲艦の艦隊に目を向ける。

その中心に居るのは、どの深海棲艦よりも大きい存在。

鬼級と言われる強大な力を持つ深海棲艦のボスでもある。

 

それは人を丸呑みできそうな巨大な口からは赤い光が漏れ、左右に白い腕も付いている。

その腕の上部辺りに、巨大な三連装砲と副砲サイズの三連装砲を装備。

さらに巨大な口の真上には、白い人の姿をしたツインテールの女性が生えていた。

 

(・・・チガウ・・・コレデハナイ・・・)

 

白肌の彼女は鉤爪の腕を組みながら何かを待つ仕草をし続ける。

 

「・・・ツギダ」

 

鬼級の女性がそう呟くと、彼女を防衛する艦隊の付近に、更なる深海棲艦たちが浮上した。

その数は20隻。

駆逐艦だけでなく、軽巡ホ級や雷巡チ級、重巡リ級などである。

それらは防衛をせず、戦闘を行う艦娘たちに襲い掛かった。

 

「新手だと!? 全艦迎撃態勢!!」

「皆さん! 一度下がって!」

 

長門と扶桑が艦隊に指示を与える。

その時、彼女らの頭上を多数の艦載機が通り過ぎた。

それらは向かってくる敵艦隊に大量の爆弾を投下していった。

次々と爆破されていく敵の姿に、長門は通信機に向かっておもむろに叫ぶ。

 

「第1艦隊!? 来てくれたか!?」

『遅くなって申し訳ありません』

 

彼女の通信機から大和の声が響いてきた。

長門たちの艦隊の後方から、6人の艦娘たちがやって来る。

前方に弓を構えた加賀と赤城を中心に、先頭に金剛、左右に榛名と島風、殿に大和という輪刑陣を組んでいた。

 

「状況は!?」

「駆逐艦と巡洋艦は攻撃してくるが、鬼級とその取り巻きは静観したままだ! こちらの損害は軽微!」

 

長門と話す大和が鬼級の深海棲艦に目を向ける。

 

「「!?」」

 

そこで偶然にも彼女と白い女性が視線を交わした。

 

(あれは・・・あの時の!?)

(ナ、ナゼ・・・ナゼアイツガ! シズンデイナイ!?)

 

互いの目が合ったことで状況が変わり始める。

 

「全艦! アレの砲撃に注意せよ!」

 

大和はいつでも主砲が放てるよう身構えて、他の艦娘たちに注意を促した。

 

「シブトク、イキテイタカ・・・ナラ、コンドコソ・・・」

 

白き女性が組んでいた腕を広げて、深海棲艦専用の電気通信にある暗号を送った。

受け取った取り巻きの深海棲艦たちが攻撃体勢に入る。

 

「いかん! 全艦退避せよ!!」

 

いち早く動いた長門が回避するよう指示した。

艦娘たちは2,3人程度で固まりながら、敵の砲撃から逃れられるようその場から散開する。

雨のように撃たれた敵の砲弾が彼女たちの居た海上に着弾していった。

 

「マズハ・・・アレネ・・・」

 

白い女性が右側へ目を向ける。

そこには黒い戦闘帽を被った駆逐艦の2人が航行していた。

その内の紺色の長髪をした少女の後方で、海中から黒い三連装砲がゆっくりと出現する。

 

「っ!? 暁ちゃん! 後ろ!!」

「へっ?」

 

艦載機で戦場を上空から見ていた赤城が暁を狙う存在に気付く。

彼女が声を掛けると同時に、その存在に気付いたもう一人が暁の元へ向かった。

2人が合わさった瞬間、暁の目の前で砲撃による爆発が発生する。

 

「あ゛あぁぁぁっ!!」

「ひ、響ぃぃぃ!!」

 

その砲撃で直撃を食らったのは、暁と同じ容姿で白髪の少女。

爆発の衝撃で倒れそうになった少女を、姉の暁が慌てて後ろから受け止める。

 

「響! なんで・・・」

「ぐっ・・・う・・・」

 

白髪の少女は服の大半が破れてしまい、身体のあちこちには傷ができていた。

艤装である背中の砲塔や腰回りの魚雷発射管も使い物にならないほど破損している。

 

「もう・・・」

「えっ?」

「もう・・・目の前で・・・沈まれるのは、見たくないから・・・」

「響・・・あなた・・・」

 

暁が傷付いた妹を抱き締めていると、撃ってきた場所から巨大なものが浮上してきた。

 

「そんな・・・」

「こ、こんなの、不幸すぎるわ・・・」

 

扶桑と山城がその正体に嘆きの言葉を漏らす。

 

そこに出現したのは、あの鬼級と全く同じ姿をした深海棲艦。

響を撃ったのもそいつの副砲によるものだった。

 

「Shit! 榛名! 伏せるデース!!」

「はいっ!」

 

暁たちとは反対側に退避した金剛も隠れ潜む敵に気付く。

榛名も同じように三連装砲で砲撃されるが、事前に察知した金剛の指示で直撃を免れた。

襲ってきたその相手も先程と同じ鬼級の深海棲艦だった。

 

「山城の言う通り、不幸になりそうだね」

「ちょ、ちょ、ちょっと! 何で3隻も鬼級が居るのよ!?」

 

時雨の隣に居た白露が現れた深海棲艦たちへ交互に指差した。

それを聞いた取り巻きの居る白い女性がその質問に答える。

 

「スコシイタイケド、ワタシノ、カラダノイチブヲ、ヒキチギッテツクッタ」

「引き千切って・・・作った?」

 

大和たちがその信じ難い言葉に目を見張った。

しかし、目の前にいる3隻の鬼級は事実である。

 

「「・・・」」

「ハンノウハ、ニブイケド・・・チュウジツニ、ウゴイテクレルワ」

 

白い女性が艦娘たちへ右手を向けると、虚ろな目をした鬼級たちが砲身を構えた。

 

「ホントウハ、ワタシヲウッタヤツニ、ツカイタカッタケド・・・」

「撃った奴?」

「シズンデイナカッタ、オマエヲ・・・コンドコソ! シズメテクレル!!」

 

彼女は大和に向かってそう宣言し、他の深海棲艦たちと共に砲撃を開始する。

艦娘たちも回避しながら敵艦隊へ反撃を行った。

 

「くっ! 金剛さん! 榛名さん!」

「了解ネー! 大和ー!」

「了解! 全力で参ります!」

 

3人は敵艦隊を統率する白い女性へ砲身を向ける。

彼女らは装填が完了した後、一斉に砲撃を開始した。

 

「第一、第二主砲。斉射、始め!」

「撃ちます! Fire~!」

「主砲! 砲撃開始!!」

 

放たれた砲弾が真っ直ぐ目標の敵に向かっていく。

そのまま命中するかと思われたが、いきなり現れた戦艦ル級たちに阻まれた。

 

「「「!?」」」

「ヨソミシテイテ、イイノカシラ?」

 

そう言った彼女の見る先には、大破した響を抱える暁の姿があった。

長門は2人が狙われていることに気付き、大声で彼女らへ向かって叫んだ。

 

「暁! 響を連れて離脱しろ!! 雷! 電! お前たちもだ!!」

「当然よ! 響! 行くわよ!」

「もちろんよ!」

「暁ちゃん達を守るのです!」

 

2人を守るように、姉妹の駆逐艦たちが援護に回る。

 

「蒼龍! 飛龍! 4人を援護しろ!!」

「了解! あの娘たちには手出しはさせない!」

「よしっ! 零式艦戦! いって!」

 

指示された空母たちが矢を放ち、緑色の艦載機を上空へ飛ばした。

 

「フハハハ! アマイワ!」

 

白い女性が笑い声を上げると、彼女の後方から菱形で赤く光る艦載機が多数飛来してくる。

それらは蒼龍たちの艦載機を次々と落としていった。

 

「なっ!?」

「そんな・・・何処から!?」

 

白い女性の大きな下半身の後方から、赤い目をした四つん這いの深海棲艦が姿を現す。

 

「軽母ヌ級!? 後ろに隠れていたのか!」

 

長門が歯を噛みしめている間に、駆逐艦たちの制空権が危うくなっていく。

加賀や赤城、龍驤も艦載機を飛ばそうとするが、虚ろな鬼級の砲撃によって邪魔されてしまう。

 

「マズハ・・・オマエノ、タイセツナナカマガ、サキダ!!」

「だめぇぇ!! 暁ちゃん! 響ちゃん!」

 

大和が叫ぶも、1隻の虚ろな鬼級が2人に向けて無慈悲に砲弾を発射しようとする。

雷と電がそれを止めようと撃つが止まらなかった。

 

「暁ぃぃ! 響ぃぃ!」

「暁ちゃん! 響ちゃん!」

「くっ!」

「っ!」

 

暁は襲い掛かる砲撃から響を守るため、彼女を庇うように抱きつく。

 

 

 

 

 

敵の砲撃の音が鳴り響いた瞬間、彼女らの後方から白い影が飛んできた。

 

 

 

 

 

「・・・えっ?」

「・・・っ?」

 

目を閉じた2人は、敵の砲弾がいつまで経っても来ないことに疑問の声を上げる。

着弾した音すらその耳で聞いたのに、彼女らの身体にその衝撃はなかった。

恐る恐る彼女らが目を開けると、そこには信じられないものが目に入る。

 

「「!?」」

「フゥ・・・ケホッ、ケホッ、イタイ・・・」

 

そこに居たのは、白い姿をした赤い瞳を持つ少女。

両手を交差して、2人を守るかのように目の前で立っていたのだ。

そんな光景に艦娘だけでなく、深海棲艦の鬼級まで唖然とする。

 

「あ、あれは・・・」

 

そんな中、大和だけは彼女の姿に見覚えがあった。

敵に轟沈させられた際に、沈みゆく自身の目の前に現れた白い影。

それと似ていた存在が暁たちの前に現れたのだ。

 

「ナッ・・・ナゼオナジ、シンカイセイカンガ!?」

 

一同が驚き過ぎて動きが止まっている間、白き少女だけが動き始める。

彼女はスカートの中の後ろ辺りから、赤黒い艤装を出現させた。

右側にある砲塔を右手に取り、暁たちを狙った虚ろな鬼級に向けて砲弾を放つ。

 

「・・・!?」

 

轟音と共に鬼級が大爆発を起こした。

気付けばその鬼級は人型のあった部分が抉れるように吹き飛ばされていた。

残った下半身は制御を失ったかのように沈んでいく。

 

「なっ!? い、一撃で・・・鬼級を!?」

「What!? どういう威力なのネー!?」

「あ、あれは一体・・・」

 

長門、金剛、扶桑たちも驚きの声を上げた。

そうこうしている内に、少女は左手を白い女性たちがいる艦隊へ指し伸ばした。

 

「バクダントウカ!!」

 

彼女がそう叫ぶと、敵艦隊の真上から爆弾がいくつも落ちてくる。

何も出来ずに撃破される深海棲艦たちに、大和が我を取り戻した。

 

「はっ!? 今です!! 長門さん! もう一隻の鬼級へ集中砲火を!!」

「よ、よし! 艦隊、この長門に続け!」

 

長門を含めた戦艦の艦娘たちが虚ろな鬼級へ一斉に砲撃する。

対処しようとするそれは動作が鈍いためか、反撃することができずに叩きのめされた。

 

「チッ! イマイマシイ!!」

 

白い女性が左右の砲塔を構え、大和に向けて砲弾を放つ。

それに気付いた白き少女が高速で移動し、大和を庇うようにその砲撃を受け止めた。

 

「あっ!?」

「ムゥ~イタイ~」

(痺れるほど痛いけど・・・我慢できる!)

 

彼女はお返しと言わんばかりに右手に持つ艤装で砲撃する。

白い女性は左側の副砲を破壊されながらも、現れた白き少女の存在を理解できずにいた。

 

「グゥゥッ!」

(コノオトダ! コノホウゲキニ、ワタシハ・・・ダガ、ナゼコイツガ!?)

 

焦る彼女は後方で更なる爆発音を聞き取る。

何事かと思って、その方向へ目を向けると、赤い目の軽母ヌ級が大破していた。

 

「あなたも余所見していましたね」

「私達のことをお忘れですか?」

「隙ありやで!」

 

加賀たちによる空母の艦載機が、白い女性の取り巻きたちを落とし始めたのだ。

すでに深海棲艦側の艦載機は全て撃墜され、制空権は奪取されていた。

最早、鬼級である彼女は不利な状況に陥っていた。

 

「テイッ!」

「ギャアアアアアアッ!!」

 

白き少女の砲撃で白い女性の右側の砲塔が全て失われた。

その爆発で右腕すら吹き飛び、凄まじい痛みで苦しみ出す。

 

「とどめだ! 全艦、主砲斉射!!」

 

長門の号令で戦艦及び駆逐艦による砲撃がされた。

残った取り巻きの艦隊もその砲撃で全て撃沈し、白い女性も多数の砲弾が直撃する。

 

「グガッ! ガァァ!? ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

彼女の下半身にもダメージが入ったため、海面に浸りそうなぐらい前のめりになる。

最後の抵抗もできず、彼女は憎々しく白き少女へ睨みつけた。

 

「ッ!?」

 

そこで鬼級の女性は何かに気付き、残った左腕で少女の姿を掴み取ろうとする。

 

「マサ・・・カ・・・・・・オマ・・・ハ・・・・・・ナ・・・タ、ハ・・・・・・イ・・・」

「カエレ――ッ!!」

 

轟音と共にそれは巨大な爆炎に包まれた。

煙が晴れた後、そこには深海棲艦の残骸のみが漂っていた。

 

 

 

 

 

「・・・フゥ・・・アッ」

 

戦闘が終わり、白き少女が冷静さを取り戻す。

彼女が後ろへ振り向くと、多数の艦娘たちが彼女自身にくぎ付けとなっていた。

 

「・・・」

(そ、そういえば・・・この後のこと何も考えてなかった・・・)

 

どうしようか迷っていると、彼女の頭上からタマたちが戻ってくる。

 

「ミャ!」

「ミャフ!」

「ミ゛ャ!」

「・・・オカエリ」

 

少女がタマたちを右ポケットへ入れる最中、遠くに居た島風が声を上げた。

 

「あ―――っ! 私が追っかけた目標!!」

「ヒッ!?」

 

最速の艦娘の大声で少女は居ても経っても居られず、その場から後方へ逃げ去ろうとする。

 

「赤城さん! その娘を止めて!」

「は、はいっ!」

 

大和の指示で少女から一番近かった赤い空母が動き出す。

すぐに追いついた彼女は、左手で白き少女の右手を掴み取った。

 

「捕まえました!」

「アッ!?」

(やば・・・そ、そうだ!)

 

少女は自由な左手でポケットから木箱を取り出す。

 

「コレアゲルカラ、ハナシテ」

「離しました!」

「「「「「離すなバカタレ~!!」」」」」

 

一同の怒りの言葉を聞かずに、少女より木箱(エサ)を優先する大食空母。

少女は再び逃走しようと走り始めた。

 

「待って!」

「アウッ!?」

 

またも少女の右腕が掴まれる。

次に彼女の腕を掴んだのは、いつの間にか来ていた戦艦“大和”だった。

 

「ハ、ハナシテ・・・」

「お願いです。話を聞いてくれませんか?」

「ヤァ・・・カ、カエル・・・」

 

少し涙目になる少女の懇願で、大和は思わず手を離しそうになる。

それでも彼女は助けてくれた少女と話がしたいがため、逃さないようその手を握った。

一方の少女は・・・。

 

(お、怒られる! 胸元見たことを!)

 

混乱しているために、見当違いな考えで必死になっていた。

 

「大丈夫だから、落ち着いてっ」

「カエル―――――――――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南方棲戦鬼が率いる艦隊の殲滅に成功し、白き少女と艦娘が出会った日から二日後。

 

朝日が照らすトラック鎮守府。

その司令部の執務室では、ポニーテールの女性提督が机に座り、目の前に立つ秘書艦の長門と話していた。

 

「それにしても・・・あんな小さな娘が艦隊を支援していたなんて・・・」

「我々も驚いたものだ。しかも・・・」

 

長門はある一枚の書類を手に取り、それに書かれている内容と写真を見つめる。

 

「姫級・・・深海棲艦の中で最も危険だと言われている存在・・・」

「写真はぼやけているけど、間違いないでしょ?」

「ああ、間違いない」

 

そこに書かれているのは、ある深海棲艦についての詳細である。

 

『北方棲姫』

 

“ほっぽうせいき”と命名されたそれは、小さいながらも凄まじい火力と航空攻撃を所有していた。

過去に目撃されたのは、日本列島より北方方面のアリューシャン列島付近である。

 

ある横須賀出身の艦隊がAL作戦で北方方面へ向かった際、初めてその存在が確認された。

しかし、何者をも寄せ付けない手強さと天候の悪さにより、撃破にまでは至らず。

結局、存在だけが確認された後、それからの目撃情報は一切入ってこなかった。

 

「一度しか確認されていない存在ねぇ」

「どうして、こんな南下した場所でそんな存在が・・・」

「さぁね。大本営から取り寄せた資料はそれしかなかったわ」

 

山岸提督がお手上げの仕草で首を振る。

長門はその資料を机に置き、更にある話を進めた。

 

「それと山岸提督」

「里子よ」

「ぐっ・・・さ、里子提督。あの少女の居た島なのだが・・・」

「そっちも厄介だわね」

 

先日、山岸提督が自ら艦娘を引き連れて、北方棲姫の居る島へと訪問した。

彼女は少女が支援してくれたことに、どうしてもお礼がしたかったのだ。

そんな理由により、訪れた島で彼女らは更なる驚きに直面する。

 

それは北方棲姫が拠点として扱っている貨物船のことである。

 

「まさか、1ヵ月前に消えた幽霊船があったなんて・・・」

「正しくは密輸船だが・・・」

 

貨物船の名は『はまぐり』積載量は250,000トン以上もある超大型の船。

この船は、ある少将の所有物で横領された資材を溜め込んでいたと言われていた。

 

 

ある日、その少将がある事件を起こしたことにより、その所有物である貨物船も証拠として捜索された。

船はすでに出港し、その行方は探されていたが、何故か捜索が打ち切られてしまう。

後に船の救命ボートが発見されるも、乗組員も船自体も行方不明扱いとなる。

 

 

提督と艦娘たちは白き少女に案内されて、貯蔵されていた資材の膨大さに声を失う。

 

「どれくらいあったと思う?」

「・・・少なくとも・・・この鎮守府の倉庫では足りないかもしれない」

「凄いわね。大和を出撃させても1年は持つかもね」

「それほど保つかどうかは・・・」

 

ちなみに少女から土産として、いくつかの資材を手渡された。

山岸は彼女からおまけで渡されたヤシの実が気に入っていた。

 

「さて、今後どうするかよねぇ・・・あの娘と船・・・」

「・・・このことを大本営に伝えるのか?」

 

長門の質問に山岸が目を閉じ、再び見開いてから答える。

 

「まだ伝えるべきではないわ」

 

その答えに長門が安堵の息を漏らした。

 

「今日はある程度の報告書を書かないといけないわ」

「・・・」

「・・・・・・・・・長門、何処へ行くの?」

 

さり気無く去ろうとした秘書艦を山岸が呼び止める。

彼女はまるで金縛りになったかのように、動いていた身体が硬直した。

 

「・・・あなた、今日はここで仕事するはずよ?」

「い、いや・・・私は・・・・・・そうだ! 哨戒任務を誘われていて・・・」

「それは第2艦隊の扶桑たちに行かせたわ・・・」

「そ、それなら第3の遠征で・・・」

「そっちは、大和が旗艦で例の島へ行くと言っていたわよ?」

 

あたふたとしゃべる長門に、ポニーテールの提督が鋭い答えを出す。

そこで山岸はある確信を口にした。

 

「あなた・・・あの娘に会いに行きたいのね?」

「あっ・・・いや、その・・・」

「許可しないわ」

 

彼女は島へ行きたいという長門へ慈悲の無い決定を下す。

思わず俯く秘書艦が涙目で机にしがみ付いた。

 

「酷いぞ! 里子! あんな可愛い娘を私に会わせないなんて!!」

「昨日会ったばかりでしょう・・・」

「もっと愛でたいのに!!」

「それやり過ぎて、大和から止められたでしょう・・・」

「島風の言っていた黒パンツも確認できていな・・・」

「それは絶対に許可しないわ!!! あなた何を言っているのよ!?」

「うわああああん!! 愛でたい!! あのホッポを愛でたい~!!」

「どこでこんな症状を患ったのかしら・・・」

 

その日、執務室から悲痛な泣き声が長時間響くこととなる。

 

 

 

 

 

同じ頃、トラック鎮守府の営倉にて。

 

「んぅ~!!」

 

営倉の一室にて、一人の艦娘が唸り声を上げていた。

その部屋は広々として、余計な家具は置かれてなく、ドアの覗き窓と外が見られる大きな窓には強固な鉄枠が付いている。

 

その部屋の中心に、金髪でウサ耳リボンを付けた少女が四つん這いになって何かを並べていた。

右手に持つ黒い長方形の立方体。

それはドミノと言われるもので、彼女はそれをぷるぷると痙攣する右手で並び置こうとする。

 

(もう少し・・・あともうちょっとで・・・)

 

少女はどうにかその一つを置くことに成功する。

 

「あと、あと30個置けば・・・えっ!?」

 

彼女がそう呟いた時だった。

突如、外の方でゴトゴトと鳴るトロッコが通り掛かる。

その振動は島風のいる部屋全体へ伝わった。

 

「ああっ!?」

 

そんな軽い振動によって、彼女が今まで並べたドミノが殆ど倒れてしまう。

その光景に彼女はがっくりと項垂れた。

 

「あとちょっと・・・あとちょっとで出られたのにっ!!」

 

これが島風専用の懲罰『賽の河原』

速いが取り柄の彼女にとって、窮屈な上にこの地味な作業は苦痛であった。

 

一定期間、彼女はこの限られた空間で過ごさなければならない。

ただし、ドミノ“1万個”を並べることができれば懲罰免除することができる。

なお、部屋のすぐ隣にある外には、倉庫から工廠へと繋がる線路が敷かれていた。

 

少女は昨日の深夜から徹夜して、9千近くのドミノを並べ終えたところだった。

すでにその目はクマができ、寝ていないために身も心も困憊しきっていた。

 

「なーんーでーよー!」

「間に合わなかったようですね。先程、明石さんが本日の作業を始めましたから」

 

通り掛かった加賀が彼女へ冷ややかな事実を告げた。

 

「もう嫌・・・また崩されるじゃない!!」

「命令無視した罪からは簡単に逃れられませんよ」

「いや―――――――――――――――――――――!!」

 

別の部屋では赤城が正座のまま眠りこけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、例の島では・・・。

 

「タマちゃん、こっちなのです~」

「ミャ! ミャ!」

「ちょっと! ミケ! 止まりなさ~い!」

「ミャフゥゥゥ!」

 

入り江の砂浜で艦載機と戯れる雷と電。

 

「いっぱい採れたね」

「ミ゛ャ!」

 

響はクロと共に付近に自生していたヤシの実を集めていた。

 

「このレディーを虜にするヤシの実ジュース・・・もう一杯よ!」

 

暁は用意されたヤシの実を次々と飲み始める。

 

「暁ちゃん、そんなに飲むとトイレが近くなっちゃいますよ」

「お漏らししても知らへんでー」

「し、失礼ねっ!!」

 

近くで同じようにヤシの実ジュースを飲む大和と龍驤が注意した。

 

「アカツキ」

「な、何よ?」

「トイレ、ココナイ」

「・・・・・・嘘でしょう!?」

 

大和の隣に居た北方棲姫が衝撃の事実を言った。

貨物船に一応トイレはあったが、野外であるこの島ではトイレは存在しない。

 

「じゃ、じゃあ何処ですればいいのよ?」

「クサムラ」

「レディーがそんなこと出来るわけないでしょうが!」

 

大声を出す彼女の身体に早速異変が訪れる。

 

「うっ!? や、やばい・・・本当に来た・・・」

 

戻って来た響が姉の悶える姿で察した。

 

「暁、付いて行ってあげるよ」

「ひ、一人で行けるわよ!」

「アカツキ」

「今度は何よ!?」

「コノヘン、ヘビ、イルカラアブナ・・・」

「やっぱり付いてきて響ぃぃぃ!!」

 

駆逐の姉は次女の手を引っ張って、草むらの方へと走り出す。

その様子を見ていた大和と龍驤が笑い出した。

 

「なんや言うてもお子様やなー」

「そこが可愛らしいです」

(見栄を張る子どもって、あんな感じなのかな?)

 

北方棲姫は先程の様子を呆れるように見ていた。

そんな彼女の元へ大和が近付き、その小さな身体を抱き寄せる。

 

「フエッ!?」

「ふふふ♪」

 

突然抱き寄せられたことに、白き少女は戸惑いを隠せなかった。

 

「色々と感謝したい気持ちでいっぱいです。ホッポちゃん」

「ヤ、ヤマト・・・」

「私だけでなく、あの娘たちを助けてくれて・・・本当にありがとう・・・」

 

白き少女は超弩級の戦艦からの感謝より、超弩級な胸が頭に当たっていることに意識が向いてしまう。

それによって、彼女の白い顔が紅潮していく。

 

(凄い重量が・・・)

 

それを見ていた龍驤は大和の胸を羨ましそうに見つめる。

 




“ながもん”について・・・どうしてあまり出さなかったのか?
色々な“ながもん”を見過ぎて、甘やかすのは良くないと思ってw

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