ダンジョンに池袋最強の男がいてもいいのだろうか 作:バキュラø
時系列は、原作のリリを救った話を終えたあたりです。
剣姫襲来
「シズオはオラリオに来てから、もうひと月ほど経ちますが、どこかのファミリアに所属する気はないんですか?」
リューは、昼のかき入れ時を終えた店内で静雄にそう声をかけた。
「ん?別にいいだろ。それに、必ず所属してなきゃならないってこたァねーんだよな?」
静雄は食べ終わったテーブルを片付けながらそう言った。その動きは一月前までとは比べ物にならないほど洗練されていた。
「まあ、それは、そうなのですが………シズオほどの力量の持ち主がダンジョンに潜れば、今の給料よりも、いい稼ぎになると思いますし…」
「そんなもんか?」
「そうですっ!」
無頓着な答えを返す静雄に、リューは念を押すようにそう言った。
あまり自身の感情を露わにすることは多くないと自認しているリューだったが、ここの所どうも自らの行動が抑えきれていないように感じていた。
静雄に振り回されているという部分もあるのだが、元来、自己完結しがちなリューは少し緩み過ぎていたかと気を引き締め直そうとしていた。
そのせいか、自らの淡い心の変化にもまだ気づいてはいなかった。
「ンニャ?シズオは、この店をやめてどっかいっちゃうのかニャ」
そのような会話を繰り返していたことを聞きつけ、床を拭き終えたアーニャが会話に割り込んできた。
「いや、そう決まったわけじゃないんだが……邪魔っていう事ならすぐ出てくけどよ……」
「そんなのイヤニャ‼」
「…アーニャ」
「シズオがいなかったら、誰がミャー達の分まで、掃除して、洗濯して、接客して、料理して、シルの手料理の
「お前なぁ…」
静雄は、喧嘩っ早いことを除けば、顔よし、家事よし、器量よしの三拍子そろった超優良物件である。なんだかんだ言っても、一人暮らしをし、また様々な職を転々としているだけあって、その点、かなり高スペックであった。
事実、このように無駄話していても、まだ余裕があるほどである。
まあ、豊穣の女主人で働くほとんどの女性たちの家事能力が………………いや、やめておこう。
わざわざ進んで龍の尾を踏むような真似はしたくない。
「アーニャ…それはどういうことか、後でたっぷりと聞かせてもらいますからね?それはともかく、私はやめて欲しくありませんよ。それに…シズオさん。貴方がここを辞めてしまったら、リューが泣いてしまいます」
「そ、そんニャー…」
「なんで、そこでリューが泣くことになるんだ?」
にこやかに笑いながら話すシルの言葉に心底、不思議そうな表情をして、当の静雄は聞いていた。
「な、シル!?一体なにを言ってッ…‼‼」
そんなことを口にする
「アンタ達、仕事を放っておいて、なに遊んでるんだい‼‼さっさと遊んでないで仕事をしな‼‼」
「「「「「は、はい(ニャ)‼‼‼‼」」」」」
流石に騒ぎを大きくし過ぎたようでミアからの喝が入り、話はそこで途切れることになった。
「それとシズオ。アンタにお客だよ」
「客っすか?俺に知り合いなんて、ここにはそうそう、いないハズなんスけど…」
そんなミアの言葉に、静雄は怪訝そうな顔を浮かべながら、ミアの指差す方向に目を向ける。
「……こんにちは」
「あんたァ………」
そこには、ブロンドの髪を持つ美少女冒険者、アイズ=ヴァレンシュタインがいたのだった。
「シズオに…相談したいことがあって…」
「なんだよ、改まっちまって。甘味談義しに来たってわけじゃないんだろ?」
先日のジャガ丸くんの一件以来、静雄とアイズは同じ甘いもの好きが高じてか、ちょくちょく甘いものについて語り合う仲になっていた。
その日以降、オラリオでは、悲鳴と幽鬼のような姿をしたエルフが現れるというウワサが広がっていたのだが、まあ、それは余談であろう。
「…うん」
「リュー達の言うファミリア?だったか。お前もそこに入ってんなら、相談できる奴ぐらいいるだろ?なんで俺なんだ」
それもそのはずで、この所、関わることが増えた二人ではあるのだが、時間はひと月も経っていないのだ。
「貴方しかいなくて。その…こんなこと、聞けるような人が……」
アイズは、ばつが悪そうにしながらも、どこか恥ずかしそうにしていた。
「そうか。で、相談ってのは?」
そんな様子のアイズに、余程、身内に知られたくない悩みなのだろうな。と静雄は勝手に解釈し、先を促す。
「
「はぁ?」
そんな思ってもみなかった質問に思わず、静雄はそんな声をあげていた。
「膝枕してあげたら…逃げられちゃったし」
「……ほう」
「声をかけようとしても………目があっただけで……逃げちゃうし」
「それで、怖がられてるかもしれないッつーことか?」
「うん……」
『怖がられている』という単語にアイズは、肩をびくつかせ、目に見えて落ち込んでいた。
その様子はオラリオで噂されている剣姫の凛とした雰囲気は微塵もなく、気になる男の子の挙動に流される姿は年相応の女の子と全く変わらなかった。
「で、アイズは、そいつにどうしたいんだ?」
最近できた静雄の友人であり、加えてどことなくヴァローナに似た
折角、こんな自分を頼ってきてくれたのだからと。
それがどんな男なのかは知らないが、静雄はそんな彼女に少しでも協力したいと思い始めていた。
「わ、私は…拾ったプロテクターを返して…………今までのことをキチンと、謝りたい!」
「なら、そうしてみろよ」
「でも…」
「ウジウジ考えてばっかじゃ仕方ねェ。とりあえず話かけてみろ。お前がやりたいんだろ?」
「でも、いつも逃げられちゃうし…」
「はあ…いつも逃げられちまうんだったら、追いかけりゃいいだけじゃねーか。アイズの方が足ハエ―んだろう?」
「ッ‼‼…………気付かなかった」
静雄のその言葉に、アイズはハッと驚きを露わにしていた。
「まあ、オレの知り合いにも、追いかけ続けて一緒になったやつもいるからな。追われて悪い気がするってーこたァねーだろ」
「分かった…やってみる……」
むんすぅ、とよくわからない掛け声とともにアイズは手を握りしめていた。
第一級冒険者に本気で追われることが幸福かどうかは本人次第だろうが。
時間はほんの少し巻き戻り、豊穣の女主人の厨房では。
「ねぇ、リュー。シズオさんと剣姫さんは一体、何の話をしているのでしょうか?気になりますね―――」
シル達は、剣姫が静雄を訪ねてきたことをことさら楽しげに伺っていた。
「別に…気になどしません。それに…私は、聞き耳を立てるなどそんなマネはしません」
ミアに仕事を言いつけられた彼女達だったが、どうしても話が気になってしまい、こっそりと静雄たちの動向を覗き見ていた。
リューも洗い物をしつつ、やはり気になるのか、その様子はどこかそぞろだった。
「ファミリアの勧誘だったりするのかなぁ。…もしかして、告白とか?シズオさんカッコいいですもんね‼‼」
シルは最後の部分を強調するように、リューに話を振る。もちろん、
「なッ‼」
「ならここは、ミャーが読唇術をしてみるニャ」
シル達はなんとか会話の内容を知ろうとしていた。
「えーと、なになに。あニャたしか、いニャくて……こんニャこと……膝枕をしてあげる…」
「キャ―――‼」
「どどどど、どういうことですk…」
それは、どういうことなのか。本当にシルのいる通り、告白でもしに来ていたのか。そうリューが聞こうとしたとき。
「ふみゅッ‼」「ニャッ‼‼」「きゅー」
「バカなことやってないで仕事しな。さもないとただ働きさせるよ‼‼‼」
見るに見かねたミアの鉄拳が彼女たちに降り注ぐことになるのだった。
「お前ら、頭抑えてなにしてんだ?」
話を終えて戻ってきた静雄は、事情を知る由もなく、そんな彼女たちを見て首を傾げたのだった。
そうして、とある平和な、一日は過ぎ去っていった。
それがとある騒動の序章だったとしても、その時はまだ誰にも知る由はなかった。
「す、スミマセン‼‼」
「おっと。気をつけなよ、次はちゃんと前を見て歩かないとね」
「は、ハイ。次から気を付けます‼‼‼」
「うんうん。素直でイイね~どこかの誰かサンとは大違いだね」
「今は急いでるから、またね。ベル=クラネルくん?」
「な、なんでボクの名前を…」
「ベルさま~」
「リリ‼あ、あれ?さっきの人は…」
「ベル様~先程はどなたかとお話ししておられたようですけど、お知り合いなのですか?」
「いや、そんなことはない…と思うけど」