暫く物書きから離れていたので練習ついでに書き上げてみました。
……俺と才人がハルケギニアから地球に戻って、およそ一月の時間が流れた。ハルケギニアでの一月の時間の流れは地球での行方不明の時間として換算され、両親や警察、教師、友人たちに色々と話を聞かれることとなった。
幸運なことに俺の魔法によって世界を越えられるようになっていたため別世界に誘拐されていたと言う言い訳は無事に通り、一月に及ぶ無断欠席は補習によってなんとかなるように先生方は取り計らってくれた。本当に優しい先生達だと思う。
その他にも、友人達に根掘り葉掘り話をせがまれてあちらの世界でもイチャラブしつつ急いでこの世界に帰ってきたことや、魔法の事も話しておいた。
ただ、やはりと言うかなんと言うかこちらの世界には精霊と呼ばれる魔法の源になる存在があまりに少ない。そのためコモンマジックを除いたほとんどの呪文はハルケギニアで使っていた時と同程度の威力を出そうとすると非常に魔力を多く食う上に、虚無魔法を使おうとすると元々の消費量ですらかなりの物だったのにさらにやばい量の魔力を持っていかれてこの身体に生まれて初めて気絶すると言う経験をしそうになった。
まあ、精神力は魔力であると言う理論を思い出して気合いを入れたら何とかなったが、できることならもう二度とこの世界で虚無魔法は使いたくないな。気絶しないとはいえあの脱力感にはどうしても慣れそうにない。
「おうマサ!今日嫁さんは休みみたいだが、どうしたよ?」
俺の肩に腕を回しながらそんなことを聞いてくるこいつは……まあ、俺の友人だ。クラスメイトの中でもムードメイカーなところがあるが、盛り上げるだけ盛り上げてそのまま制御を諦めて更に煽りまくるタイプなので、先生からは厄介事を大きくする原因とまで言われていたりするのだが……まあ、友人くらいでいいだろうと思う。
で、そんな友人への対処だが、ここは普通に真実を応えておけばいい。
「病院で頑張ってるよ。今日明日で出産だからな」
「!? マジか!」
「マジだ。だから俺は実は幻影が皮被ったような物でな。あまり触らないでくれるとありがたい。消える」
「わかった。……いやしかし、そうか、今日明日か」
なんでかこいつがしみじみとした顔で窓から空を眺めていたが、不意に俺に視線を移す。
「で、そんな大切な日にお前さんはなんでこんなとこに居るんだ? 嫁さんについててやらないと駄目だろ」
「そうしたいのはやまやまなんだが、今年で学校を卒業して働き始めないと才人や子供たちを食わせていけるかどうか不安でな。先生方も一応そのことは考慮してくれてるみたいで今回の補習はかなり時間短めになってるそうだからあんまり急いでも大して変わらない」
「……そういう時だからこそ、そばにいてほしいと思うんじゃねえかな」
お節介焼きな友人に向けて軽く笑顔を向けておく。実のところ、確かにここに俺は居るが才人の方にも俺がいるのだ。ドラクエ魔法には分身は無いが、ゼロ魔の魔法にならとても便利な分身魔法が存在する。
『遍在』と呼ばれるその魔法は、風による分身を作り出す魔法。実のところ風でなくとも分身を作ることはできるようなんだが、風以外で作るとすれば使える場所がかなり制限される。炎で作ったなら炎の近くでなければ分身を維持するのは難しいし、水で作ったなら炎ほどではないが維持が面倒臭い。水中で活動させる時なら間違いなく水の偏在が一番効率的だが、そんなときはそうそうないしな。あの水の精霊のいるラグドリアンの湖で試しておけばよかったと思ったりもしたが、もうあの世界にわざわざ行こうとは思わないしな。
「……って訳で、ここにいるけど向こうにもいる。ちなみに補習の内容自体は頭に入っているから後で記憶を共有するようにゆっくり消えれば問題なくどちらにもいたことにできる」
「魔法って便利だな」
「こっちの世界であっちの世界の魔法を使おうとするとかなり疲れるけどな。便利であることには同意する」
「ちなみにどっちが本体なんだ?」
「才人の方に決まってんだろ何言ってんだお前」
「知ってた。絶対そうだと思ってた」
俺をよく知る友人は、当たり前のことを当たり前に予想して笑っていた。まあ、実際に当たり前なんだから何も間違っちゃいないが、わざわざそんなのを予想してどうすんだろうな。俺には何が楽しいのかさっぱりわからんね。
ちなみにインテを使うことで一時的に覚えをよくしている。まったく、ドラクエ呪文ほど簡易的かつ反則的な呪文はそうそうないな。ゼロ魔魔法の錬金と固定化に並ぶレベルだ。実利を考えると錬金以上にやばい魔法なんてほとんど存在しないんだが。
「……ん、どうやらそろそろ時間っぽいな。大体予定通りの時間だ」
「お、まじか。んじゃあ応援してるって伝えといてくれ」
「わかった。U・N・オーエンしてるって伝えとく」
「なんでUNKNOWNだよ」
「あ、わかる?」
「わからいでか」
やっぱりこいつらはノリがいい。話していて楽しいし、嫌じゃない。友人としては得難い存在だと言える。
さて、俺は俺で頑張らないとな。才人と俺の子供にホイミをかけ続けるだけの簡単な作業だが、加減を誤ると大冒険に出てくる過剰回復魔法みたいになって大変なことになるようだから、そのあたりのこともしっかり考えつつ必要なだけやっておかないといけない。
あとは補助魔法で防御力の向上。才人が傷を負うのは俺が嫌だし、子供に影響が出るのもよくない。俺にできるあらゆることをやってやるつもりでいる。
……流石のドラクエ魔法も出産に適した魔法なんてものはないからな。ゼロ魔魔法なら水と土でローション的なものを作って潤滑剤代わりにしたりコモンスペルの念力で子供が出てきやすくなるように力を加えてやったりすることくらいしかできはしない。まあ、それができない奴にとってはそれだけでも羨ましいかもしれないが、力の加減を間違えると子供の首あたりがコキッと逝ってしまう可能性もあるのだから慎重に慎重にやらないとな。
まずは才人の痛覚を鈍らせて、それからは呪文の効果が切れる度に追加で補助呪文をかけていく。過保護? 知らんね。必要なことに必要なだけの労力を払っているだけだ。何の問題がある?
まあそれはそれとして、それ以外に俺にできることといえば、手を握って声をかけてやることくらいだ。それだけでも助かるって言うんだから、本当に母親ってのは恐ろしく強い存在だよな。肉体的なことは別として、精神的には凄まじく強靭だ。
……しかし、長い。こんな考え事を続けて、いったいどれだけ過ぎただろう。別に思考の加速なんてものはしていないはずなんだが、一分が五倍十倍に感じてしまう。俺にもそういった精神的な揺らぎってのがあったんだと初めて知った。強靭すぎるステータスによって今まではそんなことを知ることもできなかったからな。
子供の頭が見えて、額が見えて、鼻が見えて、口が見えて……才人が俺の手をぎゅっと握る力が強くなる。俺からすれば大したことのないその力だが、才人にとっては命綱か何かにでも感じているかのようだ。
そんな才人のてを握り返しながら、声をかけ、そして呪文を使う。実のところ、使い方が上手くなればドラクエ呪文であっても呪文を唱えたりしないで使うことができる。大魔王が自身にベホマをかけた時のように。だからこそ周りに人がいるにもかかわらず俺は呪文を堂々と使うことができているわけだ。
……まあ、才人が光ってるから唱えなかろうが『何かしてる』のはバレバレだろうけどな。しっかりとそれだと言い切れるものさえなければ問題ない。それに、いろいろあってこの病院に勤める多くの人間は奇妙な事態に合うことに慣れている。具体的には、患者が緑色に光りながら宙に浮いているのを見た看護婦が『はーい○○さん、周りの人の迷惑になりますから光らないで落ち着いてくださいね~』と平然と言うレベルだ。色々とあれだがまあ、それも『いつも通り』というものだ。
それに合わせて患者の方も同室の自分以外の患者たちが全員真夜中に突然深緑色に発光しながら宙に浮きだしても当然のようにトイレに行ってさっさと寝直して自分も浮き出すなんてこともしている。幽霊がいたらもう本当に泣いていい。
―――それからどれだけ時間が過ぎたのかはわからない。ただわかるのは、どうやら俺の子供はちゃんと産まれてきてくれたらしいということと、才人も無事だということ。正直なところそれだけわかっていれば十分だ。
産まれてきたばかりの子供を才人が抱き、一年前に比べて明らかに大きくなった胸に吸い付いた子供を撫でている。
「……マサ。私、頑張ったよ」
「ああ。よくやった。今日は赤飯にしよう」
「何か違うような気がするんだけど……まあ、いっか。うん、ありがと」
にこっと微笑む才人にこちらも笑顔を返し、そして才人の頭を撫でる。子供の方は……加減がわからないから暫くは触らないことにする。ついつい力を籠めすぎて頭をぷちっと潰してしまった、なんてことになったら面倒極まりない。流石にザオリクでも頭が粉々になった死体からの蘇生は難しいだろうしな。
「……名前、どうするの? 女の子だけど」
「男だったら『政人』の予定だったが……と言うか、男だったら俺がつけて、女だったら才人がつけるって話だったろ?」
「あ。 ……うん、覚えてるよ。忘れるわけないって」
俺は優しいのでここで才人がまず間違いなくそのことについて忘れていただろうということには触れないでおく。才人自身が俺に気付かれていることに気付いて恥ずかしそうにしているが、俺は知らんよ? 知らんとも。
「……マサのいじわる」
「はいはい、意地悪ですよ」
そう言いながらも才人を撫でる。才人も撫でられるのは嫌でないのか目を細めて受け入れているし、俺も撫でるのは嫌いじゃない。
「で、この子の名前は何にするんだ? お母さん」
「ん~……そうだなぁ。それじゃあ―――」