連続投稿四話目。キンクリ的道中。
才人を誘拐犯の所から救い出してから数日。流石のルーラも空間的に繋がっていない場所に移動するのは不可能だったので、仕方なく新たに帰る方法を考えた。
まず一つ目は、俺が虚無魔法を覚えて『世界扉』を使って帰る。この方法はどうやって覚えるかと言う問題が付きまとってくるわけだが、その点についてはちょっとトリステインの王宮を襲撃して祈祷書と指輪を貰って来ればいい。これについては欠点ですらないな。
だが、この考えには大きな欠点が存在する。それは、妊娠している上に戦闘能力が欠片もない才人を一時的に戦場に連れてくるか、あるいは一人にしなければいけなくなる。こんなクソ危ない世界でそんな真似ができるわけもなく、この案は却下された。当たり前だな。
なにしろ、俺はこの国……トリステイン王国の重鎮であるヴァリエール公爵の三女に思いっきり蹴りくれて80メートルほど吹き飛ばした挙句に召喚した使い魔を連れて逃げた大罪人だ。原作におけるヒロインであったルイズに思いっきり蹴りをぶち込む機会が来るとは正直思っていなかったが、感触から言って少なくとも片側の肋骨は全損させて肺に何本か突き刺さり、肝臓を含めたいくつかの臓器が破裂するレベルの大怪我を負わせている。ほっとけば間違いなく死ぬ威力だ。
また、コッパゲが俺に杖を向けて来ていたので辺り一帯にマホトーンかけて俺以外はしばらく詠唱しての魔法を使えなくしてやったのもあって、見付かったら解剖一直線。やってられんな。こんな危ないところにいられるか!
……とまあ、そんなわけでこの案は却下された。
まあ、戦争になったら才人を守りきることができるか不安と言うだけの理由なので、戦争にならないようばれないようにすればいいだけの話。ちょいと外見だけは全く同じ本を一冊作ってやればあら不思議、始祖の祈祷書の方だけは簡単に手に入った。指輪の方はまだだけどな。
指輪は所有権が浮いてるのが一つあるが、あそこにはコッパゲとエロ学院長がいる。その他のは各国の王の指に填まっているから手に入れるのは難しいだろう。
俺の使える呪文は威力が高いのはいいんだが、加減しても周囲への影響が大きすぎるのが問題だ。実戦経験豊富な魔法使い二人を相手に魔法の撃ち合いなんかしたら、指輪どころか学院が消し飛ぶ。それはまずいんだ。
次の案として、虚無魔法を使える誰かに『世界扉』の呪文を覚えてもらってそれで帰ると言う方法だ。適正自体はどの担い手にもあるだろうが、それを覚えて俺たちのために使ってくれそうな相手がいない。
ピンク髪のクズはどう考えても才人を渡そうとはしないだろうし、絶対に手放そうともしないだろう。元の世界に返す呪文があると知ったところでそれを覚えようとはしないだろうし、それどころかそれを覚えることを妨害すらしてきそうだ。
ハーフエルフのティファニアは、俺たちの事を知ったらたぶん返そうとしてはくれるだろうが、残念ながらその呪文を知る機会がない。『忘却』の呪文は彼女がまだモード大公領で暮らしていた時に偶然指輪とオルゴールに触って覚えることができたもののはず。新しく覚えることはどうにもできそうにない。
ロマリアの神官? 論外。あの狂信者どもが手駒を手放そうとするはずがない。弱みを握られたらそれだけで面倒臭いことになる。そうなったら最悪マダンテで地図から消してやる。どこまで消えるか知らないがな。ちなみに俺の予想では消えるのは国家単位ではなく最低でも大陸単位、最大では星系単位で消し飛ぶことになるだろう。
そう言うわけで最後に残ったのはガリアのジョゼフ王だけになる。だが、こいつもこいつでまた面倒臭い。
馬鹿のふりをした天才。思想以外は最高の王。そんな言葉がマジで似合うのが、ガリアのジョゼフ王と言う男なのだ。
だが、実際にこの作戦を実行するとしたら相手がジョゼフしかいないと言うのもまた事実。そして、俺は原作においてジョゼフが何を求め、どうして狂気に走ったのかを知っている。それだけの情報で何ができるかはわからない。もしかしたら理由が変わってしまっているかもしれないし、多分無いとは思うがジョゼフ王が才人と同じようにTSしてジョゼフィーヌ女王とかそんな風になっている可能性だってなくはない。無いだろうが。
まあとにかく、今はこの国を抜けることに全力を注がなければならない。また、この世界の使い魔召喚の方式的に、契約している相手がいなければ何度でも同じ相手の前にゲートが開く。つまり、俺がトベルーラで飛んでいる最中にゲートが現れたらそこに才人だけが入ってしまう可能性だってある。ゲートが俺に見えないのが一番の問題だな。
そうならないように水の秘薬を使おうが三日は目を覚まさないようにしっかり骨まで砕いてきたんだが……この世界には“烈風”カリンのような頭のおかしい奴がいる。もしかしたら水の治療の方面でそういった奴がいないとも限らないし、慎重に進んでいくことにする。
とはいえ、あまり気にしすぎていても進めない。なんとか元の世界の実家に帰って、しっかりした場所で才人の出産に立ち会いたいんだが……。
予定日まではおよそ三か月。その間に俺と才人は元の世界に戻らなければならない。なかなか大変だ。
「……マサ。これからどうするの?」
「ガリアに行く。道はよくわからんが、とりあえず行けさえすれば帰れる算段はある」
「……マサって、ここに来たことあるの?」
「来た事は無いが、存在だけは知っていた、ってところだな。ここの世界の事を説明するが、とりあえずゆっくりでいいから進むぞ。才人はしっかり前を見て、あの鏡が出てきたらすぐに教えてくれ」
「うん、わかった」
才人の腹の中に子供がいなければ背負うんだが、腹の子の事を考えればそれはできない。横抱きじゃあ前は見にくいだろうし、ゆっくりでも歩いていくしかない。
と言っても、俺にできることはすべてやっている。才人に補助呪文としてスクルト、ピオリム、リホイミをかけ続けているから疲れはないだろうし、移動速度を上げても子供に障ることはない。
一番の問題は食事だ。これについては本当にどうしようもないので、俺が見つけて速攻で狩りに行っている。毒があってもキアリーできれいさっぱり消えるし、獲物については口笛を吹けば寄ってくる。ドラクエ呪文は使いこなすとこんなにも便利なものだったようだ。
それに、ゼロ魔魔法の『ディティクト・マジック』もかなり便利だ。罠も獲物もなんでも見つかる。武器については……俺が杖にしていたボールペンしかなかったので、『錬金』を使ってちょっとした刃物を作っておいた。普段は才人が料理に使っているが、十分に武器として使うことができるだろう。実際に振るわれる事は無い方がいいのだが。
さあ、山越えだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■
時間はかかったが、なんとか国境を越えることには成功したらしい。道無き道を行き、山などがあるために国境警備などがいない場所を通ってきた。ここまでにおよそ一月ほどかかってしまったが、それについては仕方なかったと思うべきだろう。
才人が言うには、初めの一週間は何もなかったがその後二週間近く何度もあの鏡が才人の目の前に開いていたらしい。それに触れないように気を付けて進んでいたため空を飛ぶことさえできなかったのだが、最近は鏡が出ることもなくなったらしい。どうやらあのピンク髪が学園を退学になって使い魔召喚の儀式を行わなくなったようだ。俺達にとっては実にいいことだ。ざまあみさらせ誘拐犯が。
まあ、実際には退学になる前から失敗魔法すらも発動しなくなっていたそうなんだが、そっちについては俺が一日一回毎朝早くにルーラで学院に移動してマホトム使って封印してたからなんだがな。そのせいで余計に退学させやすくなったそうだからやった甲斐はあったと思う。
ただし、学院に行くついでに何度か町に行った時に俺達がお尋ね者になっていることにも気付いた。それも、ヴァリエール家が血眼になって俺達を探しているらしい。
まあ、かわいいかわいい三女を殺しかけたやつが相手なんだから、そのくらいはするだろうな。俺もその場合は手加減しないが。
お尋ね者になったせいで色々な奴に襲われたりしたが、全て返り討ちにしてやった。賞金稼ぎは才人に気付かれないように無詠唱ザキで即殺したし、俺達を獲物と見たらしい盗賊なんかはニフラムで光にしてやったりもした。時々現れるオッドアイの神官は即座にラリホーマで眠らせてから財布と武器と服を拝借した上でバシルーラでトリステインの王都の大通りのド真ん中あたりに放り棄ててやったりもした。魔力が高いとどうやらバシルーラで飛ばす先を指定できるらしい。便利だなこれ。
俺は大分手を汚してしまったが、悪いことばかりではない。俺にもちょっとした協力者ができたのだ。
名前はシャルロット。青い髪をしていて赤い縁の眼鏡をかけている、見た目は10を少し超えたくらいに見えるが実際には同い年の、風竜に見せかけた韻竜と契約している氷と風の魔法を得意とする少女だ。
トリステインの国境を越えようとしている時に出会い、ダモーレ使ってステータスを覗き見して本人確認をしてから母親を助ける代わりに俺達の目的に全面的に協力してもらえるようになったのだ。その時当人は仕事中だったんだが、ラグドリアン湖の近くで出会ったから話は簡単に進んでいった。
ちなみにその母親だが、一度本人に会わせてもらって回復呪文詰め合わせ(体力回復のホイミ、解毒のキアリー、麻痺解除のキアリク、混乱解除のキアラル、呪い解除のシャナク、幻覚解除のマヌーハ)をかけたらすっかり良くなった。回復呪文はやっぱり理不尽すぎると思ったが、便利なので使うことはやめないだろうなと一人で勝手に納得しておいた。
それからと言うもの、シャルロットは本当に色々と協力してくれるようになった。学院で起きた出来事で俺達に関係ありそうなことを話してくれたし、移動に風竜に乗せてくれるようにもなった。お陰で移動の時間が大幅に短縮されたし、ピンク髪の誘拐犯が退学になった話を聞かせてくれたのも移動を楽にする一因となった。
まあ、料理は基本こっちが用意することになっているが、材料はいくらでもやってきてくれるから問題ない。野草も食べられる物を選んで使えるようにもなったし、指名手配もガリアにまでは届いていないようで俺も自由に動けるようになった。
そして、俺は今、ようやく目的地であるガリアの王城、グラン・トロワに到着していた。
「……ここから先に行くなら、潜入する必要がある」
シャルロットがそう言うのなら、恐らくその通りなのだろう。この建物を一度も使ったことのない俺の予想なんぞよりも何度も入ったことのあるシャルロットの言葉の方が正しいのはまず間違いない。
だが。俺はここであえて、真正面からの侵入を選択する!
……レムオル使ってな。
その他にも気を使わなくちゃいけないことは沢山あるが、特に気にするべきなのは才人のことだ。
才人を敵対者の多いこんな場所に連れて入るわけにはいかない。そうなると置いていかなきゃならないんだが、それも不安だ。
そんな状態でも一番安心できるような状況にするには、多分だがこれが一番だ。
「シャルロット。俺が戻ってくるまで才人のことを守っていてくれ」
「危険」
「問題ない。最悪ギガデインでもイオグランデでも使えば王宮壊して逃げ切れるし、ドラゴンに噛まれても平気な俺に武器は基本通用しない。魔法も同じくだ」
「でも、危ないよ!」
「大丈夫だ。俺はまだまだ死にゃしない。ちゃんとマホカンタとアタックカンタ使って行くから物理も魔法も通らん。そんな俺よりも才人が心配なんだよ」
そう言って説得しようとするんだが、才人は納得してくれない。マホカンタとアタックカンタが他人にもかけられる呪文だったら才人にかけて連れていくんだが、どうにもできそうにないからな。こうするしかない。
結局、大丈夫だと納得してもらうために数時間ほどかけてしまったが、なんとか才人は王宮からそこそこ離れた宿でシャルロットと一緒に待っていてくれることになった。
ちなみに、そのシャルロットは俺と才人の話し合いが終わるまでベッドの上で本を読んでいた。
よし、それじゃあ行くか!