北方の白き少女 Heart of the admiral 作:ハルバーの懐刀
皆様の応援により、頑張って書いていきます。
ここからは、私自身も想定していなかった物語が始まります
白き少女が泣かせられた日から2日後の朝。
貨物船の一室内には、畳に敷かれた布団でぐっすりと眠る白き少女の姿があった。
「スゥゥゥ・・・スゥゥゥ・・・」
そんな彼女の寝る部屋の扉が静かに開き、桃色のショートヘアーの少女が入ってくる。
横須賀鎮守府の艦娘“不知火”だ。
彼女は眠りについている白き少女の傍へ座り、白い手袋を嵌めた左手で揺り起こす。
「ホッポさま、朝です。起きてください」
「ウッ・・・ウ~ン・・・・・・」
起こされた少女がゆっくりと起き上がり、眠たげに右手で目元を擦った。
「おはようございます」
「オハヨウ、シラヌイ」
「朝御飯が出来ましたので、食堂にいらしてください」
「ワカッタ」
白き少女は布団を折り畳み、不知火の後を付いていく。
食堂内のテーブルには、朝潮、荒潮、陸奥が椅子に座っていた。
その横で立っている日向がおにぎりを次々と作っている。
「オニギリ!?」
白き少女は目を輝かせて、朝潮と荒潮の間へ座りに行く。
「ホ、ホッポちゃん?・・・こっちの椅子も空いてるわよ?」
「コワイカラ、イヤッ」
陸奥が少女に自分の隣の席を勧めるも、怖いと言われて拒否されてしまう。
少女の白肌とは違う真っ白な身体になった長門型戦艦2番艦。
「まぁ、そうなるな」
「あらあら。素直じゃない♪」
「当然でしょうね・・・」
「不知火の席ですが・・・まぁ、いいです」
席を取られた不知火がしぶしぶと陸奥の隣へ座る。
彼女らが席に着くと、日向がボールの水で手を洗ってから席に着いた。
「それじゃあ、食べてもいいぞ」
「イタダキマス!」
白き少女がいち早く大皿に乗せられた山盛りのおにぎりへ手を付ける。
海苔が一枚撒かれたそれを頬張り、少女が嬉しそうに目を細めた。
(久しぶりのお米だ~♪)
彼女は中に入っていた梅干しの欠片すら気にせず食べる。
日向が少女の喜ぶ姿を眺めながら尋ねた。
「美味しいか?」
「ウンッ! オイシイ!」
「それはよかった」
「しくしくしく・・・」
「陸奥さん、さっさと食べてください」
日向と陸奥の間で食事をする不知火が命令するように言い放った。
長門型戦艦の妹は涙を流し続けて、1つのおにぎりを食べ始める。
「今日のおにぎりはしょっぱいわ・・・」
「陸奥、それほど塩は使っていないぞ」
同時刻。
トラック鎮守府の執務室では、椅子に座る山岸と、紫色の短めのポニーテールをしたセーラー服の女性がいた。
「横須賀鎮守府から来ました! 青葉です!」
「遠い所からご苦労様。疲れたでしょう?」
「ども、恐縮です!」
彼女は青葉型1番艦の重巡洋艦“青葉”
敬礼した彼女が手にした茶色の封筒を山岸に手渡す。
「大本営からの報告書です。お確かめください」
「ありがとう」
山岸は封筒を開けて、中に入っていた数枚の書類に目を通していった。
彼女がある項目に目を入れた瞬間、その身体が震え出す。
「や、山岸提督?」
「・・・・・・くくっ・・・」
「?」
「ぷはははははっ!」
突然、笑い出した山岸に青葉は戸惑いを隠せなくなる。
「どうされ、ましたか?」
「いや、これね・・・もう笑い話だわ」
山岸が重巡洋艦の艦娘に一枚の書類を手渡した。
青葉はそれに書かれた内容へ目を通すと、彼女も納得の頷きをしてしまう。
「あ~なるほど・・・そりゃあ、そうですねぇ」
「ほんっとうに、壮太。あなたは災難すぎるわねぇ・・・」
そこに書かれていたのは、逮捕された久留井の処遇である。
現在、彼は病院での入院生活を余儀なくされた。
入院の理由は局部への殴打により、ショック死しかけたためである。
「でもよかったじゃない。一つだけ残って♪」
「男にとって、それはどうなんでしょうか?」
「知らないわ。あんな変態の気持ちなんか・・・」
全治1ヵ月ではあるが、その後の彼には過酷な運命が用意されていた。
裁判で彼はロシアのマガダンに最近出来たばかりの収容所へ移送することが決定。
その所長からよくできた日本語で感謝の言葉が書類に書かれていた。
『生きのいいハラショーな男だ。此処は寒いが施設の暖は我々の肉体で完璧。盛大な歓迎をしてあげよう。日本の憲兵にスパスィーバ!』
尚、所長本人と思われる写真には、青いツナギを来た体格のいいロシア人が写っていた。
「この話はこれで終わりにしましょう。それで? 大本営からはなんて?」
「は、はぁ・・・取り敢えず、昨日お渡しした書類の通りだと・・・」
「・・・あの大将は何を考えているのかしら?」
彼女がため息を吐くようにそう呟く。
今回の出来事により、トラック泊地付近で発見された北方棲姫の存在が明らかとなる。
敵の深海棲艦である以上、彼女は捕縛され、黙認していた提督や艦娘も処罰される可能性があった。
山岸はそれを覚悟していたのだが、大本営から言い渡された指令は彼女の思いもよらぬものだった。
『対象である“北方棲姫”を保護せよ』
まさかの保護宣言である。
「どうなっているのよ・・・」
「いいじゃないですか。写真で見ると可愛らしいですし♪」
彼女の疑問はそれだけではなかった。
まず、密輸船である“はまぐり”に積まれた資材。
その所有権を持つ者は、逮捕又は失踪のために誰一人いない状態だった。
そんな中、第一発見者である北方棲姫が新たな所有者として決まったのである。
「羨ましい限りだわ」
「大型建造とか軽くできちゃうでしょうね」
次に、保護対象となった北方棲姫に護衛が付くことになった。
それが横須賀出身の不知火・朝潮・荒潮と、元パラオ艦隊である日向と陸奥である。
彼女らは昨日の昼辺りに島へ訪れて、仮拠点を一時間も掛からない内に作り上げた。
今の所、貨物船という便利な拠点もあったため、テントに通信機や仮眠用ベッド、資材保管庫、兵装整備の場所を作っただけである。
「とにかく、あの娘が酷い扱いをされずに済んでよかったわ」
「青葉もあんな娘が痛めつけられるのは見たくないですし・・・」
「過保護な上司がいたおかげかしら?」
「あの大将ですか? 確かにありえますねぇ・・・」
山岸は席から立ち上がり、執務室にある窓の外を眺める。
「あっ、それとですが・・・大和さんはいらっしゃいますか?」
「大和? 彼女に何か?」
「いえ、大したことではなくて・・・有名な戦艦のお話を聞こうかと・・・」
「残念だけど、今はいないわ」
「へっ!?」
青葉が素っ頓狂な声を上げてしまい、山岸がその反応を面白がった。
「彼女なら暁たちと明石を連れて出港したわ・・・あの“ハマグリ島”へね」
貨物船の食堂内。
「それっ!」
「プッ!!」
日向が白き少女を背中から抱きかかえて、握った両手で少女の腹部を圧迫させた。
その瞬間、少女の口から茶色っぽい種が吐き出される。
発射された種弾はテーブルのお皿へ着弾した。
「フゥゥゥ、フゥゥゥ・・・」
「ホッポさま、水を・・・」
「ング、ング、ング・・・」
左隣に居た不知火がコップの水を手渡し、少女がそれを一気に飲み干す。
「プハァァァ・・・アリガトウ。ヒュウガ、シラヌイ」
「こちらは胆が冷えたぞ」
「たった2日目で任務失敗なんてさせないでください」
周りで見守っていた朝潮、荒潮、陸奥も安心の表情になる。
朝の食事中に、白き少女がおにぎりに入っていた梅干しを種ごと飲み込んだのが原因だった。
日向が不知火の指示でハイムリック法という応急処置を施し、何とか少女の喉に詰まった種を吐き出させることに成功する。
「・・・・・・どうやら到着したようです」
「ッ!」
不知火が耳に付けた通信機からある連絡を聞き取る。
彼女のその言葉で、白き少女が食堂から飛び出していった。
「オフッ!?」
「きゃっ!?」
通路の曲がり角で少女は暁を押し倒すようにぶつかった。
「ワワッ!? アカツキ! ゴメン!」
「レ、レディーでも受け止められないこの力・・・ガクッ」
「アカツキー!! シンダー!?」
「「「死んでない(のです)」」」
やや呆れ顔で響、雷、電が声を揃えて突っ込む。
その後ろでは大和と明石も同じ顔をしていた。
島の入り江。
貨物船の右隣へ設置された巨大テント内。
端に寄せられた机には、複雑でテレビぐらいの大きさのある通信機が置かれていた。
中央の大きめのテーブルには地図が敷かれ、その上で明石がビデオレコーダーのような機械を修理していた。
「もうちょい・・・よし! できた!」
彼女はその機械の外装の蓋を閉めて、外側に付いているスイッチなどを操作する。
その数秒後、彼女が機械に繋がった螺旋コード付きのマイクを手に取った。
「あ―っ、あ―っ・・・こちら、ハマグリ島の明石です。どうぞ」
『聞こえるわ、明石。通信状況は良好よ』
機械のスピーカー部分から山岸の声が聞こえてくる。
「はい、ホッポちゃん。話してみて」
「ウン・・・サトコ、キコエル?」
『よく聞こえるわ。ホッポちゃんも元気そうね』
「エヘヘ♪ ゲンキダヨ」
白き少女が楽しげな笑顔で答えた。
今回の明石の目的は、トラック鎮守府からハマグリ島までの通信を繋げることである。
以前から、ハマグリ島へ向かう途中に、小さな孤島が発見されていた。
そこで明石は、昨日の昼に中継地点となるアンテナタワーをその孤島へ設置したのだ。
本来は不知火たちの通信機のためだが、北方棲姫が使っていた壊れかけの無線機も繋がるよう改造された。
これにより、切れたマイクなども修理され、さらに艦娘からの無線連絡も聞き取りやすくなった。
『そうそう、ホッポちゃん。あなたにプレゼントがあるのよ』
「プレゼント?」
『大和、お願いね』
山岸がそう言うと、大和が何かを取り出し、白き少女の傍へ寄ってくる。
彼女は少女の黒い首輪の真正面にある突起の1つに、ある装飾を取り付けた。
それは大和の首輪にもある金色の桜花紋章と同じ装飾品。
「はい、これ見て」
「!」
明石が手鏡で少女自身に首輪の装飾を確認させた。
彼女は取り付けられた紋章に目を輝かせる。
「オオ―――ッ!」
『気に入ってくれたかしら?』
「サトコ、アリガトウ―!!」
「私とお揃いになりましたね」
「アッ、ジャア・・・ヤマトガタ3バンカンデ!」
「「「「「3番艦!?」」」」」
少女が冗談で言った言葉に、その場に居た皆が噴き出してしまう。
笑い堪える不知火が少女の手から無線機のマイクを取り上げた。
「えへんっ・・・こ、これで通信の方は、問題ないです」
『そうね。こっちの方は通常の通信として扱うわ。不知火、後は任せたわよ』
「了解」
不知火は無線機のマイクを置いて、トラック鎮守府との通信を終了させる。
白き少女がそれを見て、無線機の本体ごと持ち上げてから出て行こうとした。
「ホッポさま、何処へ?」
「ンゥ? ヘヤニ、コレヲ・・・」
「それは陸奥にでもやらせますので・・・本日は貨物船内の資材を確認しにいきます」
「エ゛ッ!?」
「「「「「え゛っ!?」」」」」
彼女だけでなく、周りにいた艦娘たちも驚きの声を上げる。
(あんなに沢山あるのを・・・?)
不知火は皆の反応に動じず、すぐに指示を飛ばした。
「大和さん達も手伝ってください。大丈夫です。こちらも哨戒させている日向以外を動員させますので・・・」
12:00(ひとふたまるまる)
やはり数が膨大過ぎたことで、昼になっても確認作業が終わらなかった。
これには流石の不知火も『不知火の落ち度でした』と呟く。
作業中に、白き少女がポケットにいくつかの資材を仕舞い込み、目撃した不知火が彼女に軽い手刀で制裁した。
「アタッ!?」
「出しなさい」
それから1時間くらい休憩した後、不知火は通信機で定期報告をしに向かい、残る少女らは貨物船内部を探索することとなった。
暁四姉妹と朝潮、荒潮、明石はそれぞれ二手に分かれて、船の船首まで探索しに向かう。
陸奥は日向と交代して、島の外周を哨戒していた。
白き少女は大和とともに、空となった船室を見て回る。
いくつかの船室には、住んでいた証拠である日用品や衣服などが置かれていた。
ある程度見回った2人は甲板に出てから一休みする。
「ヤマト」
「何でしょうか?」
「キョウハ、ホカノカンムス、オルスバン、シテルノ?」
甲板の床で座り込む少女が、船の手摺りに手を掛ける大和へ尋ねた。
「今日は里子提督の指示で、練度の上がった人達を改造しているらしいわ」
「カイゾウ・・・サラニ、ツヨイカンタイガ、デキルノ?」
「そうね。特に戦艦の方が優先されているみたい・・・」
「センカンガ、ユウセン・・・アッ、フソウタチモ?」
白き少女の口から扶桑の名前が出てくる。
大和が不思議に思いながらその質問へ答えた。
「え、ええ・・・扶桑さんや山城さんもそうよ」
「スゴイ・・・ヒュウガ、ミタイニ、ヒコウカンパンヲ、ツケルンダネ」
「飛行甲板? あの娘たちは・・・航空戦艦になるのでしょうか?」
少女の口にした言葉で更に疑問が出てしまう戦艦の艦娘。
考え込む彼女に白き少女が問い掛ける。
「ヤマトハ、カイゾウ、デキナイノ?」
「えっ? 私は・・・まだ、練度が足りてないらしいから・・・」
「ソッカ・・・ジャア、ガンバッテ、ツヨクナロウヨ!」
「・・・そうですね。もう沈まないためにも・・・仲間を沈ませないためにも・・・」
彼女は以前に苦戦した鬼級との戦いを思い出す。
自身の未熟さで守れなかった辛さは胸が締め付けられるようなものだった。
白き少女は彼女のそんな悩む表情を見て、元気づけようと話し続ける。
「ダイジョウブ! モウミンナガイル! カエルバショモ、アルカラ!」
「帰る場所・・・ですか?」
「ソウ! ワタシハ、イマノトコロ、ココダヨ」
彼女が立ち上がり、大和を見ながら両手を拡げる。
「此処で・・・構わないのですか?」
「ウン。シザイガ、イッパイアルシ・・・セイカツシヤスイ♪」
「ふふっ♪ 確かに、あれだけの資材なら困りませんね」
超弩級である彼女の笑顔に、白き少女も喜びの笑顔で返した。
「ミャ! ミャ!」
「アッ、タマ?」
「タマちゃん?」
突如、彼女らの真上からタマが慌てるように鳴く。
白き少女は何かに察して、タマの視界を覗き込んだ。
『ミャ!』
少女の視界共有を確認したそれは、開いている窓から船室へと入っていく。
そこでは修理されたあの無線機があり、そのスピーカーから女性の声が聞こえてきた。
『こちら、ラバウル鎮守府の摩耶だ! 誰か居ないか!?』
『摩耶! 左舷に、敵艦発見! まずいわ!』
白き少女はタマを通じて、2人の艦娘の声を聞き取る。
艦娘の救援を確認し、彼女は視界を元に戻した。
「ラバウルノ、カンムスガ、アブナイ! イッテキマス!」
「ちょっと!? 待って! ホッポちゃ・・・」
大和の呼び掛けも間に合わず、少女は貨物船から飛び降りた。
彼女は入り江の海上を走り去っていく。
事態に気付いた不知火がテントから飛び出し、慌てて通信機で指示を飛ばした。
「日向さん! ホッポさまを追ってください!!」
『了解だ』
「朝潮! 荒潮! すぐに出撃準備を!」
『『了解!』』
『私は?』
「陸奥さんは待機してください」
『なんでお姉さんだけ~!?』
焦るその姿を見ていた大和が苦笑を漏らす。
「仕方がない娘ですね・・・」
『ええっ!? こんな事あり得ない・・・!』
『鳥海、あれって・・・鬼・・・いや、姫級か?・・・どうなっているんだ?』
『テイッ!』
『これは・・・全て不知火の落ち度になりそうです』
『まぁ、そう落ち込むな』
この後、不知火はラバウルの艦隊へ北方棲姫の件を秘匿するように指令を出す羽目となった。
暗い雲に覆われた何処かの海上。
少し荒れている海面へ漂うように、1つの黒い女性らしき者が佇んでいた。
それはクラゲのような形で大きな口がある帽子を被り、それの左右対称に白い触手、二連装砲、上部に黄色く光る眼が付いている。
手の部分と腰から下は黒く、それ以外は髪の毛すら真っ白な姿をしていた。
荒れ狂う波と風によって、大きめの黒マントが靡いている。
彼女は手にした黒い杖を両手で持ち、杖の先を海面に付けていた。
「・・・」
無言で立ち尽くす彼女の傍へ、別の女性が近付いてくる。
やって来たのは黒いショートヘアーの黒ビキニ姿の女性。
両腕の艤装の内、“左腕の艤装の砲身”が変に折れ曲がっていた。
彼女は黄色く光る両眼で佇む女性を睨み、右手の艤装の歯で噛み掴んでいる残骸を差し出す。
「・・・」
睨まれた女性は気にもせず、差し出された残骸を帽子の触手で絡み取った。
それは主砲の上部に副砲が付いた三連装砲だった黒い艤装の残骸。
黒いマントの女性は帽子の口を開けて、その残骸を放り込んでから咀嚼し始める。
彼女の黄色く光る両眼にあるものが映し出された。
そこに映っていたものは・・・・・・全身のほとんどが白く幼い少女の姿。
彼女はそれを見てから不気味な笑みを浮かべ、不規則な信号音を辺り一帯に響かせた。
『・・-・-、・--・、-・--、-・』
次回:Despair Loss Separation