北方の白き少女 Heart of the admiral 作:ハルバーの懐刀
月の光で照らされる夜の海上。
そこへ真っ白い素足がゆっくりと現れ、踏まれた場所から荒い波紋が発生する。
「・・・ツカレタ・・・」
今まで元気だったはずの少女に疲労の色が見えてくる。
あれから彼女はずっと歩き続けた後、またも深海棲艦から襲われた。
少女から見て、それは駆逐イ級の一つ目バージョンの深海棲艦だと思われた。
実際は駆逐の一つでハ級と呼ばれる深海棲艦。
数は6隻と多くなり、それらは砲撃だけでなく、魚雷まで放ってきた。
「コノ・・・カエレッ!」
少女はリ級たちとの戦闘で使った艤装を取り出し、砲塔付きの頭で砲撃し始める。
そんな戦闘中に彼女はある問題に直面した。
「テイッ!・・・・・・アレ?」
逃げ去る最後の6隻目を狙い、撃ったつもりがいつまで経っても砲身から弾が発射されなかった。少女が砲塔の頭に目を向けると、それは息切れのような仕草をしていた。
「ホウダン、ナクナッタ?」
彼女の問いに砲塔の頭が頷く。
仕方なく最後の敵を見逃し、再び夜の航行を続ける。
それから数時間経った頃、少女にとって一番の問題が発生した。
「・・・・・・オナカ、ヘッタ・・・」
その空腹感は彼女の身体に影響が出ていた。
彼女の航行速度がみるみる落ちていく。
初めは最高速度の走りから最低速度の歩きまで自在に移動可能だった。
それが今では最低速度の歩きしかできない状態に陥っている。
(何処か・・・休める場所とかないかな?)
「・・・・・・ンゥ?」
しばらく重い足取りで進んでいた少女の目に小さな島影が映る。
彼女は右手で両目を擦り、夜の闇に浮かぶ幻でないことを確認した。
「イッテミヨウ・・・」
そのまま島影に向かって少女はゆっくりと進んだ。
やがて、はっきりと島全体が見えてくる。
砂浜に囲まれ、背の高い木々が生い茂り、前方から見ると島全体が平べったい饅頭の形に見えた。
(やっと・・・陸地を見つけた・・・あっ!)
砂浜へ足を付けた少女の目にあるものが釘付けとなる。
それは南国などに自生する植物の一種で、それの実は食料として扱われていた。
「ヤシノミ!!」
少女は駆け足でヤシの木に近付く。その手前で立ち止まり、右ポケットからタマを取り出した。
「タマ、アレ、ウチオトシテ」
「ミャ!」
少女の背丈では届かないため、艦載機のタマで採取しようとする。
実の根本辺りに来たタマは、口から銃弾を一発放った。
狙い通りに実の支えが失い、それは少女の元へと落ちていく。
「ヤッタ!・・・アイタッ!?」
受け止めようと両手を差し出すが、実は少女の額に直撃した。それ程痛くはなかったらしく、左手で額を摩りながらヤシの実を拾う。
「ムゥゥゥ・・・」
「ミャ?」
心配そうに見つめるタマを余所に、少女はヤシの実をどう割ろうか考えた。
「ウーーーン・・・」
「・・・」
「タマ、カジレル?」
「ミャ!」
結局、もう一度タマに頼ることになり、その大きな口でヤシの実を齧り切る。
実の上部分が噛み切られて、果肉と果汁がたっぷり入った中身が見えるようになった。
少女は口を付けて、果汁を飲み始める。
「ン・・・ンクッ、ンクッ、ンクッ、ンクッ・・・プフゥ~♪」
数時間振りの喉の潤い。それと同時に少女の疲労が少し治まり、空腹も少量緩和された。
「タマ、モットオトシテキテ」
「ミャ!」
そうお願いされたタマは近場のヤシの木に向かい、実を次々と撃ち落としていく。
実がいくつか落とされる間、少女は砂浜へあるものを探しに向かった。
「・・・・・・アッタ」
少女が見つけたもの。それは砂浜に打ち上げられた貝殻だった。彼女はそれを海水で十分に洗った後、その貝殻をスプーン代わりにして、ヤシの実の果肉を食べ始める。
「ウ~ン、ナタデココアジ・・・」
その言葉の原材料である果肉を食べていると、実を落としに行ったタマが戻ってきた。
「ミャ!」
「ン・・・タベテカラ」
少女は食べた実を砂浜に埋めて、落とされたヤシの実を拾いに向かう。
数分後、一か所に集められたヤシの実は山積みになっていた。
(ちょっと多いかな?)
少女は先程の一個で心身の疲れが落ち着き、続けて食すつもりはなかった。
だが、これだけ拾い集めた実をこのまま放っておくこともできなかった。
「アッ・・・ソウダ」
ふと彼女はあることを思い出す。
異次元のような右ポケットに入っていたタマのこと。
もしかしたらと思い、左側のポケットに左手を突っ込んで弄ってみた。
(あれ?・・・)
それは右側と同じようにかなり奥深く手が入るも、タマのように何かが入っていなかった。
空っぽであること確認し、少女はヤシの実を一個手に取る。
(タマと同じくらいなら・・・入るかな?)
彼女は左ポケットにヤシの実を恐る恐る近付けた。
すると、スポッとまるで消失するかのように実がポケットの中に入っていった。
「オオー・・・」
試しに少女がもう一個入るかやってみると、同じように吸い込まれていく。
そんなギミックに面白くなったのか、次々と実をポケットに入れていった。気付けば少女の前にあった山積みのヤシの実が全て消えていた。
(じゃあ、これも・・・)
最後にスプーン代わりの貝殻を入れてみる。
やはり異次元なポケットらしく、少女の身体にそれほど重量が感じられなかった。
(取り出しは・・・?)
今度は入れたものを取り出せるか確認し始める。
(えっと・・・ヤシの実は・・・あった!)
少女は一個のヤシの実を取り出し、右手で持ちながら空いている左手で左ポケットを探る。
(今度は貝殻・・・おっ?)
最後に入れた貝殻を思い浮かべた瞬間、それはすぐに手元に現れ、即座に取り出すことが
出来た。
(思い浮かべたら取り出せる?)
某ドラ猫ロボットのポケットより便利に思えてしまうほど、謎すぎる機能である。
「チョット、ミテマワロウカナ?」
少女は取り出したものとタマをポケットに仕舞い込んでから、島の周りにある海岸を歩き始めた。
「・・・・・・オオー」
少女が島を反時計回りに歩いていると、島の中心へと流れる入り江の入口を発見した。
海水でできた道は曲がりくねっているため、その先を見ることができなかった。
「ナニカ、アルノ?」
彼女は島の内部へ流れるその海面を歩き始める。
数分もしない内に、少女は島の中心らしき場所へとやって来た。
そこはまるで島のシークレットビーチのような静かな場所だった。
そんな場所に不釣り合いの“モノ”がそこにはあった。
「・・・フネ?」
それはただの船ではなく、大量の物資を輸送できる貨物船だった。
かなりの大型船らしく、少女が見上げてもその全体を見ることができない。
それはまるで砂浜に打ち上げられたかのように、船の先頭から島の奥深くへと乗り上げていた。
「タマ、ウエカラミテ」
「ミャ!」
再び取り出したタマを投擲発艦させて、上空からその様子を確認する。
少女の居るビーチからは船の後ろが見えていた。しかし、その他の船体は高い木々によって隠されている。真上や島の周りからも見えない状態だった。
戻ってきたタマとともに、少女はその船に近付いて行った。
船の下部はある程度埋まっていたが、それでも甲板へは上がれない高さである。
「タマ」
「ミャ?」
「ワタシヲ、モチアゲラレル?」
「ミャ!?・・・・・・ミャ!」
彼女の願いに、タマは一瞬戸惑うが了承した。
両手でタマの左右を挟み込むように掴み、少女の身体が地面から離れた。
「ガンバレ、タマ」
「ミャアアア!」
タマの必死の頑張りで少女は船の船橋の真後ろへとやって来る。
「ヨット・・・ナカニ、ハイレルカナ?」
彼女は近場にあった鉄の扉を開けて、船の内部へと入っていった。
入ってすぐに船室や調理室、備品だらけの部屋があった。
ある程度埃が溜まっているため、誰もいないことは明白である。
次に、下へと向かう階段を下りていくと、“貨物室”と書かれた少し大きめの引き戸があった。
鉄製で重そうな扉だったが、少女の持つ怪力で簡単に開けられた。
「・・・・・・・・・・・・ウワーーーーーー!?」
そこは少女にとって、目を輝かせるほどの光景だった。
「コレゼンブ・・・シザイ!?」
この船が運んでいた物資の保管されていた場所。
そこにあったのは、少女の以前の記憶に覚えのある形のものばかりだった。
燃料と書かれた緑色のドラム缶。
銀色に輝く鉄の延べ棒が入った木箱。
重そうな黄銅色の砲弾が収納された赤茶色の弾薬箱。
木箱から零れ落ちている赤灰色の鉱石。
『復修』と書かれた蓋の付いた黄緑色のバケツ。
どれも艦娘にとって大事なものであり、大半が建造、開発、補給、修理に使われている資源物。
「コンナニ、イッパイ・・・」
少女は中央の通路に沿って歩き、置かれた資材を見て回る。
奥の方にも同じような巨大な扉があったが、その先も同じように資材がずらりと並んでいた。
(貨物船なら・・・この先も同じような構造になってるよね?)
少女はさらに奥へと向かうことを止め、扉の近くにあった木箱を開けてみる。
その中には赤灰色の鉱石が沢山入っていた。
右手で鉱石の一個を手に取り、まじまじと見つめる。
「エート、ボー・・・ナンダッケ?」
少女は鉱石の名称を思い出そうとするも、なかなか記憶の中から思い出せなかった。
「ウーン・・・イイヤ。“アカギノエサ”ニシヨウ」
結局、解らず仕舞いとなり、適当な名をつけてしまう。
同時刻、どこかの鎮守府の営倉。
「はっ! 誰かが私にご飯をくれるような気が・・・」
「明日まで何も食べさせない予定ですよ、赤城さん」
「そんな~!」
営倉内にぐるぐる巻きで正座している赤城へ、通り掛かった加賀が無表情で告げる。
彼女の罪状は、遠征の戦利品である3箱のボーキサイトを無断で全て食したこと。
「オイシイ、ノカナ?」
少女は空母の艦娘たちがこの鉱石を食べるイメージを思い出す。
自分自身も艦載機を扱う深海棲艦。なら食べられると予想し、不用心のまま口にした。
「アム・・・ッ!?・・・・・・モグモグ・・・」
ここでも自身の不思議に直面した。石ころ並みに硬い鉱石が歯で噛み砕けたのである。
鉱石は徐々に細かくなっていき、最終的に少女の口の中で溶けるように消失した。
「・・・・・・ショッパイ」
彼女が味わった食感。例えるならば、塩の塊を食べたようなものである。
注意:ボーキサイトには塵肺という肺疾患になる人体に有害な粉塵があります。
決して食べてはいけません。
(これが美味しいのだろうか・・・ん?)
少女の右ポケットがもぞもぞと蠢きだす。タマが出たがっているのだろうかと思い、ポケットに手を入れようとした。
すると、入れる直前でポケットからタマと別の黒い球体が二つ飛び出してくる。
「エエッ!?」
「ミャ!」
「ミャフ!」
「ミ゛ャ!」
「・・・フ、フエタ?」
その二つはタマと同じ姿だが、若干鳴き声が違っていた。
どうやら先程食べた鉱石のおかげで、扱える艦載機が増えたらしい。
取りあえず、少女はタマ以外の球体に名前を付ける。
「コッチガ、ミケ」
「ミャフ!」
「コッチハ、クロ」
「ミ゛ャ!」
なんとなく名付けてから、彼女は3機まとめて右ポケットに仕舞い込む。
次に、少女は弾薬と書かれた赤茶色の鉄箱の蓋を開けた。
中に入っている砲弾は消火器と同じくらいの大きさである。
「ソウダッ」
少女は砲弾の一つを取り出し、お尻辺りから砲塔の頭を出現させた。
駆逐ハ級たちとの戦闘で弾切れになったことを思い出したからだ。
彼女は砲塔の頭にある口の中へ砲弾を放り込む。
「・・・モットホシイ?」
彼女がそう言うと、砲塔の頭が頷いた。箱から二個目の砲弾を取り、砲塔の頭に食べさせてから、さらに続けて三個目の砲弾も食べさせた。
そこでようやく砲塔の頭が満足そうにゲップを吐き出す。
「ゲプッ」
「ダンヤク、ホキュウデキタ?」
頷く砲塔の頭に少女は笑みをこぼす。
一撫でしてからその艤装を消失させ、反対側に陳列されているドラム缶に向かった。
「クンクン・・・」
近付いてから分かる油独特の匂い。
少女は自分より一回り大きいドラム缶の一つを両手で掴んだ。
少し傾けて、ドラム缶の上にある注入口の蓋を開ける。
「・・・・・・アッ、アレガナイ」
少女はもう一度蓋を閉めて、ドラム缶を置いてからある場所へと走り去った。
数分後、少女は右手に金属製のコップを持って戻ってきた。
「ココニオイテ・・・ヨイショ」
床にコップを置き、先程のドラム缶の蓋を開けて、再び持ち上げる。
彼女は見た目100kg以上の重さのドラム缶を苦も無く、ゆっくりとコップの方へ傾けた。
黒いドロリとした液体が垂れ落ち、すぐにコップの中がいっぱいになる。
少女は傾けていたドラム缶をすぐに戻し、注がれたコップを手に取った。
「・・・イッキデ!」
躊躇うことなく少女はその液体をゴクゴクと飲み干していく。
「ケプッ・・・ゲンキハツラツ!」
飲み終えた少女は身体が火照るほどの満足感を得ていた。
海の上を歩き続けた際の疲労が回復し、もうしばらく動き回れるようになる。
(やっぱり、燃料飲めた。少し目が冴える・・・)
その他の鉄の延べ棒やバケツも見て回り、数十分後に少女は貨物室を後にした。
続いてやってきた場所は船の操舵室。
少女はそこから船の正面になる窓ガラスの外を見る。
「・・・ダメダッタ」
船体が見られると期待していたらしいが、木々に覆われていて全体が見えない状態だった。
仕方なく目ぼしいものがないか、少女が探し回っていると、ある雑音のようなものが聞こえてきた。
「ンゥ?」
音の発生源に向かってみると、部屋の端の棚に置かれた物から音が発生していた。
それの全体はビデオレコーダーのような長方形の立方体で、正面に摘みやスイッチなどがあり、左端に螺旋コードで繋がれたスイッチ付きのマイクがある。
どうやら船などで使われる“無線機”らしい。
「ナニカ・・・キコエル?」
『ザザ・・・』という音に紛れて、何やら人の声らしきものが聞こえてくる。
微かな音なため、何を言っているのか分かりづらかった。
(此処じゃ電波が遮られて繋がりにくい?)
少女はその無線機を抱えて、電波が届きやすい場所を探しに向かう。
「ン?・・・ココカナ?」
無線機の音に変化があり、やって来た場所は沢山ある船室の一つ。
そこは6畳間ぐらいの広さがあり、床は畳張りになっている。ドアのある入口とは反対の壁に大きめの窓が張ってあったらしく、何故か綺麗に無くなっていた。
少女がその窓の外を覗くと、そこから船の後ろにあったビーチが見下ろせた。
「スゴイバショ・・・オット・・・」
彼女はその光景より無線機を優先し、部屋の右端に置いて操作する。
とは言っても、彼女はおろか以前の記憶でも無線機を扱った経験は皆無。
摘みやスイッチをでたらめに操作することしかできなかった。
「ンーーー・・・」
『・・・・・・ザザ・・・・・・・・・』
「ンーーー・・・」
『ザザ・・・・・・こ・・・・・・』
「ン?」
『・・・ちら・・・艦隊・・・』
途切れ途切れに聞こえるが、音量が小さいらしく、再度摘みを弄ってみる。
『・・・・・・ース! ワタ・・・の敵ではないネー!』
「オオッ!?」
ようやくある程度聞こえるようになると、そこには聞き覚えのある女性の口調が耳に入ってきた。
外人口調が特徴の艦娘。高速戦艦の“金剛”の声である。
『これでほ・・・うのFinish!・・・さぁ、かえ・・・デース!』
「スゴイ、エイゴシャベル」
『金剛姉さ・・・すがです! はる・・・激です!』
『・・・たしが一番に決まってる・・・ない! ねぇ?』
彼女の声以外にも別の艦娘たちの声が聞こえてくる。
そんな彼女たちの声に少女は居ても経っても居られず、無線機に付いているマイクに手を伸ばした。
「アノ・・・ゼ、ゼ・・・・・・」
緊張でなかなか声が出ないが、なんとか勇気を振り絞って叫ぶ。
「ゼロ、オイテケ!」
少女が叫ぶと同時に、手に力が入ったせいでマイクの線が根本からブチッと切れてしまう。
「アッ・・・」
思わず冷や汗を流す少女。そうしている間に艦娘たちの声はしなくなり、部屋に静寂が訪れる。
「・・・」
窓から見える星空の満月に少女は目を向けた。
「ツキガ・・・キレイ・・・」
今日目覚めてからずっと驚きの連続ばかり。
静けさと艦娘たちと話せない落胆に、自然と眠気が襲ってくる。
「・・・ネヨウ」
外れたマイクを無線機の近くに置いて、部屋の中心へと移動した。
その場で横になり、白き少女は安らぎの眠りについた。
「スゥ・・・」
『・・・か・・・』
少女が深い眠りに落ちた頃、無線機に新たな女性の声が響いてきた。
『・・・れか、聞こえま・・・か?』
『こちら・・・と。・・・・・・型せ・・・艦、や・・・です。誰か、応答を・・・』
決して宇宙化け猫とは関係ないですよ(汗)