これまでの話と違って結構な重さ、後味の悪さなどがございますので、そういうものが嫌な方はブラウザバックを推奨します。
それでは、どうぞ。
転落。使い魔に逃げられてからのルイズ・ラ・ヴァリエールの生活はまさにその言葉以外に当てはまるものがないというほどのものだった。
使い魔を召還したはいいものの邪魔が入って契約には失敗。その後、何度か召喚のやり直しをして新たな使い魔を呼ぼうとしたもののほとんどが空振り。それどころか一度は成功したはずの呪文が全く成功しなくなってしまう。今までならば爆発くらいはしたというのにその爆発すらも起こらない。
問題はそれだけではない。ルイズが失敗魔法にすら失敗するようになってからというもの、魔法学校の多くのメイジたちの呪文が失敗するようになったのだ。それも、ルイズと同じようにどんなスペルを唱えても全く発動しないという完全な失敗として。
今までは簡単に使うことができた魔法を失った多くの貴族達は、その多くが半狂乱となった。そんな中で魔法を使うことができたのは、ルイズと同じ学年の青い髪をしたガリアからの留学生であるタバサと、真紅の髪を持つゲルマニアからの留学生であるキュルケ、そして学校長であるオールド・オスマンの三人だけであった。
この三人だけがなぜ魔法を使うことができているのかはわからない。しかし、間違いなく学園のほとんどのメイジが魔法を使うことができなくなっていた。その事実は変わることはない。
突然魔法が使えなくなった多くの貴族たちは、そんな現象の責任をだれかに求めた。自分が魔法を使えなくなったのは、自分のせいではない。誰かが自分たちの魔法を封じているのだ。だから自分は悪くない。自分が魔法を使えなくなったわけではない。自分は悪くない。……そんな風に自己弁護を続け、原因を探した。
貴族たちもルイズも知らないことではあるが、奇しくもその推測は正しい部分が多かった。確かに魔法が使えなくなった原因は本人達ではなく外部に存在していたし、一部を除いて当人が悪いわけでもない。しかし、そんなものはそれを実行した本人には全く関係のないことで、こちらの世界に愛しき妻を攫われた雅巳はその場に居たのが悪いという理由で魔力に任せてそこにいた全員の魔法を封じ込めた。その余波は魔法学院にまで波及し、ほとんど全員の魔法を封じ込めたのだ。
しかし、そんなことを知る由もない貴族たちはよりわかりやすい元凶を自分たちの意思によって作り上げた。
それこそが、平民を召還したにも拘らず契約することができず、どこからか現れた見知らぬ存在に蹴り飛ばされ、秘薬を使うことで何とか一命をとりとめたルイズであった。
―――魔法が使えなくなったのは、あのゼロが何かしたせいだ。
―――恐らく、自分だけ魔法が成功しないのが嫌になり、エルフにでも魂を売って魔法を封じたに違いない。
―――もしかしたら、ゼロが召喚したあの平民は平民ではなく、悪魔の姫だったのかもしれない。それを手荒に扱ったため、魔王が反撃にその場にいた多くのメイジの魔法を封じたのかもしれない。
―――きっとそうに違いない。それ以外考えられない。
―――みんな、『ゼロ』が悪いんだ。
どこからか、そんな発言があったのが始まり。いつも魔法が成功しないから『ゼロ』と呼んでいたにもかかわらず、自分たちに大きすぎる被害が出た途端に自分たちの知らない魔法のせいにして自分達にとって弱い相手を責める。魔法が使えず不安定になっていた多くの貴族たちは、自身の誇りを守るためにもその話に縋りつく。たとえ実際にはそれがルイズの仕業でなくとも、一度広まってしまった噂は消えずに残る。そして広まり続ける。
いつの間にか、ルイズは学園内で蛇蝎のごとく嫌われるようになってしまう。それは魔法を封じられながらも水の秘薬を使った治療が終わってすぐのこと。それまで動くこともできなかったルイズに何かができるわけもなく、本人にとっては全く身に覚えのない暴言を叩きつけられ続けていた。
唯一救われたのは、暴力を振るわれることだけは無かったことだろう。いや、もしかしたら本人にとっては暴力を振るわれ、徹底的に壊された方がまだ幸せだったかもしれない。
貴族の誇り。それに縛られて生きてきたルイズには、自身にとって覚えのないことで責められるのは文字通りの意味で身を切られるよりも苦しいことだ。それも、自身の失敗がきっかけになっていると理解してしまっている以上、一部を否定できたとしても全てを否定することはできない。
ルイズが召喚したのは、平民の妊婦であった。ルイズにとってこれはこれは真実。
ルイズは悪魔の姫を召喚し、自分も魔法が使えなくなる代わりにトリステインから魔法を奪った。ルイズにとってこれは真実ではない。
ルイズはこの件に関して何も知らない。これはルイズにとって真実。
ルイズは悪魔の力でトリステインから奪った魔法の力を自分のものにした。これはルイズにとって真実ではない。
しかし、周りの者にとっては真実であるかそうでないかなど些細なことでしかなかった。
暴力は振るわない。今は隠しているようだが魔法を使われたら勝てないからだ。
悪口も大っぴらに口にもしない。魔法の力には勝てないからだ。
だがしかし、言葉にしなくとも、視線は言葉よりも多くのことを語る。ルイズに向けられる視線には、好意的なものなど一切含まれていないものばかり。誰もがルイズに好意を向けない。悪意を持たない視線であっても、それは全く関心を持たない、道端に転がる石を見るような視線。
そして、トリステインの貴族たちが魔法を使えなくなったという噂が、平民たちの間で少しずつ広まっていった。
平民を見下し、何かあればすぐに杖を出していた貴族が杖を出さなくなった。あるいは、杖を出し、魔法の呪文を唱えても何も起きなくなった。トリステインにおいて日常的に起きていた貴族の横暴は、ある日からぱったりとやむことになった。
そうなれば、今まで溜めてきた不満に火が着くのは時間の問題。それも、国外から煽っている蒼い髪の美丈夫がいるとなれば、その火がどれだけ大きくなるのかは予想もできない。
それを想像できるのは、心底トリステインと言う国を嫌った友人を持った蒼髪の美丈夫だけだっただろう。
爆弾の被害を大きくするには、それなりの手順が必要となる。どれだけ被害を出すか。そして被害を出した後、どのように自分達の益に繋げるか。それを蒼髪の美丈夫は考え、そして実行した。
その結果、トリステインは少しずつ腐っていった。あの友人に出会う以前に仕掛けたことも、その友人の置き土産によって想定していた以上に効果を発揮した。
それを止めるために動くことのできるロマリアは、国土ごと消滅した。トリステインに王はなく、政務を行っているマザリーニ枢機卿と王女アンリエッタだけでは長く持つ筈もない。
トリステインは着実に崩壊への道を進み続けていた。
そして数年後。崩壊し、ガリア王国トリステイン領となった旧王都にて、ルイズは地下牢で鎖に繋がれて過ごしていた。
数ヶ月。自分にとっても訳がわからない状態の中で、無実の罪をひたすらに押し付けられ続けてついに爆発したルイズは杖を取り、失敗するはずだった魔法を唱えた。
しかし、ルイズ自身の予想すら覆し、ルイズの杖からは爆発が起きた。多くの元メイジ達がどれだけ呪文を唱えても発動しなかった魔法が、ルイズだけ使えることが判明してしまったのだ。
実際には、ルイズの鬱憤が溜まり溜まってマホトーンの効果を打ち破っただけなのだが、周囲はそう取らなかった。
『やはり、ゼロは俺達の魔法を奪っていたんだ』
『ゼロの爆発が、見たことのないほど大きかったのは俺達の魔法を奪って自分の物にしたからだ』
ルイズは居場所を失った。他のメイジ達が魔法を使えなくなったあの日から、自分も魔法を使えないふりをして他のメイジがうろたえているのを眺めてほくそ笑んでいたのだと、そう思われるようになった。
それから、メイジたちは口々にルイズに罵詈雑言を叩き付けた。
『盗賊』、『大嘘つき』、『メイジの屑』、『エルフに魂を売った売女』、『貴族の恥』、『気違い』、『魔法の簒奪者』、『強盗』、『悪魔と通じている』、『売国奴』──────
そして誰もが二言目には『魔法を返せ』とルイズを詰る。ルイズはそんなことはできないのに、全てをルイズの責任だと怒鳴り付ける。
やがてルイズは、杖を奪われ、秘密裏に地下牢に収容された。檻に入れられ、鎖に繋がれ、外に出ることもできなくなった。ルイズは知らないことではあるが、家族にはスキルニルによる偽物に矢の痕をつけ、トリスタニアに向かう途中で賊に襲われ命を落としたと報告された。
故に、ルイズを助けに来るものなど誰もいない。友人であるアンリエッタは、ガリアの策により人質として、そしてトリステインの領主の血族を作るための道具として、ガリアのとある場所に収容されている。
奇しくも友人同士で同じような状況にある二人。そして、同じように助けなど入らない状況。
ルイズは漸く、何かに気付いたように呟いた。
騙された。
自身の召喚したあの女。あの何もできなさそうな、人畜無害そうな顔に騙された。
何もできなさそうな顔をしていたくせに、まさか自分を騙すなんて。
騙された。あの顔の裏側では、きっと私を嵌めることを考えていたに違いない。
騙された。
騙された。
騙された。騙された。
騙された。騙された。騙された。騙された。騙された。
騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された──────!
ルイズは誓う。絶対にここから出て、自分が召喚したあの女に復讐することを。自分が受けた痛みを、屈辱を、何倍にも何十倍にも何百倍にも何千倍にもして返してやるのだと。
血走った目には既に正気の色は無く、全身には鞭や火傷の傷痕が遺されている痛々しい姿で、ルイズはそう心に誓った。
だが、ルイズは知らないが、その願いが叶うことは永遠に無い。
ルイズの杖は既に折られ、砕かれ、燃やされた。新しい杖を作ろうにもルイズは杖の作り方を知らないし、新しくルイズに杖を作ってくれる者も存在しない。
それ以前に、ルイズの鎖は魔法がかかっており、専用の鍵がなければ外れない。しかしその鍵はガリア王国の元国王が所持しており、元国王が異世界の友に会いに行った際に友に渡された。
それを知らないルイズには、その鎖を外す方法など無い。ルイズはその命が尽きるまで鎖に繋がれ、数々の拷問を、凌辱を受け続ける。
それが、ルイズに許されたたった一つの未来であった。