北方の白き少女 Heart of the admiral 作:ハルバーの懐刀
初めて深海棲艦との交戦を終えてからおよそ一時間が経過。
「・・・ンー」
少女は未だに当てのない海を彷徨っていた。
そんな彼女に新たな問題が発生する。
「・・・・・・オナカ・・・チョット、ヘッタ」
どうやら少女の身体には生き物と同じように食欲があるそうだ。
ここで彼女はあることに疑問を持ち始める。
(艦娘は燃料で腹を満たしてたのかな?・・・じゃあ深海棲艦は、何を食べる?)
少し前に投げ飛ばしたイカなど、海鮮類を食すか。それとも艦娘と同じように燃料補給するのか。少女は新たな疑問を作り出してしまう。
「ナマ・・・ナマハ、コワイ・・・・・・・・・ン?」
その時、少女の耳にある音が入ってきた。
大気を揺るがす砲撃した際の音。リ級との戦いで聞き覚えたあの砲撃音がどこからともなく聞こえてきたのだ。
「ドッチ?・・・アッチ?」
少女はミトン手袋の両手を耳の横に当てて、音のする方角を探し始める。
すると、正面の斜め右側から砲撃音が響いていることに気付いた。
(誰か戦っているんだよね?・・・もしかしたら・・・)
少女はすぐに音のする方向へ走り出す。
「カンムスニ・・・アエル?」
月明かりで照らされたある海域にて、6人の艦娘が深海棲艦との戦闘を行っていた。
しかし、旗艦である軽空母が大破し、それを庇いながらの不利な戦闘。
止む無く撤退することになったが、相手の深海棲艦たちが追撃をしてきたのだ。
彼女たちは必死で敵の追手から逃れようとしていた。
「これはちょっち、ピンチすぎや・・・」
「龍驤! そんな弱気になっちゃ駄目よぉ!」
「響! 電! そっちにイ級が2隻行ったわ!」
「了解」
「魚雷装填です!」
「ここまで追い詰められるとはね・・・」
旗艦である龍驤の左側から肩を貸す雷。
その周りを暁、響、電、時雨の駆逐艦たちが向かってくる敵を迎撃する。
本来、彼女らは遠征の帰還途中であり、いきなり後方からの魚雷による不意打ちをされた。
それをまともに受けた龍驤は大破し、自力での航行が不能となる。
魚雷を放った潜水カ級は、響による爆雷投下で速やかに撃沈されたが、さらなる追手がやってくる。
「まずいね・・・後ろから3隻も来てる」
時雨が後方に目を向けていると、さらに3隻の影が見えてくる。
「くっ、ごめん。ウチが油断したせいで・・・」
「あなたのせいじゃないわ! ほら、しっかり捕まって!」
自らの失態だと言う龍驤に励ましの言葉を放つ雷。
「雷の言うとおりよ。さぁ、全員生きて帰るわよ!」
暁がそう言い放つも、彼女らの後方にいる3隻の内、ある1隻が絶望を吐き出し始める。
あれから白き少女は小腹が空いたこともあり、航行速度が落ちていた。それでも音のある方向へ足を動かし続ける。
「カンムス、アエル♪ アエル♪」
以前の姿だった時と違い、彼女は目の前で本物の艦娘と会えることに嬉しくなっていた。
「カンムス、アエタラ・・・・・・アエタラ?」
そこで少女はあることに気付く。
(今、私は・・・深海棲艦・・・しかも格上の姫級・・・もし艦娘と対面したら・・・)
『し、深海棲艦!?』
『敵よ! 撃って!』
『撃滅!』
『サーチアンドデストロイなのです!』
彼女の脳裏に最悪の結末が浮かび上がり、あれだけ心が弾んでいた歩みを止めてしまう。
ついさっきは、同族なはずの深海棲艦たちに攻撃されたばかり。
できれば、憧れの艦娘たちにまで敵対されたくなかった。
「ウーーーン」
彼女は、何とか自分の姿が見つからずに艦娘と会える方法を考えた。
(何かないか・・・・・うん?)
そのとき、少女は自身が纏うワンピースのポケットの存在に気付いた。ふとももより上辺りにある左右のポケット。何も入ってなさそうに見えるが、彼女は右側ポケットに手を入れてみた。
(・・・ん!?)
そのポケットは入れた瞬間から不自然だった。まず、肌との間はそんなに無いはずが、奥深く入れても自身の肌に届かなかった。そして、弄っているうちに、自身の手よりも大きい謎の物体を掴んでしまう。
(これ、なに?)
少女は躊躇なくその物体を引っ張り出す。
出てきたのは手のひらより大きい黒い球体のようなもの。猫耳みたいなとんがりが二つあり、少し大きめの歯が剥き出しの口もあった。
「ミャ?」
「フエッ!?」
少女はその物体がネコのような鳴き声を出したことで、驚きの余りにそれから手を離してしまう。ところがそれは真下へ落下することなく、少女の目の前で浮遊し始めた。謎の球体に彼女は唖然とする。
「ミャ!」
「・・・・・・エッ?」
それの言葉は解らないが、まるで『任せろ!』みたいな仕草を見せてくる。ここで彼女はあることを思い出す。
北方棲姫の姿を調べたときに見つけたもの。彼女の周りで浮遊する黒い球体らしきもの。それはネコヤキさんなどと言われ、艦娘の扱う艦載機と同じように運用されているらしい。
「モシカシテ・・・ミテキテ、クレルノ?」
「ミャ!」
自分の代わりに見てきてくれるのは嬉しかったが、それだと少女自身が視ることができない。彼女は少し残念そうに目を瞑ると、いきなり自分自身の姿が目に映った。
「エエッ!?」
「ミャ?」
少女が慌てて目を開けると、黒い球体が居る視界に戻る。
(これって、もしかして・・・)
彼女はあることに気付き、目を瞑ってから目の前にいる黒い球体に意識を集中させた。
すると、また同じように自身の視界に自分の姿が映ったのだ。
(視界を共有できる?)
さらに右と左へ向いてくれるか思い浮かべると、対面に映る自分の姿の右側から左側へと視界が移動する。
「コレデ、ミルノ?」
「ミャ!」
これによって、問題の一つが解決した少女は目を開けて、黒い球体を両手で支え持った。
「ジャア!・・・エート・・・」
「ミャ?」
「イッテキテ! タマ!」
「ミャアアア!!」
即席で黒い球体に名付けるとともに、少女はそれを斜め上に向けて投げ飛ばす。
彼女は黒い球体が飛んで行ったのを確認し、目を瞑ってから視界を共有し始めた。
(すごい・・・)
それはまるで鳥の視界を見ているかのような、海よりも高く飛行する光景。
しばらくその光景に見惚れる彼女に、ある海上の一瞬だけ灯った光が目に入った。
(あっ・・・あれかな?)
『モウスコシ、ミエルトコロマデ、イッテ!』
「ミャ!」
少女の指示でタマが返事し、光が見えた場所まで飛んでいく。
『アレハ・・・』
少女が目撃したその光景に、期待した艦娘の姿が映っていた。
見通しの悪い夜間に、後方から迫ってくる深海棲艦たちと戦う6人の艦娘たち。
(確か、電と・・・ボロボロな状態なのは龍驤だっけ?)
彼女の記憶した知識では、残念ながら二人しか名前が思い浮かばなかった。
他の艦娘の名前を思い出そうとしていると、事態が急変することに気付く。
艦娘たちを追いかける3隻の深海棲艦。
その内の一番後ろにいる1隻が巨大な口から何かを飛ばし始める。
(まさか・・・空母ヲ級? でも女の人じゃない。別のタイプ?)
彼女が知らない艦種。
それは軽母ヌ級と言われる艦載機を飛ばして航空攻撃を行う深海棲艦。
前に居る2隻は馴染みの駆逐イ級たちだった。
口から飛ばされた6機の艦載機が艦娘の上空へと向かっていく。
その様子を見ていた少女はすぐにタマへある指示を飛ばした。
『タマ! アレ、オトシテ!!』
「ミャ!!」
「対空電探に感あり!?」
時雨の言葉に、暁たちが青ざめる。彼女らの唯一の対空手段は龍驤の艦載機しかなかったからだ。しかし、彼女が大破してしまった以上、敵の艦載機への対抗手段は限られてしまう。
「時雨! 本当なの!?」
嘘であってほしいと願う暁に、時雨は無情な答えを出す。
「数は六。もうすぐ僕たちの上空にやってくるよ」
「そんな・・・」
電が不安の言葉を漏らす中、暁と響が上空へ砲身を向けた。
「こうなったら何が何でも撃ち落としてやるわ!」
「暁、手伝うよ」
「あ、あかん! 皆逃げるんや! ウチが囮に・・・」
「だから駄目って言ってるでしょうが! 何が何でも連れて帰るわ!」
雷が龍驤の提案を否定し、彼女の腕を強く握り締める。
時雨と電も敵機のいる真っ暗な空へ主砲を構えた。
「来るよ!」
時雨がそう言った瞬間、彼女の電探にさらなる反応が出現する。
それはたった一機の艦載機らしきもの。けれども、追手とは違う右側の方向からやってきた。
「なっ!? 二時の方向から艦載機!?」
「ちょっと、まだ来るの!?」
暁の質問に彼女は答えられなかった。
(数は1・・・いや、これは・・・)
何故なら、それは自分たちを攻撃しようとする複数の敵機に向かっていたからだ。
『タマ、キジュウハッシャ!』
「ミャ!」
タマの口の中から銃弾が連続で発射され、菱形に近い黒い艦載機たちが次々と撃ち落とされていく。たった数秒で全機がタマの容赦ない射撃で爆散した。
「嘘・・・敵機が全滅した?」
「な、何が、どうなってるのよ!?」
「ガァァァ!?」
時雨や暁だけでなく、出した全てを落とされた軽母ヌ級ですら驚きの声を上げる。
再度、新たな艦載機を発艦させようとするが、いち早く気付いた少女に先手を取られてしまう。
『ツギハ、バクダンオトス!』
「ミャ!」
ヌ級たちの上空へ向かうタマの口から真っ黒な爆弾が出現する。彼らの手前辺りでそれはバラバラと撒き吐かれ、軽母ヌ級に降り注がれた。
次々と落ちてきた爆弾が炸裂し、ヌ級の頭が粉々に吹き飛ばされてしまう。
駆逐イ級たちもいくつかの爆弾の被害に遭い、煙を上げながら逃げ去った。
「「「・・・・・・」」」
目の前で起きた光景に、艦娘たちは言葉を失う。
突如現れた謎の艦載機が敵の航空機を全滅させ、さらに追手である空母たちに大打撃を与えたからだ。
(助けてくれたの?・・・そ、それより、これは好機だね)
静かになった海で佇むも、いつ敵が来るか分からない状態のままで居るわけにはいかなかった。
「今の内だよ。早くこの海域から離脱しよう」
いち早く行動を開始した時雨が電探で索敵しながら、まだ動かない艦娘たちに離脱準備を促す。
「そ、そうね。雷、龍驤、動ける?」
「問題ないわ、暁」
「ちょっち疲れたけど、まだいけるわ・・・」
「電も手伝うのです」
電が雷とは反対側である龍驤の右手を持って肩を貸した。暁を先頭に、龍驤を支える二人と、その後方に響、殿が時雨となる。
「・・・」
「・・・時雨、どうしたの?」
「何でもないよ」
響に呼ばれた時雨はずっと後方を気にしていた。
あの謎の艦載機が敵を強襲した後、しばらく遠くの方で留まり、それからすぐに消え去ったこと。
そのことは唯一彼女だけが知っていた。
「・・・アレガ・・・カンムス・・・」
タマの視界を見終えた少女は目を輝かせていた。
「カンムス・・・ホンモノ・・・スゴイ!」
自分自身がやったことの凄さに気付かず、彼女は海上でピョンピョンと跳ねて喜んでいた。
(本当に、私・・・ゲームの世界へ来ちゃったんだ・・・)
少女が以前の姿で見てきた記憶の中には、物語に現実として入り込んだ主人公の話があった。架空のものばかりで、現実に起きることはまずありえないはずである。
ところが、先程の艦娘の姿を見たことで、少女は別世界へやって来たことに確信した。
興奮が冷めないまま、新たに会う艦娘に期待する少女。
「モット、チガウバショニ、イケバ・・・タクサン、アエルカナ?」
戻ってきたタマを右ポケットに仕舞い込んでから、再び夜の海を歩き出す。
本家の夜戦を知っている方ならかなり違和感のある話ですが、現実的な展開を考えてたらこうなっちゃいました。