北方の白き少女 Heart of the admiral   作:ハルバーの懐刀

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菊月(偽)だけでなく、最近は多数の艦娘(偽)の建造が増えていますね。
深海棲艦側であるこちらも頑張らねば・・・。

注意:今回の話を読む紳士諸君、O・KA・KU・GOを・・・。



No.10 ヘンタイハキライ!

トラック鎮守府にある1つの建物。

 

それは島唯一の憩いの場である食堂。

 

時刻はすでに08:00(まるはちまるまる)を過ぎていた。

 

 

 

食堂内には、複数の長テーブルが並び置かれてあり、奥にあるカウンターからは調理場が見える。

 

外に繋がる扉から、1人の女性がゆっくりと入って来た。

ポニーテールと赤いセーラー服の艦娘“大和”である。

彼女は誰も居ないテーブルを横切り、奥のカウンターへと歩いていった。

 

カウンターから見える調理場では、黒髪のショートヘアーで青いセーラー服に割烹着を纏う女性がキャベツを刻んでいた。

 

「のどかさん、おはようございます」

 

大和が挨拶すると、彼女は目元が前髪で隠れた顔を向けて、静かに頷いた。

 

 

彼女の名は、宮島 のどか(みやじま のどか)

 

トラック鎮守府に所属する唯一の料理人で、あの給糧艦“間宮”の元で半年も修行した経験がある。

性格は物静かでしゃべることは全くしない娘だが、彼女が作る料理は誰もが美味しいと言えるほど絶品だった。

 

 

「いつもの味噌カツ丼をお願いします」

 

大和から注文を受けた宮島は、すぐさま刻んでいたキャベツを白飯の入った大きな丼ぶりへ乗せる。

次に、仕込みで揚げたばっかりの豚カツをキャベツの上に乗せ、玉杓子で掬い取った胡麻味噌ソースをたっぷりと掛けた。

 

出来上がったそれを長方形の黒いお盆に乗せて、箸も一緒に入れてから大和へ手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

大和が受け取った丼ぶりの大きさは特大で、中身は3人分を超える量が入っていた。

彼女はそれを持って、近くのテーブルへ歩き寄る。

テーブル台に味噌カツ丼が乗るお盆を置き、自身も座ってから手を合わせた。

 

「いただきます♪」

 

 

 

数分後、あの山盛りなカツ丼は綺麗に完食された。

ちょうどその時、食堂の入口から扶桑と山城がやって来る。

 

「「大和さん、おはようございます」」

「お二人とも、おはようございます」

「朝から凄く食べますね」

「まだ“おかわり”があります♪」

「わ、私もあれだけ食べれば・・・幸福に・・・」

 

大和は空の丼ぶりをお盆ごと持って行き、再びカウンターで味噌カツ丼を頼んだ。

2人もカウンターで定食セットを頼み、大和の対面側で席に着く。

 

「本日もあの島へ?」

「そうしたいのですが、第3艦隊が朝早く出港したので・・・」

「ああ、確か・・・横須賀へ?」

「ええ。提督からお使いへ行くよう言われたらしいです」

 

残念そうにする大和の姿に、扶桑が微笑みを浮かべた。

 

「それ程あの娘が気に入ったのですね」

「そ、そんな・・・」

 

まるで言い当てられたかのように、超弩級の女性の顔が赤くなっていく。

 

(そう言えば・・・何故あんなにあの娘のことを気になるのでしょうか?)

 

大和は扶桑に言われたことを疑問に思い、先日のやり取りを思い出す。

 

それは明石たちが昇降機を作る間、北方棲姫と2人で話し合ったことだ。

 

 

 

『あの・・・ホッポちゃん?』

『ナニ?』

『どうして・・・あの時、私を助けに来てくれたのですか?』

『エット・・・シズメラレタ、トキノ?』

『そうです』

『ヒトリハ、サビシイデショ?』

『寂しい?』

『ソウ。ワタシモ、メガサメタラ、ダレモイナイウミデ、ヒトリボッチダッタシ・・・』

『えっ、ホッポちゃんも?』

『ヤマトモ、ヒトリダケデ、テキトタタカッテ・・・サビシカッタ?』

『え、ええ・・・』

『オナジカンノ、“ムサシ”ニアエナイノハ、イヤジャナイ?』

『確かに・・・できれば会いたいですね』

『ウン。ダカラ、シズンデイルヤマトヲ、タスケタ。ホカノ、カンムスタチモ、アイタガッテタシ・・・』

『ホッポちゃん・・・』

『ミンナイッショガ、イチバンダヨ!』

 

 

 

少女から聞かされたことを思い出す戦艦の艦娘。

 

「ふふっ♪・・・・・・・・・・・・んっ?」

「ひゃあああっ!?」

 

彼女の漏らした声と同時に、目の前で食事をしていた山城が悲鳴を上げた。

 

「む、虫ぃぃぃぃ!」

 

ハエよりも大きく、スズメバチのような柄の色を持つアブの一種“シオヤアブ”

人を刺すことは殆どなく、スズメバチやオニヤンマなどを背後から襲う虫の暗殺者とも言われている。

そんな虫が山城の目の前を通り過ぎたのだ。

彼女は驚きのあまり手にした味噌汁の器を落とし、その汁でスカートを汚してしまう。

 

「ああ・・・不幸だわ」

「山城、ちょっと待ってて。布巾を持って来るから・・・」

 

扶桑が席から立とうとすると、宮島がすぐに布巾を持ち運んできた。

 

「助かります、のどかさん」

「いやあああっ! また来たぁぁぁ!!」

 

再度、アブの襲撃に遭う山城。

宮島は持ってきた布巾を扶桑に手渡し、アブが飛び交う山城の元へ向かう。

彼女は右腰から長い菜箸を取り出して、飛び回るアブを難なく摘み捕った。

 

「・・・えっ?」

「「おお――っ!!」」

 

料理人の華麗な業に、大和と扶桑が思わず拍手をする。

宮島はそのまま窓の方へ行き、捕まえたアブを外へ逃がした。

 

「凄いです。のどかさん」

「流石、料理人・・・」

「私はなんで虫に・・・」

 

褒められた彼女は照れ臭そうにお辞儀をする。

 

「自室に帰ったら着替えないとね」

 

扶桑は山城の濡れたスカートを布巾で拭いていった。

姉の献身的な行為に、妹の顔が少しにやけてしまう。

 

「不幸中の幸いとはこのこと・・・姉さま♪」

 

その光景を見た大和は、まだ見ぬ姉妹艦である武蔵の安否を気遣う。

 

『第1艦隊の艦娘は至急、出撃ドックへ急行せよ』

「!」

 

突如、館内放送で山岸からの指令が下った。

大和は僅かに残ったご飯を頬張り、その場から急いで走り去る。

 

 

 

 

 

艦娘専用の出撃ドック。

 

強固な外壁の建物内は、艦娘たちを安全に出港させるための設備が整えられていた。

正面扉はかなりの大型で両開きとなり、その半分の高さまで海に浸かっている。

海面より少し高めにある待機エリアに、大和が小型の昇降機で降りてきた。

 

「お待たせしました!」

「待っていたぞ。これで全員揃った」

 

そこには、長門を含め、加賀・赤城・金剛・榛名が待っていた。

大和は第1艦隊である最速の駆逐艦が居ないことを尋ねる。

 

「あの・・・島風ちゃんは?」

「まだあの娘の懲罰は終わっていません」

「そ、そんなに厳しくしなくても・・・」

「里子提督からの許可が下りていないので・・・当分の間、あの娘の出撃は無いです」

 

加賀が凄然たる態度で島風の処遇を告げた。

先日、島風が営倉から脱走を図ったことが原因である。

そのすぐ後に、偶然居合わせた長門によって、脱走者は捕縛(サバ折り抱擁)された。

 

「島風の代わりに、この長門が第1艦隊に入ることとなった!」

「そ、そうですか・・・」

 

大和は若干疑問に思うも納得の声を出してしまう。

 

「それで・・・今回は一体・・・」

「それなのだが・・・」

『私から説明するわ』

 

長門が質問に答えようとした時、ドック内に設置された館内放送用のスピーカーから山岸の声が響いてくる。

 

『パラオの艦隊が提督のクルーザーと一緒に北方棲姫の島へ向かっているわ』

「「「!?」」」

 

その内容に、大和、金剛、榛名の3人が反応した。

 

『大和を旗艦とし、第1艦隊はパラオの艦隊による進行を阻止せよ』

「了解! 第1艦隊、出撃です!」

「ちょうど、鬱憤を晴らしたかったところデース。あの変態に全弾撃ち込むネー!!」

「勝手は・・・榛名が許しません!! 絶対に!!」

 

意気込む3人は艤装を展開させて、正面扉へ繋がっている海上に着水する。

 

「ホッポちゃんに会え・・・いや、パラオめ・・・許さんぞ!!」

「そうです! あのボーキは私のもの!!」

「・・・お二人とも島の防衛任務を優先してください」

 

少々ずれた目的を言う長門と赤城に、加賀が呆れながら本来の目的を伝えた。

 

 

 

 

 

「取り敢えず、これで時間稼ぎはできるわ」

 

執務室では、艦隊に指令を与えた山岸が放送端末を操作していた。

 

「あとは・・・あの娘たちが戻ってくれば・・・・・・っ!」

 

彼女は放送端末のあるランプの光に気付く。

不規則に点滅するそれを見続ける提督がにんまりとした。

 

「いい感じね♪」

 

彼女はそう言って、執務室から急いで出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トラック泊地からやや東北東の方角で・・・一時間程度の距離にある・・・か」

 

小型クルーザーを操縦するパラオ鎮守府の久留井少佐。

自身が掴んだ情報により、護衛の艦隊と共に目的のものがある海域へと向かっていた。

 

クルーザーの先頭には秘書艦の不知火。

右側には朝潮と、左側には荒潮が航行していた。

 

「あれか・・・・・・むっ?」

 

順調に進む彼らの目の前に、砂浜がある島が見えてくる。

その手前の海上には、6人の艦娘たちが立ちはだかっていた。

 

「・・・ほほう、そうきたか。全艦、停止せよ」

 

久留井の命令で、彼女達から少し離れた海上でクルーザーと艦隊が航行を停める。

彼は操縦席に備え付けられた無線機のマイクを手に取った。

 

「これはこれは・・・かの有名な戦艦大和を含めた艦隊がお出迎えとは・・・」

 

 

 

無線機から発せられたパラオの提督の声に、大和たちは顔をしかめながら警告を告げる。

 

「久留井少佐、及びパラオ艦隊に告ぐ。ここは我がトラック鎮守府の担当海域となります。即刻、当海域から退去していただきたい」

 

大和からの警告を聞いた久留井は、いつものにやけ顔で笑い答える。

 

「はっはっは・・・こちらはある情報で探し物が見つかったのでね。その島に用があるのだ。この際、担当海域だのなんだの関係ない。そこを退いてもらうか?」

「では・・・軍規違反を犯したものとして、あなた方を拘束させてもらいます」

「俺からも・・・警告なしに撃ってきた裏切り者として、報告させてもらうよ!」

 

久留井の言葉に、第1艦隊が戦闘態勢に入った。

 

「やっぱりあのキチガイはDestroy(破壊)するべきデース!!」

「金剛姉さまを辱めた罰、ここで受けてもらいます!!」

 

金剛と榛名は相手の提督から受けた許されぬ行為を根に持っていた。

 

「事故と処理するから沈めても構わん。お前ら全力で相手しろ!」

「「「了解」」」

 

久留井は不知火たちに指令を下し、自らは左側へ迂回していく。

 

「相手は3人デース! ならワタシと榛名、長門だけでも十分ネー!」

「大和さんは待機。赤城さんと加賀さんは久留井少佐を・・・」

「待て! 全艦! 散開しろ!!」

 

金剛たちが突撃しようとした時、長門がいきなりの散開を指示した。

長門の言葉で全員がすぐさまその場から散らばる。

その数秒後、遠くの空から数発の砲弾が飛来し、艦隊の居た位置に弾着した。

 

「長距離からの砲撃? 皆さんご無事ですか!?」

「榛名は大丈夫です! 大和さん!」

「What!? 何処から撃ってきたネー!?」

「加賀さん! 無事ですか!?」

「このぐらい平気です。赤城さんは?」

「問題ないです! 掠りもしていません!」

 

困惑する彼女らの中で、長門だけはその状況を把握していた。

 

「陸奥の砲撃・・・それにあの瑞雲・・・・・・・・・日向か!」

 

 

 

 

 

「流石は連合艦隊旗艦・・・この程度の不意打ちは通用しないか」

「姉さんはそんな甘くないわよ。全弾ハズレ?」

「まぁ、そうなるな」

 

不知火たちより、さらに後方で待機していた2人の艦娘。

 

長門と同じ艤装と服装をした茶髪ショートの女性。

長門型戦艦の2番艦“陸奥”

 

彼女の右隣には、巫女服姿のショートヘアーの女性。

巨大な35.6cm連装砲が左右に2つずつ装備された艤装を持ち、左腕には飛行甲板が付けられていた。

彼女は伊勢型戦艦2番艦で航空戦艦の“日向”

 

2人もパラオ艦隊所属の艦娘である。

 

(あの一瞬で瑞雲の存在に気付いたか・・・)

 

久留井と大和の艦隊が話し合いを終えた辺りで、彼女は上空に飛ばした水上爆撃機“瑞雲”で弾着する位置を確認したのだ。

位置を予測した後、陸奥とともに砲撃を開始したが、いち早く気付いた長門に見破られてしまう。

 

「どうする?」

 

首を傾けて尋ねる陸奥に対し、横目で見る日向は飛行甲板から瑞雲を離陸させようとする。

 

「まぁ・・・不知火たちに当たらないよう支援するさ」

 

 

 

「そこを退くデース!!」

「金剛姉さまの邪魔は! 許しません!!」

「新鮮な駆ち・・・っ・・・敵艦隊もなかなかやるな!」

 

金剛、榛名、長門は高速で動き回る駆逐艦の3人と交戦していた。

 

「この程度、つまらないわね」

「よし、朝潮! 突撃する!」

「久々に動き回れるわね。暴れまくるわよぉ~!」

 

不知火、朝潮、荒潮は駆逐艦自慢の速力で相手の砲撃を回避していく。

時折、自分たちの持つ小口径主砲で正確に相手を狙い撃った。

戦艦である彼女らに少しずつだが、ダメージが蓄積されていく。

 

「Shit! ちょっと痛いネー!」

「ま、まだやれます!」

「フッ、ビッグ7の装甲を侮るなよ!」

 

 

 

大和と一航戦の2人は、長距離から来る砲撃と水上爆撃機による攻撃を受けていた。

 

「これじゃ艦載機が飛ばせない!」

「くっ、頭にきますね」

「任せてください! 三式弾装填! 仰角最大・・・」

 

彼女の46cm三連装砲が上空へ砲身を向ける。

その先には数機の爆撃機が編隊を組んでいた。

 

「全主砲、薙ぎ払え!!」

 

巨大な3つの主砲から合計で9発の砲弾が同時発射された。

それらは一定の上空で炸裂し、円錐状に無数の弾子がばら撒かれる。

範囲内にいた複数の爆撃機は回避できずに爆散した。

 

「今です! 残りをお願いします!」

「お見事です」

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

攻撃に隙間が出来たことで、正規空母たちが反撃に艦載機の矢を放つ。

 

 

 

 

 

同時刻、貨物船の食堂内

 

「ズズズズゥ・・・モグモグ・・・」

 

白き少女はテーブルに乗せた丼ぶりのラーメンを食べていた。

先日、倉庫内の探索でカセットコンロと保存食であるインスタントラーメンを発見。

久々に味わうラーメンを美味しくいただいていた。

 

「ズズゥ・・・ミャ!」

「ズズゥ・・・ミャフ!」

「ズズズゥ・・・ミ゛ャ!」

 

右隣では同じように1つの丼ぶりのラーメンを啜るタマ達が居た。

 

「ムゥゥゥ・・・モヤシカ、タマゴホシイナァ・・・」

 

少し物足りなさを感じる少女の耳に、数発の砲撃音が入ってくる。

 

「ンゥ?・・・ダレダロウ?」

「ミャ?」

「ミャフ?」

「ミ゛ャ?」

 

彼女は島付近で誰かが戦っていると思い、残ったラーメンを啜ってからタマ達と一緒に出掛けた。

 

 

 

貨物船から飛び降りた少女は、島の外側まで行き、右側の砂浜へ足を付ける。

 

「エート、ヨイショ!」

 

彼女はタマ達を右ポケットに入れ、反対側のポケットから双眼鏡を取り出す。

それを使って、遠目で小さく見える艦娘たちの姿を見ようとした。

 

「オオッ! ヤマト! ソレニ・・・・・・アッ、ナ、ナガト・・・」

 

少女は長門の存在を確認したことで身体に悪寒が走った。

以前の提督たちとの顔合わせで、長門から熱い抱擁をされたのが原因である。

 

「ヤ、ヤマトガ、イルカラ、ダイジョウブ・・・」

 

少女はそう言って、彼女らの戦闘を観察し続けた。

相手は初めて見た艦娘の朝潮や、見覚えのない桃色の髪をした少女である。

同じ艦娘同士での戦いに、彼女はあることを口にした。

 

「コレガ、“エンシュウ”ナノカナ?」

 

 

 

 

 

一方の久留井は、小型クルーザーを島の砂浜へ無理に寄せ付けた。

乗り上げた船の船首から飛び降り、右側の砂浜を歩き続ける。

 

「暑苦しい!・・・なんで俺自身が!・・・んんっ!?」

 

変な悪態をつく彼の歩く先に見慣れぬ存在が目に入った。

 

頭の天辺から足の爪先まで真っ白な幼い少女の姿。

それはどう見ても人間ではない証拠である。

彼女は双眼鏡を手にして、艦娘たちの戦いを見物していた。

 

(まさか・・・深海棲艦か?・・・だが、あんなものは見たことが無いぞ)

 

彼は右手で懐から十四年式拳銃を取り出し、少女の背後へゆっくりと忍び寄った。

 

 

 

 

 

「くっ!」

「大和さん!?」

「大丈夫! 副砲がやられただけです!」

 

爆撃機の投下した爆弾が大和の艤装の左舷にある副砲へ直撃した。

赤城の呼ぶ声に、大和は無事であることを伝えた。

 

「長門さんの言っていた航空戦艦・・・侮れません」

「相手の艦もやりますね」

「っ!? 2人とも! 砲撃さらに来ます!」

 

加賀が視界を共有していた偵察機によって、放たれた砲弾の存在に気付く。

彼女の警告で2人はすぐに回避を行った。

 

「むんっ!」

「うっ!?」

 

戦艦の長門と一騎打ちで戦う駆逐艦の不知火。

危うく直撃を食らいそうになるが、自前の速さのおかげで寸前に回避した。

彼女はすぐに反撃しようと魚雷発射管を構える。

 

「しず・・・」

『不知火! 応答しろ!』

「!?」

 

不意に不知火の無線機から久留井の呼び掛けが響いた。

彼女は絶好の攻撃タイミングを邪魔され、その声に若干苛立ちながら返事をする。

 

「なんでしょうか?」

『捕獲した深海棲艦の拘束を手伝え! 島の砂浜だ! 早く来い!!』

「捕獲した深海棲艦?」

「「「「「「!?」」」」」」

 

不知火の呟いた言葉に、大和たちは島の方へ目を向けた。

 

「まさか・・・ホッポちゃん!?」

 

大和を先頭に他の艦だけでなく、パラオの艦隊もその後を追う。

 

「全艦、戦闘を中止し、不知火に続け」

「あらあら。戦闘中にどこ行っちゃうの?」

「分かりませんが、とにかく行きますよ。荒潮」

「一時休戦? どうする? 日向」

「旗艦の指示が優先だ。すぐに行こう」

 

 

 

 

 

島の砂浜では、軍服の男性が左手で白き少女の首を絞めるように捕らえていた。

彼は右手に持つ銃を少女のこめかみに当てて大人しくさせる。

 

(ど、どうしよう・・・)

 

そんな2人の居る砂浜の浅瀬に、大和を含めた艦隊とその後方からパラオの艦隊がやって来た。

 

「久留井少佐!!」

「貴様っ!! その汚い手を離さんか!!」

 

拘束された少女の姿を見て、大和と長門が声を上げる。

久留井は彼女らの態度に笑みを浮かべた。

 

「まさか、こういう理由だったとはな・・・思わぬ収穫が手に入ったよ」

「・・・どういうつもりですか?」

 

彼は大和の質問に素直な答えを出す。

 

「トラック鎮守府の艦隊と里子提督は、深海棲艦を匿う軍の裏切り者として扱えるからね。それにこの未確認はいい素体になるだろうし・・・」

「!?」

 

その言葉を聞いた少女がびくっとした。

彼女は敵として解剖や人体実験をされると思ったからである。

怯える少女の姿に、大和らは怒りで砲撃準備を整えた。

 

「おっと、撃つなよ。最もいい状態は生け捕りだが、遺骸にしても構わないだろ?」

「あなたって人はっ!!」

「とことん性根が腐った提督ネー!!」

「・・・許しません!!」

 

大和だけでなく、金剛や榛名ですら激昂していた。

 

「そう怒るなよ。心配せんでもトラック鎮守府の解体後、戦艦の艦娘は我がパラオで引き取ってやる。悪いようにはしないさ」

「Noooooo, thank youネー!!」

 

金剛の怒りがさらにヒートアップするのを余所に、久留井は秘書艦である不知火に指示を飛ばす。

 

「不知火! さっさとこいつを縛るのを手伝え!!」

「・・・」

 

命令された彼女は何もせず、上の空のように海上で突っ立っていた。

無視されたと思った久留井が再度呼び掛ける。

 

「不知火!! 何をしている!? 聞いているのか!?」

 

二度目の指示で彼女はようやく彼の方へ目を向けた。

 

「長期任務の遂行が完了。これより、不知火を含め、朝潮、荒潮の3名はパラオ鎮守府から、横須賀鎮守府の指揮下に戻ります」

「・・・はっ?」

「よって、パラオ鎮守府の“元少佐”である久留井 壮太の命令は無効となります」

「ど・・・どういうことだ?」

 

当惑する彼の左側から女性の声が届いてくる。

 

「誰もあなたの言うことは聞かないってことよ?」

「なっ!? 何故お前が!?」

「私の大事な仲間を引き取る? そんなもの許可する訳ないじゃない」

 

声の主はトラック鎮守府の山岸提督だった。

彼女の後方には、濃い緑色の軍服を着た十人の男性たちが整列していた。

彼らの左腕には『憲兵』と書かれた腕章が付けられている。

 

「さて、不知火。長かった任務ご苦労様」

「いえ、こちらこそ不知火たちの任務を手伝っていただきありがとうございます」

 

2人が話す中、久留井は訳が分からず彼女らに問い掛けた。

 

「どういうことだ!? 不知火たちが、横須賀鎮守府の指揮下だと!?」

「そうよ。彼女らは横須賀出身の艦娘で間違いないわ」

「馬鹿な!? 3人はパラオの工廠で建造されたはず!!」

「それはパラオの工廠にいる妖精たちの協力で、建造されたかのように偽装したからよ」

「なんだと・・・」

 

手の込んだ偽装工作に、久留井はその理由を聞こうとする。

 

「どうして・・・だ?」

「松尾 純次“元少将”の汚職事件に関わるあなたが一向に動かないから、大本営の指示で艦娘を潜入させてたのよ」

「潜入!?」

「それでもなかなか尻尾を見せないのは見事だった。けれども、あなたが捕まえている娘のおかげで証拠は揃ったわ」

 

山岸はそう言って、服のポケットから白い錠剤の入った透明袋を取り出す。

 

「そ、それは!」

「通称“船酔い”艦娘にとって強力な麻薬であり、人間にも軽い中毒を与える危険薬物。駄目でしょう? 軍学校でも教わった違法に手を出しちゃって・・・」

「お、俺のであるという証拠は・・・」

「あきつ丸」

「了解であります」

 

山岸の真後ろから、黒い軍帽と軍服にスカートとサイハイソックスを纏う女性が現れる。

彼女は横須賀に配属されている陸軍の特殊船丙型で揚陸艦の艦娘“あきつ丸”

山岸の隣へ来た彼女が左手に持つ一枚の紙を掲げ見せた。

 

「あなたと松尾のサインが入った書類よ。以前に検挙された麻薬組織の名前付きでね」

「ぐっ・・・」

 

久留井はその紙を見て、人には見せられないぐらい醜く顔を歪める。

彼が貨物船を探していた最大の理由は、自身の首が危うくなる重要書類と薬物の回収だったのだ。

 

「残念ね。ある程度できる男だとは思っていたけど・・・そこまで落ちぶれた以上、同情の余地もないわ」

「お、俺に手を出せ・・・」

「威光は無駄よ。あなたの義父である松尾は三日前に亡くなったわ」

「なんだと!? 親父が亡くなった!?」

「薬を使ったせいよ。だから禁止されていることすら忘れたの?」

 

久留井は里子の言った衝撃事実に目を丸くさせる。

あきつ丸が書類を上服のポケットに入れて、右手で別の紙を掲げながら口を開いた。

 

「久留井 壮太。本日より、貴官は階級及び軍人としての権限を全て剥奪。罪状は横領に加担し、艦娘への不当な扱いと無断解体」

「いくら戦艦が欲しいからって、他人のものを使ったら怒られるでしょ?」

「よって、この逮捕状を元にあなたを拘束するであります」

 

あきつ丸と山岸がそう言い終えると、島の密林から第六駆逐隊の4人と天龍と龍田が兵装を構えながら現れた。

 

「覚悟はできてんだろうなぁ?」

「駄目よ、天龍ちゃん。一撃で終わらせたら、楽しみが無くなるわよ~♪」

「さっさと観念しなさい!!」

「了解、響、突撃する」

「諦めるなら今のうちだよ?」

「早くホッポちゃんを離すのです!!」

 

久留井は震える身体で周りを見渡した。

 

 

前方は、大和の艦隊だけでなく、自分に忠実だった不知火、朝潮、荒潮が砲身を構えていた。

彼女らの後ろに居る日向と陸奥は静観したままである。

 

左側の砂浜には、山岸が連れてきたあきつ丸と憲兵が十人もいる。

 

そして、後方には刀身を構えた天龍を筆頭に、薙刀を持つ龍田、砲台を構える暁と響、大きな錨を持つ雷と電。

 

 

蛇に睨まれた蛙の如く、彼の体中に冷や汗が滲み出てくる。

 

「そうそう。心配しなくてもパラオ鎮守府が解体されたら、日向と陸奥はこちらで預かるわ。粘りに粘って建造できた戦艦たちでしょ? あなたより大切に扱うわ♪」

「っ!?」

「まぁ、パラオは良い鎮守府だったと言えないが・・・そちらの方が良さそうだな」

「姉さんが居るのなら大丈夫そうね」

 

山岸からトドメの宣言に、久留井は下唇を強く噛み締めた。

 

「近寄るなぁぁぁ!! こいつの、こいつの命が欲しければ俺の要求に従え!!」

 

最後の抵抗と言わんばかりに、彼は捕らえていた白き少女の身体を抱き寄せた。

足掻く彼の行動は思わぬ引き金を引くこととなる。

 

「イッ!?」

 

抱き寄せられた少女の後頭部に、布越しで何やら堅い感触が当たったのだ。

 

 

それは少女の以前の記憶に該当するもの。

 

女の子になる前の自分にもあった身体の一部。

 

同性だろうが、異性だろうが、無理に押し当てられたら嫌であろう“男性の象徴”

 

 

それに気付いた白き少女は、激しい嫌悪感に襲われ、その原因である相手に怒りが込み上がった。

 

「コノ・・・・・・」

「んっ?」

「キモチワルイ“モノ”オシツケルナァァァァァ!!!」

 

彼女は怒りに身を任せて、男の拘束を一瞬で振り払う。

突然の動きに対応しきれなかった彼の方へ振り向き、力を込めた右の拳で相手の股間を殴り付けた。

 

「んぐおぉぉぉ!? がっ・・・ひゅ・・・・・・」

 

強烈な打撃音が辺り一帯に響き、久留井は手に持った拳銃を落とす。

彼は両手で股を押さえながらうずくまるように砂地へ倒れた。

 

「ヒィィ!? ウエ――ン!!」

 

少女は更に悲鳴を上げて、大和たちの居る浅瀬に向かう。

何もない海面で彼女は必死に両手を洗い始める。

 

「「「「「ホ、ホッポちゃん!?」」」」」

 

大和と暁姉妹が少女の元へと走り寄った。

他の者たちは唖然としたままその光景を見続ける。

その中で一番早く正気を取り戻したのは山岸だった。

 

「・・・罪状に強制わいせつも追加しといてね」

「りょ、了解であります! 総員! 久留井を確保するであります!!」

「「「「「はっ!!」」」」」

 

あきつ丸の命令で憲兵たちが一斉に倒れた男の元へ駆け寄る。

彼らが対象を捕縛しに行っている間、山岸はほんの少しだけ彼に同情した。

 

「災難だったわね・・・壮太」

「自業自得だと思うであります」

 

 

 

浅瀬では白き少女がまだ手を洗い続けていた。

 

「ウゥ・・・カンショクガ・・・カンショクガ、トレナイ~!」

 

傍から見れば異性のアレに触れて泣いている少女の姿に見える。

しかし、本当の理由は、同性として他人のものに触れた嫌悪感で泣いているだけであった。

 

「もう大丈夫よ。ホッポちゃん、落ち着いて」

「そうよ! レディーみたいにしゃんとしなさい!」

「夜中に1人でトイレが行けないレディーになれと?」

「なんで今それを言うのよ、響ぃぃぃ!!」

「私が、私がいるじゃない!」

「ホッポちゃん、電の身体を貸すのです! だから抱きついてもオッケーなのです!」

「ええっ!? い、電ちゃん!? 何を言っているのよ!?」

 

大和が電の大胆発言に慌てふためく。

北方棲姫と暁たちの姿に興奮したのか、長門と陸奥がじりじりと接近しようとする。

 

「ホッポに、駆逐艦たち・・・胸が熱くなる!」

「これぐらいの火遊びなら・・・してもいいよね?」

「駄目に決まっているだろう」

 

静観していた日向が後方から2人の首根っこを掴み上げた。

 

「日向!? このビッグ7たる私の邪魔をするな!」

「い、いいじゃな~い! これぐらい罰も当たらないでしょう?」

「まぁ、イマイチ説得力が無いがな」

 

彼女はもがく2人を逃さないようにし、艦娘たちが取り囲む白き少女を見続けた。

 

 

 

女性陣が騒いでいる中、久留井を拘束しに行った憲兵たちも騒ぎ始める。

 

「待て、後ろじゃなくて前に手錠を掛けろ!」

「なんでだよ?」

「いいから仰向けに寝かせろ! それと大きい布持っている奴いるか!?」

「俺持ってる」

「それで担架を作れ!」

「仰向けにするぞ。いち、にの・・・さん!!」

「よいしょっと!・・・ええっ!?」

「ちょ、ち・・・血が・・・」

「早くしろ!」

「はいっ!」

「・・・」

「お前はなんで自分の股間を押さえているんだ?」

「なんとなく・・・」

「「「「「いいから手伝わんか!!」」」」」

 




非常に痛い話となったかもしれません。
変態にはこうなってもらう必要もあったし・・・。
絵にするとヤバいかもしれないw

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