北方の白き少女 Heart of the admiral 作:ハルバーの懐刀
初っ端からこの娘を入手出来たら今まで苦労した方の努力が無駄になりますからね。
太陽が昇り始め、日の光を浴び始める南国のような島。
そこには軍の施設がいくつかあり、空には哨戒機が旋回していた。
ここは『トラック鎮守府』と言われる対深海棲艦の前線基地の一つ。
司令部の執務室で白い軍服を着た女性が書類整理をしていた。
軍帽を被り、長い髪を一束にしたポニーテール。長袖の軍服にミニスカートと黒いニーソックスという身なりの女性だ。
彼女は簡易な木造の机の椅子に座り、足を組みながら置かれた書類に目を通していく。
「またあいつから・・・許可しないに決まってるでしょう」
不機嫌な顔で手にした書類をくしゃくしゃにして、机の横にあるゴミ箱へ投げ入れた。
再び別の書類に目を向けていると、執務室のドアからノックがされる。
「許可するわ。入って」
彼女の返事で一人の艦娘がドアを開けて入ってきた。
「失礼する。
入ってきたのは黒い長髪の大人びた艦娘。戦艦“長門”
彼女は秘書艦及び第1艦隊の旗艦として、この鎮守府の主力の一人でもあった。
そんな彼女はお盆に乗せた冷たい麦茶のコップを持って、軍服の女性の机へと歩き寄る。
「
「むっ、そ、それは・・・まだ慣れないのだが・・・」
「他の娘たちも何人かはそう呼んでくれているのよ。あなたからもそう呼ばれたいわ」
「む、むぅ・・・」
少し顔を赤らめる長門は、ぎこちない動きで麦茶を机の上に置いた。
軍服の女性の名は“山岸 里子”階級は中佐。
このトラック鎮守府で艦娘たちを指揮する女性提督である。
彼女はテーブルに置かれた麦茶を手にし、一口飲んでからコップを置いた。
「龍驤の具合はどう?」
「かなり疲弊していたが、艤装も含めれば、本日の12:00(ひとふたまるまる)までには復帰できるそうだ」
「そう・・・大事に至らないでよかったわ」
先日の夜、遠征に出したはずの第3艦隊の旗艦“龍驤”が敵の不意打ちにより、大破。
それを聞いた山岸提督は一瞬青ざめるも、時雨や暁たちのおかげで無事帰還したことに胸を撫で下ろした。
「しかし・・・謎の艦載機か・・・」
「それについて調査しているけど、まだ詳細が分からないわ」
長門が言った謎の艦載機。それは時雨の報告で知った謎の深海棲艦らしきもの。
彼女が言うには、それは何故か敵の艦載機を全滅させ、さらに敵の軽空母を撃沈させたという。
「いずれにしても、その艦載機の持ち主にはお礼がしたいわね」
「敵かもしれないのだぞ?」
「あら、危機に瀕した第3艦隊を助けてくれたのよ? それに敵の深海棲艦を撃沈までしてくれて・・・礼をしない理由がないわ」
「それもそうだが・・・」
イマイチ納得のいかない長門に、山岸提督は気にせず書類に目を向けた。
彼女は資材関係の書類に目を通しながら、長門に今日の予定を尋ねる。
「本日の艦隊への指示は?」
「今回も編成し直して、第1、第2艦隊ともに哨戒任務に行ってもらった」
「助かるわ。第3はしばらく待機ね。あとは・・・」
「むっ? 通信だ」
長門が右手を耳に当てて、通信内容を聞き取り始めた。
「・・・すぐに全艦隊を帰還させなさい」
「なっ!? 山岸提督! それだと・・・」
「落ち着きなさい、長門」
山岸は自分の出した指示に異議を申し立てようとする長門を宥めた。
「山城と蒼龍、飛龍が中破した状態で捜索するのは自殺行為よ。許可しないわ」
「むっ・・・」
「幸いにも負傷した第2艦隊の近くに第1艦隊がいる。彼女らに運んでもらった方が帰還速度も速くなるわ」
「しかし・・・いや、迷っている時間も惜しいな」
「そういうことよ」
長門はすぐに無線で出撃した艦に撤退命令を下す。
一方の山岸は後ろにあった放送端末のスイッチを入れた。
「第六駆逐隊、執務室に緊急集合せよ」
放送端末のマイクにそう告げたあと、長門にこれから行うことを指示する。
「第1、第2が戻り次第、補給及び修理を。無傷の第1ならすぐに出港できる」
「第3はどうする?」
「龍驤が復帰したら、暁たちと一緒に行かせるわ。長門は帰還する艦隊を迎えに行って」
「了解だ」
長門が退室した後、山岸は椅子に座って腕を組んだ。
「・・・・・・確実に救うにはこれしかないわ。鬼級に嵐・・・リスクが多過ぎるこの状況で・・・」
「無事でいて・・・・・・大和・・・」
「ウ~ン・・・」
日の光が窓から侵入し、寝ていた白き少女を照らし出す。
彼女は思わず暑いと言いそうになるも、気怠さのせいで言えなかった。
「・・・・・・アサ?」
まだ寝惚けている状態で上半身を起こす。
時計がないため、少女には今の時間帯が分からなかった。
実際の時刻は12:00手前である。
「ファ~ア・・・ゴハン・・・」
少女はおもむろに左ポケットからヤシの実を取り出し、さらに取り出したタマで実の中身が見られるぐらい齧り取ってもらった。
「ンキュ、ンキュ、ンキュ・・・プハァ~」
続いて取り出した貝殻で実の果肉を食べ始める。
「ハムッ・・・モキュ、モキュ・・・オイシイ・・・」
少女が果肉を半分近く食べているときに、無線機から『ザザ・・・』という音が鳴り響く。
「ッ!?」
音に気付いた彼女は俊敏な這い這いでトタタタッと無線機の傍へ向かった。
無線機の摘みを弄り、聞こえる音量を操作する。
『・・・ら、加賀。そっちの方・・・うですか? 島風』
『みんな、おっ・・・い! 先行ってい・・・』
「シマカゼ? バニコスノ?」
少女自身も知る有名な最速の艦娘“島風”
『駄目で・・・級もいるはずなので、単独での行動は・・・です』
「キュウ? ヒメキュウガ、イル?」
加賀の途切れた言葉から、少女は自分の存在がばれたのかと一瞬だけ思った。
『でも、か・・・さん。本当に・・・がここに・・・るのでしょうか?』
『最・・・に確認された場所。あなたの妹、山城・・・こだと教えてくれ・・・』
「ナニカ、サガシテル?」
いくつかの言葉が聞こえないが、それでもなんとか分かるぐらいの会話から少女は話の内容を予想する。
『Bad・・・れから・・・時間は経ってるネー! 本当に・・・デース?』
『加賀さん。偵さ・・・からは何も見当たらな・・・です』
『つ・・・けて捜索して頂戴、赤城さ・・・』
『ねぇ、本・・・に“大和”がいたの?』
「ッ!?」
少女は島風の言葉に耳を疑った。
“大和”
それは現実にも存在した世界最大の戦艦。
無論、艦娘として最高クラスの戦闘力を誇る戦艦の一人でもある。
数多くの提督たちが彼女を入手しようと頑張っているとも聞いていた。
(あの大和が・・・いるの?)
提督たちの憧れである戦艦の存在に、少女は無線の声を集中して聞き取る。
『私の山城と・・・う龍さん、飛龍さんを助け・・・めにお一人で・・・』
『仕方・・・です。相手は南・・・き。加えて嵐にもま・・・』
『加賀さんの言うあ・・・って、あの・・・にある暗い雲ですか?』
『ええ、赤・・・さん。偵察機・・・けますか?』
『Wait! 対空・・・探に感あり! て・・・ネー!』
『榛名!・・・ります! 金ご・・・さま、三式弾を・・・』
そこから先は艦娘たちが戦闘を開始したためか、無線機から何も聞こえなくなった。
少女は聞こえた内容を頭の中で整理し始める。
(つまり、山城っていう艦娘たちを救うために、大和が自ら囮になった?)
(・・・嵐とかも言ってたから・・・そこでまだ戦ってる?)
彼女はそう予想した後、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・ヤマト・・・タスケル!!」
少女は部屋から飛び出し、貨物室へと走り出した。
資材の宝庫へやって来た少女は、左ポケットに燃料のドラム缶6個、弾薬である砲弾を10個、黄緑色のバケツを5個入れ込んだ。
「ンショ!」
そして、近くにあったドラム缶を持ち上げて、その中身を豪快に飲み始める。
「ングッ、ングッ、ングッ・・・・・・ケハァー!!」
少女の体内で凄まじい熱量が湧き上がり、ある程度残ったドラム缶がゴトンと置かれた。
「ホッポ! シュツゲキ!!」
彼女は貨物室を後にし、船の甲板へ出てからビーチへ高々とジャンプする。
海面へ一直線に着地後、凄まじい速度で航行し始めた。
(目指すは・・・加賀の言っていた嵐!)
島から出た少女は成り行きに任せて、青い海の上を走り続けた。
島が見えなくなるほど走り続けた少女は、その場で立ち止まり、タマ達を取り出した。
「ミャ!」
「ミャフ!」
「ミ゛ャ!」
「イッテキテ」
彼女はタマ達を前方から三方向へ投擲発艦させる。
空高く飛んで行った艦載機の視界を交換しながら、目的の嵐を探し始めた。
「ウ~ン・・・・・・・・・・・・」
数分後、少女が中々見つけられないと思ったその時、ある視界に黒い雲が映り込んだ。
「アッタ!」
『ミ゛ャ!』
見つけたのは前方から右斜めに飛ばしたクロ。
少女は他の艦載機に戻るよう指示し、クロの居る方向へ走り出した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「フフフフフ・・・」
日が遮られる暗闇、激しい雨、荒れ狂う波。
そんな悪天候な海上に二つの人影が立っていた。
一つは赤いセーラー服を着たポニーテールの女性。
腰回りに付いた艤装は巨大な三連装砲とそれより小さ目の副砲が装備されている。
強力そうな彼女の装備だが、右側の主砲以外が使用不可能なほど傷付いていた。
もう一つは全身が白い肌で長い白髪をツインテールにしている女性。
こちらは手が鉤爪で二門の砲身があり、両ふとももの外側には口から出ている巨大な三連装砲と副砲の艤装が付いていた。
「ダイブ、ガンバッタワネ・・・ダガ・・・」
「っ!?」
白髪の女性が巨大な三連装砲による砲撃を開始した。
狙われた赤いセーラー服の女性が右へ回避しながら、左側の艤装で防御する。
すでに砲身が折れ曲がった副砲がさらに歪み、その装甲に容赦ない砲撃が直撃した。
「ぐっ!」
彼女は苦し紛れにまだ無事な右側の主砲で一発の砲弾を発射した。
放たれた砲弾が白髪の女性へと真っ直ぐ向かっていく。
命中した砲弾の爆炎が彼女を包み込んだ。
「・・・っ!?」
「フッフッフッ・・・」
攻撃をまともに受けた白髪の女性は不適に笑っていた。
彼女が受けた損害は右腕の鉤爪の砲塔。だが、何事もなかったかのように左腕の砲身を構える。そこから放たれた砲弾は彼女自身を狙った相手の主砲に命中した。
「あうっ!!」
赤いセーラー服の女性が破壊された砲塔の爆発で右肩の肌に傷を負ってしまう。
彼女は前屈みになり、左手で血が流れる右肩を押さえた。
「フフフ・・・ワカッテイルワヨ」
「な、何がです?」
「アナタハ、スデニダンヤクガ、ツキテイル」
「・・・」
「タマガ、ナケレバ、タダノテツクズヨ」
「それはどうでしょうか!?」
負傷した女性が白髪の女性に向かって突進する。
接近する彼女に対し、迎え撃つ方は余裕の表情で砲塔を向けずに待っていた。
「はああああっ!!」
接近した女性の左パンチが白髪女性の右腕の鉤爪で受け止められる。
彼女はすかさず反対の右腕による拳を放つも、同じように相手の左腕で阻止された。
微笑む白髪の女性がその左手の鉤爪に力を入れる。
「ぐっ!? あっ、あああああっ!?」
負傷した女性の右腕に激痛が走り、悲痛な叫びが海上に木魂する。
「ワルアガキハ、ココマデ。ソレジャア・・・サヨウナラ」
白髪の太ももの砲塔が赤いセーラー服の女性に向けて一斉に砲撃した。
煙を上げながら吹き飛ばされた彼女は、そのまま荒れる海の中へと沈んでいく。
その様子を見ていた白髪の女性は恍惚な笑顔を浮かべていた。
「カンゲイスルワネ・・・アナタモ・・・ワタシタチト・・・」
そう彼女が呟いていた瞬間、遠くの方から轟音が響き、彼女の左腕が吹き飛ばされた。
「グッ、ギャアアアアアアアアッ!?」
手痛い攻撃をされた白髪の女性は、襲撃者の姿を確認しようとする。
彼女が轟音のした方向へ目を向けると、目の前に緑色のドラム缶が迫っていた。
「ナッ!? ガアアッ!?」
それは顔面に直撃し、仰け反った状態の彼女の真上に浮かんでいた。
その直後、またも轟音が響き、ドラム缶が大爆発する。
間近にいた白髪の女性の全身が火達磨になった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ア゛ア゛ッ!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
炎に包まれて目すら開けられない状態に陥る女性。もがき苦しむ彼女に白い影が接近し、右腕に持つ赤黒い砲塔から轟音が鳴り響いた。
「テイッ!!」
燃え盛るそれはさらなる爆風で吹っ飛び、嵐の果てまで飛んでいく。
白髪の女性を吹き飛ばした白き少女は砲塔の艤装を消失させ、沈んでいった女性の場所へ飛び込んだ。
「ヤマトォォォ!!」
少女は必死なバタ足で水底へ沈んでいく女性を探す。
彼女自身、海中へと沈んでいくことに妙な懐かしさを感じていた。
(また・・・逝くのね・・・)
彼女にとってそれは二度目の体験だが、後悔のない結末だと思っていた。
気付くと彼女は艦娘として、夜の海に出現していた。
無線で仲間がいるか呼び掛けたが、誰も応答しなかった。
夜が明け、最低限の航行で移動し、他の艦娘たちを探しに向かった。
運良く出会えたものの、嵐の中で南方棲鬼の艦隊に苦戦する艦娘たち。
すでに大破したものが半数以上いたため、自身が囮となり、彼女たちを撤退させた。
(きっと・・・あの娘たちは無事・・・なら・・・悔いは・・・)
敵の大半を相手に孤軍奮闘するも、弾薬や燃料は限界に近かった。
そんな状態で鬼級の深海棲艦と無理に戦ったのだ。
やるべきことは果たしたと、彼女はそう結論付けた。
(後は、頼みます・・・・・・・・・えっ?)
すでに彼女の視界はぼやけた状態だったが、その視界に白い何かが映っていた。
それはこちらに向かってきて、何かを叫んでいるようにも見える。
『・・・・・・・!!』
(いま、なん・・・て・・・・・・)
彼女はその言葉を聞き取ることができず、意識を失った。
『ミツケタ!!』
白き少女が深い闇の海底へと落ちていく女性を発見する。
彼女こそが他の艦娘たちが捜索する目的の艦娘“大和”だ。
轟沈していく彼女の元へ、少女は一直線に潜り進む。
『ッ!?』
もう少しで辿り着きそうになったとき、大和の周りに無数の黒い手のようなものが現れた。
それはまるで彼女を海の底へ引きずり込もうとする。
『サセナイ!!』
少女は潜る速度を上げて、両手で彼女の右手を掴んだ。
『ヤマトハ!! ワタサナイ!!』
彼女は掴んだ大和の右手を引き、左腕で彼女の身体を抱き寄せる。
引き剥がされて名残惜しそうに伸ばす黒い手を気にせず、少女はそのまま海面に向かって泳ぎ始めた。
「プハァァ! ヤマト! ヤマト!!」
「・・・」
海面へ浮上した少女は、救い出した女性の名を呼ぶ。
傷だらけの彼女は意識が無く、艤装のほとんどが大破していた。
少女は右手でタマ達を取り出して、それぞれに指示を与える。
「タマ、シママデ、ユウドウシテ」
「ミャ!」
「ミケ、テキガコナイカ、ミマワッテ」
「ミャフ!」
「クロ、ヤマトハコブノ、テツダッテ」
「ミ゛ャ!」
タマとミケは空へと飛び立ち、クロは大和の艤装の下から支えた。
少女は彼女を背負うように持ち上げて、荒れる海から脱出する。
あれから数十分掛けて、少女は超弩級な艦娘を自身の拠点である島まで運んだ。
入り江の入口から少し離れた砂浜へ傷付いた彼女の身体を下ろす。
「ヨイショ・・・フゥ・・・」
艤装にもたれかかるように仰向けで下された大和。
息はしているようだが、意識が目覚める様子はなかった。
「エート・・・ソウダッ」
少女は左ポケットから黄緑色のバケツを取り出す。
『復修』と漢字で書かれているが、これは右側から読むようになっている。
“高速修復材”
艦娘の修理に使われる修理用資材で、これだけで数時間分の修理を一瞬で終わらせることができる。
少女はバケツの蓋を取り外して、中身の輝く緑色の液体を見る。
(これを・・・身体とか砲塔に掛けるのかな?)
彼女は恐る恐る大和の艤装にバケツの液体を掛けていった。
「オオッ!?」
その光景に少女は目を丸くしてしまう。
歪んでいた副砲の砲身に液体が掛かると、砲身が輝き、瞬く間に歪みが直された。
装甲のデコボコになった部分も綺麗になり、まるで新品のように艶のある装甲へと変わる。
(身体の方は?)
少女は大和の負傷した右肩にもゆっくりと液体を掛けた。
こちらも同じように血が洗い流されて、傷口が全くない状態となる。
「アッ、ナクナッタ・・・」
ここでバケツの中身が無くなり、彼女は新しいバケツを取り出した。
「・・・オワッタ」
結局、高速修復材は持っていた5個全て使い切ってしまった。
ボロボロだった戦艦の艤装は新品のように煌き、傷だらけだった女性の身体も痕が全くない清らかな状態に戻った。
それでも一向に目を覚まさない彼女に、少女が不思議そうに見つめる。
(治ったのに・・・何か足りないのかな?)
彼女がどうしようか考えていると、大和から腹の音が聞こえた。
「・・・ゴハン?」
少女と同じように腹が空いているらしく、そのことに気付いた彼女はドラム缶を引っ張り出す。
昨日使った金属製のコップも取り出し、ドラム缶の燃料を垂らすように注いだ。
「ヨイショット・・・オットト!」
零れそうになるくらい入れた燃料入りコップ。入れ過ぎたと思い、少女は一口飲んで少し量を減らす。
そして、まだ目の覚めない女性の口元へコップを近付けた。
(飲んでくれるかな?)
彼女の口にコップが咥えられる。中身の燃料が唇に接触すると、口の中へ勢いよく飲み込まれていった。
どうやら無意識に燃料補給しているようだ。
そうして十秒も経たずにコップの中身が空っぽになる。
(まだ必要になるかな?)
少女はコップを仕舞い込んでから、残りのドラム缶4個を取り出す。
またコップに注ごうとポケットに手を伸ばしたとき、ある場所へと彼女の視線が飛んでしまう。
「・・・」
バケツを使用していた時は気にもしていなかった所。
負傷した際に破れた服の裂け目から曝け出された所。
“大和の胸元”
(ま、まる見えだった・・・)
自分自身が女性ではなかった頃の感覚が辛うじて残っていたのか。
少女の白い肌の顔がみるみるうちに赤く染まっていった。
「・・・・・・っ・・・ん・・・」
「ッ!?」
意識を失っていたはずの艦娘から僅かな声が漏れる。
その声に飛び上がるほど驚いた少女は、その場から密林に向かって走り出した。
(・・・あたたかい?)
冷たい海の底へと沈んだはずの自身の肌に暖かさが伝わってくる。
彼女はその心地良さで次第に目を覚ます。
「・・・ここは?」
意識を取り戻した戦艦の女性。
その目に映ったものは、輝く太陽に照らされる穏やかな海辺の波打ち際である。
「どうして・・・海に沈められたはずじゃ・・・」
信じ難い光景に彼女は辺りを見回す。
左側に燃料であるドラム缶が5個も置かれているだけで、その他は砂浜と密林以外何も見当たらなかった。
「あっ・・・これは・・・」
そこで彼女は自身のさらなる異常に気付く。
深海棲艦の攻撃で傷付きまくった艤装が全て無傷の状態になっていたのだ。
あれだけ無残に壊された主砲ですら、真っ直ぐな砲身で一つも折れ曲がっていない。
また、艤装だけでなく、自分の身体に受けた傷も治っていた。
「どうなって・・・」
そこで彼女はあるものを発見する。
修復と書かれた黄緑バケツ。それがドラム缶の近くに5つも転がっていた。
その中身はすでに無く、空っぽのまま捨て去られている。
(誰かが・・・私を助けてくれた?)
周りの状況から、彼女はそう判断せざるを得なかった。
「だ、誰か! 誰かいるのですか!?」
恩人であるその者が近くにいるか、大声で呼び掛ける。
しかし、彼女の呼び掛けに答えるものは居なかった。
(居ない・・・のでしょうか?)
再び訪れた静寂の中、彼女は空腹を満たすために、傍にあったドラム缶に手を伸ばす。
(とにかく、いつでも航行できるようにしておかないと・・・)
戦艦の女性は全ての燃料を飲み終えた後、波打ち際へと向かっていった。
浅瀬から航行し始めた瞬間、彼女は素早い動きで後方へ振り向く。
「・・・?」
何かに感付いたらしく、その正体を見つけようとするが、島の密林に怪しいものは見えなかった。
(視線みたいなものでしたが・・・気のせいでしょうか?)
仕方なく航行速度を上げて、無線通信を試みながら進んでいく。
島が見えなくなるぐらいの距離で、ようやく他の艦娘との無線が繋がった。
『・・・和さーん、返事してくださーい!』
「こちら大和、聞こえますか?」
『はわわ!? や、大和さん! ご無事なのですか!?』
聞こえてきたのは駆逐艦の電の声。
通信状況も良好らしく、彼女の口調もはっきり聞こえた。
「なんとか・・・ですが、弾薬が底をついているので戦闘が困難な状況です」
『少し待ってください! すぐにそちらへ皆で迎えに行くのです!』
「お待ちしております」
戦艦の女性は航行を停止し、迎えが来ることに安堵する。
「イタタタタタ・・・」
一方の密林内では、白き少女が仰向けで倒れていた。
少女は少し高めの木に登って、遠目から大和の様子を見ていた。
彼女が島から出ていくのを見ていると、いきなり少女のいるこちら側へ振り向いてきた。
気付かれたと思った少女は焦って木から落ちてしまう。
(びっくりした・・・・・・背中が・・・)
彼女は打ち付けた背中を摩りながら、拠点である貨物船へと戻って行った。
この話で出てくる二つのシーン。
ほっぽちゃんが高速這い這いで無線機に近寄る。
轟沈する大和の手を引っ張るほっぽちゃん。
前者はこんな光景があったら笑えるのでは?と思って書きました。
後者は予想外で出来たシーンなのに何故かほろりとしちゃいました。
どっちも気に入ってますw